37 水属性魔法
王女への教導が始まってから数日が過ぎた。
この日もアークとマーガレットは王城の訓練場を訪れていた。
広大な訓練場では近衛騎士団が護衛任務の合間に鍛錬を行っている。
王国騎士団は各地で教導を続けているため姿は少ないが、近衛騎士団の訓練区画とは十分な距離が取られ、アークたちは広い演習区画を使って教導を行っていた。
マーガレットは静かに立ち、絶え間なく魔力循環を続けている。
同時に魔力操作も自然に行えるようになっていた。
アークは満足そうに頷く。
「素晴らしいです。」
「魔力循環も魔力操作も、もう意識せず続けられています。」
マーガレットは嬉しそうに微笑んだ。
「毎日続けておりますと、呼吸をするように自然になりました。」
「それで十分です。」
「基礎が身につけば、次の段階へ進めます。」
アークは右手をゆっくり前へ差し出した。
その掌へ魔力が集まり、やがて握り拳ほどの透明な水球が浮かび上がる。
陽光を受け、水球は宝石のように輝いた。
近くで鍛錬していた近衛騎士たちも思わず視線を向ける。
「今日は水属性魔法を教導します。」
マーガレットは真剣な表情で頷いた。
「よろしくお願いいたします。」
「まずは、この水球を作ってください。」
「魔力循環を続けながら、水を思い浮かべます。」
「湖でも、川でも、雨でも構いません。」
「水を鮮明にイメージしてください。」
マーガレットは静かに目を閉じた。
魔力循環は止めない。
魔力操作も続けたまま、水だけを思い描く。
透き通る泉。
穏やかな湖面。
勢いよく流れる川。
やがて両手へ集まった魔力がゆっくりと形を変え始めた。
小さな水滴が一つ。
さらにもう一つ。
それらは互いに引き寄せられ、一つの球体となって手のひらへ浮かび上がる。
マーガレットは驚いて目を開いた。
「できました……。」
掌の上には、アークと同じように透明な水球が浮かんでいた。
アークは穏やかに微笑む。
「おめでとうございます。」
「水属性魔法の覚醒です。」
マーガレットは嬉しそうに水球を見つめた。
「これが……水属性魔法。」
「はい。」
「ですが、水球を作ることが目的ではありません。」
アークは水球を静かに消し、訓練場へ並ぶ木人へ視線を向ける。
「では、これより水属性魔法の正しい理解を教導します。」
マーガレットは姿勢を正した。
アークは一つひとつ丁寧に説明を始める。
「水属性は非常に応用範囲が広い魔法です。」
「まず水。」
「弾、穿、刃、斬。」
「さらに窒息、鞭、捕縛、拘束。」
続いて氷について説明する。
「氷。」
「弾、穿、刃、斬。」
「盾、鎧、壁。」
「滑る床、圧力、重量。」
「建屋、寝台、机、椅子、器、食器、鍋。」
「牢、檻。」
「窒息、捕縛、拘束。」
さらに続ける。
「熱湯。」
「弾、穿、炸裂、熱。」
「蒸気。」
「弾、穿、炸裂、爆。」
「そして体内への作用。」
「身体強化。」
「筋肉強化。」
「治癒。」
「最後に索敵と探索です。」
マーガレットは目を丸くした。
「一つの属性で、これほど多くのことが……。」
アークは静かに頷く。
「水属性魔法は、私が知る中で最も汎用性の高い魔法です。」
「戦うためだけではありません。」
「守ることも、治すことも、生活を支えることもできます。」
「だからこそ、一つひとつを正しく理解することが大切なのです。」
そう言うとアークは木人の前へ歩み出した。
「それでは、実際にご覧いただきましょう。」
いよいよ水属性魔法の実演が始まろうとしていた。
アークは木人から十メートルほど離れた位置で立ち止まった。
「これより、水属性魔法を一つずつ実演します。」
マーガレットは真剣な表情で頷く。
「はい。」
「まずは最も基本となる攻撃魔法です。」
アークは右手を木人へ向けた。
「ウォーターバレット。」
圧縮された水弾が一直線に飛ぶ。
轟音とともに木人の胸部を貫通し、そのまま背後の的まで貫いた。
木片が勢いよく飛び散る。
マーガレットは思わず息を呑んだ。
「水だけで、あれほどの威力が……。」
アークは静かに頷く。
「水は圧縮し、高速で射出すれば非常に高い貫通力を持ちます。」
「槍や矢と同じです。」
「ですが、水属性魔法はそれだけではありません。」
今度は掌へ細長い水の刃を作り出す。
「ウォーターカッター。」
水刃が横一文字に走った。
次の瞬間、木人は胴体から真っ二つに切断される。
切断面は驚くほど滑らかだった。
「こちらは斬撃です。」
「水を刃として扱います。」
「同じ水でも、形を変えることで役割は変わります。」
マーガレットは感心したように何度も頷いた。
「同じ属性とは思えません。」
「それが属性魔法です。」
「発想次第で使い方はいくらでも広がります。」
アークは新しい木人の前へ歩いた。
「次は窒息術です。」
右手をゆっくりとかざす。
「ウォーターマスク。」
透明な水球が木人の頭部を完全に覆った。
顔全体へ密着し、隙間一つない。
アークは静かに説明する。
「生物は呼吸を止められると生きることができません。」
「この魔法は相手の頭部を水で覆い、呼吸を封じます。」
「刃物で傷付ける必要はありません。」
「水属性魔法だけで制圧できる場面も数多くあります。」
マーガレットは木人を見つめながら小さく息を吐いた。
「攻撃だけではないのですね。」
「はい。」
「相手をどう止めるか。」
「その選択肢が多いことも、水属性魔法の大きな長所です。」
アークは一歩下がる。
「では、実際にやってみましょう。」
マーガレットは深呼吸をすると、魔力循環を続けながら右手を前へ突き出した。
「ウォーターバレット。」
水弾は飛んだものの途中で形が崩れ、地面へ散った。
「焦らなくて大丈夫です。」
アークは穏やかに助言する。
「魔力を均一に圧縮してください。」
「威力よりも形を保つことを意識します。」
「はい。」
マーガレットは再び魔力を整える。
二度目の水弾は真っ直ぐ木人へ命中した。
勢いはまだ弱いものの、木人を大きく揺らす。
「成功です。」
マーガレットは嬉しそうに笑った。
続いてウォーターカッターへ挑戦する。
最初は刃が途中で崩れ、水しぶきとなって消えた。
二度目は木人へ届いたものの浅く傷を付けるだけだった。
それでも三度目には、水刃が木人の腕をきれいに切り落とした。
「できました。」
「ええ。」
アークも満足そうに頷く。
「では最後です。」
マーガレットは静かに魔力を練る。
「ウォーターマスク。」
最初の水球は木人の肩へ落ちた。
二度目は胸へ張り付き、三度目は頭の半分だけを覆う。
それでも繰り返すたびに精度は上がっていく。
そして六度目。
透明な水球が木人の頭部全体を包み込んだ。
アークは静かに微笑む。
「素晴らしいです。」
「ウォーターバレット、ウォーターカッター、ウォーターマスク。」
「三つとも習得しました。」
マーガレットは額の汗を拭いながら笑顔を浮かべた。
「一つ覚えるたびに、新しい世界が見えてきます。」
アークは穏やかに頷いた。
「水属性魔法は、まだ始まったばかりです。」
「ここからさらに、多くの応用を学んでいきましょう。」
「ここからは氷属性です。」
アークはそう告げると、先ほど浮かべていた水球へ魔力を流し込んだ。
透明だった水球は瞬く間に白く変化する。
やがて完全な氷球となり、陽光を反射して輝いた。
「水属性魔法は、水だけではありません。」
「氷もまた、水属性魔法です。」
マーガレットは感嘆の声を漏らす。
「水が、そのまま氷へ……。」
「はい。」
アークは頷いた。
「まずは基本攻撃からです。」
右手を木人へ向ける。
「アイスバレット。」
氷弾は一直線に飛び、木人の胸を鋭く貫通した。
続いて魔力を変化させる。
「アイスカッター。」
鋭い氷刃が走り、別の木人を真っ二つに切断する。
「水と同じく、貫くことも斬ることもできます。」
「ですが、氷には水にはない使い方があります。」
アークは掌を前へ突き出した。
「アイスシールド。」
厚い氷の盾が瞬時に出現した。
大人一人を完全に覆えるほどの大きさである。
「防御です。」
「次は鎧。」
「アイスアーマー。」
今度は氷が身体を包み込み、全身を守る鎧となった。
さらに右手を地面へ向ける。
「アイスウォール。」
訓練場の中央へ巨大な氷壁が現れる。
近衛騎士たちから感嘆の声が漏れた。
「壁一枚あるだけで戦況は大きく変わります。」
「敵の進軍を止める。」
「味方を守る。」
「時間を稼ぐ。」
「使い方はいくらでもあります。」
マーガレットは一つひとつ真剣に見つめていた。
攻撃だけではない。
守ることもまた魔法なのだ。
アークは今度は木人の足元へ視線を向ける。
「アイスバーン。」
地面が一瞬で凍り付いた。
木人は支えを失い、大きく倒れる。
「足場を奪う魔法です。」
「剣で戦う相手ほど効果があります。」
続いて右手を掲げる。
巨大な氷塊が空中へ現れた。
「アイスプレス。」
氷塊は木人の上へ落下する。
轟音とともに木人は押し潰された。
「重さを利用した攻撃です。」
マーガレットは驚きを隠せなかった。
同じ氷でも、次々と違う使い方が現れる。
アークは続けた。
「アイスボックス。」
さらに巨大な氷塊が出現し、別の木人を丸ごと押し潰した。
木人は原形を留めないほど砕け散る。
「氷は形を自由に作れます。」
そう言うと、今度は攻撃ではなく氷を積み上げ始めた。
見る間に小さな建屋が完成する。
続いて寝台。
机。
椅子。
器。
食器。
鍋。
次々と生活用品が氷で作られていく。
マーガレットは目を見開いた。
「生活にも使えるのですね。」
「はい。」
アークは静かに頷く。
「氷は武器だけではありません。」
「形を維持できるという特徴があります。」
「だから生活にも利用できます。」
マーガレットは完成した氷の建屋へ近づいた。
壁も柱も屋根も、すべて氷でできている。
「まるで本物の家です。」
「必要な時に作り、役目を終えれば消す。」
「それも水属性魔法の使い方の一つです。」
マーガレットは改めて水属性魔法の奥深さを実感していた。
一つの属性が、攻撃、防御、生活まで支えている。
その可能性は、自分が想像していた遥か先まで広がっていた。
「次は氷による捕縛術です。」
アークは新しい木人を三体並べた。
「敵を倒すだけが魔法ではありません。」
「動きを止めることも重要です。」
マーガレットは静かに頷く。
「はい。」
アークは右手を木人へ向けた。
「アイスプリズン。」
木人の足元から氷が一気にせり上がる。
分厚い氷壁が四方を囲み、一瞬で氷の牢が完成した。
木人は完全に閉じ込められている。
「これなら逃げられませんね。」
「はい。」
「牢として使うこともできます。」
「捕らえた相手を安全に拘束できます。」
続いて隣の木人へ魔法を放つ。
「アイスマスク。」
氷が木人の頭部全体を覆った。
アークは静かに説明する。
「水属性と同じ考え方です。」
「呼吸を止められれば、生物は活動できません。」
マーガレットは真剣な表情で頷いた。
最後の木人へ向き直る。
「アイスバインド。」
氷が地面から伸び、両足、胴体、両腕を固定する。
木人は完全に拘束された。
「相手を生け捕りにする場合は、このような魔法が有効です。」
「状況によって魔法を使い分けます。」
マーガレットは感心したように息を吐いた。
「同じ氷でも、本当に役割が違うのですね。」
「はい。」
「だから一つの魔法だけを覚えても意味はありません。」
「状況に応じて最適な魔法を選ぶことが大切です。」
アークは続けて右手を前へ出した。
「次は熱湯です。」
「ボイルバレット。」
熱湯の弾丸が木人へ命中する。
激しい蒸気が立ち上り、木人の表面が焼け焦げた。
「続いて蒸気。」
「スチームバレット。」
白い蒸気弾が飛び、命中と同時に勢いよく弾ける。
訓練場に白い蒸気が広がった。
「熱湯も蒸気も、水属性魔法の応用です。」
「温度を変えるだけで性質は大きく変わります。」
マーガレットは驚きながらも、一つひとつを見逃さないよう見つめていた。
アークは自らへ魔力を流す。
「身体強化。」
筋肉へ魔力が巡る。
「筋肉強化。」
一歩踏み込むだけで、地面が小さく沈んだ。
「魔力を体内へ巡らせれば、自身を強くすることもできます。」
さらに掌へ淡い光を宿す。
「ウォーターヒール。」
傷付けておいた自分の左腕の浅い傷が、ゆっくりと塞がっていく。
「治癒です。」
最後に目を閉じた。
「ウォーターサーチ。」
魔力が静かに周囲へ広がる。
「周囲を探索する魔法です。」
「敵や魔物、人の位置を把握できます。」
一通りの実演を終えると、アークはマーガレットへ向き直った。
「では、実践してみましょう。」
「はい。」
マーガレットは魔力循環を続けながら、一つずつ魔法を放っていく。
アイスバレット。
アイスカッター。
アイスシールド。
アイスアーマー。
アイスウォール。
アイスバーン。
アイスプレス。
アイスボックス。
最初は形が崩れ、威力も安定しなかった。
それでもアークの助言を受けながら何度も繰り返す。
続いて捕縛術。
アイスプリズン。
アイスマスク。
アイスバインド。
さらにボイルバレット。
スチームバレット。
身体強化。
筋肉強化。
ウォーターヒール。
そしてウォーターサーチ。
失敗するたびに原因を考え、修正し、再び挑戦する。
教導を受け始めた頃とは違う。
マーガレットは自ら考えながら魔法を身につけていた。
最後のウォーターサーチを成功させると、アークは満足そうに頷く。
「素晴らしいです。」
「本日教導した水属性魔法は、すべて習得されました。」
マーガレットは額の汗を拭きながら、嬉しそうに笑った。
「一つの属性だけで、これほど多くのことができるとは思いませんでした。」
アークも穏やかに微笑む。
「水属性魔法は始まりに過ぎません。」
「他の属性も同じように、多くの可能性があります。」
マーガレットは力強く頷いた。
教導を受けるたびに、自分の世界が広がっていく。
その喜びを胸に、王女は次の学びを心待ちにしていた。




