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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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310 アルデバラン国民

それは、誰かが命じて起きたことではなかった。


アストラル大陸とイートフード大陸。


そこで暮らす人々に、いつの間にか同じスキルが発現していた。


《アルデバラン国民》


最初に気づいた者たちは、自分の鑑定結果を見て首を傾げた。


アルデバラン王国で暮らしている者なら、不思議ではない。


だが、発現したのはアルデバラン王国の住民だけではなかった。


シュタインフェルト王国でも同じ報告が上がった。


各地でも同じだった。


アストラル大陸で暮らす者。


イートフード大陸で暮らす者。


国も地域も関係ない。


《アルデバラン国民》が発現している。


そして、その中には当然、シュタインフェルト王国の者たちも含まれていた。


カイゼル・シュタインフェルト王は、自分自身を鑑定した。


そこに表示されている。


《アルデバラン国民》


カイゼルはシュタインフェルト王国の王である。


アルデバラン王国へ帰化した覚えなどない。


王位を退いたわけでもない。


シュタインフェルト王国がアルデバラン王国へ併合された事実もない。


それどころか、国そのものが今まで通り存在している。


国境も消えていない。


それでも、シュタインフェルト王国の王であるカイゼル本人に《アルデバラン国民》が発現していた。


アイゼル・ローゼンクランツ公爵にも発現している。


アリッサにも。


アリスにも。


アリーナにも。


身分は関係なかった。


王であろうと、公爵であろうと、子供であろうと同じだった。


誰かが付与したものでもない。


オーキス王は何も命じていない。


アルデバラン王国が、他国の民へスキルを与えたわけでもなかった。


そもそも、そんな手続きはどこにも存在しない。


それでも《アルデバラン国民》は発現した。


ここまで来れば、一つだけはっきりする。


《アルデバラン国民》は、アルデバラン王国への所属を示すスキルではなかった。


国籍を示すものでもない。


シュタインフェルト王国の王本人が持っているのだから、それ以外に考えようがなかった。


カイゼルは今もシュタインフェルト王国の王である。


オーキスもアルデバラン王国の王である。


ライラも自分の国を治めている。


誰も皇帝にはなっていない。


誰も大陸王を名乗っていない。


アルデバラン王国が他国を併合したわけでもない。


政治は今まで通り、それぞれの場所に存在していた。


変わっていたのは、人々の暮らしだった。


食料は国境を越えて流れている。


アース・ドラゴンの肉は百三十二カ国へ届く。


料理も流れる。


ある土地で生まれた料理が、別の土地で食べられる。


酒も同じだった。


人も移動する。


食べたい料理があれば、国境を越えて食べに行く。


仕事があれば別の場所へ行く。


商人は国境を越えて品物を運ぶ。


教育も一つの国の中だけには留まっていない。


ギルドも国境を越えて活動している。


住民基礎台帳管理システムもつながっている。


そこに、先ほどまで各地で続いていたお見合い食事会まで加わった。


人間と獣人が結婚する。


人間とドワーフが結婚する。


人間とエルフが結婚する。


ダークエルフとも、魔族とも、サキュバスとも家族になる。


そして子供が生まれる。


どこの国の者なのか。


どの種族なのか。


それだけでは、人々の暮らしを分けられなくなっていた。


考えてみれば、現在暮らしている百億人のほとんどは、すでに滅亡した国の出身者だった。


生まれた国がなくなっても、人は生きている。


食べる。


働く。


商売する。


学ぶ。


移動する。


結婚する。


子供を育てる。


国がなくなったからといって、社会生活までなくなったわけではなかった。


むしろ、それらは国境を越えてつながり続けていた。


そして、その状態になったあとで、


《アルデバラン国民》


というスキルが現れた。


スキルが人々をつないだのではない。


人々は、すでにつながっていた。




《アルデバラン国民》が国籍を示すものではない。


それが分かると、今度は別の疑問が生まれた。


では、このスキルは何を示しているのか。


アルデバラン王国への忠誠ではない。


カイゼル・シュタインフェルト王は、今もシュタインフェルト王国を治めている。


自国の民に責任を持つ王である。


アルデバラン王国へ忠誠を誓ったわけではない。


アイゼル・ローゼンクランツ公爵も同じだった。


他の国々で暮らす者たちも同じである。


オーキス王を自分たちの王として戴いた覚えなどない。


それでも《アルデバラン国民》は発現している。


ならば、特定の思想への賛同を示しているわけでもなかった。


百億人もの人間が、同じことを考えているはずがない。


料理人には料理人の生活がある。


商人には商人の仕事がある。


農民は作物を育てる。


騎士は自分の仕事をする。


教師は教える。


職人は物を作る。


何を大切にしているのかも、人によって違う。


それでも同じスキルが現れた。


共通しているのは、何かを信じていることではない。


同じ王へ忠誠を誓っていることでもない。


ただ、同じ社会の中で普通に暮らしている。


それだけだった。


国境は残っている。


百三十二カ国も残っている。


王がいる国もある。


基礎自治体だけで暮らしている地域もある。


政治の形まで統一されたわけではない。


それなのに、人々の日常を見ると国境で切り分けることが難しくなっていた。


今日食べる肉が、どこで狩られたものなのか。


イートフード大陸で狩られたアース・ドラゴンかもしれない。


野菜や果物は別の国から来たものかもしれない。


酒もそうだった。


ある国で作られた酒を、別の国の料理人が料理に合わせる。


気に入った者が食べ転移で店を訪れる。


そこで食べた料理を別の料理人が知り、自分の料理に取り入れることもある。


商人は必要な場所へ品物を運ぶ。


どこの国で生まれた品物だから扱わない、などという理由はない。


必要とする者がいる。


売る者がいる。


それで商売は成立する。


学ぶ場所も一つではない。


教育は国境を越えている。


教えられた者が別の場所で働く。


そこで得たものを、また別の誰かへ渡していく。


ギルドも一つの国だけで活動しているわけではなかった。


食品ギルド。


商業ギルド。


冒険者ギルド。


結婚斡旋ギルド。


それぞれが必要な場所で活動している。


住民基礎台帳管理システムまで百三十二カ国で利用されている。


誰かが大陸全体を統治して、そうさせたわけではない。


必要だったから使われた。


便利だったから広がった。


そして、人間そのものも国境を越える。


働く。


食べる。


出会う。


結婚する。


先ほどまで続いていたお見合い食事会では、ついに種族の境界まで越え始めていた。


人間と獣人。


人間とドワーフ。


人間とエルフ。


人間とダークエルフ。


人間と魔族。


人間とサキュバス。


百万組を超える婚姻が成立した。


その夫婦から子供が生まれる。


その子供にとって、父親と母親の種族が違うことは最初から当たり前だった。


国も同じだった。


今を生きている百億人のほとんどは、すでに存在しない国の出身者である。


かつて持っていた国籍が、その人間の今の暮らしを決めているわけではない。


国が滅びても腹は減る。


だから食べる。


仕事をする。


物を買う。


誰かに教わる。


別の土地へ行く。


好きな相手ができれば結婚する。


子供が生まれれば育てる。


国家が消えても、それらは何一つ消えなかった。


むしろ人々は、国境を越えてそれを続けてきた。


政治は分かれている。


オーキス王はアルデバラン王国を治めている。


カイゼル王はシュタインフェルト王国を治めている。


ライラ女王も自分の国を治めている。


誰も、その上に立ってはいない。


それでも三人を鑑定すれば、同じ《アルデバラン国民》が存在する。


王も。


公爵も。


騎士も。


料理人も。


商人も。


子供も。


同じだった。


それは政治的な選択の結果ではない。


誰かに与えられた称号でもない。


人々が普通に暮らし、その暮らしが国境を越えてつながった。


その後から、《アルデバラン国民》という名前だけがついてきた。




《アルデバラン国民》が発現しても、人々の暮らしは何も変わらなかった。


当然だった。


スキルが発現するより前から、人々は今の生活を送っていたからだ。


昨日までシュタインフェルト王国で暮らしていた者が、今日からアルデバラン王国の民になったわけではない。


カイゼル・シュタインフェルト王も、いつも通りシュタインフェルト王国の王だった。


アイゼル・ローゼンクランツ公爵も公爵のままである。


国境もある。


それぞれの国には、それぞれの政治がある。


何も変わっていない。


それでも、生活だけを見ればすでに一つにつながっていた。


イートフード大陸で狩られたアース・ドラゴンが、百三十二カ国で食べられている。


アストラル大陸で作られたものが、別の国へ運ばれる。


果物も野菜も酒も流れる。


新しい料理ができれば、その情報も広がる。


食べたい者は食べ転移で店まで行く。


そこに国境は関係なかった。


食品ギルドに登録された新しい料理や店の情報は、住民基礎台帳管理システムを通じて各地から見ることができる。


商人も動く。


料理人も動く。


食べる者も動く。


誰かが命令しているわけではない。


食べたいから行く。


売れるから運ぶ。


旨い料理を作りたいから食材を探す。


それぞれが自分の都合で動いているだけだった。


教育も同じである。


学ぶ者がいる。


教える者がいる。


学んだ者が別の土地で働く。


そこで必要なことを、また誰かに教える。


国ごとに知識を閉じ込める理由はなかった。


ギルドも国境を越えて活動している。


冒険者が別の国へ行けば、そこで仕事をする。


商人は需要のある場所へ品物を運ぶ。


食品ギルドは新しい食材や料理を扱う。


結婚斡旋ギルドは、出会いを求める者たちがいれば会場を作る。


その結婚斡旋ギルドが始めたお見合い食事会では、国境どころか種族の境界まで気にされなくなっていた。


シュタインフェルト王国の騎士が、亜人街のダークエルフと食事をする。


アルデバラン王国の女性騎士が、獣人の男に惹かれる。


ドワーフと話して気が合う者もいる。


エルフに惚れる者もいる。


サキュバスと真剣に結婚を考える者もいる。


どこの国の出身か。


何の種族か。


それを知ったうえで、それでも好きだから結婚する。


百万組を超える夫婦が、そうして生まれた。


さらに、その夫婦から子供が生まれ始めている。


父親と母親の種族が違う。


生まれた国も違う。


祖父母まで遡れば、さらに違う土地の出身かもしれない。


そんな家族が増えていけば、人間を一つの国だけで分けることはますます難しくなる。


まして現在の百億人のほとんどは、すでに滅亡した国の出身だった。


故郷だった国がなくなっても、その人たちは消えなかった。


新しい場所で暮らした。


働いた。


食べた。


商売をした。


学んだ。


誰かと出会った。


結婚した。


子供を育てた。


国家がなくなったあとも、生活は途切れなかった。


人が生きるために必要だったのは、かつて所属していた国の名前ではなかった。


今日食べるものがある。


働く場所がある。


必要なものを買える。


学ぶことができる。


移動できる。


家族を作ることができる。


それらが続いていれば、人は生きていける。


そして今、その生活はアストラル大陸とイートフード大陸の全域でつながっていた。


アルデバラン王国が大陸を統一したわけではない。


オーキス王が百億人を支配したわけでもない。


カイゼル王も王位を捨てていない。


ライラ女王も自分の国を治めている。


政治は分かれたままだった。


だが、人々が暮らしている社会は、もう国境ごとに分かれてはいなかった。


《アルデバラン国民》


そのスキルが現れたから、そうなったのではない。


食料が流れた。


人が動いた。


学んだ。


働いた。


商売した。


食事をした。


惚れた。


結婚した。


子供が生まれた。


それらが先だった。


社会は、とっくにつながっていた。


《アルデバラン国民》は、そのあとに現れただけだった。




《アルデバラン国民》の発現は、その後も確認され続けた。


一部の国だけではない。


一部の地域だけでもない。


アストラル大陸。


イートフード大陸。


そこで暮らす人々を鑑定すれば、同じスキルが表示される。


《アルデバラン国民》


それでも、アルデバラン王国の領土が広がったわけではなかった。


オーキス王の臣下が増えたわけでもない。


税を納める先が変わった者もいない。


百三十二カ国は、それぞれの形で存在している。


シュタインフェルト王国では、今日もカイゼル・シュタインフェルト王が王である。


カイゼル自身にも《アルデバラン国民》がある。


だからといって、その事実に矛盾はなかった。


アルデバラン王国の国民になったわけではないからだ。


王であるカイゼルと、幼いアリスやアリーナに同じスキルがある。


アイゼル・ローゼンクランツ公爵にもある。


騎士にもある。


商人にもある。


料理人にもある。


農民にもある。


誰であろうと変わらない。


人々は最初から同じ思想を持っていたわけではない。


オーキス王への忠誠を誓ったわけでもない。


アルデバラン王国の政治を受け入れると宣言したわけでもない。


そんなことをしなくても、同じ社会で暮らすことはできた。


朝になれば仕事へ行く。


腹が減れば飯を食う。


必要な物があれば買う。


知らないことがあれば学ぶ。


別の場所へ行きたければ移動する。


旨い料理があると聞けば、国境を越えて食べに行く。


商人は国境を越えて品物を売る。


料理人は各地の食材を使う。


教師は人を教える。


職人は必要な物を作る。


ギルドは国の違いを気にせず活動する。


それがすでに日常だった。


そして人々は、国境を越えて家族まで作り始めていた。


シュタインフェルト王国の騎士と、別の土地で暮らしていた者が結婚する。


アルデバラン王国の騎士と亜人街の者が結婚する。


人間と獣人。


人間とドワーフ。


人間とエルフ。


人間とダークエルフ。


人間と魔族。


人間とサキュバス。


その間に子供が生まれる。


その子供にとっては、それが最初から家族だった。


どちらの種族に属するべきか。


どちらの国に属するべきか。


そんなことを決めなければ家族になれないわけではない。


父がいる。


母がいる。


子供がいる。


一緒に飯を食う。


それで家族だった。


国籍という言葉そのものも、人々の暮らしを表すには小さくなっていた。


百億人のほとんどが、すでに滅亡した国の出身者である。


かつての国籍を失っても、誰も生活をやめなかった。


国がなくなっても食べる。


働く。


商売する。


学ぶ。


移動する。


結婚する。


子供を育てる。


国が消えても、社会は消えなかった。


人々は別の場所へ移り、そこでまた暮らし始めた。


その暮らしが別の暮らしとつながった。


食料でつながった。


商売でつながった。


教育でつながった。


ギルドでつながった。


住民基礎台帳管理システムでつながった。


料理と酒でつながった。


そして最後には、人と人が惹かれ合い、家族としてつながった。


誰かが大陸を一つにしようとしたわけではない。


オーキス王は皇帝にならなかった。


大陸王にもならなかった。


カイゼル王も自国の王であり続けている。


ライラ女王も自分の国を治めている。


誰か一人の下に集まったわけではなかった。


国境も残っている。


政治も分かれている。


それでも、人々の生活は国境の内側だけでは完結しなくなっていた。


どこの国に暮らしていても、同じ食材を食べる。


同じ仕組みを使う。


国境を越えて働く。


学ぶ。


商売する。


遊びに行く。


そして、国境も種族も越えて家族になる。


その状態になってから、世界は人々に同じスキルを示した。


《アルデバラン国民》


スキルが社会を変えたのではない。


社会が変わったから、スキルが現れた。


アルデバラン王国が大陸を統一したのでもない。


アルデバランで生まれた、人が普通に生きられる暮らし。


それが少しずつ外へ広がり、別の土地の暮らしとつながり続けた。


気がつけば、アストラル大陸とイートフード大陸に暮らす人々は、同じ社会の中で生きていた。


政治は分かれたまま。


社会だけが、一つになっていた。


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