309 お見合い食事会
結婚斡旋ギルドが、新しい活動を始めた。
言い出したのは、初代グランドマスターであるイメルダ・シュトラウス伯爵だった。
相手は亜人街に暮らす者たち。
獣人、魔族、ドワーフ、エルフ、ダークエルフ。
そして、シュタインフェルト王国騎士団である。
王国騎士団の総数は二百十万人。
その中には当然、独身者も大勢いた。
イメルダにとっては、それだけで十分だった。
「独身者がこれだけいるのでしょう? 向こうにも出会いを求めている方がいる。それなら会ってもらえばいいじゃない」
結婚斡旋ギルドの職員たちも異論はなかった。
やることは簡単だった。
会場を用意する。
料理を用意する。
酒も用意する。
そして、会ってもらう。
それだけである。
誰と誰を結婚させるかなど、ギルドでは決めない。
参加したからといって、結婚する必要もない。
気に入った相手がいなければ食事だけして帰ってもいい。
気になる相手がいれば話せばいい。
もう少し話したいと思えば、また会えばいい。
結婚斡旋ギルドがするのは、そのきっかけを作るところまでだった。
話を聞いたダークエルフたちは、すぐに食いついた。
もともと自由恋愛を好む者が多い。
相手を指定されるわけでもない。
大勢の男女が集まり、食事をしながら自由に話せる。
ならば参加しない理由がなかった。
「面白そうね」
「騎士が来るのでしょう?」
「二百十万人いるらしいわよ」
「そんなに?」
ダークエルフたちが張り切り始めた。
エルフも参加する。
獣人も参加する。
ドワーフも参加する。
魔族も参加する。
亜人街では参加希望者が増えていった。
そして、その話がシュタインフェルト王国騎士団へ伝わった。
騎士たちは大真面目だった。
「参加資格は?」
「騎士でも構わないのか?」
「勤務日の調整はできるか?」
あちこちから質問が飛んだ。
結婚斡旋ギルドの職員は、一つずつ答えていく。
騎士であることに問題はない。
独身であれば参加できる。
参加したからといって、誰かと交際する必要も結婚する必要もない。
ただ食事をして帰っても構わない。
それを聞いて、騎士たちはさらにざわついた。
獣人が来る。
魔族が来る。
ドワーフが来る。
エルフが来る。
そして、ダークエルフも来る。
「ダークエルフも参加するのか?」
「するらしい」
「エルフも?」
「参加希望者がいるそうだ」
騎士たちの目が真剣になった。
エルフは美人が多い。
ダークエルフも美人が多い。
しかもダークエルフには独特の色気がある。
誰も騒いでいるつもりはなかった。
本人たちは至って真面目だった。
将来の伴侶と出会うかもしれないのだ。
真剣になるのは当然である。
だが、二百十万人もの騎士を抱える王国騎士団のあちこちで、
「参加資格は?」
「いつ開催される?」
「勤務をずらせないか?」
そんな会話が始まれば、騎士団そのものが色めき立っているようにしか見えなかった。
一方、亜人街でも事情は似たようなものだった。
参加する者たちは、それぞれ相手を見る。
種族ではなく、一人の男、一人の女として。
女性騎士の中には、獣人の男たちを見て目を引かれる者がいた。
鍛えられた身体。
野性味のある風貌。
実際に話してみれば、豪快で裏表がない者もいる。
「なんかこの人、頼もしい」
そんな感想が自然に出る。
ドワーフの男たちは、また違った。
頑丈そうな身体つきなのに、職人仕事の話になると驚くほど細かい。
道具。
料理。
酒。
装飾品。
ほんのわずかな違いにもこだわる。
「そんな細かいところまで見るの?」
興味を持つ女性騎士が現れた。
逆も同じだった。
男の騎士たちの前にはエルフがいる。
美人だった。
ダークエルフもいる。
こちらも美人だった。
しかも色気がある。
それでも、結婚斡旋ギルドは何もしない。
イメルダも誰かを指名しない。
食事をしてもらう。
ハイボールを飲んでもらう。
好きに話してもらう。
すると、あちこちの席で自然に言葉が出始めた。
「もう少し話してみたい」
「今度、二人で食事しない?」
結婚斡旋ギルドが用意したのは、ただの出会う場所だった。
その先は、本人たちが勝手に決め始めていた。
シュタインフェルト王国騎士団で公開お見合い食事会の話が広がっていた頃、その話を聞きつけた者たちがいた。
アルデバラン王国騎士団である。
こちらは二百二十万人。
当然、独身者も大勢いる。
「シュタインフェルト王国騎士団がお見合い食事会をするらしい」
「誰とだ?」
「亜人街の獣人やドワーフ、エルフ、ダークエルフ、魔族だ」
「俺たちは参加できないのか?」
すぐにそんな声が上がった。
結婚斡旋ギルドへ問い合わせが入る。
イメルダの答えは簡単だった。
「参加したいのであれば、参加してもらえばいいでしょう」
断る理由がなかった。
シュタインフェルト王国の騎士だけに相手を紹介するための催しではない。
出会いを求めている者同士に、会う場所を用意する。
それが目的である。
こうしてアルデバラン王国騎士団二百二十万人まで加わった。
シュタインフェルト王国騎士団二百十万人。
合わせて四百三十万人。
もちろん、その四百三十万人が一度に集まるわけではない。
勤務もある。
都合もある。
参加する意思がない者もいる。
だが、相手を探している独身者にとって、これほど大きな出会いの機会はなかった。
各地で食事会が開かれるようになった。
食品ギルドが料理を用意する。
酒も並ぶ。
ハイボールを片手に話す者もいる。
料理を食べながら、仕事の話をする者もいる。
出身地の話をする者もいた。
最初は容姿に惹かれたとしても、話してみれば印象は変わる。
女性騎士が獣人の男を見て、その逞しい身体に目を留める。
実際に話してみる。
豪快に笑う。
言いたいことははっきり言う。
変に取り繕わない。
「あなた、分かりやすいわね」
「よく言われる」
「でも、私は嫌いじゃないわ」
そんな会話が始まる。
別の席では、女性騎士がドワーフの男と話していた。
最初に目についたのは、頑丈そうな身体だった。
ところが話題が仕事に移ると、印象が変わった。
道具の手入れ。
刃のわずかな違い。
装飾品の細かな仕上げ。
酒を飲む器にまで話が及ぶ。
「そんな細かいところまで見るの?」
「見るぞ。使いやすさが変わるからな」
「へえ……」
女性騎士が身を乗り出した。
逞しさとは別のところに興味を持ったらしい。
男の騎士たちも忙しかった。
エルフがいる。
話しかけたい。
その少し向こうにはダークエルフがいる。
こちらにも話しかけたい。
だが、どちらも結婚相手を探しに来ている。
騎士たちも遊び半分ではなかった。
そんな食事会へ、さらに参加者が増えた。
魔族の中でも目立ったのがサキュバスだった。
サキュバスと人間の婚姻には、すでに前例がある。
筆頭情報官補佐のエミリアと、冒険者貴族ガレス。
ならばサキュバスが人間との結婚を考えても、何もおかしくない。
結婚斡旋ギルドの職員が希望を尋ねると、一人のサキュバスが真面目な顔で答えた。
「誠実な方がいいです」
近くにいた騎士たちの背筋が伸びた。
別のサキュバスも考えてから口を開く。
「仕事をきちんとしている方がいいですね」
騎士たちの姿勢がさらに良くなった。
サキュバスたちも真剣だった。
アルデバランとシュタインフェルトの騎士たちは強い。
職が安定している。
身体も鍛えている。
社会的な信用もある。
結婚相手として考えれば、十分に魅力的だった。
騎士も真剣。
サキュバスも真剣。
エルフもダークエルフも真剣。
獣人もドワーフも真剣だった。
そして、その誰よりもイメルダと結婚斡旋ギルドの職員たちは真剣だった。
ただし、誰かと誰かを結びつけようとはしない。
料理を出す。
酒を出す。
話せる場所を作る。
それだけだった。
色気。
容姿。
性格。
仕事ぶり。
逞しさ。
繊細さ。
人によって惹かれるところは違う。
種族融和などという大きな話を持ち出す者はいなかった。
目の前に気になる相手がいる。
だから話してみる。
楽しかった。
だから、もう一度会ってみる。
「次は二人で食事しない?」
その言葉が、各地の食事会で次々と聞かれるようになっていた。
お見合い食事会は、一度では終わらなかった。
そもそも参加を希望する者の数が多すぎる。
シュタインフェルト王国騎士団だけで二百十万人。
そこへアルデバラン王国騎士団二百二十万人まで加わった。
騎士だけで四百三十万人である。
さらに亜人街から獣人、魔族、ドワーフ、エルフ、ダークエルフが参加する。
サキュバスまでいる。
一度の食事会でどうにかなる人数ではなかった。
結婚斡旋ギルドは各地で会場を用意した。
すると、最初に参加した者から話を聞いた者が、次の食事会へ参加するようになった。
「どうだった?」
「楽しかったわよ」
「いい人いた?」
「今度、二人で食事することになった」
そんな話を聞けば、興味を持つ者も出てくる。
騎士団でも同じだった。
勤務を終えた騎士たちの間で、お見合い食事会の話が普通に出るようになった。
「お前、この前参加したんだろう?」
「ああ」
「どうだった?」
「また会う約束をした」
「俺も次に参加する」
参加者が参加者を呼んだ。
食品ギルドも忙しくなった。
何百人、何千人という単位ではない。
各地で次々と食事会が開かれる。
それだけの人数に料理を出す必要がある。
アース・ドラゴンの肉もある。
内臓もある。
各地から集まった食材もある。
料理人たちは、それらを次々と料理に変えていった。
酒も並んだ。
ハイボールを飲みながら話せば、最初は緊張していた者も次第に口数が増える。
料理の話から始まることもある。
仕事の話になることもある。
好きな酒が同じだったというだけで、話が続く者たちもいた。
食事会が増えれば、人が集まる。
人が集まれば、商売も動く。
商業ギルドも何かを始めた。
結婚斡旋ギルドは止めなかった。
自分たちがやる必要はないからだ。
必要だと思った者が、自分で動けばいい。
その間にも、新しい組み合わせが生まれていた。
人間の女性騎士と獣人の男。
人間の女性騎士とドワーフの男。
人間の男とエルフの女。
人間の男とダークエルフの女。
魔族と人間。
もちろん、それ以外の組み合わせもある。
誰も種族で相手を決めていなかった。
最初に目を引くものはある。
身体つき。
顔立ち。
色気。
逞しさ。
だが、そこから先は話してみなければ分からない。
「思っていたより静かな人なのね」
「よく言われる」
「獣人だから、もっと豪快なのかと思ってた」
「そういう奴もいる」
「あなたは違うの?」
「俺は酒を飲むと少しうるさい」
女性騎士が笑った。
別の会場では、エルフの女性と人間の騎士が話していた。
その隣では、ドワーフの男が自分の仕事について熱心に語り、女性騎士が興味深そうに聞いている。
さらに向こうでは、ダークエルフの女性が騎士とハイボールを飲んでいた。
「もう一杯飲む?」
「飲むわ」
「じゃあ俺も」
それだけの会話から始まる者たちもいた。
結婚斡旋ギルドは、交際を始めた者たちにも結婚を急がせなかった。
何度でも会えばいい。
一緒に食事をすればいい。
違うと思えば断ってもいい。
もっと一緒にいたいと思った者だけが、その先へ進めばいい。
それでも、参加者の母数が大きかった。
四百三十万人の騎士たちだけではない。
亜人街にも出会いを求めている者が大勢いる。
食事会が繰り返されるほど、交際を始める者が増えていった。
そして、交際の先に結婚を選ぶ者も現れる。
一組。
十組。
百組。
千組。
その数は止まらなかった。
獣人と人間。
魔族と人間。
ドワーフと人間。
エルフと人間。
ダークエルフと人間。
サキュバスと人間。
異なる種族同士が夫婦になること自体が、少しずつ珍しいことではなくなっていった。
だが、イメルダはそんな結果を見ても、
「種族融和が進んだわね」
などとは言わなかった。
結婚斡旋ギルドも、大陸種族融和計画など立てていない。
独身者がいた。
出会いを求めている者がいた。
だから会う場所を作った。
そこで気の合う相手を見つけた者たちが、自分たちで結婚を決めた。
イメルダたちがやったのは、本当にそれだけだった。
お見合い食事会が各地で開かれるようになってから、結婚斡旋ギルドへ届けられる報告の内容も変わっていった。
最初は参加希望だった。
次は交際の報告になった。
そして今では、婚姻の報告が次々と届いている。
人間同士だけではない。
獣人と人間。
ドワーフと人間。
エルフと人間。
ダークエルフと人間。
魔族と人間。
サキュバスと人間。
種族の違う男女が一緒に結婚斡旋ギルドを訪れることも、珍しい光景ではなくなっていた。
「結婚することにしました」
そう告げる二人に、職員は必要な手続きを進める。
どうして相手を選んだのかなど、聞く必要もない。
それぞれに理由がある。
逞しいところが好きだった。
一緒にいると安心した。
仕事に向き合う姿が好きだった。
話していて楽しかった。
料理の好みが同じだった。
酒を一緒に飲むのが楽しかった。
顔が好みだった。
理由など、それで十分だった。
結婚斡旋ギルドが理由を決めることではない。
一方で、食事会へ何度参加しても相手を決めない者もいた。
それも問題にはならなかった。
結婚しなければならない催しではない。
「今回はいなかったわ」
「では、また参加しますか?」
「そうする」
それで終わる。
次の食事会で気になる相手が見つかるかもしれない。
見つからないかもしれない。
どちらでもよかった。
だが、参加する人数があまりにも多い。
食事会そのものも各地で繰り返されている。
その結果、成立する婚姻の数は増え続けた。
そして結婚した夫婦の間に、子供が生まれ始めた。
エルフもダークエルフも、ドワーフも魔族も長命種である。
長く生きる一方で、子供は生まれにくい。
これまでなら、婚姻する者が増えたとしても、すぐに人口が大きく増えることはなかった。
しかし、結婚斡旋ギルドには一つ大きな特徴があった。
職員たちは全員、多産スキルを持っている。
結婚した者たちの間に子供が生まれる。
長命種の夫婦にも生まれる。
異なる種族の夫婦にも生まれる。
人間と獣人の子。
人間とエルフの子。
人間とダークエルフの子。
人間とドワーフの子。
人間と魔族の子。
混血の子供たちが次々と生まれ始めた。
誰も、その子供たちを生み出すためにお見合い食事会を始めたわけではない。
人口増加政策でもない。
長命種の出生数を増やす計画でもない。
ましてや種族を混ぜるための政策でもなかった。
独身者が大勢いた。
出会いを求めている者も大勢いた。
ならば会ってもらえばいい。
イメルダが考えたのは、それだけだった。
食事をする。
酒を飲む。
話をする。
気が合えば、もう一度会う。
好きになれば交際する。
一緒に暮らしたいと思えば結婚する。
そして夫婦になった者たちの間に子供が生まれる。
ただ、それが途方もない人数で起きていた。
結婚斡旋ギルドから集計結果が出た。
公開お見合い食事会をきっかけに成立した婚姻。
その数は、ついに百万組を超えていた。
その頃。
シュトラウス伯爵は、妻が結婚斡旋ギルドを動かして何か大きな催しをしていることは知っていた。
亜人街から獣人や魔族を集めた。
ドワーフもいる。
エルフもダークエルフもいる。
サキュバスまで参加した。
シュタインフェルト王国騎士団二百十万人が色めき立った。
さらにアルデバラン王国騎士団二百二十万人まで参戦した。
そこまで聞いたところで、シュトラウス伯爵は眉間を押さえた。
「……あいつは何をやってるんだ?」
妻が世話焼きなのは知っている。
結婚斡旋ギルドを大きくしたことも知っている。
だから今回も、大勢の男女の世話を焼いているのだろう。
そう思っていた。
しばらくして、部下が報告にやってきた。
「伯爵、今回の公開お見合いで成立した婚姻数ですが、百万組を超過しました」
シュトラウス伯爵は動きを止めた。
「……百万?」
「はい」
聞き間違いではなかった。
獣人。
魔族。
ドワーフ。
エルフ。
ダークエルフ。
サキュバス。
人間。
その間で大量の夫婦が誕生している。
さらに多産スキルの影響もあり、長命種を含めて子供まで増え始めているという。
シュトラウス伯爵は、しばらく何も言わなかった。
大陸種族融和計画など存在しない。
人口増加政策でもない。
妻はただ、出会いを求める独身者たちに食事をする場所を用意しただけだった。
その結果が、百万組を超える婚姻だった。
シュトラウス伯爵はもう一度、眉間を押さえた。
「……本当に何をやってるんだ、あいつは」




