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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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311 平和

アストラル大陸とイートフード大陸には、膨大な量の魔物が備蓄されていた。


ミストバルカス公国が狩った魔物。


シュタインフェルト王国やアルデバラン王国の騎士、冒険者たちが狩った魔物。


そしてイートフード大陸で狩り続けられているアース・ドラゴンをはじめとする魔物たち。


肉だけではない。


皮。


鱗。


骨。


牙。


爪。


血液。


内臓。


魔石。


利用できるものは多かった。


それらは時間停止機能を持つアイテムボックスへ収納されている。


腐らない。


劣化もしない。


必要になれば、いつでも取り出せる。


食料としても素材としても、これ以上便利な保管方法はなかった。


だが、一つだけ問題があった。


保管しているのが個人だったことである。


騎士が持っている。


冒険者が持っている。


料理人や職人が持っているものもある。


それぞれが自分のアイテムボックスへ収納している限り、保管そのものには問題がない。


しかし国や基礎自治体にとって、それでよいとは言えなかった。


個人が管理している以上、その人物がいなければ取り出せない。


膨大な食料や資材を、特定の個人に依存して保管し続ける。


その状態を是とすることはできなかった。


必要なのは、個人の能力に依存しない保管設備だった。


その課題に取り組んだのは、魔道具技師、鍛冶師、木工技師たちだった。


さらに第14アルデバラン王国の研究・魔法技術を教える教師たちも加わった。


目的は明確だった。


アイテムボックスと同じように、内部へ物を収納できる設備を作る。


しかも個人が所有するものではない。


国。


基礎自治体。


ギルド。


組織そのものが管理できる設備である。


教導を使いながら、それぞれの技術を持ち寄った。


魔道具技師が魔法的な構造を考える。


鍛冶師が必要な部材を作る。


木工技師も設備の製作に加わる。


第14アルデバラン王国の教師たちは、研究と魔法技術の知識を提供した。


誰か一人が完成形を知っていたわけではない。


それぞれが自分の持つ技術を出した。


試す。


うまくいかなければ直す。


別の方法を試す。


教導によって得られた知識も共有された。


そして、開発は成功した。


完成した設備には名前が付けられた。


マジックリポジトリ。


簡単に言えば、アイテムボックスの法人版だった。


個人の所有するアイテムボックスとは違い、国や基礎自治体、ギルドなどの組織が管理する。


そして最大の特徴は、その容量だった。


無限。


食料を入れてもいい。


魔物の素体をそのまま入れてもいい。


皮や鱗、骨などの素材も保管できる。


魔石も収容できた。


大量に入れたからといって、容量が不足することもない。


これなら、個人のアイテムボックスへ分散していた膨大な備蓄を、組織の資産として管理できる。


完成したマジックリポジトリは、すぐに各地へ導入されることになった。


アルデバラン王国。


シュタインフェルト王国。


ミストバルカス公国。


そして、国家を持たないイートフード大陸の基礎自治体。


それぞれが設置を始めた。


同時に、個人が所有していた魔物の買い取りも始まった。


「保管している魔物を買い取ります」


騎士や冒険者たちへ告知される。


対象は魔物の素体だけではない。


素材。


魔石。


その他、利用可能な部位。


国や基礎自治体が買い取り、マジックリポジトリへ収容する。


これまで自分のアイテムボックスへ大量の魔物を保管していた冒険者たちは、次々と買い取りへ持ち込んだ。


「これもいいのか?」


「買い取り対象です」


「じゃあ、まだあるぞ」


アイテムボックスから魔物の素体が取り出される。


一体ではない。


十体。


百体。


それ以上を保管している者も珍しくなかった。


騎士たちも同じだった。


これまで狩った魔物を取り出していく。


国や基礎自治体が買い取る。


そして、そのままマジックリポジトリへ収容する。


個人が持っていた備蓄が、少しずつ社会全体で利用できる備蓄へと変わり始めていた。




マジックリポジトリの設置は、国や基礎自治体だけに留まらなかった。


各ギルドも導入を決めた。


食品ギルド。


商業ギルド。


冒険者ギルド。


薬師ギルド。


紡織ギルド。


鍛冶師ギルド。


木工ギルド。


醸造ギルド。


酒造ギルド。


運輸ギルド。


それぞれの本部に、マジックリポジトリが設置されていく。


扱うものはギルドによって違う。


食品ギルドなら食材。


薬師ギルドなら薬の原料。


紡織ギルドなら皮などの素材。


鍛冶師ギルドなら魔石や加工に使う素材。


これまでも所属する職員たちのアイテムボックスを利用して保管していた。


容量に困ることはない。


腐敗や劣化を心配する必要もない。


それでも、個人が所有するアイテムボックスであることに変わりはなかった。


職員が交代することもある。


別の仕事へ移ることもある。


誰が何を保管しているのか。


どれだけ残っているのか。


組織として管理する以上、個人の能力へ依存し続ける必要はなかった。


マジックリポジトリなら、ギルドそのものが保管できる。


必要な物資を収容する。


必要になれば取り出す。


それだけだった。


導入することに異論はなかった。


問題があるとすれば費用である。


マジックリポジトリは簡単な魔道具ではない。


魔道具技師。


鍛冶師。


木工技師。


そして第14アルデバラン王国で研究や魔法技術を教えている教師たち。


多くの者が製作に関わっている。


使われる材料も多い。


一基だけならともかく、各国や基礎自治体、さらに各ギルドの本部へ設置する。


必要になる予算は莫大だった。


だが、それが問題になることはなかった。


各ギルドには、これまでの活動によって蓄積してきた利益がある。


百三十二カ国。


人口は増え続けている。


食品ギルドは膨大な量の食材を扱ってきた。


商業ギルドでは毎日、無数の商品が取引されている。


冒険者ギルドには魔物の素材や魔石が持ち込まれる。


薬師ギルドは薬を作る。


紡織ギルドは衣類を作る。


醸造ギルドや酒造ギルドの商品も広く売れていた。


運輸ギルドが扱う物資も増え続けている。


それぞれが利益を上げてきた。


蓄積された利益は莫大だった。


必要な設備なら、その利益を使えばいい。


マジックリポジトリの製作費と設置費用は、それぞれの組織から支払われた。


製作する技術者たちにも代金が支払われる。


材料を供給する者にも利益が出る。


そして完成した設備は、今後の仕事に使われる。


各地で設置が進んでいった。


中でも、収容される量が多かったのはイートフード大陸だった。


この大陸では現在もアース・ドラゴンが狩られ続けている。


すでに数億体。


しかも一体一体が巨大である。


これまで騎士や冒険者たちが、それぞれのアイテムボックスに保管していた。


国や基礎自治体による買い取りが始まると、それらが次々と持ち込まれた。


アース・ドラゴンの素体。


解体済みの肉。


内臓。


皮。


鱗。


骨。


牙。


爪。


血液。


魔石。


料理人が使うもの。


薬師が使うもの。


職人が使うもの。


用途は違っても、利用できる資源であることに変わりはない。


「これも買い取ってもらえるのか?」


冒険者が尋ねた。


「もちろんです」


「まだかなりあるぞ」


「構いません」


冒険者はアイテムボックスから保管していたアース・ドラゴンを取り出していった。


一体。


十体。


百体。


それでも終わらない。


別の冒険者も持ってくる。


騎士たちも保管していた素体や素材を持ち込んだ。


買い取りが終われば、そのままマジックリポジトリへ収容される。


容量は無限だった。


数億体のアース・ドラゴンであっても問題はない。


同じことは、アルデバラン王国でも行われていた。


シュタインフェルト王国。


ミストバルカス公国。


それぞれが国民、騎士、冒険者たちの持つ魔物の素体や素材、魔石を買い取っていく。


かつて個人のアイテムボックスへ分散していた膨大な備蓄が、マジックリポジトリへ収容されていった。


魔物を狩った本人が、その場にいなくてもいい。


誰か一人のアイテムボックスに頼る必要もない。


国。


基礎自治体。


ギルド。


それぞれが、自分たちの備蓄を持つようになった。


そしてその中には、今を生きる人々だけでは到底食べ切れないほどの食料が収められていた。




マジックリポジトリへの収容は続いた。


アルデバラン王国。


シュタインフェルト王国。


ミストバルカス公国。


イートフード大陸。


各地に設置されたマジックリポジトリには、魔物の素体や素材、魔石が次々と収容されている。


食品ギルドをはじめとする各ギルドの本部でも同じだった。


食料として使うもの。


薬の材料になるもの。


武具や魔道具の材料になるもの。


用途に応じて管理され、必要になれば取り出される。


容量を心配する必要はない。


腐敗することもない。


数年後でも、数十年後でも使える。


これまで個人のアイテムボックスに分散していたものが、国や基礎自治体、ギルドの備蓄へ変わった。


食料についても同じだった。


イートフード大陸には数億体のアース・ドラゴンがある。


アストラル大陸にも、これまで狩られてきた膨大な数の魔物がある。


それらを食べ尽くさなければならない理由もない。


必要な分だけ取り出せばいい。


残ったものは、そのまま保管しておけばいい。


各国にとって、食料の備蓄量を心配する時代は終わろうとしていた。


もちろん、人々は今も農業を続けている。


家畜も育てている。


漁にも出る。


豆腐も作る。


酒も造る。


料理人たちは毎日料理を作っている。


魔物の備蓄があるからといって、それまでの仕事をやめる者はいなかった。


食べるものは魔物だけではない。


野菜も食べる。


豆も食べる。


果物も食べる。


魚も食べる。


肉と野菜を一緒に料理することもある。


料理人たちは、手に入る食材を使って料理を作り続けていた。


食料が不足しない。


それは食べるものが一種類になるという意味ではなかった。


むしろ、選べるものは増えていた。


その間にも人口は増えていた。


アストラル大陸。


イートフード大陸。


二つの大陸で暮らす人々を合わせれば、人口は百二十億に達しようとしていた。


かつてなら考えることさえ難しかった人数である。


だが、その数字を毎日のように意識して暮らしている者はほとんどいない。


朝になれば仕事へ行く。


農家は畑へ出る。


職人は工房へ向かう。


料理人は店を開ける。


商人は商品を扱う。


教師は教える。


ギルドの職員は、それぞれの仕事をする。


仕事を終えれば公衆浴場へ向かう者もいた。


広い湯に浸かり、一日の汗を流す。


「ああ、気持ちいいな」


「今日はよく働いたからな」


そんな会話が聞こえる。


風呂から上がれば腹が減る。


近くの店へ入った男たちの前に、焼かれたドラゴンステーキが運ばれてきた。


別の器には、おからの入ったドラゴンスープがある。


湯気が立っていた。


「今日もこれか?」


「嫌なら別のものを頼めばいいだろ」


「嫌とは言ってない」


男はドラゴンステーキを食べる。


もう一人はスープを口にする。


「やっぱりうまいな」


「だから頼んだんだろ」


二人は笑った。


別の店では違う料理が食べられていた。


海で狩られた魔物。


白身の魚として食べられるものを使った鍋だった。


野菜と一緒に煮込まれ、その中には豆腐も入っている。


家族で鍋を囲んでいる者もいる。


仕事仲間と食べている者もいる。


一人で静かに食事をしている者もいた。


誰も、自分たちが百二十億人の社会で暮らしていることを話題にはしていない。


マジックリポジトリにどれほどの食料が入っているのかを気にする者も少なかった。


腹が減れば食べる。


疲れれば風呂に入る。


朝になれば、また仕事をする。


それでよかった。


食料がなくなるかもしれない。


明日、食べるものがないかもしれない。


そんな心配をしなくてもいい暮らしが、いつの間にか当たり前になっていた。




町の外では、今日も騎士や冒険者たちが魔物を狩っていた。


特別なことではない。


街道の近く。


農地の周辺。


人が暮らす町や村の近く。


魔物が増えれば狩る。


危険になる前に数を減らす。


狩った魔物は持ち帰る。


食料になるものもあれば、素材として使われるものもある。


魔石も回収する。


これまでと変わらない仕事だった。


索敵を使っていた冒険者が、森の奥へ目を向けた。


「いたぞ」


仲間たちも索敵を使う。


何体かの魔物が森の中を歩いている。


「少ないな」


「この辺りは、この前も狩ったからな」


冒険者たちは森へ入った。


魔物を見つける。


以前なら、それなりに警戒する必要があった相手だった。


だが、今いる魔物は若い。


体も小さく、力も弱かった。


冒険者たちは魔法で捕縛する。


動きを止め、そのまま仕留めた。


「終わりか?」


「もう少し奥も見ておこう」


索敵の範囲を広げる。


別の魔物が見つかった。


そちらも若い。


「あれだけ狩ったのにな」


一人が笑った。


「まだいるな」


「滅びないもんだな」


「まぁいいか」


誰かが言うと、仲間たちも笑った。


魔物がいるなら狩ればいい。


狩ったものは無駄にならない。


食べることができる。


素材として使うこともできる。


すぐに必要がなければ、マジックリポジトリへ収容しておけばいい。


冒険者たちは狩った魔物を回収すると、町へ戻っていった。


別の場所では騎士たちが同じことをしている。


街道を巡回し、魔物を見つければ狩る。


農地の近くに現れれば排除する。


それが終われば帰る。


大軍を相手にすることもない。


国境を越えて攻め込んでくる軍勢もない。


焼かれた町から逃げる人々を保護することもない。


食べるものを求めて彷徨う人々もいない。


騎士は騎士の仕事をする。


冒険者は冒険者の仕事をする。


農家は作物を育てる。


職人は物を作る。


商人は商品を売る。


料理人は料理を作る。


教師は教える。


誰かが困っていれば、気づいた者が自分のできることをする。


その結果を見た別の誰かが、また自分のできることをする。


それはもう、珍しいことではなかった。


夕方になる。


仕事を終えた人々が町へ戻ってくる。


公衆浴場へ向かう者がいる。


家へ帰る者もいる。


店へ食事に向かう者もいる。


ドラゴンステーキを食べる者。


おからの入ったドラゴンスープを食べる者。


豆腐の入った海鮮魔物の白身魚の鍋を囲む者。


酒を飲みながら仕事仲間と笑っている者もいた。


別の国の料理を食べたければ、食べ転移で店へ行けばいい。


欲しい商品があれば商業ギルドを通じて手に入る。


新しい料理が生まれれば、その情報は広がる。


必要な食材があれば商人が動く。


作れるものなら農家や職人が作る。


働く場所も、学ぶ場所も、一つの国の中だけに限られてはいなかった。


結婚した相手が別の国の出身であることも珍しくない。


異なる種族の夫婦も増えていた。


そこで生まれた子供たちにとって、父と母の出身国が違うことも普通のことだった。


アルデバラン王国にはオーキス王がいる。


シュタインフェルト王国にはカイゼル王がいる。


ミストバルカス公国にはライラ女王がいる。


基礎自治体は、それぞれの地域を管理している。


国は消えていない。


王も消えていない。


自治体もギルドも、それぞれの役割を持ったまま存在している。


それでも、人々の暮らしは一つの国の中だけでは完結しなくなっていた。


今日も世界は平和だった。


統治は分立していた。


だが、人も、物も、金も、情報も、文化も、婚姻も、すでに国境を越えていた。


誰も征服していない。


誰も支配していない。


支配者のいない大陸統一は――こうして成った。





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