307 家族の食事
アリッサとロルフの店に、いつもとは少し違う顔ぶれが集まっていた。
ユリアン王女とレックス王子夫妻。
そして二人の間に生まれたばかりの息子、アーノルド。
さらにカイゼル王とアイゼル公爵も一緒だった。
まだ幼いアーノルドは、テーブルのそばに置かれたかご型のベビーベッドの中ですやすやと眠っている。
大人たちが話していても目を覚ます様子はない。
第一子のアリスは、祖父であるアイゼル公爵の隣に座っていた。
その向かいにはアリッサがいる。
第二子のアリーナは、アリッサの抱っこひもの中に収まっていた。
アリッサは時折アリーナの様子を確かめながら、家族たちとの会話を楽しんでいる。
そこへ焼き上がったドラゴンステーキが運ばれてきた。
大人たちには一人一皿。
アリスの前には、小さくカットされたドラゴンステーキが置かれる。
焼き上がった肉から香ばしい匂いが立ち上っていた。
「いただきます」
最初に肉を口にしたカイゼルが、すぐに反応した。
「これは旨い」
ユリアンも一口食べる。
「美味しいですわ」
肉は驚くほど柔らかかった。
ロルフの店は以前からステーキの焼き具合に定評がある。
火の通し方が良く、ドラゴン肉の美味しさを十分に引き出していた。
そのステーキが、さらに柔らかくなっている。
理由は梨だった。
すりおろした梨に大蒜、生姜、醤油を合わせ、そこへドラゴン肉を漬け込む。
しばらく置いてから、ロルフが焼き上げる。
梨のほのかな甘みと、大蒜、生姜、醤油の味が肉に馴染んでいた。
アリスも小さく切られた肉を口に入れる。
「おいしい」
嬉しそうにもう一切れ食べた。
アイゼル公爵が孫の様子を見て笑う。
「アリスはよく食べるな」
「だって、おいしいもん」
「そうか、そうか」
アイゼルも自分のステーキを食べる。
確かに柔らかい。
アリスでも無理なく食べられるほどだった。
レックスも肉を口に運びながら頷いた。
「前に食べた時より旨くなってるな」
「梨を使っているそうですわ」
ユリアンが答える。
「梨?」
「ええ。すりおろして肉を漬け込むそうですの」
「果物を肉に使うのか」
カイゼルがもう一切れ食べる。
「面白いな。だが、確かに旨い」
食事はそのまま続いた。
誰も急ぐ必要はない。
アーノルドは眠っている。
アリーナもアリッサに抱かれたまま大人しい。
アリスだけは自分の皿の肉を次々と食べていた。
「アリス、ゆっくり食べなさい」
ユリアンが声をかける。
「はーい」
返事をした直後に、また肉を口へ運ぶ。
その様子を見て、カイゼルが笑った。
レックスも笑いながら、自分のステーキを食べる。
家族で食卓を囲む。
それだけの時間だった。
しばらくして、レックスが念話を使った。
相手は父オーキスだった。
せっかくカイゼル王たちも来ている。
旨いものもある。
それなら呼べばいい。
ほどなくして、店内に二人の姿が現れた。
オーキスとバイオレットだった。
転移してきた二人に、カイゼルが気づく。
「これは、オーキス王。バイオレット王妃」
「カイゼル王も来ていたか」
オーキスが答える。
バイオレットはテーブルの料理を見た。
「まあ、美味しそうですわ」
そして近くにいた店員を呼ぶ。
「私たちも同じものをお願いしますわ。それとハイボールを」
そこでオーキスを見る。
「あなたも飲む?」
「もちろんだ」
オーキスは即答した。
カイゼルが二人を見ていると、オーキスが尋ねる。
「カイゼル王たちは飲まないのか?」
「いただくとしよう」
カイゼルも断らなかった。
オーキスは店員へ顔を向ける。
「ハイボールを六つ頼む」
「承知しました」
アリッサがそのやり取りを聞いて笑っていた。
ユリアンも小さく笑う。
レックスは当然のように自分のグラスが来るのを待っている。
間もなく六つのハイボールが運ばれてきた。
家族の食事会は、酒なしでは始まらなかった。
オーキスとバイオレットの前にも、焼き上がったドラゴンステーキが運ばれてきた。
バイオレットは早速肉を口に運ぶ。
「まあ、柔らかいですわ」
もう一口食べると、今度は味を確かめるようにゆっくり噛んだ。
「先日、イートフード大陸で食べたお肉と似ていますわ」
「梨を使っているそうだ」
レックスが答えた。
バイオレットの顔が明るくなる。
「やっぱり梨でしたのね」
「知っていたのか?」
オーキスが尋ねる。
「マーガレットたちと食べに行った店のお肉も、とても柔らかかったんですの。ほんのり甘くて美味しかったのですけれど、何を使っているのか聞くのを忘れてしまいましたわ」
「母上らしいな」
レックスが笑った。
「仕方ありませんわ。美味しいものを食べている時に、そんなことまで考えていませんもの」
バイオレットは気にした様子もなく、ハイボールを一口飲む。
「やっぱり合いますわね」
カイゼルもドラゴンステーキを食べたあと、グラスを傾けた。
「なるほど。確かに合うな」
「でしょう?」
「なぜバイオレット王妃が自慢する?」
「美味しいからですわ」
答えになっているような、なっていないような返事だった。
オーキスが笑う。
アイゼル公爵もハイボールを飲みながら、ドラゴンステーキを楽しんでいた。
その隣では、アリスが小さく切られた肉を一つずつ食べている。
皿に残っていた最後の一切れを食べ終えると、アリスはアリッサを見た。
「お母さん、おかわり」
「もう食べたの?」
「うん」
アリッサが娘の皿を見る。
本当に空だった。
「美味しかった?」
「おいしかった」
「じゃあ、もう少しだけね」
「うん!」
嬉しそうに答えるアリスを見て、アイゼル公爵が笑った。
「よく食べるようになったな」
「最近、食べる量が増えたの」
アリッサが答えた。
「元気な証拠だ」
アイゼル公爵は孫の頭を撫でる。
アリスは追加の肉が来るのを待ちながら、祖父の隣で機嫌よく座っていた。
アリッサの胸元では、抱っこひもの中にいるアリーナが小さく動いた。
「あら、起きた?」
アリッサが顔を覗き込む。
アリーナは少しだけ目を開けたが、すぐにまた閉じた。
「眠かっただけみたい」
その少し離れたところでは、アーノルドもかご型のベビーベッドの中で眠っている。
ユリアンが時折そちらへ目を向けていた。
「アーノルドもよく寝ているな」
レックスが息子を見る。
「来る前に起きていましたから」
ユリアンが微笑む。
「今のうちに食べておきましょう」
「そうだな」
レックスも再びステーキへ手を伸ばした。
そこへアリスの追加の肉が運ばれてきた。
小さく切られたドラゴンステーキである。
「きた!」
アリスが喜ぶ。
その声にバイオレットが振り向いた。
「あら、美味しそうですわ」
「お母様、アリスの分ですよ」
レックスが先に釘を刺した。
「分かっていますわ」
本当に分かっていたのかは誰にも分からなかった。
バイオレットの前にも追加のステーキが置かれる。
「こちらもいただきますわ」
「母上、もう追加を頼んでいたのか?」
「美味しかったんですもの」
バイオレットは当然のように答えた。
カイゼルが笑う。
「バイオレット王妃は相変わらずだな」
「何か問題がありますの?」
「いや。ないな」
カイゼルも自分の皿に残った肉を食べる。
オーキスが店員を呼んだ。
「こちらにも、もう一枚頼む」
「オーキス王もではないか」
「旨いものは仕方がない」
「それには同意しよう」
二人の王が笑った。
バイオレットは空になりかけたグラスを見て、店員へ声をかける。
「ハイボールもお願いしますわ」
「私も頼む」
オーキスが続く。
「では、私もいただこう」
カイゼルもグラスを差し出した。
「俺も」
レックスまで加わった。
ユリアンが夫を見る。
「あなたもよく飲みますわね」
「父上たちだけ飲ませるわけにもいかないだろう」
「どういう理由ですの?」
「家族だからな」
ユリアンは少し呆れた顔をしたあと、自分のグラスを持ち上げた。
「では、私もいただきますわ」
アリッサが笑った。
アリスは大人たちの会話など気にせず、柔らかいドラゴンステーキを食べている。
アリーナは母親に抱かれ、アーノルドはベビーベッドで眠っていた。
王も王妃も王子も王女も公爵もいる。
だが、今はただ家族で食卓を囲んでいるだけだった。
焼きたての肉が運ばれ、空いたグラスには新しいハイボールが届く。
食事会は、まだ始まったばかりだった。
追加のハイボールが運ばれてきた。
バイオレットは新しいグラスを受け取ると、すぐに一口飲んだ。
「やっぱり美味しいですわ」
「母上、随分と機嫌がいいな」
レックスが笑う。
「美味しいお肉とお酒がありますもの。機嫌が悪くなる理由がありませんわ」
「それはそうだな」
オーキスもハイボールを飲む。
カイゼルもすっかり気に入ったらしく、ドラゴンステーキを食べてはグラスを傾けていた。
「この肉は酒にも合うな」
「でしょう?」
またバイオレットが得意そうに答える。
「だから、なぜ母上が自慢するんだ?」
「美味しいからですわ」
レックスはそれ以上聞かなかった。
その隣でユリアンも笑っている。
アイゼル公爵の隣では、アリスが二皿目のドラゴンステーキを食べていた。
小さく切られた肉を一つ食べ、また一つ食べる。
「アリス、本当によく食べるようになったな」
アイゼル公爵が孫娘を見る。
「おいしいよ」
「そうか」
「お祖父ちゃんも食べる?」
「私は自分のがあるから大丈夫だ」
「そっか」
アリスは安心したように自分の肉を食べた。
「取られると思ったのかしら」
アリッサが笑う。
「違うよ。あげようと思ったの」
「そうなの?」
「うん」
アイゼル公爵は嬉しそうに孫娘の頭を撫でた。
アリッサの抱っこひもの中では、アリーナが眠っている。
アリッサが時折様子を見るものの、起きる気配はなかった。
一方、かご型のベビーベッドの中ではアーノルドが小さく動いた。
ユリアンがすぐに気づく。
「あら、起きそうですわ」
レックスもベビーベッドを覗き込んだ。
アーノルドは目を開けると、しばらくぼんやりしていた。
「起きたな」
「よく寝ましたわね」
ユリアンが抱き上げる。
アーノルドは泣くこともなく、母親の腕の中に収まった。
それを見たバイオレットが身を乗り出す。
「アーノルド、起きましたのね」
「母上、近いぞ」
「孫の顔を見るのですから、近くなりますわ」
バイオレットは気にしない。
オーキスも横から孫の顔を覗き込んだ。
「機嫌は良さそうだな」
「今のところは」
レックスが答える。
「あなたも抱きます?」
ユリアンが父親を見る。
「ああ、抱かせてくれ」
カイゼルはハイボールのグラスをテーブルへ置いた。
ユリアンからアーノルドを受け取る。
「ほら、お祖父様ですわよ」
カイゼルは孫を腕に抱き、その小さな顔を眺めた。
「少し大きくなったか?」
「生まれたばかりですわ。そんなに急には大きくなりません」
「そうか?」
「父上、気が早すぎますわ」
ユリアンが笑った。
アーノルドは祖父の腕の中でも大人しい。
カイゼルが指を差し出すと、小さな手がその指を握った。
「おお」
カイゼルの顔が緩む。
「握ったぞ」
「赤ちゃんは握りますわよ」
「分かっている」
そう言いながらも嬉しそうだった。
オーキスが笑う。
「カイゼル王も孫には弱いようだな」
「オーキス王に言われたくはない」
「違いない」
二人は笑った。
アリスも椅子から降りて、カイゼルのところへやってくる。
「あーちゃん起きたの?」
「あーちゃん?」
カイゼルが聞き返す。
「アーノルド」
「なるほど」
アリスはアーノルドの顔を覗き込む。
「あーちゃん」
呼ばれても、アーノルドにはまだ分からない。
それでもアリスは満足したようだった。
「寝てないね」
「今起きたところだからな」
「そっか」
納得すると、アリスは自分の席へ戻った。
そして残っていたドラゴンステーキを食べ始める。
「結局、肉に戻るのね」
アリッサが笑った。
「だって冷めちゃうよ」
「それは大変ですわ」
バイオレットが真顔で同意する。
「母上まで何を言っているんだ」
「美味しいものは美味しいうちに食べるべきですわ」
バイオレットも自分のステーキへ戻った。
カイゼルはしばらくアーノルドを抱いたあと、ユリアンへ返す。
そして再びグラスを手に取った。
「さて、私も肉が冷める前に食べるとしよう」
「父上まで」
ユリアンが笑う。
誰かが赤ん坊を抱き、誰かが子供の食事を見守り、その横では酒を飲みながらドラゴンステーキを食べている。
王も王妃も王子も王女も公爵も関係なかった。
今この店にいるのは、子供と孫を囲んで食事を楽しむ家族だった。
テーブルには焼きたてのドラゴンステーキが並び、ハイボールのグラスも置かれていた。
カイゼルは肉を一口食べてから、ゆっくりとハイボールを飲んだ。
「やはり旨いな」
「父上、気に入りましたの?」
ユリアンが尋ねる。
「ああ。肉の焼き方もいい。それに、この柔らかさは食べやすい」
「私も好きですわ」
ユリアンもドラゴンステーキを食べる。
レックスは隣で黙々と食べていた。
「あなた、さっきから食べてばかりですわね」
「旨いからな」
「それしか言っていませんわ」
「旨いものを旨いと言って何が悪い」
カイゼルが笑った。
「レックス王子の言う通りだ。旨いものを食べている時は、それでいい」
「父上まで」
ユリアンも笑った。
向かいではオーキスとバイオレットが同じように食事を楽しんでいる。
バイオレットはドラゴンステーキを食べ、すぐにハイボールを飲んだ。
「やっぱり、この組み合わせはいいですわ」
「気に入ったようだな」
「あなたも飲んでいるでしょう?」
「ああ。旨い」
オーキスもグラスを傾ける。
その様子を見たレックスが笑った。
「父上も同じじゃないか」
「そうだな」
否定する気はないらしい。
アイゼル公爵も娘や孫たちと食卓を囲みながら、ドラゴンステーキを楽しんでいた。
隣に座るアリスは、先ほどまでの勢いこそなくなったものの、まだ少しずつ肉を食べている。
「アリス、そろそろお腹いっぱいじゃない?」
アリッサが尋ねる。
「もうちょっと」
「無理しなくていいのよ」
「うん」
アリスは小さく切られた肉を一つ食べる。
しばらく考えてから、アリッサを見た。
「お腹いっぱい」
「やっぱり」
アリッサが笑った。
「たくさん食べたものね」
「おいしかった」
「ロルフに言ってあげたら喜ぶわよ」
「うん」
アリスは厨房の方を見た。
ロルフは今も肉を焼いている。
店には他の客もいる。
梨、大蒜、生姜、醤油に漬け込んだドラゴン肉を、注文に合わせて次々と焼いていた。
元々、ロルフの店はステーキの焼き具合に定評があった。
そこへ新しい調理法が加わった。
柔らかくなった肉を、ロルフが焼く。
難しいことではなかった。
美味しくなる方法を知ったから使った。
それだけだった。
バイオレットが空になった皿を見た。
「もう1枚いただこうかしら」
「まだ食べるのか?」
オーキスが尋ねる。
「食べられますわ」
「なら私も頼もう」
「あなたもではありませんか」
「旨いからな」
バイオレットが笑った。
レックスが店員を呼び、追加のドラゴンステーキを頼む。
「ハイボールもお願いしますわ」
バイオレットが付け加えた。
「私も頼む」
オーキスが続く。
カイゼルも自分のグラスを見る。
「こちらも1杯もらおう」
「父上も随分飲みますのね」
「せっかくの食事だ。飲まない理由もない」
「では、私もいただきますわ」
ユリアンまで加わった。
レックスが笑う。
「結局みんな飲むんじゃないか」
「あなたもでしょう?」
「もちろん飲む」
新しいハイボールが運ばれてくる。
グラスを受け取ったカイゼルは、オーキスの方へ軽く掲げた。
オーキスも同じようにグラスを上げる。
乾杯の言葉さえ必要なかった。
2人はそのままハイボールを飲んだ。
バイオレットとユリアンも続く。
アリッサはそんな4人を見て笑っていた。
アイゼル公爵も穏やかな表情で食卓を眺めている。
アリスは祖父の隣で満腹になり、アリーナはアリッサに抱かれている。
生まれたばかりのアーノルドは、かご型のベビーベッドですやすやと眠っていた。
王が2人いる。
王妃も王子も王女も公爵もいる。
それでも誰も肩書きを気にしてはいなかった。
話しているのは肉が旨いとか、酒が旨いとか、そんなことばかりだった。
追加のドラゴンステーキが運ばれてくる。
「来ましたわ」
バイオレットが嬉しそうに肉を食べ始める。
カイゼルもハイボールを飲みながら笑った。
ロルフの店では、その後もしばらく笑い声が続いていた。
家族で食べる料理は旨い。
酒があれば、なお楽しかった。




