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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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304 食料

 ライラは少し考えていた。


 いや、悩んでいたという方が適切だろう。


 オーキス王。


 35億人の人生を救った王だった。


 侵略して領土を奪ったわけではない。救った民を自国民として取り込んだわけでもない。


 生きる術を与え、その後は民に任せた。


 名君。


 いや、賢王というのだろうか。


 そしてカイゼル王。


 200もの敵国家を粛清し、100億人が暮らすアストラル大陸に安寧をもたらした。


 それだけの力を持ちながら、征服しなかった。


 統治もしなかった。


 自らが支配者として大陸に君臨することもなかった。


 全てを民に任せた。


 ライラには分からなかった。


 自分に、そんな度量があるのだろうか。


 ミストバルカス公国には今、5億人もの民が暮らしている。


 自分はその女王だ。


 だからこそ考えてしまう。


 もし自分がオーキス王と同じ立場だったら。


 もし自分がカイゼル王ほどの力を持っていたら。


 同じ選択ができただろうか。


 考えても答えは出なかった。


 それでもライラは考え続けた。


 やがて食事が喉を通らなくなった。


 眠っても途中で目が覚める。


 体調まで崩していった。


 そんなライラを放っておかなかったのが、アンドリュー宰相とレイラ防衛大臣だった。


 2人は家臣である。


 しかし、ライラにとってはそれだけではなかった。


 アンドリューは兄。


 レイラは姉。


 そう呼んでもいいほど近い存在だった。


 ライラは元々、アルタリア帝国の村娘だった。


 王族でも貴族でもない。


 王になるための教育など受けたこともない。


 ただ村で暮らしていただけの娘だった。


 そしてアルタリア帝国は、ひどい国だった。


 視野狭窄に陥った皇帝。


 自身の保身しか考えない側近たち。


 民を守るどころか乱暴狼藉を働く兵士たち。


 国民は絶望した。


 3000万人いた国民のうち、2500万人が国を捨てて逃げ出した。


 残ったのは500万人。


 国そのものが崩れかけていた。


 そんな自分たちを助けてくれたのが、1人の若い女性騎士と、その部下たちだった。


 アレクサンド公爵。


 今ではそう呼ばれている。


 もっとも、あの頃はまだ爵位を得ていなかったと思う。


 彼女たちはライラたちに多くのものを与えてくれた。


 何と呼べばいいのか。


 ライラは考える。


 生きる術。


 特定するなら、その言葉に要約されるだろう。


 誰かに養ってもらう方法ではなかった。


 自分たちが生きていくために必要なものだった。


 ライラたちの仲間は、アレクサンドたちに救われた。


 そして、ライラは暫定女王という地位に就いた。


 アルタリア帝国の村娘が、である。


 それから多くのことがあった。


 気がつけばミストバルカス公国には5億人が暮らすようになっていた。


 外交の場にも出るようになった。


 そこで出会ったのがオーキス王、カイゼル王、そしてバイオレット王妃だった。


 最初は力が入っていた。


 自分も1国の王だ。


 負けないようにしなければならない。


 そう思っていた。


 しかし、相手にならなかった。


 格が違う。


 それがライラの感じたことだった。


 何かを競ったわけではない。


 威圧されたわけでもない。


 それでも分かった。


 自分とは違う。


 35億人を救いながら、その人生を自分のものにしなかったオーキス王。


 200もの敵国家を粛清し、100億人に安寧をもたらしながら、征服も統治もしなかったカイゼル王。


 一介の村娘だった自分は、2人の賢王の前では空気のような存在に思えた。


「ライラ」


 アンドリューが呼んだ。


 ライラは顔を上げる。


「最近、まともに食べていないだろう」


「食べている」


「少しだけでしょう」


 今度はレイラだった。


「眠れてもいないわね」


 ライラは答えなかった。


 2人には隠せなかった。


 長く一緒に生きてきた兄と姉のような存在である。


 アンドリューがライラの前に座った。


「何をそんなに悩んでいる?」


 しばらく黙っていたライラは、やがて口を開いた。


「私は……ちゃんと王をやれているのだろうか」


 アンドリューとレイラは、黙ってライラを見た。




 アンドリューはしばらくライラを見ていた。


「ライラ、比べる必要はない。お前はしっかり王をやっている」


 それだけだった。


 オーキス王のようになれとも、カイゼル王を目指せとも言わなかった。


 ライラは少し俯いた。


「しかし私は、2人のようなことは何もしていない」


「何も?」


 レイラが聞き返した。


「この国は?」


 ライラが顔を上げる。


「アルタリア帝国の時代は国民が3000万人だった。その国民も2500万人が逃げ出した。今は5億人皆が幸せに暮らしてるわ」


 ライラは何も言えなかった。


 かつてのアルタリア帝国を知っている。


 村で暮らしていたからこそ、民がどんな生活をしていたのかも知っていた。


 国に期待する者などほとんどいなかった。


 明日は今日より悪くなる。


 そんなことを当たり前のように考えていた。


 兵士が来れば身を隠した。


 役人が来れば何を取られるのかと怯えた。


 耐えられなくなった者から国を捨てた。


 それが2500万人にまで膨れ上がった。


 今は違う。


 ミストバルカス公国には5億人が暮らしている。


 ライラは、その数字を何度も見てきた。


 報告として聞いたこともある。


 それなのに、オーキスとカイゼルを見た途端、自分が何もしていないように思えてしまった。


「そうか……」


 ライラが小さく呟いた。


 アンドリューは何も言わない。


 レイラも黙っていた。


 ライラ自身が考える。


 35億人を救ったオーキス王。


 100億人に安寧をもたらしたカイゼル王。


 5億人が暮らすミストバルカス公国。


 数字を並べて比べていた。


 そもそも、なぜ比べていたのだろう。


 オーキス王から競えと言われたことはない。


 カイゼル王から王として劣っていると言われたこともない。


 自分が勝手に比べていただけだった。


「比べる必要など、なかったのか」


「そう言っただろう」


 アンドリューが答えた。


 ライラは久しぶりに少し笑った。


「簡単に言うな」


「難しく言えば納得したのか?」


「それは分からない」


「なら簡単でいい」


 アンドリューも笑った。


 レイラはそんな2人を見ていた。


「少しは食べられそう?」


「ああ」


「それならいいわ」


 レイラも、それ以上は何も言わなかった。


 ライラは椅子の背に身体を預けた。


 胸の奥にずっとあった重いものが、少しだけ消えていた。


 オーキスはオーキス。


 カイゼルはカイゼル。


 自分は自分。


 そう考えればいい。


 ただ、それだけで終わるつもりはなかった。


 ライラは王である。


 5億人の民が暮らす国を預かっている。


 誰かと比べる必要はない。


 それでも、自分にできることはあるはずだった。


 ライラはシメオンを呼んだ。


 ジェーク、リッキー、チャド、ホセ、パトリック、シェーン、ラザロ、ブレイドン、コデイも集まってくる。


 10人の護衛たち。


 ライラにとって彼らも、単なる護衛ではなかった。


 兄貴分と呼べる男たちだった。


「少し話を聞いてくれ」


「どうした?」


 シメオンが尋ねる。


「私に何ができると思う?」


 10人がライラを見る。


 ジェークが首を傾げた。


「何の話だ?」


「アストラル大陸のことだ」


 ライラは答えた。


「この大陸のために、ミストバルカス公国ができることを考えたい」


 誰かに勝つためではない。


 オーキス王に並ぶためでもない。


 カイゼル王のようになるためでもない。


 今、自分たちにできること。


 ライラはそれを考えたかった。


「難しく考えすぎじゃないか?」


 ホセが言った。


「そうか?」


「俺たちにできることをやればいいだろ」


 ライラはその言葉を聞いて黙った。


 できること。


 自分たちが持っているもの。


 5億人の民。


 戦う力。


 広大なアストラル大陸。


 そして、この大陸には今も人々の生活を脅かすものがいる。


「魔物か」


 ライラが呟いた。


 10人が彼女を見る。


 ライラの中で、少しずつ考えが形になり始めていた。


 国を増やす必要はない。


 誰かを支配する必要もない。


 自分たちにできることで、アストラル大陸に暮らす人々の生活を少し良くする。


 その方法なら、目の前にあった。




「魔物か」


 ライラはもう一度呟いた。


 アストラル大陸には100億人が暮らしている。


 カイゼル王によって200もの敵国家が粛清され、長く続いていた争いは終わった。


 人が人を襲う時代は終わりつつある。


 だが、魔物はいる。


 町や村の外へ出れば遭遇することがある。


 農地にも現れる。


 街道を使う者にとっても脅威になる。


 人同士の争いがなくなったからといって、魔物による被害までなくなったわけではない。


「アストラル大陸から魔物被害をなくす」


 ライラが言った。


 シメオンが頷く。


「俺たちならできるな」


「できるか」


「できるだろ」


 あっさりした返事だった。


 ライラは他の9人を見る。


 ジェークも、リッキーも、チャドも否定しない。


 ホセ、パトリック、シェーン、ラザロ、ブレイドン、コデイも同じだった。


 ライラは少し考えた。


 以前なら、ここからさらに悩んでいたかもしれない。


 オーキス王ならどうする。


 カイゼル王ならどうする。


 そんなことを考え、自分の判断が正しいのか迷っただろう。


 だが、今は違った。


 2人ならどうするかではない。


 自分たちに何ができるのか。


 それを考えればいい。


「イートフード大陸の魔物狩りは、そのままでいいな」


「ああ」


 シメオンが答えた。


 あちらでは魔物が食料として利用されている。


 わざわざ変える必要はない。


 ならば、自分たちはアストラル大陸でやればいい。


 ライラはそこで、もう一つ気づいた。


「待て」


「どうした?」


「アイテムボックスがある」


 シメオンがライラを見る。


「あるな」


「狩った魔物は無駄にならない」


 アイテムボックスの中では劣化しない。


 腐らない。


 大量に狩ったからといって、急いで消費する必要もなかった。


 今すぐ食べ切れなくてもいい。


 必要になるまで保管しておけばいい。


 ライラは椅子から立ち上がった。


「食料になる」


 魔物を狩れば、人々を脅かす存在が減る。


 農地も街道も安全になる。


 そして狩った魔物は捨てる必要がない。


 食材として保管できる。


 今必要がなくても、将来必要になるかもしれない。


 100億人が暮らす大陸である。


 食料はいくらあっても無駄にはならない。


「それなら狩れば狩るほどいいんじゃないか?」


 チャドが言った。


「そういうことになるな」


 ライラは笑った。


 単純だった。


 あれほど悩んでいたことが馬鹿らしく思えてくる。


 大陸を統治する必要などない。


 国を増やす必要もない。


 誰かに命令する必要もない。


 自分たちが得意なことをやればいい。


 魔物を狩る。


 人々が安全になる。


 狩った魔物は食料になる。


 それで十分だった。


「ライラ」


 パトリックが声をかけた。


「何だ?」


「顔色、戻ってきたな」


 ライラは自分の頬に触れた。


「そうか?」


「ああ。さっきまでひどい顔だったぞ」


「それはもっと早く言え」


「アンドリュー宰相とレイラ防衛大臣がいるのに、俺たちが言う必要はないだろ」


「お前たちは私の護衛ではないのか?」


「護衛だから、ずっと見てた」


 ライラは呆れた顔をした。


 だが、すぐに笑った。


 もう悩んでいなかった。


 オーキス王と自分は違う。


 カイゼル王と自分も違う。


 当然のことだった。


 そもそも自分はアルタリア帝国の村娘だった。


 そんな自分が2人の賢王と比べ、同じ度量を持っているのかと悩んでいた。


「おこがましかったな」


「何がだ?」


 シメオンが聞く。


「私がオーキス王やカイゼル王と比べていたことだ」


「また比べてたのか?」


「もうやめた」


 ライラは即答した。


「私は私のできることをやる」


「それでいいんじゃないか」


「ああ。それでいい」


 ようやく分かった。


 賢王と同じことをする必要などない。


 同じ答えを出す必要もない。


 アストラル大陸で自分たちにできることがあるなら、それをすればいい。


 ライラは完全に吹っ切れていた。


 あとは狩るだけだった。


「さて」


 ライラは10人の兄貴分たちを見る。


「100億体、狩るぞ」


 誰も驚かなかった。




 100億体。


 数だけを聞けば途方もない。


 だが、ミストバルカス公国には5億人の民がいる。


 ライラの考えを知り、そのうち4億人が魔物狩りへの参加を申し出た。


「4億人か」


 報告を聞いたライラは、少し考えた。


 100億体を4億人で狩る。


「1人25体だな」


 シメオンが答えた。


「それなら無理な数字ではない」


 ライラも頷いた。


 4億人が同じ場所へ集まる必要もない。


 それぞれが自分たちのいる場所から動けばいい。


 アストラル大陸各地にいる魔物を狩る。


 狩った魔物はアイテムボックスへ収納する。


 それだけだった。


 ライラたちは10人の護衛とともに自分たちも狩りへ出た。


 ライラが魔物を倒す。


 シメオンたちも次々と狩っていく。


 同じことが大陸の各地で行われていた。


 町の近く。


 村の周辺。


 街道沿い。


 農地の近く。


 人々の生活圏にいた魔物から姿を消していった。


 討伐した魔物を放置する者はいない。


 その場でアイテムボックスへ収納する。


 腐らない。


 劣化しない。


 急いで食べる必要もない。


 必要になる時まで、そのまま保管しておける。


 魔物を狩ることが、そのまま将来の食料を蓄えることになった。


 ライラが考えていた以上の速さで狩りは進んだ。


 4億人が動いているのだから当然だった。


 1人が何千体も何万体も倒す必要などない。


 平均すれば25体。


 それぞれが狩り、収納する。


 その積み重ねだけで数字は増えていった。


 やがて報告が届いた。


「ライラ、終わったぞ」


 シメオンだった。


「終わった?」


「ああ。100億体だ」


 ライラは一瞬だけ黙った。


「もうか?」


「4億人で狩ったんだぞ」


「そうだったな」


 ライラは笑った。


 100億体の魔物狩り。


 言葉にすれば大事業に聞こえる。


 実際、アストラル大陸に与えた影響は大きかった。


 魔物による被害はほとんどなくなった。


 人々は以前より安全に町や村の外へ出られる。


 街道を通ることも、農地で働くことも、それまでより安心して行えるようになった。


 そして100億体の魔物は失われたわけではない。


 食料として残っている。


 ライラはそれで十分だと思った。


「絶滅したわけではないのだろう?」


「ああ」


「ならいい」


 時期が来れば、魔物は再び増える。


 その時はまた狩ればいい。


 そしてまた食材にすればいい。


 難しく考える必要などなかった。


 しばらくして、オーキス王とカイゼル王からライラへ感謝が伝えられた。


 アストラル大陸から魔物による被害がほとんどなくなった。


 人々の生活圏が安全になり、膨大な量の食料まで確保された。


 大陸の安定につながる偉業だった。


 2人の賢王から感謝されたライラだったが、以前のように緊張することはなかった。


「偉業か」


 ライラは笑った。


 少し前までの自分なら、その言葉を聞いただけで身構えていただろう。


 オーキス王ならもっと大きなことができるのではないか。


 カイゼル王ならもっと先まで考えているのではないか。


 そんな余計なことを考えていたはずだ。


 今は違う。


 オーキス王はオーキス王。


 カイゼル王はカイゼル王。


 自分はライラだ。


 アルタリア帝国の村娘だった自分が、2人の賢王と比べて悩んでいた。


 今になれば笑える。


 自分には自分のできることがある。


 それでいい。


 ライラはオーキスとカイゼルに笑って答えた。


「魔物はまた100年後には復活するでしょう」


 以前のような力みはなかった。


「その時は、また狩ればいい。アストラル大陸にも食料はありますぞ」


 カイゼルが笑った。


 オーキスも笑っていた。


 ライラも一緒になって笑った。


 100億体の魔物は食料になった。


 魔物被害もなくなった。


 そして100年もすれば、また増える。


 増えたら狩る。


 狩ったら食べる。


 それでよかった。


 ライラはもう、2人の賢王と自分を比べてはいなかった。





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