301 おから団子
豆腐の生産量が増えるにつれて、食品ギルドでは別のものも大量に発生するようになっていた。
大豆を煮て、布で絞る。
白い大豆汁は豆腐になる。
問題は布の中に残った絞り粕だった。
食品ギルドの職員たちは、積み上がっていく絞り粕を前に考えていた。
「これをどうする?」
豆腐を作れば作るほど増えていく。
腐らせて捨てることはできる。
だが、もとは食べられる大豆である。
捨てるのはもったいなかった。
豆腐を作るために大豆を使い、その一部だけを捨てる。
食品ギルドの職員たちには、それがどうにも気になった。
「食べてみるか」
難しいことを考える必要はなかった。
食べられるのなら、まず食べてみればいい。
絞り粕を少し取る。
そのままでは崩れやすい。
そこで職員の一人が丸めて団子の形にした。
ちょうど近くでは、ホルモン煮込みが作られていた。
「これに入れてみよう」
団子を大鍋へ入れる。
しばらく煮込んだ。
取り出して食べる。
「旨い」
ホルモン煮込みのスープを吸っていた。
もう一人も食べる。
「これなら捨てる必要はないな」
今度はホルモン豆腐へ入れてみた。
ホルモン。
豆腐。
そこへ大豆の絞り粕で作った団子が加わる。
じっくり煮込む。
団子がスープを吸う。
食べてみれば、こちらも旨かった。
「使えるな」
使い道は決まった。
食品ギルドの職員たちが求めていたのは、高級料理ではない。
もともとは捨てるのがもったいないから、何とか使えないかと考えただけである。
豆腐を作れば必ず出る。
しかも大量に出る。
ならば価格も安くて構わない。
すでに豆腐を卸している販売先がある。
そこへ一緒に卸せばいい。
作り方も難しくなかった。
団子状に丸める。
ホルモン煮込みへ入れる。
ホルモン豆腐へ入れてもいい。
食品ギルドは簡単なレシピを付けて、豆腐と一緒に絞り粕を卸すことにした。
その頃には、絞り粕にも名前が付いていた。
おから。
食品ギルドの職員の誰かがそう呼び始めたらしい。
誰が最初だったのかは、もう分からない。
だが短くて呼びやすかった。
「おからをこっちへ」
「今日のおからはどれくらいある?」
職員たちが普通に使っているうちに、その呼び名が定着した。
そして、おからの存在を知った料理人たちが黙っているはずもなかった。
豆腐を買えば、その横に安価なおからがある。
しかも食品ギルドから団子の作り方まで付いてくる。
料理人たちはまず、その通りに作った。
丸める。
ホルモン煮込みへ入れる。
食べる。
「確かに旨い」
ホルモン豆腐にも入れてみる。
こちらも旨い。
だが、料理人ならそこで終わらない。
煮る。
焼く。
蒸す。
揚げる。
他の食材と合わせる。
同じおからでも、調理方法を変えれば食感も味も変わる。
中でも、そういう工夫を得意としていたのがマルセルとプロキシーだった。
二人とも、おからが安いからといって軽く扱うことはなかった。
安価な食材でも、美味い料理にできるなら使う。
豆腐と同じだった。
マルセルはおからを団子にして、ホルモン豆腐へ入れた。
プロキシーも自分の店で試す。
煮込まれたおから団子は、ホルモン豆腐のスープをたっぷり吸っていた。
一口食べる。
柔らかな豆腐とは違う食感がある。
ホルモンとも違う。
それでいて、同じスープの味をしっかりと吸っている。
「これでいいな」
当面は、これでいく。
名前も難しく考えなかった。
おからを丸めた団子なのだから、おから団子。
豆腐を作るたびに大量に出ていた絞り粕は、捨てられることなく、新しい食材として料理人たちの手へ渡り始めた。
食品ギルドがおからを卸し始めると、豆腐を扱っていた料理店にはすぐに届いた。
豆腐と一緒に運ばれてくる。
価格は安い。
簡単なおから団子の作り方まで付いている。
料理人にとって試さない理由はなかった。
まずは食品ギルドが勧めた通り、おからを団子にする。
ホルモン煮込みへ入れる。
しばらく煮込めば、団子がスープを吸う。
それを客へ出した。
「これがおから団子か」
客が一つ食べる。
「旨いな」
次はホルモンを食べる。
また団子を食べる。
酒を飲む。
すでに仕事帰りの一杯として定着していたホルモン煮込みに、新しい食材が一つ加わっただけだった。
だが、その一つが面白かった。
豆腐とは食感が違う。
ホルモンとも違う。
それでいて、同じ煮汁を吸っている。
ホルモン豆腐へ入れれば、一つの器で三つの食感を楽しめた。
ホルモン。
豆腐。
おから団子。
醤油と砂糖で甘じょっぱく煮込んだスープを、それぞれが違った形で受け止めている。
客からの評判はよかった。
「次から団子も入れてくれ」
「俺もだ」
料理店から食品ギルドへ、おからの注文が増え始めた。
食品ギルドの職員たちは喜んだ。
豆腐を作るたびに出ていたものが、そのまま売れるようになったのである。
しかも、おからを作るための新しい工程は必要ない。
豆腐を作れば出る。
それを捨てずに卸す。
ただ、それだけだった。
一方、料理人たちは団子だけで満足していなかった。
おからそのものを焼いてみる。
蒸してみる。
揚げてみる。
別の食材と合わせてみる。
美味ければ店に出す。
合わなければ別の方法を試す。
誰かに研究を命じられたわけではない。
安く仕入れられる新しい食材が目の前にあるのだから、料理人として使ってみたくなる。
マルセルも試していた。
プロキシーも試していた。
二人の店では、同じおからを使っても出来上がる料理が違う。
客はそれを楽しんだ。
「こっちの店はこう使うのか」
「マルセルのところとは違うな」
「どっちも旨ければいいだろう」
その通りだった。
正解を一つに決める必要などない。
おから団子が気に入れば、それを食べればいい。
焼いたものが好きなら、それを選べばいい。
酒に合わせて注文する者もいた。
腹を満たすために食べる者もいた。
安いから注文する者もいた。
特に仕事帰りの者たちには喜ばれた。
農作業を終えた農夫が酒場へ入る。
「ホルモン豆腐、おから団子も入れてくれ」
建築現場から戻った職人たちも注文する。
「こっちは団子を多めに頼む」
紡織産業で働く女工たちも食べていた。
「これ、安いのに美味しいわね」
「豆腐を作った残りなんでしょう?」
「残りでも美味しければいいじゃない」
誰も、おからを仕方なく食べているわけではなかった。
安いからだけでもない。
美味いから注文している。
それが一番大きかった。
食品ギルドにとっては、捨てるのがもったいないというだけの始まりだった。
豆腐を大量に作る。
おからが大量に出る。
どうにか使えないか考える。
丸めてホルモン煮込みへ入れてみる。
旨かった。
だから売ってみた。
それを料理人が買った。
料理人はさらに別の使い方を考えた。
客が食べた。
そしてまた注文した。
豆腐の生産量が増えるほど、おからも増える。
ところが今では、おからが増えても困る者はいなかった。
食品ギルドから料理店へ次々と運ばれていく。
ホルモン豆腐を注文する客からも、当たり前のように声が飛ぶようになった。
「おから団子も入れてくれ」
大量に出ていた大豆の絞り粕は、もう余り物ではなかった。
おからという名前を持った、一つの食材になっていた。
プロキシーは、おから団子を眺めていた。
ホルモン煮込みに入れれば美味い。
ホルモン豆腐に入れても美味い。
煮汁をたっぷり吸ったおから団子は、それだけで十分に料理として成立している。
だが、料理人なら別の使い方も試したくなる。
煮るだけでなく、焼く。
蒸す。
揚げる。
食品ギルドから安価で仕入れられる食材なのだから、いくらでも試すことができた。
プロキシーはおからを団子に丸めた。
用意したのは脂だった。
鍋で脂を熱する。
十分に熱くなったところへ、おから団子を入れた。
音を立てて団子が揚がっていく。
煮込んだときとは違い、表面が変化していく。
頃合いを見て取り出した。
余分な脂を落とす。
まずは余計なことをしない。
塩だけを振った。
少し冷ましてから一つ食べる。
「美味しい」
表面には揚げたことで食感が生まれていた。
中にはおからの柔らかさが残っている。
そして何より、淡い味のおからに脂の旨味が加わっていた。
そこへ塩が合う。
もう一つ食べる。
やはり美味い。
プロキシーは酒も用意した。
揚げたおから団子を食べてから、一口飲む。
すぐにまた団子へ手が伸びた。
「お酒のおつまみになるわね」
難しい料理ではない。
おからを丸める。
脂で揚げる。
塩を振る。
それだけだった。
安く作れて、美味くて、酒にも合う。
一品目は決まった。
だが、プロキシーは残っている揚げたおから団子を見た。
塩だけでも美味い。
ならば別の味を絡めても美味いのではないか。
用意したのは酢と醤油と砂糖だった。
三つを合わせてタレを作る。
味を見る。
酢の酸味。
砂糖の甘み。
醤油の味。
そのままでも悪くない。
プロキシーは、揚げたばかりのおから団子をそのタレへ入れた。
全体へしっかりと絡ませる。
表面に甘酢のタレをまとった団子を一つ取った。
食べる。
先ほどとは違う。
酢の酸味。
砂糖の甘み。
醤油の味。
そして、揚げたことで加わった脂の旨味。
甘じょっぱく酸味のあるタレが、脂をまとったおから団子によく絡んでいた。
「こっちも美味しい」
もう一つ食べる。
噛めば、表面に絡んだ甘酢の味と脂の旨味が一緒に広がる。
塩だけで食べるものとは、まったく違った。
同じおから団子を同じ脂で揚げている。
最後の味付けを変えただけで、別の料理になった。
プロキシーは酒も飲んでみた。
甘酢を絡めたおから団子を食べる。
酒を一口。
また団子を食べる。
「これもお酒に合うわ」
二品目も決まった。
名前も難しく考える必要はない。
おから団子の甘酢。
それでいい。
プロキシーは二つの皿を並べた。
一方は、脂で揚げて塩を振ったおから団子。
もう一方は、同じように脂で揚げ、酢と醤油と砂糖で作った甘酢のタレを絡めたおから団子。
塩味は、脂の旨味をそのまま楽しめる。
甘酢は、脂の旨味に酸味と甘み、醤油の味が重なる。
どちらも美味い。
どちらも酒に合う。
しかも材料は、豆腐を作れば大量に出てくるおからだった。
食品ギルドが捨てるのはもったいないと考えた大豆の絞り粕である。
プロキシーにとって、それが豆腐の残りなのかどうかは関係なかった。
美味い料理になる。
客に出せる。
それで十分だった。
「二つとも出しましょう」
迷う必要はなかった。
煮汁を吸わせるために作られたおから団子が、今度は脂で揚げられた。
塩を振れば一品になる。
甘酢を絡めれば、もう一品になる。
捨てるはずだったものから、二つの料理が増えた。
プロキシーは出来上がった皿を見て頷いた。
おから団子。
当分、遊べそうな食材だった。
プロキシーがおから団子を揚げていた頃、マルセルも別の使い方を試していた。
用意したのはドラゴンの骨から作ったスープだった。
大鍋の中で、熱いスープが湯気を立てている。
そこへおから団子を入れた。
難しい調理は必要なかった。
おから団子には、すでに火が通っている。
スープの中で温めれば、それでいい。
マルセルはしばらく待ってから器によそった。
まずスープを飲む。
続いておから団子を食べる。
団子がドラゴンの骨から取ったスープを吸っていた。
「旨いな」
それだけだった。
だが、料理としてはそれで十分である。
おから団子そのものを一から料理する必要がない。
すでに火が通っているものを、温かいスープへ入れる。
少し待つ。
それだけでスープを吸って美味くなる。
しかも腹にもたまる。
マルセルはもう一つ食べた。
ドラゴンの骨から取ったスープだけでも美味い。
そこへおから団子が入れば、スープを飲むだけではなく食べる楽しみも加わる。
手間もほとんど増えない。
「これなら出せるな」
マルセルは自分の店で出すことにした。
料理人にとって、新しい料理だからといって複雑である必要はなかった。
美味い。
客に出せる。
それでいい。
店で出してみれば、客もすぐに食べた。
「これもおから団子か」
「そうだ」
客はスープを飲んだ。
おから団子を食べる。
「旨いな」
もう一つ食べた。
マルセルには、それで十分な答えだった。
食品ギルドが最初に考えたのは、ホルモン煮込みへおから団子を入れることだった。
それを料理人たちが知った。
プロキシーは脂で揚げた。
塩を振った。
それだけで酒のつまみになった。
さらに酢と醤油と砂糖で作った甘酢を絡めた。
同じおから団子が、また違う料理になった。
マルセルはドラゴンの骨から作ったスープへ入れた。
温めただけだった。
それでも美味かった。
そして、試しているのは二人だけではなかった。
おからを仕入れた料理人たちは、それぞれの厨房で使い方を考えていた。
煮る者がいる。
焼く者がいる。
蒸す者がいる。
揚げる者がいる。
別の食材と合わせる者もいる。
一人の料理人が美味いものを作れば、店に出す。
客が食べる。
気に入ればまた注文する。
別の料理人も、自分なりの使い方を考える。
同じおからでも、料理人が違えば出来上がる料理も違った。
食品ギルドの職員たちは、そこまで考えていたわけではない。
豆腐を作るたびに大量の絞り粕が出る。
捨てるのはもったいない。
何とか食べられないか。
始まりはそれだけだった。
団子に丸めてホルモン煮込みへ入れた。
旨かった。
ホルモン豆腐へ入れても旨かった。
だから安価で卸した。
簡単なレシピも付けた。
そこから先は料理人たちが勝手に動いた。
食品ギルドが、おから料理の種類を決める必要はなかった。
マルセルが考える。
プロキシーが考える。
他の料理人も考える。
そして出来上がった料理を客が選ぶ。
豆腐を作った残りだったものが、今では料理人たちが自分から仕入れる食材になっている。
おから団子をホルモン煮込みへ入れる。
ホルモン豆腐へ入れる。
脂で揚げて塩を振る。
甘酢を絡める。
ドラゴンの骨から作ったスープへ入れる。
それだけでは終わらない。
今日もどこかの厨房で、料理人がおからを前に考えている。
何と合わせようか。
どう調理しようか。
そして美味ければ、店に出す。
客が食べる。
次々に料理人たちの手によって、新しい料理が世の中へ出ていった。
捨てるのがもったいない。
ただそれだけの気づきから始まったおからは、もう誰にも捨てられるものとは思われていなかった。




