297 各ギルドの対応
イートフード大陸に街ができ始めると、その噂は百三十二カ国へ瞬く間に広がった。
最初にやって来たのは騎士や冒険者、料理人、商業ギルド、食品ギルドだった。
だが、それだけでは終わらない。
薬師ギルド。
紡織ギルド。
鍛冶師ギルド。
運輸ギルド。
木工ギルド。
醸造ギルド。
酒造ギルド。
各ギルドが次々とイートフード大陸へ人員を送り始めた。
所属する職人たちも大量にやって来る。
彼らが注目したのは、毎日のように狩られている膨大な魔物だった。
アース・ドラゴンだけでも大量にいる。
騎士や冒険者は捕縛、拘束、窒息によって狩るため、素体にはほとんど傷がない。
肉だけを利用して終わるような素材ではなかった。
皮。
鱗。
骨。
牙。
爪。
血液。
魔石。
職人によって、欲しがる部位は違う。
大量のアース・ドラゴンは、食料であると同時に巨大な素材の山でもあった。
薬師たちは血液に目をつけた。
解体時に採取されたアース・ドラゴンの血液を使い、すぐに薬の生産を始める。
最上級ポーション。
エリクサー。
大量の血液があるため、生産量もこれまでとは比較にならなかった。
完成した最上級ポーションとエリクサーはアイテムボックスへ収納され、それぞれの国へ転移で運ばれていく。
完成品を自国へ降ろせば、再びイートフード大陸へ戻る。
材料を求めて各地を回る必要はない。
ここには毎日、新しいアース・ドラゴンが供給されている。
薬師たちにとっても、イートフード大陸は巨大な生産拠点になり始めていた。
料理人たちも負けてはいない。
アース・ドラゴンの肉を部位ごとに分け、それぞれに合った料理を考えていく。
焼く。
煮る。
蒸す。
香草や調味料を組み合わせる。
同じアース・ドラゴンでも、使う部位や調理方法によって味も食感も変わった。
新しい料理が完成すれば、すぐに試食する者が集まった。
その中には騎士や冒険者だけでなく、百三十二カ国からやって来た民間人もいた。
彼らの目的は仕事ではない。
食べ転移だった。
イートフード大陸へ転移し、ここで魔物料理を食べ、楽しんだ後は自国へ戻る。
そのためだけに国境を越えて人々がやって来るようになった。
評判の料理が生まれれば、その話はすぐに広がる。
次の日には別の国から客が来る。
客が増えれば料理人が増える。
料理人が増えれば、新しい料理も増えていった。
そして魔物を食材として見る者たちの目は、陸上だけには向かなかった。
巨大港の向こうには海がある。
冒険者の中から、海へ出て魔物を狩る者も現れ始めた。
海洋魔物を捕らえ、食べられるものを料理人のところへ持ち込む。
新しい食材を見た料理人たちは、すぐに調理を始めた。
陸にはアース・ドラゴン。
海には海洋魔物。
食材はいくらでもあった。
昨日まで何もなかった港の周辺には、人と店が急速に増えていく。
ドラゴン料理を専門に扱う店。
海洋魔物料理を専門に扱う店。
新しい料理を求める客が集まり、それを見た別の料理人も店を構える。
イートフード大陸は、食料を確保するだけの場所ではなくなっていた。
百三十二カ国、約百億人。
その巨大な人口を抱えるアストラル大陸から、人々が食べ転移を楽しむため、次々とイートフード大陸へやって来ていた。
イートフード大陸へ進出した職人たちは、それぞれ自分たちが扱える素材を探し始めた。
紡織ギルドが注目したのは、魔物から得られる繊維や皮だった。
これまで扱ってきた素材とは性質が違う。
丈夫なもの。
柔らかいもの。
軽いもの。
職人たちは実際に触れ、加工できるものを選別していく。
試しに糸を作り、織ってみる者もいた。
鍛冶師ギルドも同じだった。
牙や爪、骨、鱗。
さらに大量に回収される魔石もある。
職人たちは素材を持ち寄り、何に使えるのかを試し始めた。
武器だけを作るわけではない。
包丁。
鍋。
調理器具。
農具。
工具。
日常生活で使うものはいくらでもある。
木工ギルドの職人たちは増え続ける建物の建設に加わった。
店が増えれば家具がいる。
食堂が増えれば机と椅子がいる。
宿泊する者が増えれば寝台も必要になる。
作っても作っても注文が入った。
運輸ギルドも忙しくなっていた。
転移とアイテムボックスがあっても、仕事がなくなるわけではない。
街の中では大量の物が動く。
解体された素材を工房へ届ける。
料理店へ食材を届ける。
酒や調味料を運ぶ。
完成した商品を店へ運ぶ。
人が集まれば、それだけ物も動いた。
醸造ギルドと酒造ギルドも店を構え始めた。
大量の料理がある。
ならば、それに合う酒が欲しくなる。
アース・ドラゴン料理を食べながら酒を飲む者が増え、海洋魔物料理に合う酒を探す者も現れた。
料理人と酒造職人が話し合う。
新しい料理ができれば、それに合わせて酒を選ぶ。
酒が変われば、料理人が別の味付けを試す。
誰かに命じられたわけではなかった。
それぞれが自分の仕事をしているだけだった。
街にはさらに多くの民間人がやって来た。
目的は食べ転移である。
百三十二カ国から、次々と客が転移してくる。
ドラゴン料理専門店には行列ができた。
焼いたアース・ドラゴン。
煮込んだアース・ドラゴン。
蒸した料理もあれば、部位ごとの特徴を生かした料理もある。
同じ魔物を使っていても、店によって料理は違った。
一軒で食べて終わる者ばかりではない。
別の店にも入る。
翌日、また転移してくる。
友人や家族を連れてくる者もいた。
海洋魔物専門店も増えていた。
海へ狩りに出た冒険者たちは、次々と新しい魔物を持ち帰る。
鑑定し、食用にできるものは料理人へ渡す。
料理人はその場で調理方法を考える。
旨い料理ができれば店の品書きに加わった。
評判を聞いた客が集まる。
それを見た別の冒険者が、今度は違う海洋魔物を狙う。
海の魔物を専門に狩る冒険者まで現れ始めていた。
港を出る船も増えた。
最初に造られた三百隻の巨大船舶とは違う。
海で魔物を探し、狩るための船だった。
港の使われ方まで変わり始めている。
最初はイートフード大陸へ上陸するために造られた港だった。
今では人が来る。
物が動く。
店が並ぶ。
船が出る。
職人が働く。
料理人が料理を作り、客が食べる。
その客を目当てに、さらに商人がやって来る。
朝と夕方で街の様子が変わるほどだった。
百三十二カ国、約百億人。
その全員が一度に来るわけではない。
それでも食べ転移を楽しむ人々は、途切れることなくイートフード大陸へやって来る。
食料を確保するために見つけた大陸だった。
だが人々は、食料を持ち帰るだけでは満足しなかった。
食べるために大陸へ渡り、そこで働く者まで増えていた。
街は誰かが計画した規模を越え、自分で大きくなり始めていた。
イートフード大陸へやって来る者は、さらに増え続けた。
食べ転移を楽しむ客や職人だけではない。
かつてシュタインフェルト王国に保護され、教導を受けた者たちが動いた。
一つの基礎自治体班が、まるごとイートフード大陸への移住を決めたのである。
人口一千万人。
彼らはすでに保護されるだけの存在ではなかった。
自分たちで働き、自分たちで生活し、自分たちで基礎自治体を運営している。
農業をする者がいる。
料理人がいる。
職人がいる。
商人がいる。
行政を担う者もいる。
その生活単位を崩すことなく、一千万人が新しい大陸へ移住してきた。
転移による移住なので、長い旅をする必要はない。
生活に必要な道具や資材もアイテムボックスに収納して持ち込まれた。
港の周辺では、すぐに街の拡張が始まった。
集合住宅。
下水処理施設。
公衆浴場。
大食堂。
共同トイレ。
大教導講堂。
これまで自分たちが暮らしていた基礎自治体と同じように、必要な施設を次々と建設していく。
道路も整備された。
農地も作られた。
工房も増えていった。
一千万人が暮らす巨大な街である。
街の周辺では、相変わらずアース・ドラゴンが押し寄せてくる。
探しに行く必要はない。
イートフード大陸は常時スタンピード状態だった。
騎士や冒険者が捕縛し、拘束し、窒息させる。
倒した素体はアイテムボックスへ収納される。
食料だけでなく、大量の素材も途切れることなく手に入った。
その素材に目をつけたのが紡織ギルドだった。
アース・ドラゴンから得られる素材を前に、職人たちは加工方法を試し続けた。
そして一つの商品を完成させた。
ドラゴンドレス。
完成したドレスが店頭に並ぶと、すぐに人が集まった。
食べ転移で訪れていた者たちも足を止める。
「これがドラゴンの素材で?」
「ええ。ここで狩られたものを使っています」
最初は珍しさから興味を持つ者が多かった。
だが、実物を見ればそれだけでは終わらない。
職人たちが仕立てたドラゴンドレスは美しかった。
一着売れる。
購入した者が自国へ帰る。
そこで家族や友人が見る。
話を聞いた者が、今度は自分でイートフード大陸へ転移してくる。
食べ転移のついでに店へ立ち寄り、ドラゴンドレスを買って帰る。
評判は百三十二カ国へ広がっていった。
注文が一気に増えた。
紡織ギルドの工房では、職人たちが次々とドラゴンドレスを作る。
素材には困らない。
街の周辺では今日もアース・ドラゴンが押し寄せ、それを騎士や冒険者が狩っている。
新しい素材が次々と供給される。
紡織ギルドも職人を増やした。
店も一軒では足りなくなった。
ドラゴンドレスを扱う店が増えていく。
商業ギルドもすぐに動いた。
イートフード大陸だけで売る必要はない。
完成したドラゴンドレスをアイテムボックスへ収納し、百三十二カ国へ持ち帰る。
各国の店にも商品が並び始めた。
それでも、イートフード大陸まで直接買いに来る者は減らなかった。
料理を食べる。
酒を飲む。
新しい海洋魔物料理を探す。
そしてドラゴンドレスを見る。
食べ転移だったはずの旅に、買い物まで加わった。
百三十二カ国。
約百億人。
その巨大な市場がドラゴンドレスに注目した。
売れる。
作る。
また売れる。
素材は毎日のように供給される。
誰かが国家事業として命令したわけではない。
紡織ギルドの職人たちが、目の前に大量にある素材を見て、使えると思った。
ただ、それだけだった。
そこから生まれたドラゴンドレスは、百三十二カ国を巻き込む空前の大ヒット商品になっていた。
一千万人が移住してきたことで、港を中心に生まれた街の様子は大きく変わった。
これまでは、騎士や冒険者、職人、食べ転移で訪れる客が行き交う場所だった。
そこへ生活する者が加わった。
朝になれば住民が家から出てくる。
工房へ向かう者。
店を開く者。
農地へ向かう者。
料理を始める者。
子供たちの姿もある。
一千万人が暮らす巨大な街に、日常が生まれていた。
街の周辺では、今日もアース・ドラゴンが押し寄せてくる。
常時スタンピード状態である。
騎士や冒険者たちは、押し寄せてきたアース・ドラゴンを捕縛し、拘束し、窒息させる。
素体は傷ついていない。
肉は食品ギルドや料理人へ。
血液は薬師ギルドへ。
皮や鱗などの素材は、それぞれを必要とする職人へ渡っていった。
その中でも、大きな注目を集めたのが紡織ギルドだった。
開発されたドラゴンドレスは、最初に店頭へ並んだときから評判になっていた。
ところが食べ転移で訪れた者たちが自国へ戻ると、その評判はさらに広がった。
ドラゴンドレスを着て街を歩く。
当然、周囲の者が気づく。
「そのドレスは?」
「イートフード大陸で買ったのよ」
それだけで話は広がった。
翌日には、その話を聞いた者がイートフード大陸へ転移してくる。
ドラゴン料理を食べる。
海洋魔物料理も食べる。
そして紡織ギルドの店へ向かう。
食べ転移だけが目的だった者まで、ドラゴンドレスを見て足を止めた。
注文は増え続けた。
職人たちは生産を増やした。
同じ形のものだけを作り続けるわけではない。
仕立てを変える。
装飾を変える。
素材の使い方を変える。
新しいドラゴンドレスが店頭へ並ぶ。
すると以前購入した者まで、再びやって来た。
百三十二カ国。
約百億人。
その巨大な市場が一つの商品に注目したのである。
空前の大ヒットになった。
商業ギルドも動いた。
完成したドラゴンドレスを各国へ運び、それぞれの街でも販売する。
それでもイートフード大陸へ直接買いに来る者は多かった。
ここへ来れば、新しく作られた商品をすぐに見ることができる。
それに食事も楽しめる。
ドラゴン料理専門店へ行く。
海洋魔物専門店にも寄る。
酒造ギルドが作った酒を飲む。
店を回り、気に入ったドラゴンドレスを買って帰る。
食べ転移から始まった人の流れに、買い物が加わっていた。
それを見て、別の職人たちも動く。
鍛冶師は魔物素材を使った新しい商品を考える。
木工職人は増え続ける店から注文を受ける。
醸造ギルドと酒造ギルドは、新しい料理に合う酒を作る。
薬師ギルドでは、今日も大量のアース・ドラゴンの血液を使って最上級ポーションとエリクサーが生産されていた。
完成すれば各国へ運ばれる。
誰かが全体を指揮しているわけではなかった。
素材がある。
人が来る。
料理人は料理を作った。
薬師は薬を作った。
紡織職人はドレスを作った。
商人は売った。
客は気に入ったものを買った。
それを見た別の者が、また新しいものを作る。
一千万人の住民が暮らす街の中で、その流れは止まらなかった。
そして街の外では、今日もアース・ドラゴンが押し寄せてくる。
一国を滅亡させかねない魔物だった。
今では騎士や冒険者に狩られ、食料になり、薬になり、商品になっている。
食料庫として始まったイートフード大陸。
そこにはすでに巨大な街が生まれ、百三十二カ国の人々が食べ、買い物をし、働き、暮らしていた。




