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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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295 イートフード大陸食料庫作戦

現在、シュタインフェルト王国、アルデバラン王国百三十カ国、ミストバルカス公国などが存在する大陸は、アストラル大陸と呼ばれていた。


長く続いた群雄割拠は、ほぼ終わっている。


国家を自ら清算する国が相次ぎ、人類の敵と認定された国家は排除された。


さらに犯罪によって利益を得ていた国々も、犯罪そのものが成立しなくなったことで国家維持ができなくなり、次々と倒壊した。


残された国民は保護され、教導を受けている。


一方、シュタインフェルト王国騎士団による広域索敵は継続されていた。


犯罪者や崩壊寸前の国家を監視するためだけではない。


索敵範囲は海へと広げられていた。


アストラル大陸の周囲には巨大な海が広がっている。


その海のさらに向こう。


そこに、別の大陸が存在することが判明した。


報告を受けたカイゼル王は、アルデバラン王国のオーキス王とミストバルカス公国のライラ女王を招聘した。


世界サミットが開かれることになった。


会議の様子は百三十二カ国へ生中継される。


各国の王宮だけではない。


各地で巨大な映像が映し出され、多くの人々が三人の言葉を見守っていた。


カイゼルが開会を宣言した。


「アストラル大陸の群雄割拠は終了した。犯罪も成立しなくなっている」


オーキスとライラが静かに聞いている。


「そこで提案があります」


カイゼルは続けた。


「アストラル大陸の総人口は百億人に迫る勢いです。結婚斡旋ギルドの縁結びは現在も加速しています。将来的には二百億人に達する可能性があります」


人口が増えること自体は問題ではない。


土地はある。


住居も造れる。


教導する人材も十分に育っている。


だが、百億人、さらに二百億人を見据えるのであれば、食料についても現在の生産量だけを見るのではなく、その先まで考えておく必要がある。


「そこで食糧計画を刷新しました」


カイゼルの言葉とともに、海の向こうに確認された大陸の情報が示された。


「アストラル大陸の外には巨大な海があります。その向こうに未知の大陸があることが判明しています」


百三十二カ国で、多くの人々が映像を見つめた。


「その大陸には魔物のみが生息しています。天敵がいなかったため自然増殖を続け、現在は常時スタンピード状態となっています」


魔物が少ないのではない。


多すぎるのだ。


一時的に発生したスタンピードでもない。


魔物を減らす存在がいないまま増殖を続けた結果、大陸そのものが巨大な魔物の生息地になっていた。


カイゼルは、その大陸について一つの提案をした。


「その大陸の魔物を、アストラル大陸の食料に致しませんか?」


会場が静かになる。


「大陸の名前は安直ですが、イートフード大陸と名付けてみました」


オーキスが頷いた。


「それはいい考えですな。しかし現在、そのイートフード大陸に移動する手段はどうするのですか?」


問題は海だった。


まだ誰も到達していない大陸である。


まずは海を越えなければならない。


カイゼルは、その問いを待っていた。


「我らの国には使い切れないほどの大量の金属インゴットがあります。貴国らも同じでしょう?」


オーキスが頷く。


「そこで我々は巨大船舶を開発しました」


次に映し出されたのは、シュタインフェルト王国で建造された巨大な船だった。


「推進力は水圧推進の魔道具です。魔石も大量にあります」


金属がある。


魔石もある。


鍛冶師もいる。


魔道具技師もいる。


これまで大陸で積み重ねてきたものを使えば、海を越える手段を造ることができる。


「各国で協力して、イートフード大陸をアストラル大陸の食料庫に致しませんか? 素材も魔石も鍛冶師も魔道具技師も大量にあります。憂いはありません」


ライラが口を開いた。


「アストラル大陸の安寧は達せられました。我が国はシュタインフェルト王国案に賛同いたします」


続いてオーキスも賛同した。


その瞬間、百三十二カ国から大きな喝采が上がった。


大陸の中で争う時代は終わった。


次に目を向けたのは、海の向こうだった。


ただし、新しい土地を征服するためではない。


増え続ける人々が、これからも十分に食べていくためだった。


こうして――


イートフード大陸食料庫作戦が承認された。




世界サミットで承認されたイートフード大陸食料庫作戦は、すぐに具体化された。


百三十二カ国に計画の概要が共有される。


目的は単純だった。


海の向こうに存在するイートフード大陸へ到達し、増え続けている魔物を食料資源として利用する。


アストラル大陸の人口は、今後も増加する。


現在の食料生産だけでも不足しているわけではない。


シュタインフェルト王国だけを見ても、急激な人口増加を経験しながら食料自給率は二百パーセント以上を維持している。


アルデバラン王国百三十カ国にも広大な農地があり、各国で農業や畜産が行われている。


問題は現在ではなかった。


百億人。


さらに、その先に予想される二百億人。


そこまで人口が増えてから対策を始める必要はない。


今から食料供給力を増やしておけばいい。


最初に必要となるのは船だった。


シュタインフェルト王国では、すでに試作された巨大船舶を基に量産の準備が始まった。


材料には国庫に保管されていた大量の金属インゴットが使われる。


これまで回収された武器や金属製品は精錬され、インゴットとして国庫へ納められてきた。


魔石も大量に蓄積されている。


それらを今度は船へ変える。


鍛冶師たちが船体を造り、魔道具技師たちが水圧推進の魔道具を製作する。


シュタインフェルト王国だけで進める計画ではない。


アルデバラン王国百三十カ国とミストバルカス公国にも、鍛冶師や魔道具技師が大勢いる。


各国が作れるものを作る。


完成した部品や魔道具を集め、巨大船舶へ組み上げていく。


必要な金属も魔石も十分にある。


人材もいる。


これまで教導によって育ててきた者たちが、それぞれの仕事を始めた。


船が造られていく一方で、イートフード大陸で活動するための準備も進められた。


対象は魔物である。


それならば、すでに膨大な経験があった。


冒険者たちは日常的に外国の森へ向かい、魔物を狩っている。


シュタインフェルト王国でも、一日に数百万体という規模で魔物を狩った経験がある。


討伐だけではない。


索敵する。


倒す。


解体する。


鑑定する。


浄化する。


食用部位と素材を分ける。


魔石を回収する。


それぞれ、すでに行われてきたことだった。


違うのは規模だけだった。


イートフード大陸には、天敵が存在しない。


長期間にわたって自然増殖を続けた結果、大陸全体が常時スタンピード状態になっている。


どれほどの数が生息しているのか。


どのような種類の魔物がいるのか。


その詳細は、実際に到達して確認する必要がある。


だが、それを恐れる声はほとんどなかった。


魔物は未知の敵ではない。


アストラル大陸では長く討伐対象であり、同時に食料であり、素材であり、魔石の供給源でもあった。


食べられる魔物なら食料にする。


皮や骨、角などが使えるなら素材にする。


魔石は回収する。


これまでと同じだった。


各国の冒険者ギルドにも計画が伝えられた。


参加を希望する冒険者たちが集まり始める。


料理人たちも関心を示した。


アストラル大陸では、魔物料理そのものが珍しいものではなくなっている。


オーク、ハイオーク、各種ドラゴン、その他さまざまな魔物が料理に使われてきた。


イートフード大陸に新しい食材となる魔物がいれば、新しい料理も生まれる。


食品を扱う商人たちも動き始めた。


大量に確保された食材を百三十二カ国へ流通させるには、販売する者が必要になる。


国が魔物を狩って国民へ配り続ける計画ではない。


狩る者がいる。


解体する者がいる。


運ぶ者がいる。


売る者がいる。


料理する者がいる。


食べる者がいる。


これまでアストラル大陸で育ってきた仕組みを、そのまま大きくすればよかった。


巨大船舶の建造は急速に進んでいった。


食料問題が起きたわけではない。


飢えている者が出たわけでもない。


それでも百三十二カ国は動いた。


問題が起きてから対処するのではなく、人口が増えた先でも困らないように、今から準備しておく。


そのためのイートフード大陸食料庫作戦だった。




世界サミットが終了した。


百三十二カ国への生中継も終わり、カイゼル王はオーキス王とライラ女王を酒宴へ招いた。


もちろん、三国の側近たちも一緒である。


アルデバラン王国からはバイオレット王妃、クレイン宰相、アルフレッド侯爵、アレクサンド公爵。


さらに魔導騎士団長アッシュ、騎士団長アイク、近衛騎士団長ロックウェルも席に着いた。


シュタインフェルト王国からはアイゼル公爵、シュタインフェルト王国騎士団長マイケル、宰相。


ミストバルカス公国からはアンドリュー宰相、レイラ防衛大臣。


そして幹部護衛のシメオン、ジェーク、リッキー、チャド、ホセ、パトリック、シェーン、ラザロ、ブレイドン、コデイも参加していた。


サミットの席とは違い、酒宴に堅苦しさはない。


料理が並び、酒が注がれる。


カイゼルが杯を掲げた。


「アストラル大陸の安寧と、これからの繁栄に」


オーキスも杯を上げた。


「乾杯」


「乾杯!」


一斉に杯が上がった。


バイオレットは早速、目の前の料理へ手を伸ばしている。


オーキスが横目で見た。


「相変わらず早いな」


「冷めてしまっては料理人に失礼でしょう?」


「そういうことにしておこう」


バイオレットは気にする様子もなく料理を味わい、酒を口にした。


「でも、楽しみですね。海の向こうには、こちらにいない魔物もいるのでしょう?」


「まだ分からん」


「だから楽しみなのです」


その会話を聞いたライラが笑った。


「バイオレット王妃は、すでに料理の方を考えておられるのですね」


「食料庫にするのでしょう? でしたら美味しく食べなければ」


「もっともです」


二人は杯を合わせた。


少し離れた場所では、クレインがアイゼルへ声をかけていた。


「アイゼル公爵。お久しぶりです」


「クレイン宰相。こうしてゆっくり話すのも久しぶりですな」


二人も杯を合わせる。


クレインが尋ねた。


「基礎自治体を作られたそうですね」


「ええ。当初はアルデバラン王国を参考に、二千万人ずつ分けて第何シュタインフェルト王国とすればよいと考えていたのですが」


アイゼルは苦笑した。


「陛下に言われました。『国を建国する必要があるか?』と」


クレインは一瞬黙った後、笑った。


「必要ありませんな」


「私もそう思いました」


「人口を分けて管理することと、国を増やすことは別ですからな」


「ええ。今では一千万人単位の基礎自治体として動き始めています」


二人の宰相と公爵は、そのまま行政や人口の話を続けていった。


アルフレッド侯爵はアレクサンド公爵と杯を交わしていた。


「公爵就任、おめでとう」


「ありがとうございます」


「伯爵だった頃が随分昔に感じるな」


アレクサンドが笑った。


「私もです」


「次は何になるつもりだ?」


「何にもなりませんよ」


即答だった。


アルフレッドが笑う。


「安心した」


近くではアッシュ、アイク、ロックウェルの三騎士団長とマイケルが酒を酌み交わしている。


話題はやはりイートフード大陸だった。


「常時スタンピード状態か」


アッシュが杯を置いた。


アイクが笑う。


「魔物を探す手間が省けるな」


「そういう問題か?」


ロックウェルが聞く。


「食料庫にするなら、そういう問題だろう」


マイケルも笑った。


人類の敵国家を相手にするときとは、話の内容がまるで違う。


倒した後に保護する民はいない。


犯罪者を選別する必要もない。


相手は魔物である。


一方、ミストバルカス公国の席でも酒が進んでいた。


シメオンたち十人の幹部護衛も、今日は周囲を警戒するだけではなく料理と酒を楽しんでいる。


アンドリュー宰相がライラを見る。


「陛下。随分と大きな計画になりましたな」


「百三十二カ国で行うのです。小さくなる方がおかしいでしょう」


レイラ防衛大臣が笑った。


「大陸一つを食料庫にする計画ですからね」


ライラも杯を傾けた。


「アストラル大陸の安寧は達せられました。次は、その安寧を続けるための準備です」


誰かと戦うための酒宴ではなかった。


次にどの国を攻めるかという話もない。


海の向こうへどう渡るか。


どんな魔物がいるのか。


どんな料理が生まれるのか。


百億人、二百億人になっても豊かに暮らすには何を準備すればいいのか。


三国の王と側近たちは、そんな話をしながら酒を飲み続けた。


長く続いた群雄割拠が終わった夜の酒は、いつもより穏やかな味がした。




酒宴はまだ続いていた。


料理が減れば新しい皿が運ばれ、空いた杯には酒が注がれていく。


魔導騎士団長アッシュ、騎士団長アイク、近衛騎士団長ロックウェルは、シュタインフェルト王国騎士団長マイケルと同じ卓を囲んでいた。


アッシュがマイケルに尋ねる。


「ところで、巨大船舶はどの程度の大きさなんだ?」


「かなりの大きさになります。大量の人員と物資を運ぶことを前提に建造しております」


「海の魔物への対策は?」


今度はロックウェルだった。


「広域索敵を行います。何か接近してくれば、船へ到達する前に把握できます」


アイクが酒を飲みながら笑った。


「船を壊される心配より、食べられるかどうかを考えた方がよさそうだな」


マイケルも笑う。


「皆様なら、本当に海の魔物まで狩ってしまいそうですね」


「食えるなら食うだろう」


「そのときは私もご一緒させてください」


三人は笑った。


マイケルにとって、三人はただの外国の騎士団長ではない。


これまで何度も助けられ、学ばせてもらった大恩人でもある。


酒宴の席で気軽に話せるようになっても、その敬意が変わることはなかった。


その会話を聞いていたバイオレットが振り返った。


「海の魔物も美味しいかもしれませんね」


オーキスが横を見る。


「やはりそこへ行くのか」


「食料庫作戦でしょう?」


「そうだが」


「食べられるものを美味しくいただくのも大切です」


ライラが笑った。


「バイオレット王妃のおっしゃることも間違ってはいませんね」


レイラ防衛大臣も頷く。


「海にも食用になる魔物がいれば、食料の種類がさらに増えます」


「ほら」


バイオレットが満足そうに料理を口へ運ぶ。


オーキスは何も言わずに酒を飲んだ。


別の卓では、クレイン宰相、アイゼル公爵、アルフレッド侯爵、アレクサンド公爵の話が続いていた。


「元国王まで首長に選ばれたそうですな」


クレインが尋ねると、アイゼルが頷いた。


「マルコムです。元王子のマルキム、元宰相のバルデルも選ばれました」


「王に戻ったわけではないのですね?」


アルフレッドが尋ねる。


「もちろんです。基礎自治体の首長ですよ。住民が選任しました」


アレクサンドが杯を置いた。


「以前の身分とは関係なく選ばれたのですね」


「ええ。しかも世襲ではありません。次も選ばれるとは限りません」


クレインは感心したように頷いた。


「行政経験は使える。失敗した経験も含めてな」


「そういうことです」


アイゼルが笑う。


「国を作らなくても、人は暮らしていけますからな」


少し離れたところでは、ミストバルカス公国の幹部護衛十人も酒と料理を楽しんでいた。


シメオンが杯を置く。


「次は海か」


ジェークが答えた。


「そうなるな」


リッキーが二人を見る。


「船に乗ったことはあるか?」


「ない」


「俺もない」


チャドが笑った。


「十人揃って船酔いしたら格好がつかんな」


「そもそも船酔いするのか?」


ホセが首を傾げる。


パトリックも分からないという顔をした。


シェーン、ラザロ、ブレイドン、コデイまで話に加わり、いつの間にか未知の大陸より船酔いの方が話題になっていた。


アンドリュー宰相がその様子を見て苦笑する。


「お前たち、もう少し別の心配はないのか?」


「魔物なら何とかなりますから」


シメオンが答えた。


「船は初めてです」


アンドリューは返す言葉を失った。


ライラが笑う。


「いいではありませんか。今回は戦争へ行くのではありません」


その言葉に、アンドリューも笑って杯を傾けた。


やがてカイゼルがオーキスとライラへ声をかけた。


「巨大船舶が完成すれば、まず我々でイートフード大陸へ向かいませんか?」


オーキスが杯を置いた。


「俺たちもか?」


「せっかくの未知の大陸です」


オーキスは少し考え、笑った。


「いいだろう。俺も行こう」


「私も同行いたします」


ライラもすぐに答えた。


するとバイオレットが当然のように口を開く。


「私も参ります」


オーキスが妻を見る。


「やはり来るのか」


「当然です」


「魔物を食べたいだけではないだろうな?」


バイオレットは微笑んだ。


「それも目的の一つです」


周囲から笑い声が上がった。


カイゼルも杯を掲げる。


「では、最初の航海を楽しみにしましょう」


再び杯が上がった。


大陸の群雄割拠を終えた者たちが、次に向かうのは未知の大陸だった。


征服するためではない。


戦争をするためでもない。


これから百億、二百億と増えていく人々が、変わらず豊かに食べて暮らせるようにするためだった。


その夜、酒宴は遅くまで続いた。





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