294 基礎自治体
十カ国同時殲滅によって保護された七億人にも、教導が始まっていた。
すでに保護されていた十五億人と同じように、生活基盤から整えていく。
集合住宅、下水処理施設、公衆浴場、大食堂、共同トイレ、大教導講堂。
七億人は一千万人ずつ七十班に分けられ、それぞれの地域で教導を受けていた。
一千万人という人数だけを見れば、かつてなら一国の人口に匹敵する。
だが、シュタインフェルト王国にとっては、すでに経験した規模だった。
二百十万人の騎士と六十万人の行政官。その全員が教導スキルを持ち、およそ二百万人は教導レベル十に達している。
教える側に不足はない。
住居を整え、衛生環境を作り、食事を確保する。
その上で魔力循環、魔法、読み書き、計算、農業、紡織、各種の仕事を教えていく。
保護された者たちは、少しずつ自分たちで生活を組み立て始めていた。
その頃、王宮ではカイゼル王、アイゼル公爵、騎士団長マイケル、宰相による会議が行われていた。
議題は、急激に増えた人口を今後どのような単位で管理するかだった。
以前、アイゼルはアルデバラン王国を参考に、一つの案を出している。
二千万人程度を一つの単位として分け、第何シュタインフェルト王国と番号を付けて管理する方法だった。
人口規模を考えれば合理的な案だった。
実際、その場では全員が概ね賛成している。
だが、カイゼルはすぐには決定しなかった。
改めて検討されたその案を前に、カイゼルが口を開いた。
「国を建国する必要があるか?」
アイゼルが顔を上げた。
カイゼルは続けた。
「国の仕事はシュタインフェルト王国が担えばいい。街や郡の仕事は、それぞれの首長に任せればよいのではないか?」
宰相が考え込む。
新たな王国を作れば、当然ながらその国を運営するための仕組みが必要になる。
だが、外交や国防などはシュタインフェルト王国が担っている。
わざわざ新しい国を作る理由がない。
「首長は選民制にする。世襲制にはしない。そこに住む者たちが、自分たちで選べばいい」
アイゼルはしばらく黙っていたが、やがて頷いた。
「確かに、その方が簡単ですな」
マイケルも異論はなかった。
宰相も同意した。
必要なのは人口を分けて管理する仕組みであって、新しい国家ではない。
アイゼルが最初に考えた人口を分割するという部分は、そのまま使える。
ただし国にはしない。
シュタインフェルト王国の中に基礎自治体を置き、それぞれの地域運営を住民が選んだ首長に任せる。
その案が採用された。
行政官たちは、新しく整備された街で新たな教導を始めた。
首長を選ぶための教導だった。
誰かに命じられた者を受け入れるのではない。
自分たちの暮らす地域を誰に任せるのか。
それを住民自身が考え、選ぶ。
その中で名前が挙がった者たちがいた。
マルコム。
元国王。
マルキム。
元王子。
そしてバルデル。
元宰相。
彼らがかつて治めていた国は、シュヴァルツヴァルト王国といった。
国家を清算した後、彼らも特別扱いされることなく保護され、シュタインフェルト王国で暮らしていた。
マルコムたちは農地にも出た。
自分たちが治めていた頃とはまるで違う、人々の生活をその目で見た。
食べるものがある。
仕事がある。
着るものがある。
住む場所がある。
そして、人々が笑っている。
かつてマルコムは、その光景を見ながら呟いていた。
「我らは一体何をしていたんだろうな」
今度は、その彼らを見る側がいた。
同じ地域で暮らす保護民たちだった。
元国王だからではない。
元王子だからでも、元宰相だからでもない。
共に働き、話し、生活する中で、彼らが行政の経験を持っていることも知られていった。
そして首長を選ぶとき、マルコム、マルキム、バルデルの名が住民たちから挙がった。
かつて地位によって国を治めていた者たちが、今度は住民から選ばれようとしていた。
十カ国同時殲滅によって保護された七億人にも、教導が始まっていた。
すでに保護されていた十五億人と同じように、生活基盤から整えていく。
集合住宅、下水処理施設、公衆浴場、大食堂、共同トイレ、大教導講堂。
七億人は一千万人ずつ七十班に分けられ、それぞれの地域で教導を受けていた。
一千万人という人数だけを見れば、かつてなら一国の人口に匹敵する。
だが、シュタインフェルト王国にとっては、すでに経験した規模だった。
二百十万人の騎士と六十万人の行政官。その全員が教導スキルを持ち、およそ二百万人は教導レベル十に達している。
教える側に不足はない。
住居を整え、衛生環境を作り、食事を確保する。
その上で魔力循環、魔法、読み書き、計算、農業、紡織、各種の仕事を教えていく。
保護された者たちは、少しずつ自分たちで生活を組み立て始めていた。
その頃、王宮ではカイゼル王、アイゼル公爵、騎士団長マイケル、宰相による会議が行われていた。
議題は、急激に増えた人口を今後どのような単位で管理するかだった。
以前、アイゼルはアルデバラン王国を参考に、一つの案を出している。
二千万人程度を一つの単位として分け、第何シュタインフェルト王国と番号を付けて管理する方法だった。
人口規模を考えれば合理的な案だった。
実際、その場では全員が概ね賛成している。
だが、カイゼルはすぐには決定しなかった。
改めて検討されたその案を前に、カイゼルが口を開いた。
「国を建国する必要があるか?」
アイゼルが顔を上げた。
カイゼルは続けた。
「国の仕事はシュタインフェルト王国が担えばいい。街や郡の仕事は、それぞれの首長に任せればよいのではないか?」
宰相が考え込む。
新たな王国を作れば、当然ながらその国を運営するための仕組みが必要になる。
だが、外交や国防などはシュタインフェルト王国が担っている。
わざわざ新しい国を作る理由がない。
「首長は選民制にする。世襲制にはしない。そこに住む者たちが、自分たちで選べばいい」
アイゼルはしばらく黙っていたが、やがて頷いた。
「確かに、その方が簡単ですな」
マイケルも異論はなかった。
宰相も同意した。
必要なのは人口を分けて管理する仕組みであって、新しい国家ではない。
アイゼルが最初に考えた人口を分割するという部分は、そのまま使える。
ただし国にはしない。
シュタインフェルト王国の中に基礎自治体を置き、それぞれの地域運営を住民が選んだ首長に任せる。
その案が採用された。
行政官たちは、新しく整備された街で新たな教導を始めた。
首長を選ぶための教導だった。
誰かに命じられた者を受け入れるのではない。
自分たちの暮らす地域を誰に任せるのか。
それを住民自身が考え、選ぶ。
その中で名前が挙がった者たちがいた。
マルコム。
元国王。
マルキム。
元王子。
そしてバルデル。
元宰相。
彼らがかつて治めていた国は、シュヴァルツヴァルト王国といった。
国家を清算した後、彼らも特別扱いされることなく保護され、シュタインフェルト王国で暮らしていた。
マルコムたちは農地にも出た。
自分たちが治めていた頃とはまるで違う、人々の生活をその目で見た。
食べるものがある。
仕事がある。
着るものがある。
住む場所がある。
そして、人々が笑っている。
かつてマルコムは、その光景を見ながら呟いていた。
「我らは一体何をしていたんだろうな」
今度は、その彼らを見る側がいた。
同じ地域で暮らす保護民たちだった。
元国王だからではない。
元王子だからでも、元宰相だからでもない。
共に働き、話し、生活する中で、彼らが行政の経験を持っていることも知られていった。
そして首長を選ぶとき、マルコム、マルキム、バルデルの名が住民たちから挙がった。
かつて地位によって国を治めていた者たちが、今度は住民から選ばれようとしていた。
首長の選任は各地で進んでいった。
すでに保護されていた十五億人は、一千万人ずつ百五十班。
十カ国同時殲滅で保護された七億人は、一千万人ずつ七十班。
班と呼ばれてはいるが、一つの班だけで人口一千万人を抱えている。
かつてなら、それだけで一つの国として成立する規模だった。
だが、新しい国は作られなかった。
シュタインフェルト王国が国としての仕事を担い、それぞれの地域は基礎自治体として運営する。
住民は教導を受けながら、自分たちの地域を任せる首長を選んでいった。
シュヴァルツヴァルト王国の元国王マルコムも、その一人だった。
選任されたことを知らされたマルコムは、しばらく何も言わなかった。
隣には元王子のマルキムと、元宰相のバルデルがいる。
「また、人を治めることになるとはな」
マルコムが呟いた。
バルデルが答える。
「以前とは違います」
「ああ」
マルコムも分かっていた。
王位を取り戻したわけではない。
領地を与えられたわけでもない。
自分の子へ引き継ぐこともできない。
ここに暮らす者たちが、自分を選んだ。
それだけだった。
「一度、失敗している」
マルコムは静かに言った。
かつては国王として国を治めていた。
だが、自分たちが治めていた国より、シュタインフェルト王国で暮らす民の方が遥かに豊かだった。
農地で働きながら、それを嫌というほど見てきた。
食べるものがある。
仕事がある。
住む場所がある。
人々が明日の生活を心配せずに笑っている。
国王だった頃には見えていなかったものだった。
「同じ失敗は、もうしない」
マルコムはそう言って、首長を引き受けた。
マルキムも、バルデルも、それぞれ別の地域で住民から選ばれていった。
同じことは各地で起きていた。
農業をまとめていた者。
工房で多くの者から頼られていた者。
教導を手伝っていた者。
行政の経験を持つ者。
住民たちは肩書だけでなく、自分たちが実際に見てきた人間の中から首長を選んでいく。
百五十班と七十班でも、次々に首長が決まった。
基礎自治体が動き始める。
さらに、新しい基礎自治体も必要になっていた。
シュタインフェルト王国の正門には、毎日のように大量の亡命希望者が押し寄せていた。
一日に百万人単位。
その多くは、まだ残っている人類の敵国家から逃れてきた者たちだった。
国力を失いつつある国々では、民を引き留めることさえ難しくなっていた。
犯罪による収益は途絶え、人は逃げ、税収は減る。
生産も行政も維持できなくなる。
シュタインフェルト王国騎士団が、新たな打倒作戦を行う必要はなかった。
国々は自ら倒壊していった。
国家が倒壊すれば、シュタインフェルト王国は残された国民を保護した。
亡命してきた者も受け入れた。
保護された者と亡命してきた者たちは、新たに一千万人単位でまとめられていく。
そこでも集合住宅が建ち、下水処理施設、公衆浴場、大食堂、共同トイレ、大教導講堂が整備された。
そして首長を選ぶ。
先に教導を受けた者たちは、後から来た者たちを教える側にも回り始めた。
一つの基礎自治体で身につけたものが、次の基礎自治体へ渡されていく。
シュタインフェルト王国が一からすべてを教える必要も、次第になくなっていた。
保護は続いた。
亡命者も増え続けた。
新しい基礎自治体も増え続けた。
そして、シュタインフェルト王国の人口は五十億人に達していた。
人口五十億人。
それだけの人間を抱えるようになっても、シュタインフェルト王国の仕組みは止まっていなかった。
新たに保護された者たちは一千万人単位で基礎自治体を構成する。
集合住宅、下水処理施設、公衆浴場、大食堂、共同トイレ、大教導講堂が整備され、生活できる環境が作られる。
教導を受けた者は仕事を覚え、その中から次の者を教える人間が生まれる。
基礎自治体では首長の選任も進んでいた。
先に作られた百五十班、十カ国同時殲滅で保護された七億人による七十班。
さらに亡命者や、倒壊した国家から保護された者たちによる新しい班も増えている。
一千万人という人口を抱えながら、それぞれが一つの基礎自治体として動き始めていた。
首長を選ぶのは、そこに暮らす住民たちだった。
王宮から首長を送り込むことはない。
世襲もない。
選ばれた者が地域を運営し、次に誰を選ぶかも住民が決める。
新しい国を作らなくても、それで十分だった。
アレクサンド公爵は各地の様子を確認した後、アイゼル公爵を訪ねた。
「アイゼル公爵。少しお話があります」
「何でしょう?」
「応援団のことです」
アイゼルがアレクサンドを見る。
アルデバラン王国から来た応援団は、長い間シュタインフェルト王国を支えてきた。
最初は教導する者も足りなかった。
大規模な保護を経験した者も少ない。
人類の敵国家への対応でも、アルデバラン王国側の経験が必要だった。
だが、今は違う。
「そろそろ応援団を帰還させてもよいのではないでしょうか」
アイゼルは少し考えてから尋ねた。
「もう必要ないと?」
「必要ないというより、自分たちだけでできるようになったと思います」
シュタインフェルト王国には二百十万人の騎士がいる。
行政官も六十万人まで増えている。
全員が教導スキルを持ち、そのうち約二百万人は教導レベル十だった。
騎士団は広域索敵を使い、得られた情報を共有しながら自分たちで動くことができる。
国家が倒壊すれば、残された国民を保護する。
犯罪者がいれば鑑定し、処理する。
保護民の生活基盤を整え、教導を始める。
行政官たちも、何をすればよいのか分かっている。
そして今では、教導を終えた保護民が次に来た者たちを教え始めている。
「十カ国のときも、我々は前に出ませんでした。それでも問題なく終わりました」
「そうでしたな」
「その後の保護も、基礎自治体の整備も進んでいます。私たちが残り続ける理由は、もうないと思います」
アイゼルは否定しなかった。
人口は五十億人にまで増えた。
それでも王国は動いている。
むしろ人口が増えたことで、基礎自治体という新しい仕組みまで自分たちで作った。
アルデバラン王国のやり方をそのまま真似たわけでもない。
二千万人ずつ新しい王国を作るという自分の案も、カイゼルの一言から見直された。
必要な部分だけを使い、自分たちに合う形へ変えた。
「分かりました」
アイゼルは頷いた。
「カイゼル陛下とマイケル団長、宰相にも話してみましょう」
「お願いします」
「長く助けていただきましたからな。寂しくはなりますが」
アレクサンドは小さく笑った。
「何かあれば、また来ます」
帰還するからといって、関係が切れるわけではない。
必要になれば応援に来ればいい。
だが、必要もないのに残る理由もなかった。
助けることと、いつまでも代わりにやり続けることは違う。
シュタインフェルト王国は、すでに自分たちで動いている。
騎士が動く。
行政官が動く。
基礎自治体では住民が首長を選ぶ。
先に教わった者が、後から来た者を教える。
誰か一人がすべてを指示しなくても、それぞれが自分の役割を果たしていた。
アレクサンドは、その流れを見届けていた。
応援団が帰る時期は来ていた。




