293 更地
大陸では、犯罪そのものが成立しなくなりつつあった。
盗賊。
人攫い。
奴隷商。
死霊使い。
ネクロマンサー。
犯罪によって利益を得ていた者たちが、急速に姿を消している。
捕まるからではない。
殺されるからでもない。
消されるのだ。
跡形もなく。
死体すら残らない。
◇
シュタインフェルト王国の騎士二百十万人は、広域索敵によって大陸各地の犯罪者を常時監視していた。
一人が得た情報は、即座に共有される。
盗賊が旅人を襲おうとする。
人攫いが子供を連れ去ろうとする。
奴隷商が捕らえた人間を取引しようとする。
犯罪が実行される寸前。
騎士たちが現地へ転移する。
犯罪者を狩る。
その場で処刑する。
浄化する。
死体は残らない。
そして騎士たちは、その集団を一人残らず処刑するわけではなかった。
わずかに残す。
何が起きたのかを見た者を残して、騎士たちは去る。
残された犯罪者は、自分が見たことを仲間へ話した。
「消えた」
「何が?」
「仲間がだ」
「騎士が突然現れた。何もできなかった。殺された奴は、そのまま消された」
死体すらない。
誰に襲われたのか分からないという話ではなかった。
目の前で見ている。
自分も同じ場所にいた。
ただ、自分だけが残された。
その話は別の犯罪者へ伝わる。
さらに別の者へ伝わった。
同じ話が一カ所だけなら、偶然だと思えたかもしれない。
だが、各地で同じことが起きていた。
盗賊団が消える。
人攫いが消える。
奴隷商の手下が消える。
死霊使いが消える。
ネクロマンサーが消える。
そして必ず、見ていた者がいる。
犯罪者たちは理解し始めた。
続ければ、自分も消される。
捕まって牢へ入れられるのではない。
次は自分の番かもしれない。
恐怖に駆られた者たちが、犯罪から足を洗い始めた。
◇
影響は、その背後にいる者たちにも及んだ。
悪徳貴族。
悪徳商人。
自分では手を汚さず、犯罪者を使って利益を得ていた者たちである。
人を攫わせる。
奴隷として売る。
盗ませる。
必要なものを犯罪者から仕入れる。
だが、その手駒がいなくなっていった。
新しく雇っても消される。
別の集団へ依頼しても消される。
やがて、依頼そのものを断られるようになった。
犯罪者側が仕事を受けなくなったからだ。
仕入先がなくなる。
得意先もなくなる。
商品も入ってこない。
取引そのものが成立しない。
犯罪によって収入を得ていた者たちは、経費だけを持ち出す状態になっていった。
金を使う。
人を集める。
準備する。
その人間が消える。
商品は手に入らない。
売上もない。
これでは事業を続けられない。
犯罪を取り締まるために、新しい制度を作ったわけではなかった。
犯罪を行おうとした者を狩る。
捕らえられていた者を保護する。
それを繰り返しただけだった。
だが、その結果。
犯罪を行う者が減った。
犯罪を請け負う者も減った。
仕入先も消えた。
得意先も消えた。
利益も出なくなった。
大陸では、犯罪そのものが商売として成立しなくなり始めていた。
犯罪によって国家運営を支えていた国々も、同じ状況に陥っていた。
奴隷を売る。
他国の人間を攫う。
盗賊を使って物資を奪う。
死霊使いやネクロマンサーを利用する。
悪徳商人や悪徳貴族と結びつき、そこから利益を得る。
そうした仕組みに依存していた国家では、犯罪が成立しなくなることそのものが国家運営を直撃した。
人攫いを送り出しても戻ってこない。
盗賊を使っても物資は手に入らない。
奴隷を集めようとしても、捕らえた人間ごと保護される。
犯罪に使った人間だけが消えていく。
金を出しても成果がない。
それでも国家を維持するためには金が必要だった。
兵士を養う。
役人を養う。
王族や貴族の生活を維持する。
だが、それまで収入を得ていた仕組みが動かない。
犯罪に依存していた国家ほど、その影響は大きかった。
◇
国民の生活も悪化していった。
国家に金がない。
仕事も減る。
それでも為政者たちは国を維持しなければならない。
負担を受けるのは国民だった。
だが、国民には別の選択肢があった。
亡命する。
一人が国を出る。
その者が保護される。
教導を受ける。
仕事を得る。
生活できるようになる。
そのことを知った者が、次に国を出る。
家族が続く。
知人も続く。
人口が減る。
働く者が減る。
生産する者も減る。
税を納める者まで減っていった。
残された国民への負担はさらに大きくなる。
すると、また亡命する者が増える。
国家を支える人口そのものが減り続けた。
軍隊を維持できなくなる。
行政も維持できなくなる。
国家として必要な機能が、一つずつ動かなくなっていった。
自ら国家清算を選ばなくても、行き着く先は同じだった。
国家の滅亡である。
◇
シュタインフェルト王国の騎士たちは、それらの国も見ていた。
二百十万人による広域索敵。
国家が存在している間に侵攻することはない。
国を奪うこともしない。
だが、滅亡した瞬間から対応が変わる。
統治する者がいなくなった土地に、人々を放置しない。
騎士たちが転移する。
鑑定と念話で意思を確認する。
奴隷。
娼婦。
孤児。
亜人。
保護を必要とする者を保護する。
一般の国民も、本人の意思を確認して保護していく。
騎士や剣士も「くずれ」になる前に保護する。
為政者や貴族については犯罪歴を鑑定する。
犯罪者なら処刑。
犯罪歴がなければ身分を剥奪し、自由民として保護する。
犯罪者についても同じだった。
身分は関係ない。
滅亡した国にいたという理由だけで処刑される者はいない。
何をしてきたのか。
それだけを見た。
◇
保護される人数は増え続けた。
十万人。
百万人。
一千万人。
一億人。
国家が一つ滅びれば、そこに残されていた人々を保護する。
別の国家が滅びれば、また保護する。
犯罪依存国家から逃げてくる亡命者も途切れない。
やがて、新たに保護された人々は二十億人を超えた。
それでもシュタインフェルト王国の騎士たちは、対応を変えなかった。
人数が増えたから放置するという選択はない。
保護する。
住む場所を用意する。
教導する。
仕事を覚えてもらう。
自立してもらう。
それまで何度も行ってきたことを、また繰り返す。
一方、人がいなくなった国には、別の作業が待っていた。
残された物資。
金属。
資源。
利用できるものを回収する。
犯罪によって蓄えられていたものも残さない。
回収を終えた土地は整理される。
かつてそこに王宮があった。
貴族の屋敷があった。
犯罪によって維持されていた国家があった。
それらは次々と姿を消していった。
人々は保護される。
利用できるものは回収される。
そして土地だけが残る。
大陸には、少しずつ更地が増え始めていた。
国家が滅亡した後の処理も、シュタインフェルト王国の騎士たちにとって特別なものではなくなっていた。
広域索敵で状況を確認する。
残されている人々を保護する。
犯罪者を鑑定する。
犯罪歴が確認された者は処刑する。
保護した人々を安全な場所へ移す。
その後、土地に残されたものを回収していく。
武器。
防具。
金属製品。
王宮や貴族の屋敷に蓄えられていた物資。
倉庫に残されていた資材。
利用できるものは回収する。
武器や金属製品は順次精錬し、インゴットにして国庫へ納めていった。
資源も残さない。
回収できるものを回収した後、不要になった建物を取り除いていく。
王宮も例外ではない。
貴族の屋敷も同じだった。
誰も住まなくなった街も整理する。
国家として使われていた建物を残しておく理由はなかった。
やがて、そこには広い土地だけが残った。
◇
別の国でも同じことが起きた。
国家運営を維持できなくなる。
国民が亡命していく。
働く者が減る。
税収が減る。
軍を維持できなくなる。
行政も動かなくなる。
そして国家が滅亡する。
その瞬間から、シュタインフェルト王国の騎士たちが動く。
国民を保護する。
犯罪者を処理する。
物資と資源を回収する。
土地を整理する。
侵略ではなかった。
国境を越えて軍隊を送り込み、国家を滅ぼしているわけではない。
国家が自ら維持できなくなり、滅亡した後に残された人々を保護しているだけだった。
それでも結果だけを見れば、国が一つ消えるたびに、大陸に広大な更地が増えていく。
◇
その一方で、まだ存続している人類の敵国家からは亡命者が流出し続けていた。
犯罪で稼げない。
国民から奪おうとしても、その国民が逃げる。
逃げた先では保護される。
教導を受けられる。
仕事を覚えられる。
生活できる。
戻る理由はなかった。
一人が抜ける。
家族が抜ける。
知人も抜ける。
働き手が減れば、残った者への負担が増える。
負担が増えれば、さらに国を出る者が増える。
為政者が亡命を止めようとしても、そのために使う人間が必要だった。
兵士も生活している。
騎士にも家族がいる。
国を維持する側の人間まで、国に残り続けるとは限らなかった。
人口流出は止まらない。
国家の中身だけが少しずつ失われていった。
◇
犯罪者たちも減り続けている。
シュタインフェルト王国の騎士二百十万人が広域索敵を続けているからだ。
犯罪を始めようとすれば見つかる。
実行する寸前に転移してくる。
犯罪者が狩られる。
処刑される。
浄化される。
捕らえられていた人々は保護される。
そして、わずかに残された者がそれを見る。
残された者は逃げる。
仲間に話す。
別の犯罪者にも話す。
話を聞いた者が犯罪から足を洗う。
新しく犯罪者になろうとする者も減っていった。
捕まれば処刑されるというだけではない。
いつ見つかるか分からないのでもない。
すでに見られている。
犯罪を始める前から、広域索敵で把握されている。
その事実が犯罪者たちの間に広がっていた。
◇
犯罪をする者が減る。
犯罪を使う者も減る。
犯罪で利益を得ることができなくなる。
犯罪に依存していた国家はさらに弱る。
国民が逃げる。
国家が滅びる。
残された国民は保護される。
土地に残されたものは回収される。
そして、また一つ更地が増える。
誰かが大陸を征服するために進軍しているわけではなかった。
領土を奪うために戦争をしている国もない。
それでも、人類の敵国家が存在していた地域から、国境が一つずつ消えていった。
大陸には、人のいない広大な土地が増え続けていた。
新たに保護された者は、二十億人を超えていた。
国家清算によって保護された十五億人とは別に、国家そのものが維持できなくなり、滅亡した国々から保護された人々である。
奴隷だった者。
娼婦だった者。
孤児。
亜人。
普通に暮らしていた自由民。
国を失った騎士や剣士。
犯罪歴のない王族や貴族もいた。
かつて何者だったのかは、保護された後の生活には関係ない。
犯罪者でなければ自由民である。
王だった者も。
貴族だった者も。
騎士だった者も。
奴隷だった者も。
同じだった。
保護された人々には住む場所が用意され、教導が始まる。
これもシュタインフェルト王国が何度も行ってきたことだった。
人数が二十億人を超えても、やることは変わらない。
◇
一方、人々が保護された後の土地では、回収作業が続いていた。
かつて国家だった場所である。
王宮がある。
貴族街がある。
兵舎がある。
倉庫がある。
武器や防具も残されている。
利用できる物資や資源は回収された。
金属製品は精錬され、インゴットになって国庫へ納められる。
建物も必要な素材を回収する。
残しておく必要のないものは取り除かれていった。
最後には土地だけが残る。
そこに国境を示すものはない。
王宮もない。
貴族の屋敷もない。
かつて誰が支配していたのかを示すものもなくなっていく。
広い土地があるだけだった。
その土地を、シュタインフェルト王国が新たな領土として宣言することもなかった。
国境を広げるために行っていることではないからだ。
人を保護する。
使えるものを回収する。
土地を整理する。
それで終わりだった。
◇
同じ光景が、大陸の各地に生まれていた。
以前なら、国と国の間には国境があった。
その向こうには別の王がいた。
別の貴族がいた。
別の軍隊がいた。
今は何もない。
一つの国が滅びる。
人々が保護される。
回収が終わる。
更地になる。
さらに隣の国が滅びる。
そこでも同じことが行われる。
すると、二つの更地がつながる。
国境だった場所に、国境を維持する者はもういない。
それが別の場所でも起きる。
大陸の地図には国名が残っていても、実際にそこへ行けば、すでに国家が存在しない地域が増えていた。
征服されたわけではない。
占領されたわけでもない。
別の国に併合されたわけでもない。
国家だけがなくなっていた。
◇
存続している人類の敵国家から見れば、その光景は異様だった。
隣国がなくなる。
その向こうの国もなくなる。
だが、そこへ新しい旗が立つわけではない。
シュタインフェルト王国の領土になったという知らせもない。
どこかの国王が新たな支配者になったという話もない。
ただ、人がいなくなる。
正確には、人々は別の場所で保護されている。
そして国家があった場所だけが更地になる。
何と戦えばいいのかも分からなかった。
敵軍が攻めてくるわけではない。
城を包囲されるわけでもない。
領土を要求されることもない。
それでも周囲から国家が消えていく。
自国では犯罪による収入が失われる。
国民は亡命する。
人口が減る。
生産力が落ちる。
国家を維持する力そのものが失われていく。
そして維持できなくなれば、自分たちも同じだった。
◇
大陸から犯罪者が減っていた。
犯罪による商売も減っていた。
犯罪に依存する国家も減っていた。
その一方で、保護された人間は増え続けている。
国を失った者が死んでいるわけではない。
別の場所で暮らし始めている。
教導を受ける。
仕事を覚える。
自分で生活する。
人は残る。
消えていくのは、維持できなくなった国家の方だった。
そして、その跡には誰も新しい国境を引かなかった。
王も置かない。
領土にも加えない。
ただ土地だけが残される。
大陸を見渡せば、以前は数多くの国が並んでいた場所に、広大な空白が生まれていた。
その空白は、今も増え続けている。
大陸は少しずつ。
確実に。
更地になっていった。




