292 27.5億人
人類の敵とされる国家群は、急速に疲弊していた。
わずかな期間で、およそ二十の国家が消滅した。
侵略や侵攻を受けた形跡はない。
大軍が国境を越えたという情報もなければ、大規模な戦闘が起きたという情報もない。
ある日突然、国が消滅したのだ。
周辺の国々には、何が起きたのか全く分からなかった。
どこの国が関与しているのか。
誰がやったのか。
それすら分からない。
情報が全くなかった。
その一方で、自ら国家を清算する国も増え続けていた。
新たに国家清算した国は約三十。
それ以前にも、百を超える国が国家清算している。
今回消滅した約二十カ国を合わせれば、短期間で大陸から約百五十の国家が姿を消したことになる。
◇
シュタインフェルト王国は、国家清算した三十カ国の情報を掴んでいた。
国家清算を確認すると、すぐに国民の保護を開始した。
放置することはない。
統治する者がいなくなり、仕事も収入も失った人間をそのままにしておけば、犯罪者になる者が出てくる。
そうなる前に保護する。
もちろん、誰でも無条件に受け入れるわけではない。
鑑定と念話を使って意思を確認する。
奴隷。
娼婦。
孤児。
亜人。
保護を必要とする者は、すぐに保護した。
犯罪者は速やかに処刑する。
為政者や貴族についても鑑定を行い、これまでの犯罪歴を調べた。
犯罪者であれば身分に関係なく処刑。
犯罪歴がなければ、それまでの身分を剥奪して自由民として保護する。
王族であっても同じだった。
騎士や剣士も放置しない。
国がなくなれば、仕える相手も給金も失う。
戦う技術を持った者たちが生活できなくなれば、「くずれ」になる可能性がある。
そうなる前に保護した。
罪を犯してから処罰するより、犯罪者にならずに済む環境を用意する方がいい。
三十カ国から保護した人数は、約十五億人に達した。
◇
受け入れる場所はあった。
以前取得した隣接五カ国の土地である。
最大二十五億人が居住できる地域だった。
そこへ新しい街を建設していく。
十五億人を一千万人ずつ、百五十班に分けた。
それぞれの班ごとに集合住宅を建てる。
下水処理施設。
公衆浴場。
大食堂。
共同トイレ。
大教導講堂。
生活と教導に必要な施設を整えていった。
農地も作る。
紡織産業も整える。
各種工房も建設する。
百五十班それぞれに、生産と仕事ができる環境を作っていった。
保護するだけでは終わらない。
教導を受け、自分たちで働き、自分たちで生活できるようにする。
これまで何度も行ってきたことだった。
◇
教える側の経験も蓄積されている。
シュタインフェルト王国の騎士は二百十万人。
行政官は六十万人。
合わせて二百七十万人。
その全員が、すでに教導スキルを発現していた。
さらに、そのうち約二百万人が教導レベル10に達している。
大量の住民を保護し、生活を整え、教導する。
それを繰り返してきた結果だった。
一千万人を百五十班。
合計十五億人。
数字だけを見れば、とてつもない規模である。
だが、現場に不安はなかった。
集合住宅を建てる方法を知っている。
下水処理施設も、公衆浴場も、大食堂も作ってきた。
農地も作った。
紡織産業も工房も立ち上げた。
そして何より、人を教えて自立させることを何度も経験している。
今回だけ特別に考えなければならないことはなかった。
新しいことは、何もない。
規模が大きくなっただけだった。
十五億人の保護が進む一方、シュタインフェルト王国の人口は二十七億五千万人に達していた。
王宮では、カイゼル王、アイゼル・ローゼンクランツ公爵、騎士団長マイケル、宰相が集まっていた。
議題は一つ。
二十七億五千万人となった国民を、これからどのように管理していくかだった。
「二十七億五千万人か」
カイゼルが資料を見る。
「少し前まで、我が国の人口は二千万人だったのだがな」
誰も答えなかった。
間違いではない。
元々、シュタインフェルト王国の人口は二千万人だった。
それが五千万人になり、八千万人になり、一億五千万人を超え、さらに増え続けた。
そして今では二十七億五千万人である。
増えた国民の多くは、他国から保護した者たちだった。
それでも大きな混乱は起きていない。
保護する。
住居を用意する。
教導する。
仕事を作る。
自立してもらう。
それを繰り返してきた。
行政官も増えている。
教導できる者も増えている。
人口が増えるたびに必要なものを整えてきたため、二十七億五千万人になったからといって、突然何かが破綻したわけではなかった。
だが、管理する数字としては、さすがに大きい。
アイゼルが口を開いた。
「アルデバラン王国と同じ方法を使ってはいかがでしょうか」
「同じ方法?」
「はい。二千万人程度を一つの単位として分けます」
カイゼルが資料から顔を上げた。
「国を分けるということか」
「統治を放棄するという意味ではありません。管理する単位を分けるということです」
アイゼルが続ける。
「第何シュタインフェルト王国という形で番号を付け、それぞれを二千万人程度の規模にする。今の人口を一つのまとまりとして扱い続けるより、管理しやすくなるでしょう」
アルデバラン王国では、すでに多数の国がナンバリングされている。
二十七億五千万人という人口を抱えた以上、シュタインフェルト王国でも同じような形を取るという案だった。
宰相が考え込む。
「行政単位として考えるなら、確かに分かりやすくなりますな」
マイケルも頷いた。
「騎士団側も、担当する地域が明確になります」
反対する理由は少なかった。
現在建設している百五十の生活圏も、一千万人単位で分けている。
十五億人を一つの場所へ集め、何もかも一括で管理しているわけではない。
すでに現場では、巨大な人口を小さな単位に分けて対応していた。
「二千万人ずつか」
カイゼルが呟く。
「そうすれば百を超えるな」
「はい」
アイゼルが答えた。
「今後も人口が増える可能性を考えれば、早いうちに管理方法を整えておく方がよろしいかと」
会議に参加した者たちも、概ね同じ意見だった。
だが、カイゼルはその場で決定を下さなかった。
「案としては悪くない」
三人を見る。
「だが、急いで決める必要もないだろう」
二十七億五千万人になったからといって、今日明日に何かが崩れるわけではない。
行政は動いている。
教導も進んでいる。
新しく保護した十五億人の生活環境も整備されている。
「よく検討してから結論を出す」
「承知しました」
アイゼルが答えた。
マイケルと宰相も頷いた。
それで会議は終わった。
◇
人口は二十七億五千万人。
かつてのシュタインフェルト王国から見れば、想像もできない数字だった。
それでも、不安はなかった。
新しく経験しなければならないことがないからだ。
大人数の保護も経験した。
街の建設も経験した。
教導も経験した。
農地の造成も、紡織産業の立ち上げも、工房の建設も経験している。
行政官も騎士も、それぞれ自分たちが何をすればいいのか分かっていた。
食料充足率は人口増加によって少し下がった。
それでも二百パーセント以上を維持している。
二十七億五千万人。
数字は巨大だった。
だが、シュタインフェルト王国にとっては、これまでやってきたことを続ければいいだけだった。
新しく保護された十五億人への教導は、百五十の班で進んでいた。
一班一千万人。
人数だけを見れば、一つの国と呼んでもおかしくない規模だった。
それが百五十ある。
だが、教導する側は慌てていない。
二百十万人の騎士と六十万人の行政官。
二百七十万人全員が教導スキルを持ち、そのうち約二百万人が教導レベル10に達している。
教える内容も、すでに何度も教えてきたものだった。
読み書き。
計算。
魔力循環。
魔法。
鑑定。
索敵。
飛行。
教導。
そして、それぞれが生活していくために必要な仕事を覚える。
一度教えれば、それで終わりではない。
教わった者の中から、今度は教える者が出てくる。
一千万人すべてをシュタインフェルト王国の騎士や行政官だけで教え続ける必要はなかった。
できるようになった者が、まだできない者へ教える。
その繰り返しで教導は広がっていった。
◇
農地でも同じことが起きていた。
土魔法を覚えた者たちが農地を整える。
最初は騎士や行政官が方法を教える。
やがて教わった者たちだけで作業できるようになる。
紡織も同じだった。
糸を作る。
布を織る。
裁断する。
縫製する。
必要な技術を覚えた者が働き始める。
工房でも、それぞれが仕事を覚えていった。
保護された十五億人は、ただ住居を与えられて暮らしているわけではない。
自分で働く。
自分で作る。
自分で生活する。
そのための教導が行われていた。
大食堂も、最初からシュタインフェルト王国の人間だけで運営し続けるものではない。
料理を覚えた者が厨房に入る。
必要な仕事を覚えた者が働く。
公衆浴場も、集合住宅も同じだった。
生活する者たち自身が、それぞれの場所を動かしていく。
百五十の生活圏が、少しずつ自分たちだけで回り始めていた。
◇
行政官たちは、その様子を確認していた。
問題があれば対応する。
必要なものが不足していれば補う。
教導が遅れているところがあれば人員を回す。
だが、大きな問題は起きていない。
十五億人を一度に保護したからといって、十五億人が同じ問題を抱えているわけではなかった。
一千万人ずつ百五十班に分けている。
それぞれの班で必要な対応をすればいい。
騎士たちも教導だけをしているわけではない。
治安を確認する。
周囲を索敵する。
必要なら住民を手伝う。
教導を受けた者が増えるほど、騎士たちが直接行わなければならない仕事は減っていった。
教えられる者が増える。
働ける者が増える。
生活圏を運営できる者が増える。
保護した人数が多いほど、やがて動ける人数も多くなる。
◇
かつてなら、十五億人を保護するというだけで国家が耐えられなかっただろう。
食料が足りない。
住居が足りない。
教える者が足りない。
仕事がない。
行政が追いつかない。
どれか一つでも不足すれば、大きな問題になる。
今のシュタインフェルト王国には、それまで積み重ねてきた経験があった。
住居は建てられる。
生活施設も作れる。
農地も造成できる。
仕事も作れる。
二百七十万人が教導できる。
さらに、教導を受けた者たち自身が次の者を教え始める。
だから十五億人を保護しても、やることそのものは変わらなかった。
規模が増えただけだった。
そして、その規模の大きささえ、少しずつ意味を失い始めていた。
一千万人ずつに分ければいい。
教えて、自立してもらえばいい。
必要なら、さらに分ければいい。
二十七億五千万人という人口を抱えながら、シュタインフェルト王国の日常は変わらず動き続けていた。
十五億人を新たに保護したことで、シュタインフェルト王国の食料消費量も一気に増えた。
当然、食料充足率は下がった。
それでも二百パーセント以上を維持している。
国民二十七億五千万人が必要とする量の、二倍以上を国内で生産できていることになる。
食料不足を心配する必要はなかった。
しかも、新しく保護した十五億人のために作った農地では、すでに教導を受けた者たちが働き始めている。
これから生産量はさらに増えていく。
人口が増えた。
だから消費だけが増えたわけではない。
働く者も増えた。
作る者も増えた。
生産する側も同時に増えている。
◇
紡織の現場でも人が動いていた。
十五億人が生活する以上、大量の衣服が必要になる。
そのための紡織産業も百五十班それぞれに用意されている。
教導を受けた者たちが仕事を覚え、働き始める。
各種工房も同じだった。
必要なものを作る。
足りなければ生産を増やす。
働き手はいる。
教える者もいる。
仕事を覚えれば、その者が次の働き手になる。
人口増加は、そのまま生産力の増加にもつながっていた。
行政官たちが行うのは、その流れが止まっていないかを確認することだった。
どこかに不足があるのか。
教導が進んでいるのか。
生活に問題が出ていないか。
必要な対応を行う。
それも、これまで繰り返してきた仕事である。
◇
騎士たちも変わらなかった。
以前なら、騎士の仕事といえば戦うことが大きな割合を占めていた。
今では教導することも重要な仕事になっている。
二百十万人の騎士たちは、保護した人々へ自分たちが覚えてきたことを教えていた。
六十万人の行政官も同じである。
二百七十万人全員が教導スキルを持っている。
約二百万人は教導レベル10。
十五億人という人数を相手にしても、教導する人材がいないという問題は起きなかった。
そして教えられた者が、次の者へ教える。
教導する人数は増えていく。
百五十の生活圏では、その流れがすでに始まっていた。
◇
カイゼルは王宮で報告を確認していた。
人口、二十七億五千万人。
食料充足率、二百パーセント以上。
新たに保護した十五億人への教導も進行中。
百五十の生活圏では、住居と生活施設が整い、農地、紡織産業、各種工房も動き始めている。
数字だけを見れば、少し前とは別の国だった。
二千万人だった国が、二十七億五千万人になった。
百倍をはるかに超えている。
それでも、国の中で何か特別な混乱が起きているわけではない。
カイゼルは報告書を置いた。
アイゼルが提案した、二千万人ずつに分けて第何シュタインフェルト王国とする案については、まだ検討が続いている。
急いで決める必要はなかった。
今の仕組みでも国は動いている。
だからこそ、時間をかけて考えることができた。
◇
かつてシュタインフェルト王国は、人口二千万人の国だった。
今は二十七億五千万人。
その間に、何度も人口が増えた。
亡命者を受け入れた。
奴隷や娼婦、孤児、亜人を保護した。
国家が消えれば、残された国民も保護した。
そのたびに住む場所を作った。
教導した。
働けるようにした。
自立してもらった。
最初から二十七億五千万人を受け入れる仕組みを作った者はいない。
必要になるたびに対応してきた。
その積み重ねが、今のシュタインフェルト王国だった。
二十七億五千万人という数字に、現場が怯えることはなかった。
経験したことを、またやればいい。
新しいことは何もない。
シュタインフェルト王国は、二十七億五千万人を抱えたまま、いつも通り動いていた。




