291 事実上の連邦国家
結婚斡旋ギルドが進めていた十億組婚姻計画は、ついに達成されていた。
十億組。
百三十二カ国の人々が国境を越えて出会い、自分で相手を選び、結婚した。
そして現在、十億人がすでに妊娠している。
結婚斡旋ギルドの職員は一千万人。
その全員が《多産》スキルを持っていた。
さらに、先日出産を終えたばかりの四千万組も再び子供を授かっている。
そのうち約三千万組は二人目。
約一千万組は三人目だった。
最初の出産が終わったからといって、人口増加が止まったわけではない。
むしろ次の出産がすでに始まろうとしていた。
ユリアン王女とレックス王子夫妻も、待望の第一子を授かっている。
以前、ユリアンはロルフの店で幼いアリスを撫でながら、向かいに座るレックスを見ていた。
自分も子供が欲しい。
その気持ちは、誰が見ても分かるほどだった。
今、その願いが叶っている。
アリッサとロルフ夫妻も、アリスに続く子供を授かっていた。
◇
ロルフの店は、以前よりさらに大きくなっていた。
従業員は百人規模。
ホールに五十人。
厨房にも五十人。
店そのものも拡張され、一度に五百人ほどの客が食事できる。
それだけの規模になっても、毎日多くの客が訪れていた。
シュタインフェルト王国の住民だけではない。
百三十二カ国から、客が転移でやって来る。
料理コンテストをきっかけに始まった食べ転移は、すっかり日常になっていた。
食べたい料理がある。
なら、その店へ転移する。
距離を考える必要はない。
外国だからと予定を組む必要もない。
転移すれば、その場に着く。
ロルフの店は、その中でも特に人気が高かった。
今では大陸でも知られた超有名店になっている。
厨房ではロルフを含めた五十人が料理を作る。
ホールでは五十人が客を迎え、料理を運ぶ。
五百人を受け入れられる店内には、様々な国から来た客が座っていた。
それでも、ロルフがやっていることは以前と変わらない。
料理を作る。
客に食べてもらう。
美味しいと思った客が、またやって来る。
その積み重ねで店がここまで大きくなった。
◇
「いらっしゃい、ユリアン」
アリッサが声をかけた。
ユリアン王女とレックス王子は、今日も二人で店を訪れていた。
「また来たわ」
ユリアンが笑う。
レックスは向かいの席に座っている。
二人にとっては、ロルフの店が大陸でも有名になる以前から通っている馴染みの店だった。
アリッサがユリアンを見る。
「身体は大丈夫?」
「ええ。大丈夫よ」
「良かった」
今度はユリアンがアリッサを見る。
「アリッサもでしょう?」
「ええ。私も問題ないわ」
二人とも妊娠している。
ただしユリアンにとっては初めての子供だった。
アリッサにはすでにアリスがいる。
幼い頃からの友人同士が、今ではそれぞれ家庭を持ち、子供を育てようとしている。
少し話したあと、アリッサは仕事へ戻った。
ユリアンは店内を見回した。
百二十九のアルデバラン王国。
アルデバラン王国本国。
シュタインフェルト王国。
ミストバルカス公国。
百三十二カ国から来た客たちが、同じ店で料理を食べている。
誰もそれを特別なことだとは思っていない。
国境を越えて食事をする。
別の国の料理を楽しむ。
気に入れば、また来る。
そんな生活が当たり前になっていた。
◇
そして十億組婚姻計画を達成した結婚斡旋ギルドでは、すでに二回目の十億組婚姻計画が始まっていた。
だが、もはやシュタインフェルト王国一国の人口だけを見て婚姻を考える意味は薄れている。
人々は百三十二カ国を自由に行き来していた。
結婚相手が外国にいても問題ない。
食事をする店が外国でも問題ない。
働く場所や取引相手が外国にあっても、転移すればいい。
人の生活そのものが、すでに一つの国の中には収まらなくなっていた。
結婚斡旋ギルドも同じだった。
二回目の十億組婚姻計画。
その対象は最初から百三十二カ国である。
国境は残っている。
だが、人の縁にとって、その境界はほとんど意味を持たなくなっていた。
二回目の十億組婚姻計画が始まった。
結婚斡旋ギルドの職員一千万人が、百三十二カ国で動いている。
一回目とは状況が大きく違っていた。
以前は、それぞれの国に住む者同士を結びつけるだけでも大きな仕事だった。
今は違う。
どこの国に住んでいるかは、相手を選ぶうえで大きな問題ではなくなっていた。
転移がある。
シュタインフェルト王国に住む者が、第六アルデバラン王国の者と会うこともできる。
ミストバルカス公国の者が、別のアルデバラン王国へ行くこともできる。
会いたければ転移すればいい。
結婚後にどちらの国で暮らすかも、夫婦で決めればよかった。
結婚斡旋ギルドにとっても、一つの国だけを対象にする理由がなくなっている。
百三十二カ国全体から相手を探す。
本人同士が会う。
話す。
互いに望めば結婚する。
それだけだった。
◇
シュタインフェルト王国の人口は、十二億五千万人を超えている。
だが、もはや一国の人口だけを見ても、人々の生活を把握することは難しくなっていた。
百三十二カ国の総人口は、五十七億五千万人に達している。
その人々が日常的に国境を越えていた。
朝、自国の家で起きる。
転移して別の国へ行く。
仕事をする。
昼になれば、また別の国の店へ食事に行く。
仕事が終われば自国へ帰る。
休日には、気になっていた国へ遊びに行くこともできる。
移動に時間はかからない。
国境を越えるという感覚そのものが薄くなっていた。
商品も同じだった。
百三十二カ国には共通する巨大な経済圏ができている。
農民が作ったものを商人が買う。
料理人が食材を求める。
酒造家が別の国の果物や穀物に興味を持つ。
商人が各国の商品を扱う。
欲しい者が買う。
どこの国で作られたかによって、流れが止まることはない。
料理コンテストから始まった食べ転移も、その動きをさらに大きくしていた。
人が料理を食べに行く。
そこで知らなかった食材を知る。
知らなかった酒を知る。
知らなかった商品を知る。
気に入れば買う。
商人も動く。
生産者への注文が増える。
国を越えて、人と商品が動き続けていた。
◇
それでも、百三十二カ国が一つの国家になったわけではない。
それぞれの国には国王がいる。
それぞれが自国を治めている。
国の名前も残っている。
王宮もある。
行政もそれぞれに存在している。
誰か一人の王が百三十二カ国を支配しているわけではなかった。
オーキスが他国へ命令することもない。
カイゼルも同じだった。
ライラも、自国を治める一人の王である。
だが、国民の生活を見ると、境界はほとんど意味を持たなくなっていた。
人は自由に移動する。
結婚する。
働く。
商売する。
食事をする。
商品を買う。
別の国の文化を楽しむ。
百三十二カ国の国民は裕福だった。
教育を受けている。
読み書きができる。
魔法を使える。
仕事を持っている。
生活に困っていない。
民度も高く、道徳も発達している。
そのため、犯罪そのものが起きない。
国境を越えて自由に人が動いても、それによって治安が悪化することもなかった。
国境を閉じる理由がない。
人の移動を制限する理由もない。
経済圏を分ける理由もなかった。
◇
五十七億五千万人。
百三十二の国。
百三十二人の王がいる。
それでも人々は、国境をほとんど意識せずに生活していた。
国家は残っている。
王もいる。
行政もある。
だが、人の移動も、婚姻も、経済も、文化も、一つの巨大な圏として動いている。
誰かが百三十二カ国を統一すると宣言したわけではない。
統一国家を作ろうとした者もいない。
必要なものがつながっていった。
道がつながった。
物流がつながった。
情報がつながった。
人がつながった。
そして転移によって、距離まで意味を失った。
百三十二カ国はそれぞれ独立した国家だった。
だが、その実態だけを見れば。
すでに一つの巨大な連邦国家として機能していた。




