290 10カ国同時殲滅
シュタインフェルト王国。
広大な農地で、六人の男たちが働いていた。
特別な服装をしているわけではない。
周囲にいる農民たちと同じように作業着を着て、畑で身体を動かしている。
だが、少し前まで彼らは農民ではなかった。
一人は国王。
一人は宰相。
三人は近衛騎士。
そして一人は王子だった。
六人とも、清算された国家の中枢にいた者たちだった。
元宰相のバルデルが手を動かしながら口を開く。
「陛下。私はシュタインフェルト王国という国を誤解しておりました」
元国王マルコムが横を見る。
「バルデル。陛下はやめろ。私はもう王ではない」
「失礼しました」
「それで、何を誤解していた?」
「武官しかいない貧しい国だと思っていました」
マルコムは答えず、農地の向こうへ目を向けた。
ゴーレム馬車が何台も行き交っている。
農地で収穫された作物を運ぶもの。
別の土地から資材を運んでくるもの。
人を乗せて走るもの。
途切れることなく動いていた。
元王子のマルキムが言う。
「父上。この国はとても裕福ですよ」
「ああ。分かっている」
マルコムは静かに答えた。
「我らのかつての治世より、はるかにうまく統率されている。我らは負け組だ」
誰も否定しなかった。
戦争に負けたという意味ではない。
国を治める者として負けていた。
ここで暮らすようになれば、嫌でも分かる。
食料がある。
仕事がある。
服がある。
住居がある。
衛生環境も整っている。
病になっても治療を受けられる。
それだけではない。
国民は読み書きができる。
魔法を使える。
必要なら転移まで使う。
誰も飢えていない。
農地で働く者も、商売をする者も、物を作る者も、自分の仕事を持って生活している。
そして何より、民の表情が違った。
マルコムは土に触れながら呟いた。
「我らは一体、何をしていたんだろうな」
バルデルも答えなかった。
かつては国王だった。
宰相だった。
近衛騎士だった。
王子だった。
国を動かしているつもりだった。
だが、シュタインフェルト王国と自分たちが治めていた国を比べれば、何もかもが違う。
自分たちが当然だと思っていた統治は、本当に正しかったのか。
畑で働き、自分たちの手で作物を育てながら考えるようになった。
「民が皆、幸せそうだ」
マルキムが言った。
その言葉に、マルコムは頷いた。
遠くでは子供たちの姿も見える。
働いている大人たちにも悲壮感はない。
今日の食事を心配する必要もない。
明日の仕事がなくなることを恐れている様子もない。
かつて王宮から民を見ていたときには、気づかなかったものだった。
バルデルが作業の手を止めた。
「我々は、これからどうなるのでしょうな……」
マルコムはすぐには答えなかった。
王ではない。
命令する臣下もいない。
国もない。
だが、食事はできる。
住む場所もある。
働けば対価を得られる。
六人とも、今はこの国で一人の住民として暮らしている。
「分からん」
マルコムは再び手を動かした。
「だが、今は働くしかあるまい」
「そうですな」
バルデルも作業へ戻った。
かつて国を動かしていた六人の男たちは、再び黙って畑を耕し始めた。
◇
その頃、王宮では次の作戦が動き始めていた。
王国騎士団長マイケルは、広域索敵を指示していた。
対象は一国ではない。
近隣に接する十カ国。
次の人類の敵国家打倒作戦では、その十カ国を同時に殲滅する。
すでに王国騎士団は何度も国家規模の掃討を経験している。
今回は、その経験をさらに大きな規模で使うことになる。
集める情報も決まっていた。
武器。
奴隷。
娼婦。
亜人奴隷。
孤児。
為政者。
貴族。
犯罪者。
アンデッド使い。
ネクロマンサー。
一般自由民。
兵士。
広域索敵によって確認された情報が、参加する二百十万人へ次々と共有されていく。
十カ国を同時に動くために必要なのは、力だけではない。
誰を保護し、誰に投降を求め、誰を捕縛するのか。
その区別を間違えないことだった。
マイケルは共有されていく情報を確認した。
これまでの経験がある。
だからこそ今回は、シュタインフェルト王国自身が作戦を動かす。
十カ国同時殲滅。
その準備が始まっていた。
広域索敵によって集められた情報は、次々と整理されていった。
十カ国は互いに近接している。
一国ずつ処理する必要はない。
王国騎士団二百十万人には、すでに複数回の掃討作戦を経験した者がいる。
今回必要なのは、その経験を十カ国同時に使うことだった。
マイケルは作戦内容を確認する。
武器は回収。
奴隷、娼婦、亜人奴隷、孤児は発見と同時に保護。
為政者、貴族、犯罪者、アンデッド使い、ネクロマンサーは捕縛、拘束して連行する。その後、鑑定を行い、処刑対象を確定する。
一般自由民と兵士には投降を勧告する。
従う者は保護。
アンデッドは浄化する。
さらに撤収時には広域浄化を行い、ゴーレム魔石回収隊を稼働させる。
やることそのものは、これまでと大きく変わらない。
違うのは規模だった。
一国でも五カ国でもない。
十カ国を同時に処理する。
そのため、参加者の役割を五つに分けることになった。
それぞれが担当する役割を確認し、二百十万人と応援団が情報を共有する。
どこに奴隷がいるのか。
どこに娼婦がいるのか。
亜人奴隷や孤児はどこに集められているのか。
為政者や貴族はどこにいるのか。
犯罪者の拠点はどこか。
アンデッド使いとネクロマンサーはどこにいるのか。
兵士はどこに配置され、武器はどこに集積されているのか。
広域索敵で確認された情報が共有されていく。
一人がすべてを見る必要はない。
必要な情報を共有し、それぞれが自分の役割を果たせばいい。
マイケルは各担当の準備状況を順番に確認した。
大きな混乱はない。
何度も実戦を経験してきた騎士たちである。
初めて国家規模の掃討へ向かった頃とは違う。
指示されたことだけを待つ者も少なくなっていた。
自分の担当を理解し、必要な準備を進めている。
その様子を、アレクサンド・シュバリツコフ公爵も確認していた。
先日の陞爵を終え、侯爵から公爵になっている。
だが、やることが変わったわけではない。
アレクサンドは一通り作戦内容を確認すると、マイケルへ言った。
「今回は我々は前に出ない。シュタインフェルト側で主導してくれ」
マイケルはすぐに頷いた。
「承知しました」
それだけだった。
これまでシュタインフェルト王国は、何度も実戦を経験している。
二百十万人という規模の騎士団を動かし、複数国家を同時に処理した経験もある。
いつまでも他国の者が前に立つ必要はなかった。
今回はマイケルたち自身が考え、自分たちで動かす。
アレクサンドたちは必要なら支援する。
だが、作戦の中心には立たない。
マイケルは改めて十カ国の情報を見る。
今回保護することになる者は、合計で約七億人と見込まれていた。
途方もない人数である。
だが、保護先はすでに決まっている。
旧イルミナ王国には、十億人が居住できる施設が整備されている。
七億人を一時的に受け入れる余裕は十分にあった。
さらに、今回の作戦では占領後の処理も決められていた。
十カ国をそのまま残すことはしない。
建物を含め、不要なものは解体する。
利用できる素材や資材はすべて回収する。
国境もなくす。
十カ国分の土地をまとめて更地にし、一つの広大な土地として扱う。
前回処理した近隣五カ国も、すでに同じ方法で一つの広大な土地になっている。
旧国家の境界を残す理由はなかった。
マイケルは保護先、回収、浄化、撤収までの流れをもう一度確認した。
戦って終わりではない。
保護した七億人を受け入れるところまでが今回の作戦だった。
準備は進んでいる。
情報も共有された。
役割も決まった。
マイケルは二百十万人へ最後の確認を回した。
十カ国同時殲滅作戦。
今度はシュタインフェルト王国が、自分たちの手で主導する。
十カ国同時殲滅作戦が開始された。
二百十万人の王国騎士団と応援団が、一斉に動く。
広域索敵によって必要な情報はすでに共有されている。
どこに誰がいるのか。
何を回収し、誰を保護し、誰を捕縛するのか。
それぞれが自分の役割を理解していた。
マイケルは全体の状況を確認する。
「開始する」
その指示を受け、十カ国で同時に行動が始まった。
最初に武器が回収されていく。
兵舎。
城。
倉庫。
貴族の屋敷。
各地に保管されていた武器が次々と回収される。
兵士たちには投降勧告が行われた。
武器を捨て、抵抗しなければ保護する。
すでに圧倒的な戦力差は見えていた。
投降する兵士たちは、その場で武装を解除され、一般自由民とともに保護されていく。
別の場所では、奴隷たちの保護が始まっていた。
奴隷。
娼婦。
亜人奴隷。
孤児。
広域索敵で位置を把握しているため、探し回る必要はない。
担当する騎士たちは目的地へ向かい、拘束されていた者たちを次々と保護していった。
保護した者の情報も共有される。
誰を保護したのか。
何人いるのか。
どこから旧イルミナ王国へ移すのか。
十カ国で同時に進む保護状況が更新されていった。
◇
為政者や貴族を担当する部隊も動いていた。
国王。
王族。
宰相。
高位貴族。
地方貴族。
犯罪者。
アンデッド使い。
ネクロマンサー。
対象者は捕縛され、拘束されていく。
抵抗する者もいた。
だが、結果は変わらなかった。
王国騎士団はすでに何度も同じ種類の作戦を経験している。
捕縛した者は連行され、順番に鑑定を受ける。
何をしてきたのか。
何に関与したのか。
処刑対象となる者を確定していく。
身分だけで判断することはない。
為政者や貴族であっても、鑑定によって確認する。
犯罪者、アンデッド使い、ネクロマンサーについても同様だった。
鑑定結果に従って処理が進められていく。
同時に、アンデッドの浄化も始まっていた。
確認された場所へ担当部隊が向かう。
浄化魔法が放たれ、アンデッドが次々と消えていく。
一カ所が終われば、次へ移る。
その進行状況も全体へ共有されていた。
十カ国という広さにもかかわらず、各部隊が互いの仕事を邪魔することはない。
自分の担当を処理し、結果を共有する。
必要な場所には別の担当が入る。
それだけで作戦は進んでいった。
◇
アレクサンド公爵は前に出なかった。
状況を確認しているだけだった。
指示を出しているのはマイケルである。
問題が起きれば自分たちで判断する。
部隊間で必要な情報を交換する。
予定より保護者が多い場所があれば受け入れ側へ伝える。
捕縛対象の人数が変われば、その情報もすぐに共有する。
誰かが逐一教える必要はなかった。
アレクサンドは、その様子を静かに見ていた。
以前なら確認を求められたことまで、今はシュタインフェルト側だけで処理している。
マイケルからも余計な問い合わせは来ない。
作戦は予定通り進んでいた。
◇
やがて十カ国すべてで主要な処理が終わった。
一般自由民と投降した兵士。
奴隷。
娼婦。
亜人奴隷。
孤児。
保護された者たちは順次、旧イルミナ王国へ移されていく。
想定していた規模は約七億人。
十億人が居住できる施設があるため、受け入れに問題はなかった。
保護者の移動が進む一方で、撤収作業も始まる。
利用できる素材と資材は回収。
残す必要のない建物は解体する。
アンデッドが存在した地域を含め、広域浄化を行う。
その後をゴーレム魔石回収隊が動いた。
地中や瓦礫に残された魔石まで回収していく。
十あった国家の境界も意味を失った。
建物がなくなり、資材が回収され、土地が整えられていく。
やがてそこには、十カ国分をまとめた広大な土地だけが残った。
マイケルは共有される情報を最後まで確認した。
保護。
捕縛。
鑑定。
処刑。
浄化。
回収。
すべてが終了している。
十カ国同時殲滅作戦。
シュタインフェルト王国が主導した作戦は、無事に完了した。
十カ国同時殲滅作戦が終了した後も、シュタインフェルト王国の仕事は続いていた。
回収された武器が運び込まれてくる。
剣。
槍。
鎧。
盾。
その他の金属製品。
武器として残しておく必要はない。
回収されたものは順次精錬され、インゴットにして国庫へ納められていった。
十カ国を更地にする過程で回収された素材や資材も整理され、利用できるものはすべて回収されている。
すでに前回の近隣五カ国も更地にされ、一つの広大な土地になっていた。
今回の十カ国も同じだった。
十の国境はなくなった。
建物も撤去された。
利用できる素材や資材は回収され、広域浄化も終わっている。
そこに残ったのは、十カ国分を合わせた広大な土地だった。
ゴーレム魔石回収隊の作業も終了した。
回収された魔石は十万個。
それらも国庫へ納められた。
侵攻して終わりではない。
保護、捕縛、浄化、回収、更地化まで含めた一連の作戦を、シュタインフェルト王国側が主導して終わらせた。
アレクサンド公爵は、その報告を確認した。
「問題なさそうね」
「はい」
マイケルが答える。
今回はアレクサンドたちは前に出なかった。
広域索敵。
情報共有。
役割分担。
十カ国への同時展開。
武器の回収。
保護。
投降勧告。
捕縛。
鑑定。
処刑。
アンデッドの浄化。
素材と資材の回収。
更地化。
撤収時の広域浄化。
ゴーレム魔石回収隊の運用。
すべてシュタインフェルト王国側で進めている。
「これなら次からも任せられるわね」
「承知しました」
マイケルは短く答えた。
何度も作戦を経験してきた。
今回は、その経験を使って十カ国を同時に処理した。
作戦規模が大きくなっても、やるべきことは変わらない。
誰を保護するのか。
誰に投降を求めるのか。
誰を捕縛するのか。
何を回収するのか。
情報を共有し、それぞれが役割を果たした。
その結果だった。
◇
旧イルミナ王国では、今回保護された七億人の受け入れが進んでいた。
十億人が居住できる施設がある。
七億人を受け入れても、住む場所には余裕があった。
奴隷だった者。
娼婦だった者。
亜人奴隷だった者。
孤児。
一般自由民。
投降した兵士。
次々と保護者が到着する。
食料がある。
衣服がある。
住居もある。
必要な生活環境は整っていた。
保護された者たちは順次登録されていく。
これから教導を受ける。
仕事を覚える。
そして、自分で生活できるようになれば働き始める。
七億人という人数は大きい。
だが、これまでシュタインフェルト王国が行ってきたことと変わらない。
保護して終わりではない。
自分で生きていけるようにする。
人数が増えても、その方針は変わらなかった。
◇
さらに国内では、もう一つ大きな出来事があった。
出産を控えていた四千万人の妊婦たちが、無事に子供を産んだ。
四千万の新しい命が加わった。
そして今回、新たに七億人を保護した。
シュタインフェルト王国の人口は、十二億五千万人を超えた。
かつて人口二千万人だった国である。
それが今では十二億五千万人を超えている。
マイケルも報告された数字を見つめた。
「十二億五千万人か……」
以前なら想像することさえ難しかった人口だった。
だが、実際にその人数が暮らし始めている。
住む場所がある。
食料がある。
仕事がある。
教導を受けられる。
物流を支える大量のゴーレム馬車も動いている。
そして保護された者たちも、いつまでも保護されるだけではない。
教導を受ける。
仕事を覚える。
働く。
作る。
人口が増えれば必要なものも増える。
同時に、それを作る者も増えていく。
マイケルは報告を閉じた。
十カ国同時殲滅作戦は終わった。
七億人を保護した。
十カ国分の土地を一つの広大な土地にした。
回収した武器は精錬し、インゴットとして国庫へ納めた。
十万個の魔石も国庫へ納めた。
四千万人の子供たちも無事に生まれた。
人口は十二億五千万人を超えた。
そして次からは、同じことを自分たちでできる。
シュタインフェルト王国は、そこまで成長していた。




