286 外国の料理人
ある日、ロルフの店に一人の女性がやってきた。
名をプロキシーという。
アデレード王国出身の元娼婦で、現在は料理人として働いている女性だった。
プロキシーは店に入ると、まずロルフの料理を注文した。
運ばれてきた料理をゆっくりと味わう。
肉の焼き方を確かめる。
煮込み料理を食べる。
他の客へ運ばれていく料理にも目を向けていた。
やがて食事を終えると、プロキシーは従業員を呼んだ。
「アリッサ様はいらっしゃいますか?」
しばらくしてアリッサがやってきた。
「私がアリッサです」
「突然申し訳ありません。プロキシーと申します」
プロキシーは丁寧に頭を下げた。
「今日はロルフさんの料理を食べたくて来ました」
「ありがとうございます」
「それと、私の料理も食べていただきたくて」
アリッサが少し驚いた。
マルセルが来たときとは違う。
今回は最初から料理を持ってきているらしい。
プロキシーがアイテムボックスから皿を取り出した。
アイテムボックスには時間停止機能がある。
取り出された料理からは湯気が立っていた。
出来上がった直後の状態だった。
最初に出したのは、肉と野菜の煮込み。
続いて豆のスープ。
魚と根菜を煮たもの。
最後は薄いパンで肉を包んだ料理だった。
豪華な飾り付けがされているわけではない。
普段の食事として、そのまま食卓へ並びそうな料理だった。
「食べてみて下さい」
プロキシーが言った。
アリッサは料理を見てから、厨房にいるロルフを呼んだ。
「ロルフ、少しいい?」
「どうした?」
「プロキシーさんが料理を持ってきてくださったの」
ロルフも手が空いたところでやってきた。
「私の店で出している料理です」
プロキシーが説明する。
ロルフはまず肉と野菜の煮込みを食べた。
じっくり味わってから頷く。
アリッサも一口食べた。
「美味しい」
「旨いですね」
ロルフも素直に答えた。
次は豆のスープ。
続いて魚と根菜を煮たもの。
薄いパンで肉を包んだ料理も食べる。
味付けは素朴だった。
それでも物足りないわけではない。
肉にも野菜にも味が馴染んでいる。
魚と根菜の組み合わせもよかった。
薄いパンで包んだ肉は手に持ったまま食べられる。
「どれも美味しいです」
アリッサが言った。
ロルフも頷いた。
「ええ。素朴な味付けですけど、旨いです」
その言葉を聞いて、プロキシーが微笑んだ。
自分の料理を褒められたことが嬉しいらしい。
「ありがとうございます」
プロキシーは料理を片付けながら言った。
「私はアルデバラン王国本国で店をやっています」
「本国で?」
「はい」
アリッサが興味を示した。
プロキシーは頷く。
「機会があったら、一度食べに来て下さい」
ロルフが笑った。
「ぜひ」
「私も行ってみたいです」
アリッサも答えた。
それだけだった。
料理の優劣を決めに来たわけではない。
自分の店を宣伝しに来たわけでもなかった。
ロルフの料理を食べてみたかった。
そして、自分が作っている料理も食べてもらいたかった。
プロキシーは目的を果たすと、満足そうに店をあとにした。
アリッサはその後ろ姿を見送った。
マルセルが来たときには、偶然料理の食べ比べになった。
今度は外国から料理人が、自分の料理を持ってやってきた。
ロルフは厨房へ戻り、いつものように料理を作り始める。
その日も店は多くの客で賑わっていた。
このときのアリッサは、プロキシーのような料理人がこれからもやってくるとは、まだ思っていなかった。
それから数日後。
ロルフの店に、また一人の料理人がやってきた。
今度は男だった。
名をジョザイアという。
第6アルデバラン王国で飲食店を営んでいる料理人だった。
ジョザイアもまずロルフの店で食事をした。
何品か注文し、一つずつ味わっていく。
食事を終えたあと、従業員に声をかけた。
「アリッサ様にお会いしたいんだが」
呼ばれてやってきたアリッサは、男の顔を見る。
「私がアリッサです」
「ジョザイアと言います。第6アルデバラン王国で料理人をやっています」
「料理人の方ですか」
アリッサは少しだけ嫌な予感がした。
つい先日、アルデバラン王国本国からプロキシーという料理人がやってきたばかりだった。
ジョザイアが続ける。
「俺の料理も食べてもらいたくて、持ってきました」
やはりだった。
「分かりました。ロルフも呼びますね」
アリッサはロルフを呼んだ。
ジョザイアは二人が揃ったところで、アイテムボックスから皿を取り出した。
取り出された料理は、まだ出来たてだった。
時間停止機能付きのアイテムボックスに入れて持ってきたため、作ったときの状態がそのまま保たれている。
皿の上には、薄く焼いた鶏卵で具材を包んだ料理が載っていた。
「これは?」
ロルフが興味を示す。
「食べてみて下さい。そのままで食べられます」
ジョザイアは二人の前に皿を置いた。
「中の具に味を付けてあります。好みで調味料を付けてもいいですが、まずはそのまま食べてみて下さい」
アリッサとロルフが料理を切る。
薄く焼かれた卵の中から、細かく刻まれたオーク肉と玉葱が現れた。
アリッサが一口食べる。
「美味しい」
ロルフも続いて口へ運んだ。
卵の柔らかな味のあとから、オーク肉の旨味が広がる。
細かく刻まれた玉葱もよく馴染んでいた。
何より、肉と玉葱そのものにしっかり味が付いている。
ロルフはもう一口食べた。
「これ、バターとチーズで味付けしてる」
ジョザイアが笑った。
「分かりましたか」
「分かりますよ。旨いな」
ロルフは料理人だった。
食べれば、使われているものにも自然と意識が向く。
アリッサも改めて味わった。
「言われてみれば、確かにチーズの味がしますね」
「そのチーズとバターは俺が作ったものです」
「自分で?」
「ああ」
ジョザイアは頷いた。
料理だけではなく、料理に使うチーズとバターまで自分で作っているらしい。
ロルフが皿の中を見る。
「肉もかなり細かいですね」
「オーク肉をウィンドカッターでみじん切りにしてます。玉葱も同じです」
ジョザイアが作り方を説明した。
細かくしたオーク肉と玉葱をバターで炒め、塩で味を付ける。
それを一度冷ます。
鶏もどきの卵をよく溶き、フライパンで薄く焼く。
そこへオーク肉と玉葱を合わせた具材を載せ、さらにチーズを載せる。
最後に卵で包む。
ロルフは説明を聞きながら、もう一口食べた。
「なるほどな」
肉を厚く焼くわけでもない。
薄切りにするわけでもない。
細かく刻んで玉葱と合わせ、それを卵で包んでいる。
先日マルセルが作った料理とも違っていた。
ジョザイアが笑う。
「俺は第6アルデバラン王国で店をやってる」
そして皿を指した。
「そのチーズとバターも店で使ってる。今度は俺の店にも一度食べに来てくれ」
ロルフが頷いた。
「行ってみたいですね」
「私も」
アリッサも答えた。
ジョザイアは満足そうに笑った。
プロキシーに続いて、今度はジョザイア。
どちらも外国からロルフの料理を食べに来て、自分の料理まで持ってきた。
アリッサは二人目の料理人を前にして、さすがに偶然とは思えなくなっていた。
ジョザイアが帰ったあとも、それで終わりではなかった。
数日後、また外国から料理人がやってきた。
ロルフの店で食事をしたあと、アリッサに声をかける。
「私も店をやっているんです。よかったら食べてみて下さい」
アイテムボックスから料理が出てきた。
自分の店で出している料理だという。
アリッサとロルフは勧められるまま食べた。
「美味しいです」
「ありがとうございます。機会があれば、ぜひ店にも来て下さい」
料理人は満足そうに帰っていった。
その数日後にも来た。
今度は別の国の料理人だった。
やはり最初は普通の客としてロルフの料理を食べる。
そして食事が終わると、自分の料理を取り出した。
「うちの店では、これを出しています」
まただった。
アリッサはロルフと一緒に食べた。
美味しかった。
料理人に感想を伝えると、嬉しそうに自分の店の話をして帰っていく。
さらに数日後。
また来た。
一人だけではなかった。
別の日にも来る。
その次にも来る。
アルデバラン王国本国だけではない。
各国から料理人がやってきた。
料理の種類も違う。
肉を使った料理。
魚を使った料理。
野菜を中心にした料理。
煮込んだものもあれば、焼いたものもある。
パンと一緒に食べるものもあった。
共通しているのは、ロルフの店で食事をしたあとに自分の料理を出してくることだった。
「これ、うちの店で出している料理なんです」
「食べてみて下さい」
「よかったら感想を聞かせて下さい」
アリッサも最初のうちは楽しんでいた。
知らない国の料理を食べられる。
ロルフも料理人なので、知らない料理には興味がある。
食材の使い方も違えば、調理法も違う。
味付けも違った。
ところが、何度も続くと事情が変わってくる。
ロルフの店は営業中なのだ。
厨房では二十人ほどの料理人が働き、ホールでも二十人ほどの従業員が客に対応している。
ロルフ自身も料理を作らなければならない。
アリッサにも仕事がある。
外国から来た料理人も客である。
きちんと店の料理を注文して食べてくれている。
その客が、
「自分の料理も食べてほしい」
と言っているのだから、無下にもできない。
だが、そのたびにロルフを呼び、二人で料理を食べて感想を伝えることになる。
ある日、また料理人が帰ったあと、アリッサは小さく息を吐いた。
「また来たね」
ロルフが苦笑する。
「来たな」
「料理は美味しかったけど」
「美味しかったな」
それは間違いない。
わざわざ外国から持ってくるだけあって、それぞれ自分の料理に自信を持っている。
ロルフにとっても参考になる料理は多かった。
だから余計に断りにくかった。
「でも、これがずっと続くと困るね」
「店があるからな」
「そうなのよね」
二人とも料理人たちを嫌がっているわけではない。
ただ、店の営業をしながら何度も相手をするには限度があった。
そんな日が続いたある日。
アレクサンドがロルフの店へやってきた。
「アリッサ様、お久しぶりです」
「アレクサンド卿」
アリッサはアレクサンドを迎えた。
アレクサンドは席に着き、料理を注文する。
料理が運ばれてくるまでの間、アリッサと話をしていた。
そこでアリッサは、最近のことを思い出した。
「アレクサンド卿、少し相談してもいいですか?」
「もちろんです。どうされました?」
「最近、外国の料理人がよく来るんです」
「外国の料理人?」
アレクサンドが首を傾げた。
「はい。最初はアルデバラン王国本国で店をやっているプロキシーさんでした。その次は第6アルデバラン王国のジョザイアさん。それからも、いろいろな国から料理人が来るようになって」
「へえ」
「皆さん、ちゃんとお客として食事をしてくださるんです」
「それならいいじゃない」
「それだけならいいんですけど」
アリッサは困ったように笑った。
「食事が終わると、自分の店で出している料理をアイテムボックスから出して、食べてみて下さいって」
アレクサンドが一瞬黙った。
「毎回?」
「毎回です」
「ロルフさんも?」
「呼ばれます」
アレクサンドは厨房の方を見る。
ロルフは今日も料理を作っている。
「なるほど。それは困るわね」
「皆さんお客ですし、料理を持ってきてくださっているので、無下にもできなくて」
「でも店は営業中ですものね」
「はい」
アリッサが頷く。
アレクサンドは少し考えた。
料理人が料理人に自分の料理を食べてもらいたい。
それ自体は悪いことではない。
問題は、それをロルフの店で何度もやっていることだった。
アレクサンドは運ばれてきた料理を見ながら、もう一度考えた。
アレクサンドは料理を一口食べた。
それから、ふと顔を上げる。
「アリッサ様。その料理人たちは、ロルフさんに自分の料理を食べてもらいたいんですよね?」
「そうだと思います」
「だったら、別の場所でやればいいんじゃないかしら」
アリッサが首を傾げる。
「別の場所ですか?」
「ええ。ロルフさんのお店でやるから困るのでしょう?」
アレクサンドは続けた。
「料理人を集めて、まとめて料理を作ってもらえばいいのよ」
「集める?」
「そう。せっかくだから料理コンテストにしましょう」
「コンテストですか?」
アリッサは目を丸くした。
相談したのは、外国の料理人が何度も料理を持ってくるので困っているという話だった。
それが、いきなり料理コンテストになった。
「でも、皆さん勝負をしに来ているわけではないですよ」
「今はね」
アレクサンドが笑った。
「自分の料理を食べてもらいたくて来るくらいなんだから、腕に自信はあるんでしょう?」
「それはそうかもしれませんけど」
「だったら参加するかどうか聞けばいいのよ。参加したい人だけ参加すればいいわ」
強制する必要はない。
料理を作って食べてもらいたい者が集まり、それぞれ自分の料理を出す。
その中で評判のいい料理を選べばいい。
ロルフの店で一人ずつ相手をするより、ずっと簡単だった。
アリッサは少し考えてから頷いた。
「それなら、ロルフも店の営業中に何度も呼ばれなくて済みますね」
「でしょう?」
「でも、場所はどうするんですか?」
「それくらいなら私が用意するわ」
アレクサンドにとって、大勢が集まれる場所を確保することは難しくなかった。
「それに料理人だけ集めても仕方ないわね。食べる人も必要だわ」
「お客さんを入れるんですか?」
「その方が面白いでしょう?」
話が少しずつ大きくなっていく。
アリッサは苦笑した。
「アレクサンド卿に相談したのは正解だったのかしら」
「あら、困っていたんでしょう?」
「困っていましたけど」
「なら解決よ」
アレクサンドは楽しそうだった。
ちょうどその頃、ロルフが厨房から出てきた。
アリッサが呼ぶ。
「ロルフ、ちょっといい?」
「どうした?」
「外国の料理人のことをアレクサンド卿に相談したの」
「ああ」
ロルフも事情を知っている。
「それで、料理コンテストをやることになったわ」
ロルフが止まった。
「なんでそうなるんだ?」
「私もそう思った」
アリッサが答える。
アレクサンドが笑った。
「だって、みんなロルフさんに料理を食べてもらいたくて来るんでしょう? だったら一度に集まって作ってもらえばいいじゃない」
「それはそうですけど」
「ロルフさんも参加してね」
「俺も?」
「当然でしょう。あなたのところへ料理人が集まってきたんだから」
ロルフは困った顔をしたが、嫌がっているわけではなかった。
外国の料理人が作る料理には興味がある。
プロキシーの料理も、ジョザイアの料理も旨かった。
他の料理人たちが持ってきた料理にも、知らない食材の使い方や調理法があった。
店の営業を邪魔されずに、それらをまとめて食べられるのなら悪くない。
「店を休まなくていいなら」
「別の場所でやるんだから大丈夫よ」
「それなら参加します」
「決まりね」
アレクサンドは満足そうに頷いた。
「マルセルにも声をかけましょう」
「参加するでしょうか?」
アリッサが尋ねる。
「するわよ。あれだけ食べ歩いてるんだから」
アレクサンドは迷いもしなかった。
ロルフは笑った。
マルセルなら、料理人が集まると聞けば自分から来そうだった。
「外国の料理人にも知らせないといけませんね」
「ええ。参加したい料理人を募りましょう」
アレクサンドの頭の中では、すでに料理コンテストとして話がまとまりつつあった。
始まりは、ロルフの店に外国の料理人が何度も料理を持ち込んできたことだった。
アリッサは困ってアレクサンドに相談しただけである。
ところが、その相談から料理コンテストを開く話になってしまった。
「なんだか大きな話になりましたね」
アリッサが言う。
「まだ大きくないわよ」
アレクサンドは料理を食べながら答えた。
「料理人を集めて、料理を作ってもらって、みんなで食べるだけでしょう?」
この時点では、本当にその程度の話だった。
アレクサンドもアリッサもロルフも、それ以上のことは考えていなかった。




