282 4.8億人
つい先日まで二億二千万人だったシュタインフェルト王国の人口は、すでに二億三千万人へ増えていた。
流民、棄民、難民、冒険者。
噂を聞いた者たちが各地から自分の意思で集まり続けている。
王宮ではカイゼル、アイゼル、宰相、マイケルが会議を開いていた。
人口が増えること自体は問題ではない。
旧イルミナ王国と旧ガルバトス王国の未開拓地では、十億人が居住できる街と広大な農地の建設が進んでいる。
問題は、それだけの人口を支える人員を先に用意しておくことだった。
カイゼルが宰相を見る。
「宰相、行政官を十倍の六十万人に増やせ。産婆も教導して増やせ。八か月後に四千万人生まれるのだからな。さらに新婚が四億組成立したという。産婆の数を百倍にしろ」
「御意」
宰相は即答した。
現在の人口だけを見ていては間に合わない。
すでに妊娠している四千万人の出産が八か月後に控えている。
さらに結婚斡旋ギルドによる十億人婚姻計画では、すでに四億組の婚姻が成立していた。
これから妊婦がどれほど増えるか分からない。
必要になってから産婆を育てるのでは遅かった。
教導できる者は大勢いる。
ならば今から増やせばいい。
行政官も同じだった。
人口統計は毎日のように変化している。
国内へ入ってくる者。
結婚して国外へ移住する者。
新たに保護される者。
これから生まれる子供たち。
六万人で足りなくなることが見えているなら、六十万人まで増やしておけばいい。
続いてマイケルが報告した。
「騎士団についても体制を変更しました」
カイゼルとアイゼルがマイケルを見る。
「アリー男爵が戦場で行っていた仕事を担う部隊を、騎士団内に組織しました。併せて神官系のスキルを教導し、扱える者を増やしています」
先日の作戦で、シュタインフェルト王国の騎士たちはアリーの働きを目の前で見ていた。
アンデッドを浄化する。
人間のネクロマンサーを見つけて捕縛する。
魔石を回収する。
そして戦闘が終わった場所を浄化する。
だが、必要なのは戦闘能力だけではない。
死者が出れば、その死を悼む。
そして弔う。
それのできる騎士も必要だった。
アリーがやっていたことを、いつまでもアリー一人に頼る必要はない。
経験したことを、今度はシュタインフェルト王国の騎士団の中へ取り込んでいけばよかった。
「それと、二百十万人規模となった騎士団に、副団長職を十人増設しました」
「必要だろうな」
アイゼルが頷いた。
七万人だった頃と二百十万人になった現在では、同じ指揮体制を使い続ける方が不自然だった。
マイケルはさらに報告を続けた。
「もう一つ、私事ではありますが」
三人の視線が集まった。
「妻のリヴィアが懐妊しました」
一瞬の間を置いて、カイゼルの顔がほころんだ。
「おお、それはめでたい!」
「おめでとう、マイケル」
アイゼルも笑顔を見せる。
宰相も続いた。
「心よりお祝い申し上げます」
「ありがとうございます」
マイケルが頭を下げた。
つい先日結婚したばかりの二人に、早くも子供ができた。
王国全体で出産への備えを話していた会議の最中だけに、三人の喜びも大きかった。
祝辞が一段落すると、アイゼルが机上の資料へ視線を戻した。
「では、次の件に移りましょう」
次の人類の敵国家に対する掃討作戦。
すでに広域索敵は始まっていた。
シュタインフェルト王国は、次の行動へ移ろうとしていた。
アイゼルが次の掃討作戦について説明を始めた。
「広域索敵の結果、次に対象となる国々にはアンデッド系の反応は確認されておりません」
カイゼルが頷いた。
先日のガルバトス王国では、ネクロマンサーと大量のアンデッドを相手にした。
その経験によって対アンデッド戦の練度も上がっている。
だが、今回はその必要がない。
「人間だけということか」
「はい。現在確認できている範囲では、そのようです」
アイゼルは資料を確認した。
今回の対象はシュタインフェルト王国に近い五か国。
いずれも非人道的な統治を続ける人類の敵国家だった。
広域索敵によって、すでに武器の保管場所、為政者や貴族の位置、兵士の配置、保護対象者が集められている場所まで確認されている。
やることは決まっていた。
武器を回収する。
投降を勧告する。
抵抗する者は捕縛、拘束する。
鑑定によって確認し、必要な者を連行する。
奴隷、娼婦、孤児をはじめとする者たちは保護する。
これまで複数回の掃討作戦を経験してきたシュタインフェルト王国にとって、すでに確立された方法だった。
カイゼルは迷わなかった。
「直ちに準備にかかれ」
「御意」
マイケルが答えた。
二百十万人となった騎士団へ、すぐに作戦準備が伝えられた。
増設された十人の副団長も動く。
それぞれが担当する部隊を確認し、索敵によって得られた情報を共有していった。
以前なら、大軍を動かすだけでも相応の準備が必要だった。
だが、今は違う。
騎士たちは飛行できる。
索敵できる。
鑑定できる。
捕縛も拘束もできる。
必要な情報も事前に得られている。
さらに、実際の掃討作戦を何度も経験していた。
何を確認し、どの順番で動けばいいのかを知っている。
アリーの仕事を担うために新設された部隊も準備を進めていた。
今回はアンデッドが確認されていない。
それでも戦闘後の処理は必要になる。
死者が出れば、その死を悼み、弔う。
戦場をそのまま放置しない。
神官系のスキルを教導された騎士たちも、それぞれの役割を確認した。
準備は滞りなく進んだ。
そして作戦が開始された。
二百十万人のシュタインフェルト王国騎士団が、近隣五か国へ向かった。
最初に武器を回収する。
広域索敵ですでに場所は把握している。
保管されていた武器が次々と回収されていった。
兵士たちには投降を勧告する。
武器を捨てた者には攻撃しない。
抵抗する者には捕縛魔法を使う。
拘束し、鑑定する。
必要な者は連行する。
各地で同じ手順が進められた。
為政者や貴族も例外ではない。
索敵によって居場所は把握されている。
屋敷にいても、王宮にいても、逃げても、隠れても変わらなかった。
捕縛。
拘束。
連行。
投降勧告。
保護。
それぞれの部隊が状況を確認し、自分たちで判断しながら進めていく。
誰かが一つ一つ指示を出す必要はなかった。
複数回の作戦で得た経験が、騎士団全体に蓄積されている。
一つの場所が終われば、次へ向かう。
抵抗があれば無力化する。
投降すれば受け入れる。
保護すべき者を見つければ保護する。
為政者や貴族は捕縛して連行する。
二百十万人の騎士たちは、これまで積み重ねてきた経験をそのまま使っていた。
近隣五か国を対象とした掃討作戦は、流れるように進んでいった。
五か国での掃討作戦は、その後も順調に進んだ。
これまで何度も同様の作戦を経験してきた騎士たちに、大きな混乱はない。
広域索敵によって得られた情報を確認し、それぞれの部隊が動く。
武器を回収する。
兵士には投降を勧告する。
応じた者は武装を解除して保護する。
抵抗する者は捕縛し、拘束する。
為政者や貴族も次々と捕縛されていった。
逃亡を試みる者もいたが、常時展開されている索敵から逃れることはできない。
捕縛された者たちは連行され、鑑定を受けた。
何を行ってきたのか。
何に関わっていたのか。
その内容を確認し、記録していく。
五か国はいずれも、人類の敵とされる非人道国家だった。
支配する側が何を行ってきたのかは、鑑定によって明らかになった。
為政者と貴族、合わせて五百万人。
鑑定結果と記録を残した後、処刑が執行された。
その一方で、保護は続いていた。
五か国で保護された人口は、合わせて二億五千万人に達した。
あまりにも大きな数字だった。
だが、シュタインフェルト王国にはすでに大人口を受け入れてきた経験がある。
セトルメント。
第2セトルメント。
旧イルミナ王国。
旧ガルバトス王国。
さらに未開拓地では、十億人が居住できる街と広大な農地の建設が進められている。
突然二億五千万人が増えたからといって、一から受け入れ方法を考える必要はなかった。
保護された者たちへの教導も始まった。
文字。
計算。
魔法。
仕事。
これまで保護してきた者たちと同じように、自分で生活できるようになるための教導だった。
教える者も以前とは比較にならないほど増えている。
シュタインフェルト王国内では教導スキルを発現する者が次々と現れ、各地に学校が開校していた。
教わった者が、別の者を教える。
その繰り返しによって、二億五千万人という人数であっても教導は広がっていった。
食料についても供給が始まった。
国外の森では、冒険者たちが毎日五百万体もの魔物を狩っている。
大陸各地からさらに冒険者が集まり続けているため、狩りに参加する者も増えていた。
魔物の肉が運ばれ、新たに保護された者たちへ届く。
同時に、各地で造成されている農地も使われ始めていく。
保護する。
食べさせる。
教える。
そして働ける者から仕事に就いていく。
これまで何度も繰り返されてきた流れだった。
王宮には各地から報告が届いていた。
宰相は行政官たちがまとめた最新の人口統計を確認する。
つい先日、二億二千万人から二億三千万人へ増えたばかりだった。
そこへ今回保護された二億五千万人が加わった。
数字を確認した宰相は、カイゼルたちへ報告した。
「陛下、最新の集計が出ました」
カイゼルが顔を上げる。
「現在のシュタインフェルト王国の人口は、四億八千万人です」
アイゼルもマイケルも、その数字を聞いて資料へ目を落とした。
四億八千万人。
しかも八か月後には、すでに妊娠している四千万人の出産が控えている。
結婚斡旋ギルドによる婚姻も進み続けていた。
流民、棄民、難民、冒険者も国外から集まり続けている。
人口は、まだ増える。
カイゼルは少し考えてから宰相へ告げた。
「六十万人に増やす行政官の教導を急がせろ」
「御意」
二億三千万人だった国は、短期間で四億八千万人になった。
シュタインフェルト王国は、それでも歩みを止めなかった。
かつて二千万人だったシュタインフェルト王国の人口は、ついに四億八千万人に達した。
それでも国内が混乱することはなかった。
行政官たちは最新の人口を集計し、必要な物資と人員を確認している。
六十万人への増員も始まっていた。
教導する者がいる。
すでに急激な人口増加への対応を何度も経験している行政官もいる。
新しく加わった行政官は、経験を持つ者から仕事を教わり、それぞれの持ち場へ配置されていった。
今回保護された二億五千万人への教導も始まっている。
読み書き。
計算。
魔法。
そして仕事。
生活していくために必要なことから教えていく。
教導を受けた者の中から、さらに教導スキルを発現する者が現れる。
教わった者が、今度は教える側へ回る。
その繰り返しによって教師は増え、各地で学校の開校が続いていた。
住居と農地の整備も進んでいる。
旧イルミナ王国と旧ガルバトス王国では、旧来の居住区をそのまま残し、未開拓の土地に広大な農地と十億人が居住できる街が建設されていた。
シュタインフェルト王国民は全員が土魔法を使える。
新たに保護され、教導を受けた者たちも土魔法を使い、自分たちが暮らす街や農地の造成へ加わっていった。
人が増えれば、食料も必要になる。
国外の森では、大陸中から集まった冒険者たちが毎日五百万体の魔物を狩っている。
冒険者ギルドが買い取り、肉や素材を各地へ流通させる。
人口が増えるほど需要も増える。
需要があるから冒険者は稼げる。
稼げるという噂を聞いて、さらに大陸各地から冒険者が集まってくる。
冒険者ギルドの利益も伸び続けていた。
物流も拡大している。
国内を流通する五千万台のゴーレム馬車では、すでに足りない。
王宮は商業ギルドへ大量の金属インゴットを卸し、一億五千万台を目標に増産を進めている。
人口四億八千万人ともなれば、国内を動く物の量も膨大だった。
食料。
衣服。
農産物。
魔物の肉や素材。
日用品。
そして商会が国外から仕入れてくる未知の食料、酒、調味料。
増産されたゴーレム馬車が、それらを各地へ運んでいく。
商品が届けば国民が買う。
売れれば商会はさらに仕入れる。
物流量が増えれば、ゴーレム馬車の需要も増える。
新たに保護された者たちも、教導を受けて仕事を覚えれば収入を得るようになる。
収入を得た者は食料や衣服を買う。
酒を楽しむ者もいる。
見たことのない食料や調味料を試す者もいる。
店が儲かる。
商会が儲かる。
冒険者ギルドも儲かる。
そして国の税収も増える。
旧ガルバトス王国から回収した国家資産や、為政者、貴族たちの私有財産だけで国が豊かになっているのではない。
国民が働く。
生産する。
商品を運ぶ。
売る。
そして買う。
その循環そのものが、人口の増加とともに大きくなっていた。
さらに八か月後には、すでに妊娠している四千万人の出産が控えている。
結婚斡旋ギルドによる十億人婚姻計画では、すでに四億組の婚姻が成立していた。
流民、棄民、難民、冒険者は今もシュタインフェルト王国へ入ってくる。
一方で結婚を機に国外へ移住する者もいる。
行政官たちは、その動きを含めて毎日最新の人口統計を確認していた。
二千万人だった国が、今では四億八千万人。
人口は二十四倍になった。
働く者が増えた。
教える者が増えた。
生産する者が増えた。
消費する者が増えた。
そして物流も拡大した。
シュタインフェルト王国の好景気は、さらに加速していた。




