277 戦術
結婚斡旋ギルドでは、一千万人の職員への教導が続いていた。
まだ教導の途中ではあるが、すでに多くの職員が実際の縁結びを担当している。
成立した縁結びも一億件まで伸びていた。
副グランドマスターのミランダ、ミレイユ、ミアーダは状況を確認していた。
職員は育っている。
縁結びも順調に進んでいる。
このまま継続していけばいい。
三人の判断は一致していた。
新しく加わった職員には、もう一つ大きな変化があった。
全員が「多産」のスキルを覚醒させていたのである。
結婚斡旋ギルドは一千万人体制へ向かいながら、十億組と予想される縁結びを進めていた。
一方、シュタインフェルト王国では、カイゼル王とアイゼル・ローゼンクランツ公爵が「人類の敵国家」に対する掃討作戦の再開を検討していた。
そこへアレクサンド侯爵から提案が入った。
騎士団を二百十万人規模まで増員する。
これまでとは比較にならない大規模な戦力だった。
だが、アレクサンドが人数を求めたのには理由がある。
彼女たちの索敵によって、これから掃討する地域に多数のネクロマンサーが検知されていた。
ネクロマンサーが多数存在する。
それは、これまでの戦術が通用しない可能性を意味していた。
シュタインフェルト王国の騎士団がこれまで使ってきた戦術は、捕縛、拘束、そしてウォーターマスクによる窒息を基本としている。
生きている相手なら有効だった。
だが、アンデッドは違う。
スケルトン。
ゾンビ。
グール。
こうしたアンデッドは捕縛も拘束もできる。
しかし、窒息はしない。
呼吸を必要としない相手にウォーターマスクを使っても倒すことはできなかった。
さらにレイスのような霊体型のアンデッドとなれば、捕縛も拘束も窒息も通用しない。
デュラハンやデスナイトのように、剣を操って戦うアンデッドも多数現れる可能性がある。
リッチのように強力な魔法を使うアンデッドもいる。
アレクサンドは、これまでにそうしたアンデッドとの戦闘を経験していた。
だからこそ、戦術そのものを変える必要があると判断した。
剣に聖属性魔法を付与する。
その剣を使ってアンデッドを直接倒す。
これまでの捕縛を中心とした戦い方とは異なる。
相手を無力化するのではなく、確実に倒していく戦術だった。
そのためには、シュタインフェルト王国の騎士たちにも新しい力が必要になる。
聖属性。
付与属性。
そして、可能であれば聖騎士のスキル。
シュタインフェルト王国の騎士たちは、すでに十一属性を発現している。
能力そのものは高い。
しかし実戦経験がなかった。
聖属性をアンデッドとの戦闘で使った経験もない。
剣に聖属性魔法を付与して戦ったこともない。
聖騎士のスキルを発現した者も、まだ一人もいなかった。
相手がアンデッドなら、これまでと同じ戦い方に固執する理由はない。
そして多数のアンデッドを相手にする以上、今回は数による力押しも有効になる。
アレクサンドが求めた二百十万人という戦力は、そのためのものだった。
カイゼル、アイゼル、そして騎士団長マイケルは、アレクサンドの提案を快諾した。
戦力を増やす。
戦術を変える。
そのうえで実戦へ入る。
アレクサンドも、増員された騎士たちへの教導を再度行うことを約束した。
「では、こちらも準備を始めます」
これまでとは違う敵と戦うための準備が、シュタインフェルト王国で始まった。
シュタインフェルト王国騎士団、二百十万人。
すべての騎士の登録が終わった。
ガイルたちは、さっそく騎士たちをダンジョンへ連れて行った。
目的は武器を揃えることである。
これから相手にするのは、多数のアンデッドを抱えていると予想される「人類の敵国家」。
スケルトンやゾンビだけではない。
デュラハンやデスナイト、さらにはリッチやレイスまで想定しなければならない。
そのためにアレクサンドが提案したのが、聖属性を付与した武器による戦闘だった。
まず騎士たちは、ダンジョンでオリハルコンを精錬した。
そして各自が、自分で使う剣を造っていく。
十一属性をまだ発現していない騎士には、ガイルたちが並行して教導を行った。
十一属性を発現させた騎士は、その力を実際に使いながらオリハルコンを扱っていく。
人数は二百十万人。
一度に終わる規模ではなかった。
それでも、騎士たちは順番にダンジョンへ入り、自分たちの武器を造り続けた。
教導も同時に進められる。
十一属性を発現していなかった者も、教導を受けて次々と必要な力を身につけていった。
一週間。
二週間。
三週間。
オリハルコンの剣を持つ騎士が増えていく。
そして一か月ほどが過ぎたころには、二百十万人すべての騎士に、それぞれ自分のオリハルコン製の剣が備わっていた。
だが、シュタインフェルト王国の騎士たちにとって、剣だけが武器ではない。
この国は、もともと武の国である。
剣を得意とする者もいれば、槍を長く使ってきた者もいる。
メイスを得意とする者。
ハルバードを扱う者。
グレイブを使う者。
騎士によって、得意とする武器は違っていた。
ガイルたちは、それを剣に統一しなかった。
全員がオリハルコンの剣を持ったうえで、別に得意な武器がある者には、それも造らせた。
「使い慣れた武器があるなら、それも造っておけ」
ガイルの言葉を受け、騎士たちは再びオリハルコンを精錬した。
槍を使う者は槍を造る。
メイスを使う者はメイスを。
ハルバードを得意とする者はハルバードを。
グレイブを得意とする者はグレイブを。
自分が最も力を発揮できる武器を選び、自分で造っていった。
武器の種類を揃える必要はなかった。
今回重要なのは、聖属性を付与して戦えることである。
剣にできるなら、槍にもできる。
メイスにも。
ハルバードにも。
グレイブにも同じように聖属性を付与できる。
十一属性を発現した騎士たちは、すでにその力を使うことができた。
必要なのは習得ではない。
練度だった。
自分の剣へ聖属性を付与する。
使い慣れた槍へ付与する。
メイスやハルバード、グレイブにも付与する。
騎士たちは何度も繰り返し、聖属性を付与した状態で自分の武器を扱った。
武器を造る。
聖属性を付与する。
そして使い慣れた武器で、その状態に慣れていく。
一か月の教導で、二百十万人の騎士たちにはオリハルコンの剣が行き渡った。
さらに、それぞれが得意とする武器も揃い始めている。
シュタインフェルト王国がもともと持っていた武の経験。
そこへ十一属性と、聖属性を付与したオリハルコンの武器が加わった。
対アンデッド戦を見据えた準備は、着実に進んでいた。
武器が揃うと、次に始まったのは剣の実戦教導だった。
二百十万人の騎士たちはオリハルコンの剣を携え、模擬戦へ入った。
教える側に立つのは、剣神アダムス。
そしてアリシア。
剣聖イプシオたちも加わった。
シュタインフェルト王国はもともと武の国である。
騎士たちも剣の扱いを知らないわけではない。
必要なのは、これから戦う相手を想定した実戦での経験だった。
騎士たちは剣に聖属性を付与する。
オリハルコンの刀身に聖属性を纏わせた状態で、模擬戦を始めた。
アダムスは騎士たちを相手に剣を振るった。
一人。
二人。
三人。
騎士たちが次々と挑む。
攻撃を受け、避け、間合いを取る。
自分から踏み込み、剣を振る。
聖属性を付与した状態を維持しながら、それまで身につけてきた剣技を使う。
アダムスは一人ずつ動きを見ていった。
剣神を相手に勝つことが目的ではない。
実際に剣を交えながら、自分の動きを確かめる。
攻撃を受ける。
攻撃を返す。
その繰り返しで、騎士たちは実戦での剣の使い方を磨いていった。
別の場所ではアリシアが騎士たちを相手にしている。
イプシオたち剣聖も、それぞれ模擬戦を続けていた。
教導を受ける騎士は二百十万人いる。
一人の教師がすべてを見る必要はない。
模擬戦を経験した騎士たちは、その内容を繰り返す。
互いに剣を交える者もいる。
聖属性を付与した状態で動き続ける。
攻撃へ移る。
防御する。
間合いを変える。
使えることと、実戦で使いこなせることは違う。
だからこそ、何度も剣を振った。
シュタインフェルト王国の騎士たちが持っていた武の経験に、聖属性を付与した戦い方が馴染み始めていく。
そして、変化は早い段階で現れた。
一人の騎士に新たなスキルが発現した。
聖騎士。
確認した騎士自身が驚いた。
これまでシュタインフェルト王国には、聖騎士を発現した者はいなかった。
だが、それで終わらなかった。
別の騎士にも発現する。
さらに別の騎士にも。
聖属性を付与したオリハルコンの剣を持ち、実戦を想定した模擬戦を繰り返す。
その中で、騎士たちは次々と聖騎士のスキルを発現させていった。
アダムスたちは教導を止めなかった。
聖騎士を発現したから終わりではない。
剣を振る。
相手を見る。
聖属性を維持する。
自分の間合いで戦う。
模擬戦は続いた。
槍やメイス、ハルバード、グレイブを得意とする騎士たちも、まず剣による実戦教導を受けていく。
全員が持つオリハルコンの剣。
そこへ聖属性を付与し、実際に相手と打ち合う。
剣神と剣聖たちを相手にした教導によって、騎士たちの練度は上がり続けた。
二百十万人という数は変わらない。
だが、その中身が変わり始めていた。
十一属性を持つ騎士。
オリハルコンの剣。
聖属性の付与。
そして次々と発現する聖騎士。
アレクサンドが想定した対アンデッド戦のための戦力が、形になり始めていた。
剣による実戦教導が進む一方で、アレクサンドたちはもう一つの対策を進めていた。
アンデッドが使うのは、剣や魔法による直接攻撃だけではない。
状態異常。
麻痺。
毒。
睡眠。
ほかにも、戦う者の動きを止めるさまざまな力を使う。
いくら強力な武器を持っていても、身体が動かなければ意味がない。
聖属性を付与したオリハルコンの剣を持っていても、戦う前に状態異常を受ければ力を発揮できない。
そのための教導も始まった。
使うのは魔力循環と聖属性である。
騎士たちは体内で魔力を循環させながら、聖属性を使う。
繰り返す。
一度や二度では終わらない。
魔力を循環させる。
聖属性を使う。
さらに続ける。
すでに十一属性を発現し、武器への聖属性付与の練度を高めている騎士たちである。
必要なのは、新しく魔法を覚えることではなかった。
持っている力を使い、耐性として身につけていくことだった。
教導は二百十万人全員に行われた。
麻痺への耐性。
毒への耐性。
睡眠への耐性。
アンデッドとの戦闘で想定される状態異常に対し、騎士たちは次々と耐性を身につけていった。
やがて二百十万人すべての騎士が、必要な耐性を身につけた。
これで終わりではなかった。
教導を受ける者の中には、三人の男もいた。
カイゼル・シュタインフェルト王。
アイゼル・ローゼンクランツ公爵。
そして騎士団長マイケル。
三人とも、騎士たちだけを戦わせるつもりはなかった。
武の国の王として。
公爵として。
騎士団長として。
自分たちも同じ教導を受けた。
三人の前には、オリハルコンで造られた武器が揃っていた。
剣。
槍。
メイス。
ハルバード。
グレイブ。
普段からすべてを手に持って歩く必要はない。
使わない武器はアイテムボックスへ収納しておけばいい。
必要になれば取り出す。
剣を使っていた次の瞬間には槍へ。
相手や間合いが変わればメイスへ。
さらにハルバードやグレイブへ。
自在に武器を切り替える。
もともと武の国を率いる者たちである。
一種類の武器だけに拘る必要はなかった。
三人も模擬戦へ加わった。
剣に聖属性を付与する。
槍へ切り替える。
同じように聖属性を付与する。
メイス。
ハルバード。
グレイブ。
どの武器へ持ち替えても、聖属性の付与は変わらない。
実際に動きながら武器を切り替え、それぞれの間合いで戦う。
教導を重ねるうちに、三人にも変化が現れた。
聖騎士。
騎士たちと同じように、そのスキルを発現させた。
さらに教導は続く。
各種スキル。
魔法。
状態異常への耐性。
三人は一つずつ身につけていった。
二百十万人の騎士たちも同じだった。
十一属性を持つ。
聖属性を武器へ付与できる。
オリハルコンの剣を持ち、得意な者は槍やメイス、ハルバード、グレイブも使う。
聖騎士のスキルを発現させ、状態異常への耐性も備える。
アレクサンドが求めたのは、単純に二百十万人という人数だけではなかった。
アンデッドを相手に戦える二百十万人である。
これまで有効だった捕縛、拘束、窒息が通じない敵。
その敵に合わせて、シュタインフェルト王国は戦術そのものを変えた。
対アンデッド戦の準備は整いつつあった。




