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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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276 1000万人

シュタインフェルト王国で、一千万組の夫婦が結婚してから八か月。


待ち望まれていた日がやってきた。


一千万の妊婦たちの出産が始まったのである。


各地の診療所では、医師や助産師たちが次々と出産に立ち会っていた。


以前から準備は進められていた。


診療所を増やし、出産に携わる者を育て、必要なものを揃える。


一千万という数字は大きい。


だが突然その日を迎えたわけではない。


妊娠が分かった時点から準備を続けてきた。


各地から出産の知らせが届き始める。


男の子が生まれた。


女の子が生まれた。


母子ともに元気だ。


そんな知らせが、シュタインフェルト王国中で途切れることなく続いた。


王都だけではない。


セトルメントでも。


旧イルミナ王国で暮らす人々の間でも。


新しい命が次々と誕生していた。


そして、結婚斡旋ギルドにも大きな節目が訪れていた。


一千万組に続いて進められていた三千万組の婚姻。


それが、ついに終わったのである。


三千万組。


男女を合わせれば六千万人。


最初の一千万組を合わせれば、結婚斡旋ギルドが結んだ夫婦は四千万組に達した。


だが、ギルドの仕事は終わらなかった。


むしろ、これからだった。


ミストバルカス公国が加わったからである。


人口約三億人を抱えるミストバルカス公国からも、結婚を望む人々が参加するようになった。


相手となるのはシュタインフェルト王国だけではない。


アルデバラン百三十カ国にも希望者がいる。


百三十二カ国をまたいで、人と人との縁が結ばれ始めていた。


結婚斡旋ギルドでは、その動きを集計していた。


これまでとは規模が違う。


一千万組でも終わらなかった。


三千万組を追加しても終わらなかった。


ミストバルカス公国まで加わったことで、希望者はさらに増えている。


三人の副グランドマスター、ミランダ、ミレイユ、ミアーダも集計された数字を確認していた。


「これは……」


ミランダが数字を見つめた。


予測された婚姻数。


十億組。


さすがの三人も、しばらく黙った。


十億組なら、二十億人である。


だが現在、結婚斡旋ギルドで働いている職員は一万人しかいない。


これまでの経験と仕組みがあるとはいえ、今後予想される規模には到底足りなかった。


報告を受けたイメルダ・シュトラウス伯爵も数字を確認した。


「十億組ですか」


「はい。ミストバルカス公国が加わったことで、希望者が大幅に増えています」


イメルダはしばらく考えた。


十億組もの縁を、一万人で扱う。


無理がある。


ならば、やることは単純だった。


人を増やせばいい。


「職員を増やしましょう」


ミレイユが頷く。


「どの程度まで増やしますか?」


イメルダは答えた。


「一千万人です」


三人がイメルダを見た。


現在の一万人から、一千万人。


千倍である。


だがイメルダは平然としていた。


十億組もの婚姻が予想されているのだ。


相手を探し、希望を確認し、出会う機会を作る。


そして、最後に選ぶのは本人たちである。


そのための手伝いをする者が必要だった。


「募集を始めましょう。必要な人数を育てます」


「分かりました」


三人の副グランドマスターが動き始めた。


一千万の妊婦たちの出産が始まり。


三千万組の結婚が終わり。


さらに十億組という、これまでとは桁の違う婚姻が見え始めている。


その一方で、合同結婚式をきっかけに広まったハイボールも、相変わらず売れ続けていた。


ウィスキーも。


ブランデーも。


百三十二カ国で需要は続いている。


結婚も止まらない。


商売も止まらない。


そしてイメルダは、今度は結婚斡旋ギルドの職員を一千万人に増やそうとしていた。


九度の表彰を受けた伯爵。


その十回目の表彰の足音は、もうすぐそこまで来ていた。




結婚斡旋ギルドが職員を一千万人まで増やす。


その方針が決まると、三人の副グランドマスターはすぐに準備を始めた。


一万人から一千万人。


数字だけを見れば途方もない増員である。


だが、その先に予想されている婚姻は十億組だった。


現在の職員だけで対応できる規模ではない。


募集が始まった。


結婚斡旋ギルドの仕事は、すでに多くの人々に知られている。


一千万組の結婚を成立させた。


続く三千万組の結婚も終えた。


その仕事によって結ばれた夫婦が、各地で新しい家庭を築いている。


そして今、一千万の妊婦たちが次々と子どもを産んでいる。


自分たちが結んだ縁の先に、新しい家族が生まれている。


その事実は、ギルドで働く職員たちにとっても大きかった。


新しく職員になろうとする者も多かった。


募集に応じた者たちへの教導も始まる。


一千万人を集めるだけでは意味がない。


相手を求める者の希望を聞く。


条件だけで決めつけない。


相手にも同じように希望があることを忘れない。


会う機会を作ったあとは、本人たちに任せる。


結婚を勧めることはあっても、決めるのは本人たちだった。


これまで結婚斡旋ギルドが続けてきたやり方を、新しい職員たちも学んでいく。


ミランダ、ミレイユ、ミアーダの三人は、それぞれ大勢の職員を育てる側へ回った。


既存の職員たちも教える側に加わる。


一人が覚えれば、その一人が次の者へ教える。


教えられた者が、さらに別の者へ教える。


一千万人という目標に向けて、職員の数が増え始めた。


イメルダが一人で教える必要はなかった。


すでに結婚斡旋ギルドには、一万人の職員がいる。


三千万組もの婚姻を終えた経験も残っている。


その経験を、新しく加わった者たちへ渡していけばいい。


一方、結婚を希望する者たちの登録も続いていた。


シュタインフェルト王国。


アルデバラン百三十カ国。


ミストバルカス公国。


百三十二カ国から希望者が集まってくる。


国が違っても、求めているものは大きく変わらない。


一緒に暮らしたいと思える相手。


互いを大切にできる相手。


家庭を築いていける相手。


紹介を受け、実際に会い、話をする。


合わなければ断る。


もう一度会いたければ会う。


そして互いに望めば結婚する。


その繰り返しだった。


一千万組。


三千万組。


そして次は十億組。


数字だけを見れば、とてつもない変化である。


だが、一組ずつ見れば何も変わっていない。


二人が出会い。


二人が話し。


二人が選ぶ。


それだけだった。


そのころ、シュタインフェルト王国では出産の知らせが今日も続いていた。


新しい父親と母親が生まれ、新しい家族が増えていく。


結婚斡旋ギルドが以前に結んだ縁が、今度は次の世代へつながり始めていた。


そして酒場では、今日もハイボールが売れている。


ウィスキーを注ぎ、炭酸水を加える。


ブランデーでも同じように作る。


合同結婚式から始まった流行は、一時のものでは終わらなかった。


結婚斡旋ギルドでは職員が増え続ける。


各地では子どもが生まれ続ける。


酒場ではハイボールが売れ続ける。


どれも誰かが大きな計画を立てて始めたものではなかった。


人々が自分で選び、その結果が次へつながっている。


イメルダは増えていく職員たちを見ながら、いつもと変わらず仕事を続けていた。


十回目の表彰については、まだ何も聞いていなかった。




結婚斡旋ギルドの職員募集は、百三十二カ国で始まった。


目標は一千万人。


これまで働いていた職員は一万人である。


一気に千倍へ増やすことになるが、結婚斡旋ギルドが予想している婚姻数は十億組だった。


イメルダが決めた一千万人という数字にも理由がある。


十億組もの縁を扱うなら、それだけの人手が必要になる。


募集が始まると、各国から希望者が集まった。


結婚斡旋ギルドが何をしてきたのかは、すでに広く知られている。


最初の一千万組。


続く三千万組。


合わせて四千万組の夫婦が誕生している。


その最初の一千万組では、すでに出産まで始まっていた。


自分も誰かの縁を結ぶ仕事がしたい。


そう考える者は多かった。


既存の一万人の職員は、新しく加わった者たちを教え始めた。


相手を求める者の希望を聞く。


登録された情報を確認する。


互いの希望が合う者を探す。


会う機会を作る。


そこから先は本人たちに任せる。


断ることもできる。


もう一度会うこともできる。


結婚を決めることもできる。


職員が決めるのではない。


選ぶのは、あくまで本人たちだった。


仕事を覚えた新しい職員は、実際の縁談を担当する。


経験を積んだ者は、さらに新しく加わった職員へ仕事を教える側にも回った。


一万人から始まった増員は、次第に速度を上げていった。


ミランダ、ミレイユ、ミアーダの三人の副グランドマスターも、それぞれ状況を確認している。


イメルダが一人ですべてを見る必要はない。


これまでの経験がある。


仕事を知る職員がいる。


新しく加わった者が育てば、その者たちも次の仕事を担う。


結婚斡旋ギルドそのものが、自分たちで大きくなっていった。


同時に、ミストバルカス公国からの登録も増え続けていた。


人口約三億人。


合同結婚式を見た人々の中には、自分も相手を探したいと考える者が大勢いた。


アルデバラン百三十カ国からも希望者が集まる。


シュタインフェルト王国からも登録が続く。


ミストバルカス公国の者とアルデバランの者が会う。


シュタインフェルト王国の者とミストバルカス公国の者が会う。


それまでなら知り合うこともなかった人々が、結婚斡旋ギルドを通じて出会い始めていた。


国境は、相手を選ぶための壁ではなくなっていた。


ある日、イメルダのもとへ新しい集計が届けられた。


「順調に増えています」


ミランダの報告を聞き、イメルダは数字を確認した。


職員も増えている。


登録者も増えている。


そして新しい婚姻も成立し始めていた。


「これなら、もっと多くの方をご紹介できそうですね」


イメルダが微笑む。


彼女が見ているのは十億組という巨大な数字ではなかった。


相手を求めて登録した人々だった。


人数が増えたなら、職員も増やす。


職員が増えれば、より多くの人に出会う機会を作れる。


ただ、それだけのことだった。


そのころシュタインフェルト王国では、一千万の妊婦たちの出産が続いていた。


新しい家族が次々と生まれている。


三千万組の新婚夫婦も、それぞれの生活を始めていた。


さらに百三十二カ国では、十億組もの新たな婚姻が予想されている。


一千万人へ向かって膨らみ続ける結婚斡旋ギルド。


その中心にいるイメルダは、今日も誰かの縁を結ぶことしか考えていなかった。




イメルダ・シュトラウス伯爵の十回目の表彰が決まった。


だが、今回はこれまでとは違った。


表彰するのはアルデバラン王国だけではない。


シュタインフェルト王国。


ミストバルカス公国。


三国連名での表彰となった。


そして表彰されるのも、イメルダ個人ではなかった。


結婚斡旋ギルド。


イメルダがグランドマスターを務め、ミランダ、ミレイユ、ミアーダの三人の副グランドマスターをはじめ、多くの職員が働く組織そのものが表彰されることになった。


一千万組の婚姻を成立させた。


続く三千万組の婚姻も終えた。


ミストバルカス公国が加わったことで、今後は十億組もの婚姻が予想されている。


そのために職員を一万人から一千万人へ増やすことも決まっている。


もはや一人の功績として扱う規模ではなかった。


表彰式は、今回も生中継された。


シュタインフェルト王国。


ミストバルカス公国。


そしてアルデバラン王国百三十カ国。


百三十二カ国の人々が、同じ表彰式を見ていた。


その映像は教導管理システムにも保存される。


イメルダが初めて表彰された頃とは、何もかもが変わっていた。


今では彼女の名前を知らない者を探すほうが難しい。


結婚斡旋ギルドのグランドマスター。


数千万組もの縁を結んだ伯爵。


国境を越えて人と人を結び続けてきた女性。


イメルダ・シュトラウス伯爵は、すでに大陸で最も有名な女性になっていた。


表彰式にはオーキス、カイゼル、ライラが揃った。


イメルダの隣には三人の副グランドマスターがいる。


その後ろには、結婚斡旋ギルドを代表する職員たちが並んでいた。


式は静かに始まった。


華美な演出はない。


これまで結婚斡旋ギルドが成し遂げてきたことが読み上げられる。


数字が一つ読み上げられるたびに、その大きさが改めて示されていった。


やがてオーキスが前へ出た。


イメルダたちを見渡す。


そして短く告げた。


「偉業を称える」


それだけだった。


長い言葉は必要なかった。


偉業。


その一言で十分だった。


一千万組から始まり、さらに三千万組。


そして今では百三十二カ国の人々が同じ結婚斡旋ギルドを通じて相手を探そうとしている。


カイゼルも静かに頷いた。


ライラにも異論はない。


自国の三億人の国民にも縁を結んでほしいと頼んだのは、ほかならぬライラ自身だった。


三人の国家元首の前で、結婚斡旋ギルドへの表彰が行われた。


イメルダは一人で受け取ろうとはしなかった。


三人の副グランドマスターとともに受け取る。


今回称えられているのは、結婚斡旋ギルドという組織なのだから。


厳かに表彰式は進んでいった。


その光景を百三十二カ国の人々が見ている。


そして、その中に一人。


自宅で表彰式を眺めている男がいた。


シュトラウス伯爵である。


手にはグラス。


ウィスキーを注ぎ、自ら水魔法と風魔法で炭酸水を作って加えたハイボールだった。


妻が十回目の表彰を受けている。


しかも今回は三国連名。


個人ではなく、彼女が育てた結婚斡旋ギルドそのものへの表彰である。


シュトラウス伯爵は何も言わなかった。


ハイボールを一口飲む。


画面の向こうでは、イメルダが三人の副グランドマスターと並んで表彰を受けている。


大陸で最も有名な女性。


十度目の表彰。


十億組もの婚姻が予想される結婚斡旋ギルド。


シュトラウス伯爵はグラスを手にしたまま、その光景を眺め続けた。


妻は、今日もいつもと変わらない顔をしていた。





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