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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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274 是非に結婚してくれ

リヴィアがマイケルを選んだ理由は、教導管理システムにも記録されていた。


それを確認したアレクサンドたち四十七人の新興貴族は喜んだ。


特に喜びが大きかったのは、神官だった新興貴族たちだった。


アリシア、アレクサ、ゴルディ、ナターシャ、マックス、リッキー、トレイ、シュー、チャド。


彼らには、リヴィアの言葉が持つ意味がよく分かった。


神聖ラトリアでは教会が腐敗し、数千万人もの国民がアンデッドにされて犠牲になった。


生き残った者のうち、保護することができたのは一千万人。


冒険者ギルドですらお手上げになったほどの惨状だった。


その神聖ラトリアで神官だったアリーにとって、死者を悼み、弔うことは何より大切だった。


ヴェロン王国の孤児たちも、幼い頃から死に向き合ってきた。


マイケルは、そんな彼女たちの仕事を見ていた。


死者を確認し、弔い、アンデッドになることを防ぐ。


決して目立つ仕事ではない。


それでも、その仕事の価値を正しく評価し、王宮へ報告を上げた。


そしてリヴィアは、そこを見ていた。


神官たちにとって、それが何より嬉しかった。


ところが当事者であるアリーだけは、ぽかんとしていた。


「……私の話ですよね?」


アリシアたちが一斉にアリーを見る。


「そうよ」


「でも、私がやったのは神官として当然のことですし……」


アリーにはまだ、自分の仕事と第二王女の縁談がどうつながったのか実感できていなかった。


自分は死者を弔った。


マイケルはそれを評価した。


リヴィアは、そのマイケルを評価した。


ただそれだけのことが、自分の知らないところで一つの縁につながっていた。


イプシオたちも喜んでいた。


ガイルたちも同じだった。


アンジェラも、リヴィアの言葉を何度も確認していた。


アレクサンドはしばらく黙って記録を見つめていた。


強さでもない。


地位でもない。


侯爵家の令息だからでもない。


他人の仕事を正しく見ることのできる男だから、リヴィアはマイケルを選んだ。


「……リヴィア殿下」


アレクサンドが小さく呟いた。


その顔には笑みが浮かんでいた。


そのころ、シュタインフェルト王国の王宮では、アイゼル・ローゼンクランツ公爵がマイケルを呼んでいた。


カイゼル王も同席している。


「マイケル」


「はい」


アイゼルは正面からマイケルを見た。


「この縁談はお前が決めろ」


最初にはっきりと告げた。


公爵として命じるつもりはない。


リヴィアと結婚するかどうかを決めるのは、マイケル自身である。


「だが俺の心情を吐露しよう」


マイケルが顔を上げた。


「是非に結婚してくれ」


マイケルの目が大きく開いた。


アイゼルは冗談を言っているわけではなかった。


「リヴィア殿下は必ずやシュタインフェルト王国に幸福をもたらす存在だ」


リヴィアがマイケルを選んだ理由を聞いて、アイゼル自身が思い知らされた。


自分たちはマイケルの仕事を評価していた。


だが、その向こうにいたアリーや孤児たちの人生までは見ていなかった。


リヴィアはそこまで見ていた。


救済された者が、それ以前にどんな人生を歩んできたのか。


何を失い、何を大切にして生きているのか。


その人間の過去まで知った上で、現在の行動を見ている。


二十歳の王女が、そこまで人を見ていた。


「お前が決めるべきだ」


アイゼルはもう一度言った。


「だが、俺は結婚してほしい」


マイケルは黙ってアイゼルを見た。


その隣で、カイゼル王が大きく頷いた。


だが、何も言わなかった。


国王が口を開けば、その言葉はマイケルにとって重いものになる。


だから何も言わない。


ただ、大きく頷いただけだった。


それだけで、カイゼルがどう思っているのかは十分に伝わった。


マイケルは二人を見つめた。


自分が決める。


その選択を尊重した上で、それでも二人はリヴィアとの結婚を望んでいる。


マイケルはしばらく黙ったまま、その言葉を受け止めていた。




マイケルはしばらく黙っていた。


アイゼルの言葉は十分に理解している。


カイゼルが何も言わず、大きく頷いた意味も分かっていた。


二人とも結婚を望んでいる。


それでも決めるのは自分だと言ってくれた。


マイケルの頭に浮かんだのは、リヴィアとの面談だった。


『あなたは立派な騎士です』


あの言葉が、まだ残っている。


マイケル自身は、アリーや孤児たちの仕事を評価したことを特別だと思っていなかった。


必要な仕事だった。


誰かがやらなければならない仕事だった。


だから、その働きを王宮へ報告した。


騎士団長として当然のことをしただけだと思っている。


だがリヴィアは、それを見ていた。


アリーが神聖ラトリアで何を経験したのか。


孤児たちがヴェロン王国で何を見てきたのか。


その背景まで知った上で、彼女たちの仕事を評価した自分を見てくれていた。


マイケルにとって、それは初めての経験だった。


騎士団長として評価されることはある。


戦果を褒められることもある。


部下を育てたことを評価されることもある。


だが、自分が他人をどう見ているのか。


そこを見てくれた人はいなかった。


「公爵閣下」


マイケルが顔を上げた。


「なんだ」


「私は、リヴィア殿下にもう一度お会いしたいと思います」


アイゼルの顔が緩んだ。


「そうか」


「まだ、殿下のことを十分に知っているとは言えません」


「当然だ。一度話しただけだからな」


マイケルも頷いた。


だからこそ、もっと話してみたい。


リヴィアが何を見ているのか。


何を考えているのか。


なぜアリーや孤児たちのことまで知っていたのか。


そして、自分のどこを見てくれたのか。


それをもっと知りたかった。


「ですが」


マイケルは少しだけ笑った。


「私をあれほど見てくださった方を、私もきちんと見たいと思います」


アイゼルは何も言わなかった。


今度は満足そうに頷いただけだった。


カイゼルも笑顔を見せた。


「では、イメルダ伯爵に頼むとしよう」


それだけを言った。


結婚しろとは言わない。


答えを急かすこともしなかった。


マイケル自身が、もう一度会いたいと決めた。


それで十分だった。


話を聞いたイメルダは、すぐにリヴィアへ伝えた。


「マイケル団長が、もう一度お会いしたいと仰っています」


リヴィアは目を輝かせた。


「本当に?」


「ええ」


「良かった……」


最初の勢いとは違う、小さな声だった。


『弟に先を越されたわ』


そう言ってイメルダに詰め寄ったときのリヴィアは、自分からマイケルを紹介してほしいと頼んだ。


だが実際に本人と話し、自分の気持ちを伝えたあとは、マイケルがどう受け取ったのか気になっていた。


「断られるかもしれないとは思っていましたわ」


「そうなのですか?」


「当然でしょう。私が勝手に素敵だと思っていただけですもの」


リヴィアは笑った。


王女であっても、相手の気持ちまでは決められない。


だからマイケルがもう一度会いたいと言ってくれたことが、素直に嬉しかった。


「イメルダ卿。お願いします」


「承知しました」


二度目の面談が決まった。


その知らせはカイゼルとアイゼルにも伝えられた。


アイゼルは報告を聞くと、椅子にもたれて大きく息を吐いた。


「まずは一歩か」


カイゼルが笑った。


「ああ。あとは二人に任せよう」


今度こそ、二人にできることはなかった。


リヴィアがマイケルを選んだ。


マイケルもまた、リヴィアという一人の女性をもっと知りたいと思った。


縁談は両国の王族と騎士団長を結ぶ話である。


だが、その中心にあるものは単純だった。


一人が相手を見つけた。


見つけられた者が、その相手を見ようとした。


二人の縁は、ようやく互いの側から動き始めていた。




274 是非に結婚してくれ


二度目の面談が用意された。


マイケル・シュタインフェルト王国騎士団長、二十五歳。


リヴィア・アルデバラン第二王女、二十歳。


年齢も五歳差。


侯爵家の令息であり騎士団長を務めるマイケルと、アルデバランの第二王女リヴィア。


二人の釣り合いに問題はなかった。


今回もイメルダが同席している。


だが、イメルダから話を振ることはなかった。


すでに二人は互いに話したいことを持っている。


最初に口を開いたのはマイケルだった。


「リヴィア殿下」


「はい」


「先日は、ありがとうございました」


リヴィアが少し首を傾げた。


「何のお礼ですの?」


「私の仕事を見ていてくださったことです」


マイケルは素直に答えた。


あれから何度も考えた。


リヴィアが自分に伝えてくれた言葉を。


アリー男爵の仕事。


孤児たちの仕事。


自分は、その価値を認めて王宮へ報告した。


特別なことをしたつもりはなかった。


だがリヴィアは、その行動を見てくれていた。


「私は騎士団長です。部下を見ることも、現場で働く者を見ることも仕事の一つだと思っています」


リヴィアは黙って聞いていた。


「ですから、アリー男爵たちの仕事を報告したことも、当然のことだと思っていました」


「ええ」


「ですが、それを見てくださっていた方がいたことが、私は嬉しかったのです」


リヴィアの表情が柔らかくなった。


マイケルは続けた。


「私は二十五歳です。殿下は二十歳。家格についてもアイゼル公爵から胸を張れと言われました」


リヴィアが微笑んだ。


「それで固まっていらしたのですか?」


「……はい」


マイケルは認めた。


「第二王女殿下から縁談を望まれていると突然聞かされましたので」


リヴィアが小さく笑った。


イメルダも黙って二人を見守っている。


「ですが、今は違います」


マイケルの声が変わった。


リヴィアも笑うのをやめ、正面から彼を見た。


「最初は、なぜ私なのか分かりませんでした」


騎士団長だからなのか。


侯爵家の令息だからなのか。


シュタインフェルト王国とアルデバランの関係を考えてのことなのか。


だが、どれも違った。


リヴィアは自分が何をしていたのかを見ていた。


そして、その理由を本人の言葉で聞いた。


今度は自分がリヴィアを見る番だった。


一度目の面談を終え、もっと知りたいと思った。


そして二度目に向かい合った今、マイケルの中では答えが出ていた。


「リヴィア殿下」


「はい」


マイケルは真っ直ぐリヴィアを見た。


騎士団長として命令を出すときとは違う。


国王へ報告するときとも違う。


一人の男として、自分の意思を伝えた。


「あなたとともに生きたい」


リヴィアは一瞬だけ目を見開いた。


マイケルは目を逸らさなかった。


「私と結婚してください」


しばらく沈黙があった。


そしてリヴィアが微笑んだ。


嬉しさを隠そうともしていなかった。


「はい」


短い返事だった。


「私も、あなたとともに生きたいですわ」


マイケルの表情が緩んだ。


最初の縁談を聞かされたときには固まった。


リヴィアから、自分を選んだ理由を聞いたときにも固まった。


だが今度は違った。


自分で考え、自分で選び、自分の言葉で伝えた。


その答えをリヴィアが受け取ってくれた。


少し離れた場所で二人を見ていたイメルダも微笑んでいた。


自分が何かを説得する必要はなかった。


リヴィアが選んだ。


マイケルがその理由を聞いた。


そしてマイケルもリヴィアを見て、自分で選んだ。


それだけだった。


面談が終わると、二人の意思はすぐに両王へ報告された。


アルデバラン王国のオーキス王。


シュタインフェルト王国のカイゼル王。


リヴィアとマイケルが、互いに結婚を望んでいる。


イメルダからその報告が届けられた。


ユリアンとレックスに続き、もう一組。


両国を結ぶ新しい縁が、二人自身の選択によって結ばれようとしていた。




カイゼルはアイゼルとマイケルを連れて、アルデバラン王国を訪れていた。


リヴィアとマイケルの婚姻について、オーキス王へ正式に挨拶するためだった。


イメルダも同席している。


少し前にはユリアンとレックスの婚姻について両王が話したばかりである。


それが今度はリヴィアとマイケルだった。


「こう続くとは思わなかったな」


カイゼルが笑った。


「私もだ」


オーキスも笑っている。


マイケルはオーキスの前で姿勢を正した。


騎士団長として王と話すことには慣れている。


だが今日は騎士団長として来たのではない。


リヴィアが選び、自分もまた、ともに生きたいと願った相手として、その父親の前に立っている。


「オーキス陛下」


マイケルは頭を下げた。


「リヴィア殿下との婚姻をお許しいただき、ありがとうございます」


オーキスは穏やかな表情でマイケルを見た。


「リヴィアが君を選んだ。そして君もリヴィアを選んでくれた。それなら私は喜んで二人を祝おう」


「ありがとうございます」


「リヴィアをよろしく頼む」


「はい」


マイケルはもう一度頭を下げた。


その姿を見ていたアイゼルは満足そうだった。


自分はマイケルに結婚してほしいと伝えた。


カイゼルも同じ気持ちだった。


それでも最後に選んだのはマイケル自身である。


カイゼルもオーキスに頭を下げた。


「マイケルは我が国の騎士団長だ。私も信頼している。リヴィア殿下との縁をいただけることを嬉しく思う」


「こちらこそだ。ユリアン殿下とレックスに続いて、今度はリヴィアとマイケル団長だ」


オーキスが笑った。


「随分と縁が深くなったものだな」


「ああ。本当にそう思う」


話すべきことはいくらでもあった。


王族の婚姻である。


両国で決めなければならないこともある。


だが、そのための話を始めるより早く、バイオレットが現れた。


宴の準備はすでに終わっていた。


リヴィアも呼ばれている。


料理が並び、酒も用意されていた。


バイオレットは集まった面々を見渡すと、楽しそうに告げた。


「さあ、今夜は難しい話はやめてリヴィアとマイケル団長の縁を祝いましょう」


オーキスが笑う。


「もう宴の準備をしていたのか」


「当然でしょう。娘の結婚が決まったのですよ」


バイオレットはすっかり祝いの気分だった。


侍女たちも加わり、ウィスキーハイボールを作り始める。


グラスにウィスキーを注ぐ。


侍女たちは自らの手から水魔法と風魔法で作った炭酸水を、そのままグラスに注いでいった。


次々とウィスキーハイボールが出来上がる。


バイオレットも一緒になって作っていた。


「母上、楽しそうですね」


リヴィアが笑った。


「楽しいに決まっているでしょう」


バイオレットは即答した。


「レックスの婚約が決まったと思ったら、今度はあなたですもの」


出来上がったグラスが配られていく。


オーキス。


カイゼル。


アイゼル。


イメルダ。


そして今日の主役であるリヴィアとマイケル。


マイケルは隣に座ったリヴィアを見た。


最初に縁談を聞いたときには固まった。


なぜ自分なのか分からなかった。


本人に尋ねて、さらに言葉を失った。


リヴィアは騎士団長という肩書だけを見ていたのではなかった。


自分がアリーや孤児たちの仕事を評価したことを見ていた。


誰かが自分の仕事を見てくれていた。


それが嬉しかった。


だから今度は自分がリヴィアを見た。


そして、


『あなたとともに生きたい』


自分の意思でそう伝えた。


リヴィアがマイケルを見る。


視線が合うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


マイケルも自然に笑った。


その二人をイメルダが眺めている。


彼女もまた微笑んでいた。


誰かに命じられた婚姻ではない。


リヴィアがマイケルを見つけた。


マイケルもリヴィアを見た。


そして互いに選んだ。


それで十分だった。


全員のグラスにウィスキーハイボールが行き渡った。


オーキスがグラスを掲げる。


カイゼルも、アイゼルも、バイオレットも、イメルダも続いた。


リヴィアとマイケルもグラスを掲げた。


オーキスは二人を見て笑った。


「乾杯」


「乾杯」


皆の声が重なった。


その夜は難しい話をする者はいなかった。


ただリヴィアとマイケルが結んだ縁を、皆で祝った。





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