272 結婚へ
ユリアン・シュタインフェルトとレックス・アルデバランの面談が行われた。
イメルダ・シュトラウス伯爵も同席している。
二人が向かい合った。
ユリアンは二十二歳。
レックスは十八歳。
四歳の年齢差がある。
最初に口を開いたのはユリアンだった。
「先日はシュタインフェルト王国へ来てくださったそうですね」
「はい。大聖堂の建設に参加しました」
「実際に見た王国はいかがでした?」
レックスは少し考えた。
「活気がありました。人が増え続けているのに、皆が前を向いているように感じました」
ユリアンが微笑んだ。
「今はもっとすごいですよ。一千万組の懐妊が発表されましたから」
「聞きました。八か月後には一億六千万人ですね」
「ええ。父もアイゼル公爵も、ずっと機嫌がいいです」
レックスが笑った。
最初の緊張が少しだけ消えた。
今度はレックスが尋ねた。
「ユリアン殿下は、なぜアルデバランの王族との縁談を望まれたのですか?」
「シュタインフェルト王国が変わっていくのを見ていたからです」
ユリアンは答えた。
「アルデバランと関わるようになって、私たちの国には多くの人が来ました。商売も盛んになりました。国際結婚も増えています。王族である私も、その関係の中に入りたいと思いました」
「国のためですか?」
「それだけなら、相手が誰でもいいことになります」
ユリアンはレックスを見た。
「だから会ってみたかったのです」
レックスはその答えを聞いて頷いた。
ユリアンも質問した。
「レックス殿下は、将来何をしたいのです?」
レックスは少し考えてから答えた。
「まだ決めていません」
ユリアンは意外そうな顔をした。
「第一王子なのに?」
「第一王子だからといって、今ここで決める必要もないと思っています。できることは増やしておきたいです。その中から、自分がするべきことを選びたいと思っています」
「なるほど」
ユリアンはしばらくレックスを見ていた。
「十八歳なのですよね?」
「そうですが」
「もっと堅い人を想像していました」
「ユリアン殿下も、もっと堅い方だと思っていました」
二人とも笑った。
イメルダは口を挟まなかった。
二人は自分たちで質問している。
相手の立場ではなく、相手自身を知ろうとしていた。
ユリアンが四歳年上であることも、すでに話題にならなくなっている。
「結婚したら、どちらで暮らすことになるのでしょう?」
ユリアンが尋ねた。
「それは両国で相談することになるでしょうね」
レックスが答えた。
「私はどちらでも構いません」
「私もです」
それだけ答えると、また別の話へ移った。
好きな食べ物。
普段どのように過ごしているのか。
王族として参加している仕事。
シュタインフェルト王国とアルデバランの違い。
質問は続いた。
イメルダは二人のやり取りを眺めていた。
長く話を聞く必要はないと思った。
理屈を並べて相性を判定する必要もない。
三千万組もの縁談を扱ってきた。
人と人が向き合ったときの空気は、何度も見ている。
イメルダは直感で判断した。
この縁はいい。
面談を終えると、イメルダは二人に確認した。
「もう一度お会いになりますか?」
ユリアンが先に答えた。
「はい」
レックスも頷いた。
「私もお願いします」
それで十分だった。
イメルダは二人と別れ、まずカイゼル・シュタインフェルト王へ報告した。
「良いご縁になると思います」
カイゼルの顔が明るくなった。
続いてアルデバランへ転移し、オーキス王にも同じ報告をする。
「二人とも、もう一度会うことを望んでいます」
オーキスも喜んだ。
第一王女ユリアンと第一王子レックス。
二人の縁談は、顔合わせから次の段階へ進むことになった。
イメルダから報告を受けたカイゼル王は、すぐに宰相とアイゼル・ローゼンクランツ公爵を呼んだ。
第一王女ユリアンと第一王子レックス。
二人とも、もう一度会いたいと希望している。
「そうか」
カイゼルは何度も頷いた。
娘の縁談である。
しかも相手はアルデバランの第一王子。
国王として歓迎できる縁談であることはもちろん、ユリアン本人がレックスを気に入ったことが何より嬉しかった。
アイゼルも笑顔を見せた。
「良い縁談になりそうですな」
「ああ」
最近のカイゼルは機嫌がいい。
国内では先に結婚した一千万組の懐妊が発表され、八か月後には王国の人口が一億六千万人になる。
三千万組の結婚も始まった。
さらにアリッサも懐妊している。
そこへユリアンの縁談まで加わったのである。
祝い事が途切れなかった。
「最近は嬉しい報告ばかりだな」
カイゼルが笑う。
アイゼルも否定しなかった。
国内は空前の好景気。
セトルメントから入る税も莫大で、各ギルドや商会からの税収も増え続けている。
国民の士気も高い。
そこへ王家にも新しい縁が生まれようとしていた。
もっとも、宰相は喜んでいる二人とは違い、すでに次のことを考えていた。
王族同士の婚姻である。
ユリアンとレックスが互いを気に入ったとしても、両王家で確認しておくことはある。
婚姻後の立場。
生活の拠点。
王族としての役割。
「アルデバラン側との話し合いも必要になります」
「分かっている」
そう答えながらも、カイゼルの顔は緩んだままだった。
一方、アルデバラン王国でも、オーキス王と王妃バイオレットがイメルダから報告を受けていた。
「ユリアン殿下も、もう一度会いたいと?」
「はい」
イメルダが答える。
「レックス殿下も同じお気持ちです」
オーキスが笑った。
「ならば会わせればいい」
バイオレットも頷く。
両親が先に結論を出す必要はなかった。
もう一度会いたいと二人が望んでいる。
ならば、まず会えばいい。
再びユリアンとレックスが顔を合わせることになった。
二度目となれば、最初の面談ほどの緊張はなかった。
「またお会いできましたね」
ユリアンが微笑んだ。
「はい」
レックスも自然に笑顔を返した。
今度は相手を確かめるために質問を並べる必要もなかった。
ユリアンはシュタインフェルト王国の近況を話した。
セトルメントが急速に発展していること。
五千万人が働き始め、魔物素材や魔石、布地が税として納められていること。
商会やギルドの収益も大きくなっていること。
そして一千万組の懐妊が発表され、国中が祝いに包まれていること。
「アリッサも懐妊したのです」
ユリアンが嬉しそうに話すと、レックスも笑顔になった。
祝い事の多い王国だった。
話題はアルデバランにも移った。
レックスが大聖堂を建設したときのこと。
両国を行き来する人々のこと。
国際結婚によって生まれた新しい家族のこと。
二人の会話は途切れなかった。
イメルダは少し離れて二人を見ているだけだった。
間に入る必要がない。
話題を用意する必要もない。
二人が自分たちで話している。
最初に感じた直感は間違っていなかった。
面談を終えたあと、イメルダはそれぞれに意思を確認した。
ユリアンの答えは早かった。
「この縁談を進めてください」
レックスも迷わなかった。
「私もお願いします」
双方の意思が揃った。
イメルダはカイゼルとオーキスへ、その結果を報告した。
二人の王は揃って喜んだ。
第一王女ユリアン・シュタインフェルト。
第一王子レックス・アルデバラン。
二人の縁談は、正式な婚姻へ向けて進むことになった。
ユリアンとレックス、双方の意思が確認された。
ここからは両王家の話になる。
カイゼル・シュタインフェルト王とオーキス王は、イメルダ・シュトラウス伯爵を交えて話し合うことになった。
「ユリアンが望んでいるのなら、私は反対しない」
カイゼルが最初に意思を示した。
オーキスも頷いた。
「こちらも同じだ。レックス本人が望んでいる。私もバイオレットも歓迎している」
両王の考えは一致していた。
第一王女ユリアンと第一王子レックス。
王族同士の婚姻である以上、本人たちだけで決めて終わる話ではない。
だが今回は、本人たちが互いを気に入り、両王家も婚姻を歓迎している。
話は早かった。
婚姻後の両王家での立場。
公務の扱い。
婚約の公示。
結婚式の日程。
両国で確認しておくことが順番に整理されていった。
どちらの国で暮らすのかという話は問題にもならなかった。
必要なら転移すればいい。
朝にアルデバラン王国で公務を行い、その後シュタインフェルト王国へ移ることさえできる。
二つの国の距離は、二人の生活を制約するものではなかった。
「これなら早く進められそうだな」
カイゼルは上機嫌だった。
オーキスも笑う。
「本人たちが決めたのだから、あとは私たちが準備すればいい」
イメルダも二人の王を見ながら微笑んでいた。
最初にユリアンから話を聞いた。
次にレックスへ話を持っていった。
二人を会わせた。
互いにもう一度会いたいと望んだ。
そして二度目の面談を終えた二人は、揃って婚姻を希望した。
ここまで来れば、イメルダが相性について考える必要もなかった。
二人がすでに答えを出している。
カイゼルは宰相とアイゼル・ローゼンクランツ公爵にも婚姻を正式に進めるよう伝えた。
王宮の行政官たちが動き始める。
一方、アルデバランでもオーキスからクレイン宰相へ話が伝えられた。
第一王子の婚姻である。
両国とも公示の準備に入った。
シュタインフェルト王国では、ただでさえ祝い事が続いている。
先に結婚した一千万組の懐妊が発表された。
八か月後には一千万人もの赤子が生まれる。
アリッサも懐妊した。
三千万組の新たな結婚も始まっている。
国内は空前の好景気だった。
セトルメントからは大量の物納が入り、そこに拠点を置く各ギルドや商会からの税収も増えている。
カイゼルが喜ぶ材料はいくらでもあった。
そこへ第一王女ユリアンの婚姻まで加わろうとしている。
「今年はどうなっているのだ」
カイゼルが笑った。
アイゼルも笑っている。
「良いことが重なっておりますな」
「重なりすぎだ」
そう言いながら、カイゼルの顔から笑みは消えなかった。
国が豊かになる。
国民が結婚する。
子供が生まれる。
そして自分の娘にも結婚したいと思える相手ができた。
国王としてだけではなく、父親としても嬉しかった。
アルデバランでも同じだった。
オーキスとバイオレットは、レックスの婚姻が具体的に進み始めたことを喜んでいた。
十八歳。
王族としては結婚が遅いくらいである。
しかも相手は、レックス自身が会って選んだユリアンだった。
両王家の準備が進む中、イメルダは改めてユリアンとレックスに会った。
「両陛下とも、正式に婚姻を進めることで合意されました」
ユリアンの顔が明るくなった。
レックスも笑顔を見せる。
「では」
「ええ。お二人の婚約を公示する準備に入ります」
ユリアンとレックスが顔を見合わせた。
最初は一度会ってみるだけの話だった。
それが二度目の面談を経て、互いに婚姻を望んだ。
そして両王も認めた。
第一王女ユリアン・シュタインフェルト。
第一王子レックス・アルデバラン。
二人の婚姻は正式に決まり、両国で婚約を公示する準備が始まった。
第一王女ユリアン・シュタインフェルトと、第一王子レックス・アルデバランの婚約が公示された。
知らせは瞬く間にシュタインフェルト王国全土へ広がった。
現在の人口は一億五千万人。
そのうち二千万人は、旧イルミナ王国でそのまま暮らしている。
セトルメントへ移った五千万人。
以前からシュタインフェルト王国で暮らしていた者たち。
そして旧イルミナ王国に残った二千万人。
住んでいる場所は違っても、婚約の知らせを受けた一億五千万人が祝った。
第一王女の結婚である。
しかも相手はアルデバランの第一王子。
国際結婚斡旋ギルドによって多くの国際結婚が成立している中、今度は王家同士が結ばれようとしていた。
従来からの国民も喜んだ。
だが、それ以上の歓喜を見せた者たちがいた。
保護民と難民だった。
彼らにとって、シュタインフェルト王国とアルデバランのつながりは、単なる国家間の友好ではなかった。
自分たちの暮らしそのものに直結している。
逃げてきた者が保護された。
隷属されていた者が救い出された。
仕事を得た。
食べるものを得た。
住む場所を得た。
教導を受け、自分で働けるようになった。
セトルメントでは五千万人がすでに生産を始めている。
旧イルミナ王国に残った者たちも、新しい生活を始めていた。
その人々にとって、二つの王家が婚姻によって結ばれるという知らせは特別だった。
自分たちがようやく手に入れた今の暮らし。
その先も続いていく。
そう感じられる知らせだった。
セトルメントでは各地で祝いが始まった。
大食堂でも婚約の話題が広がる。
工房でも、農地でも、冒険者ギルドでも同じだった。
旧イルミナ王国でも、人々がユリアンとレックスの婚約を祝った。
誰かに命じられたわけではない。
祝えと布告されたわけでもない。
国民が自分たちで喜んでいた。
王都にも、その様子が次々と伝えられた。
カイゼルは報告を聞いて驚いた。
ユリアンの婚約を国民が祝ってくれることは予想していた。
だが、ここまで大きな反応になるとは思っていなかった。
特に保護民や難民の喜びは凄まじかった。
以前からシュタインフェルト王国で暮らしてきた国民以上に、彼らは婚約を喜んでいる。
カイゼルはしばらく報告を読み続けた。
自分の娘の婚約である。
本来なら、国王である自分が祝われる側でもおかしくない。
だがカイゼルが最初に感じたのは、国民への感謝だった。
第一王女の婚約を、自分たちのことのように喜んでくれている。
それが嬉しかった。
カイゼルは国民へ向けて言葉を出すことにした。
長い声明ではなかった。
「ユリアンとレックス殿下の婚約を、これほど多くの者が祝ってくれたことを嬉しく思う」
王国中へカイゼルの言葉が伝えられた。
「シュタインフェルトの民も、新しく我が国の民となった者たちも、旧イルミナで暮らす者たちも、皆が二人を祝ってくれたと聞いた」
カイゼルは続けた。
「国王として、そしてユリアンの父として、諸君に感謝する」
それだけだった。
国王として大きな政策を語ることもない。
王国の繁栄を自分の功績として語ることもない。
ただ娘を祝ってくれた国民に礼を述べた。
その言葉を聞いた人々は、さらに喜んだ。
少し前には三千万組の結婚に対して、
「諸君、おめでとう」
そう祝った国王だった。
今度は自分の娘が祝われたことで、
「諸君に感謝する」
と国民へ返した。
シュタインフェルト王国では祝い事が続いていた。
一千万組の懐妊。
アリッサの懐妊。
三千万組の結婚。
そしてユリアンとレックスの婚約。
空前の好景気の中、王国を包む祝いの空気は、さらに大きくなっていった。




