270 収益
非人道国家として知られていた国の名は、イルミナ王国といった。
旧イルミナ王国にいた一般自由民と投降者二千万人は、そのまま土地に残った。一方、隷属者、娼婦、奴隷、孤児として保護された五千万人は、隣国であるシュタインフェルト王国へ移り住んだ。
シュタインフェルト王国では、すでに五千万人を受け入れるための開拓が始まっていた。
騎士団と国民が荒野へ入り、土属性魔法を使って広大な土地を耕していく。
ゴーレムスキルを持つ者たちはゴーレムを操作し、開拓地へ通じる街道を整備した。道が延びれば、その先で新たな区画の造成が始まる。
集合住宅、公衆浴場、教導講堂、共同トイレ、大食堂、下水処理システム、治療院。
必要な施設が次々と建設され、何もなかった荒野に巨大な居住地が姿を現していった。
その一方で、五千万人への教導も開始された。
最初に教えられたのは魔力循環と魔力操作だった。
それを習得した者から、識字と計算の教導を受ける。
文字が読める。数字を扱える。
それだけでも、これまで隷属されていた者たちにとっては大きな変化だった。
教導は止まらなかった。
およそ二週間。
五千万人は六属性魔法に加え、索敵、飛行、鑑定、アイテムボックスを覚醒させた。
そして十人ずつの班を組む。
五百万班。
これだけの人数になると、一度に実地教導を行うことはできない。
そこで応援団たちは、一万班ずつ順番に狩りを教えることにした。
一万班といっても十万人である。
十万人が広大な森へ入り、教導を受けながら索敵を使う。
魔物を見つけ、その種類を鑑定する。
実際に狩り、仕留めた魔物を回収する。
最初は応援団たちの指導を受けながらの実地教導だったが、覚えた者は次第に自分たちで動けるようになっていった。
毎日、およそ二十万体の魔物が狩られた。
肉と内臓は食料になる。
それ以外の利用可能な素材は冒険者ギルドへ持ち込まれ、街の公金となった。
五千万人が暮らし始めれば、必要になる食料も桁が違う。
二十万体では足りなかった。
狩りに慣れた班が増えるにつれて狩猟数も増え、やがて一日に五十万体の魔物を狩るようになった。
大量の肉と内臓が大食堂へ運び込まれる。
だが、狩りだけで五千万人を養い続けるわけではない。
造成された土地では農地の開拓も進んでいた。
こちらも一万班ずつ交代で教導を受ける。
土を耕し、作物を育てる方法を学び、農業スキルを習得していった。
アンジェラたち紡織教師も動いていた。
新たな居住区に巨大な紡織工房が建設され、そこでも一万班ずつ交代で教導が行われる。
糸を作り、布を織る。
教導を終えた者たちは紡織スキルを得て、自分たちで衣服や布製品を作れるようになっていった。
工房は紡織だけではなかった。
木工工房。
鍛冶工房。
薬房。
酒房。
醸造房。
必要な施設が次々と作られ、五千万人は交代で教導を受けながら、それぞれのスキルを身につけていく。
そして、狩りによって得られる一日五十万体分の魔物素材は、別の場所にも大きな変化を起こしていた。
シュタインフェルト王国の冒険者ギルドである。
毎日、膨大な量の素材が持ち込まれる。
処理され、分類され、国内で必要とされるものが流通していく。
それでも余るほどの量だった。
冒険者ギルドの収益は大きく伸びた。
商業ギルドと各商会も、その素材に目をつけた。
国内だけで消費する必要はない。
商人たちは外国へ販路を求め、それぞれが取引を始めていった。
五千万人を養うために始まった狩りだった。
だが、その結果として生まれた大量の素材が商品となり、国外へ流れ始めていた。
保護された五千万人が働き始めたことで、シュタインフェルト王国には新たな収益の流れまで生まれようとしていた。
毎日五十万体もの魔物が狩られるようになると、冒険者ギルドへ持ち込まれる素材の量も桁違いになった。
肉と内臓は五千万人の食料として消費される。
残るのは皮、牙、角、骨、甲殻、魔石などの素材だった。
冒険者ギルドでは持ち込まれた素材を鑑定し、種類ごとに分けていく。国内の工房で必要とするものを確保しても、それだけでは使い切れない。
商業ギルドと各商会が動いた。
売却先はアルデバラン各国である。
百三十か国もあれば、必要とする素材も違う。皮を大量に必要とする国もあれば、牙や角、骨、甲殻を加工する工房を持つ国もある。魔石にも常に需要があった。
商会はそれぞれ自分たちの得意な販路を使い、素材を売っていく。
毎日五十万体分である。
一度売って終わりではない。
翌日には、また同じだけの素材が入ってくる。
冒険者ギルドの取引額は急速に膨らみ、それを扱う商業ギルドや各商会も大きな収益を得るようになった。
アルデバランへ向かう商人たちは、帰りの荷も忘れなかった。
各国で生産されている商品を仕入れ、シュタインフェルト王国へ持ち帰る。
五千万人が新しく暮らし始めた街には、それだけ巨大な需要がある。
持ち込まれた商品は街へ流れた。
その頃には、五千万人自身の生産も始まっている。
農地はさらに広がっていた。
五千万人全員が土属性魔法を使える。
荒野を耕し、農業スキルを教導された者たちが作物を育てる。教導を受ける班が増えるほど、農業に携われる者も増えていった。
紡織工房でも同じだった。
アンジェラたち紡織教師から教導を受けた者が、今度は自分で糸を作り、布を織る。
五千万人が暮らす以上、衣服だけでも膨大な量が必要になる。
最初は自分たちが使うための生産だった。
だが一万班ずつ交代で教導を受け続ければ、紡織スキルを持つ者は増え続ける。
木工工房、鍛冶工房、薬房、酒房、醸造房でも教導が続いた。
一つの技能を覚えれば終わりではない。
狩りを学んだ者が農業を学ぶ。
農業を学んだ者が紡織を学ぶ。
さらに木工や鍛冶、薬、酒、醸造についても学んでいく。
できることが増えるたび、五千万人が自分たちで作れるものも増えていった。
必要なものを作る。
余れば別の場所へ回す。
それでも余れば商品として売る。
商業ギルドと商会にとって、新しい街は商品の供給地であると同時に巨大な市場にもなっていた。
教導を受けた者たちは働き始めている。
働けば収入を得る。
収入があれば、自分で商品を選んで買うことができる。
何を買うかまで誰かに決めてもらう必要はない。
店に並んだ商品を見て、自分に必要なものを自分で選ぶ。
商人たちも売れ行きを見ていた。
何が売れるのか。
何が足りないのか。
それが分かれば、次に持ち込む商品を変える。
売れるなら量を増やす。
新たに店を構える商人も出てきた。
五千万人という人口が、一斉に生産と消費を始めたのである。
冒険者ギルドには毎日大量の魔物素材が入り、取引による収益が生まれる。
商業ギルドと各商会は、それをアルデバランへ流して利益を得る。
工房では商品が作られ、農地では食料が生産される。
働いた者には収入が入り、その金で別の商品を買う。
受け取った側も、その金を使う。
金は一か所に留まらなかった。
五千万人を保護した当初、必要だったのは住居と食料だった。
だが教導が進めば状況は変わる。
保護された者が働けるようになる。
働ける者が生産する。
生産物が売れる。
収益が生まれる。
その収益が、また別の仕事を生み出していく。
五千万人は、シュタインフェルト王国が養い続けるだけの存在ではなかった。
自分たちで食料を得る。
自分たちで必要なものを作る。
余ったものを売り、自分で収入を得る。
そして自分で必要なものを買う。
五千万人を受け入れた新しい街では、すでにそれだけの流れが生まれていた。
保護から始まった教導は、生産へつながった。
そして生産は、巨大な収益を生み始めていた。
新しく開拓された街には、セトルメントという名が付けられた。
五千万人が暮らす巨大な街である。
住民たちは自分たちの中から首長を選任した。
首長を中心に街を運営し、シュタインフェルト王国へ税を納める。納税は金銭ではなく物納とされた。
納められるのは魔物素材、魔石、布地だった。
毎日五十万体もの魔物が狩られている。
肉と内臓を食料として消費しても、皮、牙、角、骨、甲殻などの素材は大量に残る。さらに五百万人の班が順番に狩りへ出るため、供給が途切れることもない。
魔石も同様だった。
紡織工房では、教導を受けて紡織スキルを得た者たちが布を織り続けている。
五千万人分の衣服に必要な布地を生産するだけでも巨大な規模だったが、技能を持つ者が増えるにつれて生産量はさらに伸びていた。
自分たちが使う。
余剰を売る。
その一部を税として納める。
セトルメントの住民に無理をさせる必要はなかった。
それでも人口が五千万人もいれば、街全体から集まる物納は膨大な量になる。
セトルメントは急速に裕福になっていった。
狩りから食料と素材が入る。
農地から作物が入る。
各工房から製品が生まれる。
余剰は商品となり、アルデバラン各国へ流れていく。
売却によって得た金が再び街へ戻る。
住民が収入を得れば店で商品を買う。
商人は売れた商品を補充し、新たな商品を仕入れる。
さらに多くの商会がセトルメントに拠点を置くようになった。
冒険者ギルドだけではない。
商業ギルドも拠点を拡大する。
紡織を扱う商会、魔物素材を扱う商会、魔石を扱う商会。
人が集まり、物が集まり、金が動く。
五千万人を保護するために作られた街は、短期間のうちにシュタインフェルト王国でも有数の巨大な経済圏へ変わっていた。
王都では、アイゼル・ローゼンクランツ公爵と宰相がセトルメントから納められる税を確認していた。
物納された魔物素材と魔石、布地。
その量は二人の予想を大きく上回っていた。
だが、セトルメントから入る税だけではなかった。
街に拠点を置いた冒険者ギルド。
商業ギルド。
そして数多くの商会。
それぞれが大きな収益を上げ、その収益に応じてシュタインフェルト王国へ税を納めている。
五千万人という人口が生産者になり、消費者にもなったことで、そこで商売をする者たちの取引額まで大きくなっていた。
アイゼルと宰相が驚いたのは当然だった。
五千万人を受け入れたのである。
本来ならば、住居を用意し、食料を与え、生活を支えるだけでも国家にとって巨大な負担になる。
ところが実際には違った。
教導された五千万人は狩りを覚えた。
農業を覚えた。
紡織を覚えた。
木工、鍛冶、薬、酒、醸造を覚えた。
自分たちで働き、自分たちで生活を支え、そのうえ余剰まで生み出している。
その余剰が交易を生み、商人を呼び、さらに税収を増やしていた。
セトルメントだけが豊かになっているのではない。
シュタインフェルト王国そのものが豊かになり始めていた。
その頃。
セトルメントとは別の場所でも、小さな変化が始まっていた。
国際結婚斡旋ギルドによって結ばれた新婚夫婦たちである。
そのうち千組で、妻たちの懐妊が始まっていた。
国際結婚斡旋ギルドの職員は、全員が「多産」スキルを持っている。
彼らが結んだ縁から、新しい家族が生まれようとしていた。
もっとも、その知らせはまだ王宮には届いていない。
王宮へ連絡が入るのは、もう少し後のことだった。
セトルメントから上がる莫大な収益は、シュタインフェルト王国の各地にも影響を与えていた。
魔物素材と魔石、布地が大量に流通する。
商会が動き、商品が動き、人が動く。
五千万人が新たな生産者となり、同時に消費者となったことで、王国内の商売は急速に活発になっていた。
仕事も増えている。
セトルメントへ商品を運ぶ者。
アルデバラン各国へ魔物素材を運ぶ者。
工房で働く者。
商会で働く者。
新しく店を開く者。
王国は空前の好景気を迎えていた。
そんな中、国際結婚斡旋ギルドでも大きな動きが始まった。
三人の副グランドマスター。
ミランダ。
ミレイユ。
ミアーダ。
三人が以前から予定していた三千万組の結婚が、いよいよ始まったのである。
すでに国際結婚斡旋ギルドには、大規模な婚姻を成立させてきた実績がある。
三人の副グランドマスターは、それぞれが担当する者たちの縁を結んでいった。
一組が結ばれる。
また一組が結ばれる。
その数は数十や数百ではない。
数万、数十万、さらにその先へと増えていく。
三千万組。
人数にすれば六千万人である。
結婚する者たちにとっては、一人と一人の人生だった。
だが、それが三千万組も重なれば、王国全体を包む巨大な出来事になる。
各地で結婚を祝う宴が開かれた。
酒房で作られた酒が売れる。
醸造房で作られた品も食卓へ並ぶ。
布地が売れ、新しい衣服が作られる。
商会には祝いの品を求める者たちが訪れた。
食料も売れた。
酒も売れた。
衣服も売れた。
祝いのために用意される品々が次々と動いていく。
好景気の最中に三千万組もの結婚が始まったのである。
王国内には、これまでにないほど明るい空気が広がっていた。
セトルメントでも同じだった。
つい少し前まで隷属者、娼婦、奴隷、孤児として生きていた者たちが、今では働き、収入を得て、自分で欲しいものを選んでいる。
そこへ王国中から聞こえてくる大量の結婚の知らせが重なった。
街では祝いの品が売れた。
商人たちは増える需要に応えるため商品を仕入れ、工房では必要とされる品を作った。
作れば売れる。
売れれば収益になる。
収益を得た者が、また別の商品を買う。
セトルメントから始まった大きな金の流れに、三千万組の結婚による消費が重なっていった。
王国全体がお祝いムードに包まれていく。
国王カイゼル・シュタインフェルトも、この大規模な結婚について声明を出すことになった。
国民は国王が何を語るのか待っていた。
長い演説になると思っていた者もいた。
王国の繁栄について語ると思った者もいた。
三千万組という数字の大きさを称えるのではないかと考えた者もいた。
だが、カイゼルが発した言葉は短かった。
「諸君、おめでとう」
それだけだった。
政策については何も語らない。
王国の功績も語らない。
自分の功績など、なおさら口にしなかった。
ただ結婚する者たちへ祝いの言葉を贈った。
その短い声明は王国中へ伝わった。
結婚する者たちは喜んだ。
その家族も喜んだ。
祝いの席でも国王の言葉が話題になった。
国王自身が、自分たちの結婚を祝ってくれた。
それだけで十分だった。
セトルメントは豊かになっている。
各ギルドも商会も大きな収益を上げている。
王国には莫大な税が入り、仕事も商品も増えている。
そして三千万組もの新しい夫婦が生まれ始めた。
シュタインフェルト王国には、これまでにない活気が満ちていた。
その中で発せられた国王の言葉は、わずか一言だった。
「諸君、おめでとう」
国王カイゼルの支持率は、限りなく百パーセントに近づいていた。




