269 9回目
シュタインフェルト王国の人口が一億五千万人に達し、ゴーレム馬車五千万台規模への増産と道路の拡張が始まった頃、カイゼルのもとへ別の報告が届いた。
報告を持ってきたのは宰相だった。
「結婚斡旋ギルドから報告が届いております」
「結婚斡旋ギルド?」
「はい。シュタインフェルト王国に残って活動している副グランドマスターのミランダ、ミレイユ、ミアーダの三名からです」
カイゼルも三人のことは知っている。
イメルダ・シュトラウス伯爵がアルデバラン王国へ戻ったあとも、シュタインフェルト王国に残り、結婚を希望する者たちの斡旋を続けていた。
「それで、何組決まった?」
「一千万組です」
カイゼルは宰相を見た。
「……何組だ?」
「一千万組でございます」
聞き間違いではなかった。
一万組でも十万組でもない。
一千万組。
「待て。一千万組ということは、二千万人だぞ」
「はい」
「人口の一割を超えているではないか」
「そうなりますな」
カイゼルはしばらく言葉を失った。
シュタインフェルト王国には、これまでにも大量の避難民が流入している。
さらに非人道国家を一つ打倒したことで七千万人が新たに加わり、人口は一億五千万人になったばかりだった。
その一方で結婚斡旋ギルドは、黙々と婚姻を成立させ続けていたらしい。
アイゼルが報告を覗き込む。
「しかし、一千万組とは……よく見つけたものですな」
「それだけではございません」
宰相が続けた。
「現在、婚姻を希望している者たちを調べたところ、潜在的にはさらに三千万組ほどの予定があるとのことです」
「三千万組?」
今度こそカイゼルは耳を疑った。
一千万組が成立済み。
さらに三千万組。
単純に合わせれば四千万組になる。
しかも結婚斡旋ギルドは、国から婚姻を命じているわけではない。
結婚したい者を探し、互いの希望を確認し、相手を紹介しているだけだ。
それでこの数字になっている。
カイゼルは椅子の背へ身体を預けた。
「これでは、すぐに自然増で二億人に達するではないか?」
七千万人を新たに受け入れた直後である。
行政は一億五千万人でも問題なく動いている。
物流も五千万台規模のゴーレム馬車を見据えて拡大を始めた。
道路も広げている。
それでも人口そのものが、さらに増える可能性が出てきた。
アイゼルも苦笑いを浮かべた。
「おめでたいことではございませんか?」
「まぁそうだな」
カイゼルも納得した。
結婚したい者が相手を見つけ、家庭を持つ。
それ自体を問題にする理由はない。
人口が増えるなら、それに合わせて国の受け入れる力を大きくすればいい。
「それで、この報告だけなのか?」
「いえ。もう一つございます」
宰相が一通の招待状を差し出した。
「アルデバラン王国が、今回の功績について結婚斡旋ギルドを表彰するそうです」
カイゼルが招待状を開く。
そこには表彰式への出席を求める内容が記されていた。
「私にもか」
「私にも届いております」
アイゼルも自分宛ての招待状を見せた。
シュタインフェルト王国で一千万組もの婚姻が成立した。
その国の王と公爵を表彰式へ招くということらしい。
そして、結婚斡旋ギルドのグランドマスターであるイメルダ・シュトラウス伯爵にとっては、これが九回目の表彰になるという。
「九回目……」
カイゼルは呟いた。
普通なら一度でも大変な名誉だろう。
それを九回。
ところが、アルデバラン王国へ戻っていた当のイメルダは、知らせを受けても大して喜んではいなかった。
「また表彰でございますか」
驚きもしない。
浮かれる様子もない。
九回目ともなれば、本人にとってはいつものことらしい。
イメルダが気にしていたのは、自分が何度表彰されるかではなかった。
ミランダ、ミレイユ、ミアーダの三人がシュタインフェルト王国に残り、一千万組の婚姻を成立させた。
それで十分だった。
表彰式の準備も始まった。
今回も小さな式ではない。
アルデバラン王国百三十カ国。
シュタインフェルト王国。
ミストバルカス公国。
すべての国へ、表彰式の様子が巨大映像によって生中継されることになった。
そして中継された映像は同時に録画され、教導管理システムへ保存される。
九回目。
イメルダ本人にとっては、もはや珍しくもない表彰だった。
だが今回は、シュタインフェルト王国で生まれた一千万組という、とてつもない数の新しい家族が、その理由になっていた。
表彰式の日。
カイゼルとアイゼルは、招待を受けてアルデバラン王国を訪れていた。
会場には結婚斡旋ギルドの関係者が集まっている。
グランドマスター、イメルダ・シュトラウス伯爵。
そしてシュタインフェルト王国に残って活動を続けていた、副グランドマスターのミランダ、ミレイユ、ミアーダ。
今回の表彰は、結婚斡旋ギルドに対するものだった。
シュタインフェルト王国で成立した婚姻、一千万組。
しかも、そのほとんどがアルデバラン王国民との国際結婚だった。
カイゼルは改めて、その数字の意味を考えていた。
一千万組なら、二千万人が夫婦になる。
だが、結ばれるのは二人だけではない。
互いの親がいる。
兄弟姉妹がいる。
親戚もいる。
友人もいれば、仕事を通じて付き合う者もいる。
一つの婚姻から、いくつもの縁が生まれる。
それが一千万組だった。
すでにシュタインフェルト王国とアルデバラン王国の間では、人も物も行き来している。
交易も始まっている。
今度は、その上に家族という縁まで大量に生まれようとしていた。
国家が決めたものではない。
同盟のために王族や貴族を結婚させたわけでもない。
結婚斡旋ギルドが相手を紹介し、本人たちが選んだ。
それだけだった。
アイゼルも同じことを考えていたらしい。
「これだけの人数になりますと、国同士の縁より民間の縁の方が深くなりそうですな」
「もうなっているかもしれん」
カイゼルが答えた。
国家間の関係なら、王が変わることもある。
政策が変わることもある。
だが、一千万組の夫婦を国家の都合だけで切り離すことはできない。
両国の間にあるのは交易路だけではなくなっていた。
やがてオーキス王と王妃バイオレットが姿を見せ、表彰式が始まった。
同時に、各国の空へ巨大な映像が投影される。
アルデバラン王国百三十カ国。
シュタインフェルト王国。
ミストバルカス公国。
すべてに同じ映像が生中継されていた。
その映像は同時に録画され、教導管理システムへ保存されていく。
壇上にはイメルダと三人の副グランドマスターが並んだ。
「イメルダ伯爵」
バイオレットが呼びかける。
「はい」
「九回目ですね」
「そのようでございます」
イメルダの返事は淡々としていた。
九回目ともなれば慣れたものなのか、浮かれる様子はない。
むしろ、自分より隣にいる三人を気にしていた。
「今回、私はほとんど何もしておりません」
イメルダはあっさりと言った。
「シュタインフェルト王国に残り、皆様の話を聞き、相手を探し続けたのはミランダ、ミレイユ、ミアーダでございます」
三人がわずかに緊張した表情を見せる。
「一千万組の方々が婚姻を決められました。ですが、私どもが決めたわけではございません」
イメルダはいつもと変わらない口調だった。
「お会いする機会を作っただけでございます。結婚を決められたのは、ご本人たちです」
オーキスが頷いた。
「だからこそ意味がある」
誰かに命じられた婚姻ではない。
国から割り当てられた相手でもない。
一千万組が、それぞれ自分で相手を選んだ。
そのほとんどが国境を越えた婚姻だったというだけだ。
ミランダ、ミレイユ、ミアーダの三人が前へ出た。
巨大映像にも、その姿が映し出される。
シュタインフェルト王国でも、多くの人々がその光景を見ていた。
その中には、今回婚姻を決めた者もいる。
相手がアルデバラン王国で映像を見ている者もいる。
国は違う。
王も違う。
行政も違う。
それでも家族になれる。
カイゼルは壇上の四人を見ながら小さく息を吐いた。
一億五千万人になったばかりの国で、一千万組の婚姻が決まった。
さらに三千万組の予定がある。
人口が二億人に達することを心配したばかりだった。
だが、それ以上に大きな変化が始まっている。
国家が国境をなくしたのではない。
国境を残したまま、人々の縁だけがその境を越えて広がっていた。
表彰式が終わったあと、オーキスとカイゼルは会談の席を持った。
アイゼルも同席している。
席に着くと、カイゼルはまずオーキスへ頭を下げた。
「陛下。改めて礼を申し上げたい」
「何についてですかな?」
「多すぎて、どれから申し上げるべきか迷います」
カイゼルは少し笑った。
「まず、アレクサンド侯爵です」
大量の避難民が来ると分かれば、来てから動くのではなく、その前に受け入れる場所を作る。
シュタインフェルト王国がまだ五千万人だった頃、三千万人を受け入れられるだけの準備を先に進めたのはアレクサンドだった。
「あの方から、先に備えることの重要さを学びました。だから我が国も、人口が一億人になる前に行政を拡大できた」
実際には、その想定すら超えて一億五千万人になった。
それでも混乱しなかった。
ゴーレム馬車も同じだった。
一千万台になったところで満足せず、すでに五千万台規模への増産を始めている。
「アレクサンドが聞けば喜びますぞ」
オーキスはすでに嬉しそうだった。
「アリー男爵にも感謝しております」
アイゼルが続けた。
「戦場跡や街道を清掃するだけではない。亡くなった者を見つけ、身元を調べ、弔う。アンデッドになることまで防いでくださった」
生きている者だけを見ていては足りない。
すでに亡くなった者にも、やるべきことがある。
それをアリーと孤児たちの活動から学んだ。
「そして大聖堂です」
カイゼルの言葉に、オーキスの表情がさらに緩んだ。
「リヴィアですな」
「はい。リヴィア殿下の提案がなければ、我々は考えもしなかったでしょう」
真鍮の大聖堂。
食料を増やす。
住居を作る。
仕事を作る。
衣服を作り、風呂を作り、道を整える。
シュタインフェルト王国は、人が生きるために必要なものを増やしてきた。
だが、それだけでは足りなかった。
「故郷を失った者もおります。家族を失った者もおります。長く隷属されていた者もいる」
カイゼルは静かに続けた。
「食べる物と眠る場所だけではなく、魂が安寧できる場所も必要なのだと学びました」
「そうですか」
オーキスは満面の笑みを浮かべた。
自分の娘が考えたことが、別の国で役立っている。
嬉しくないはずがなかった。
「ガイル子爵にも随分と助けられました」
今度は金属だった。
採掘。
精錬。
インゴットへの加工。
ガイルたちが教えた技術は、彼らが去ったあともシュタインフェルト王国に残っている。
今回回収した莫大な量の武器や金属も、すでに国内の者たちが精錬して国庫へ納めていた。
「教えて去る。それでも技術は残る。先生たちが何をしていたのか、今になってよく分かります」
アイゼルも頷いた。
「我々だけでできることが、随分と増えました」
「それが一番ですな」
オーキスは嬉しそうに答えた。
「そしてコール殿下です」
「おお、コールもですか」
もはやオーキスは隠そうともせず喜んでいた。
「破壊不能のゴーレム。あれには何度助けられたか分かりません」
シュタインフェルト王国に置かれた八体の巨大なゴーレム。
ミスリル、オリハルコン、アダマンタイト、ヒヒイロカネが二体ずつ。
戦闘だけではない。
重量物を運び、土地を整え、道路を作り、救助にも使える。
「最初は強力な兵器だと思いました」
カイゼルは笑った。
「今では、あれほど便利な働き手もいないと思っております」
「ははは、それはコールに伝えねばなりませんな」
オーキスは上機嫌だった。
アレクサンド。
アリー。
リヴィア。
ガイル。
コール。
自分の家族や部下たちの名前が出るたびに、顔が明るくなる。
カイゼルが感心したように言った。
「陛下ご自身を褒めるより喜ばれますな」
「当然でしょう」
オーキスは即答した。
「家族や部下が他国で役に立ったと聞いて、嬉しくないわけがありません」
アイゼルも笑った。
表彰式で一千万組の婚姻を祝ったばかりである。
そのあとには、遠く離れたシュタインフェルト王国で家族や部下たちが残したものまで聞かされた。
オーキスが立ち上がった。
「今夜も宴にしましょうぞ」
カイゼルが笑う。
「また宴ですか」
「これほど嬉しい話を聞かされて、何もせずに寝ろと申されますか?」
「それは無理でしょうな」
アイゼルまで同意した。
「では決まりですな!」
国王同士の会談だったはずが、最後にはすっかり宴の相談になっていた。
その夜もまた、アルデバラン王国では賑やかな宴が開かれることになった。
その夜、王宮では宣言通り宴が開かれた。
表彰式を終えたイメルダたちも加わり、昼間とは違った賑やかな空気に包まれている。
料理も次々と運ばれてきた。
まずはアースドラゴンのステーキ。
厚く切られた肉が焼き上げられ、香ばしい匂いを漂わせている。
そして、もう一つ。
大鍋で煮込まれたアースドラゴンのホルモン煮込みだった。
レバー。
心臓。
肺臓。
大腸。
胃袋。
浄化された内臓は臭みもなく、それぞれ異なる食感を楽しめる。
カイゼルはアースドラゴンのステーキを食べた。
「うまいな」
「こちらも食べてくだされ」
オーキスが嬉しそうに勧めたのはホルモン煮込みだった。
よく煮込まれた胃袋を食べる。
独特の弾力があり、噛むほどに染み込んだ味が広がった。
続いて心臓。
こちらは肉そのものの味が濃い。
「なるほど。部位によってまるで違う」
「レバーも美味いですぞ」
言われるまでもなく、オーキス自身が食べている。
そして酒を飲む。
今夜用意されたのは、ウィスキーのハイボールだった。
カイゼルも一口飲んだ。
アースドラゴンの濃厚な味のあとに、炭酸の刺激が心地よい。
もう一口。
すると、またステーキが食べたくなる。
肉を食べる。
ハイボールを飲む。
今度は大腸を食べる。
脂の旨味が広がったところで、またハイボール。
「これは酒が進むな」
「そうでしょう」
オーキスは上機嫌だった。
アイゼルも肺臓を食べてから、ウィスキーのハイボールを飲んだ。
「確かに止まりませんな」
「では、こちらも試してくだされ」
次に出されたのは、ブランデーのハイボールだった。
カイゼルが飲んでみる。
「香りが違うな」
「同じハイボールでも随分変わるでしょう?」
「ああ。こちらもいい」
ステーキにはウィスキー。
ホルモン煮込みにはブランデー。
そんな決まりがあるわけではない。
好きな料理を食べ、好きな酒を飲む。
レバーを食べたあとにウィスキーを飲む者もいれば、胃袋を食べてブランデーを飲む者もいる。
料理が美味い。
酒も美味い。
それだけで十分だった。
オーキスが楽しそうなのは昼間から変わらない。
いや、酒が入った分だけ、さらに機嫌がよくなっている。
そしてバイオレットも嬉しそうだった。
「今日は本当に良い日でしたね」
「そうでしょうとも」
オーキスがすぐに答えた。
「一千万組ですぞ。一千万組」
昼間に表彰された結婚斡旋ギルド。
その一千万組のほとんどが、シュタインフェルト王国民とアルデバラン王国民との国際結婚だった。
さらに三千万組もの婚姻予定がある。
そして会談では、カイゼルとアイゼルから家族や部下たちへの感謝まで聞くことができた。
アレクサンド。
アリー。
ガイル。
リヴィア。
コール。
それぞれがシュタインフェルト王国で残したものが、今も役に立っている。
「陛下は、ご自分が褒められた時より嬉しそうでしたよ」
バイオレットが微笑む。
「当然です」
オーキスは胸を張った。
「自分のことなら自分で分かります。ですが、家族や部下が遠く離れた国で役に立っているという話は、聞かなければ分かりませんからな」
「なるほど」
カイゼルが笑った。
「それで、あれほど嬉しそうだったのですか」
「まだ嬉しいですぞ」
そう言って、オーキスはまたハイボールを飲んだ。
バイオレットも笑いながらグラスを傾ける。
「王妃も随分と楽しそうですな」
アイゼルに言われ、バイオレットは素直に頷いた。
「ええ。私も嬉しいのです」
自分たちの国で育った者たちが、別の国へ行った。
そこで命令するのではなく、できることを教え、必要だと思ったことを残した。
そして現地の人々が、それを自分たちのものとして使っている。
その結果を、シュタインフェルト王自身の言葉で聞くことができた。
嬉しくないはずがなかった。
アースドラゴンのステーキが減っていく。
ホルモン煮込みも減っていく。
レバーも、心臓も、肺臓も、大腸も、胃袋も、次々と食べられていった。
ウィスキーのハイボールも進む。
ブランデーのハイボールも進む。
誰かが国の未来を決めるための宴ではない。
何かを要求するための宴でもない。
めでたいことがあり、嬉しい報告があった。
だから美味いものを食べ、美味い酒を飲む。
九回目の表彰の日。
オーキスもバイオレットも、カイゼルもアイゼルも、最後まで上機嫌だった。




