268 保護と処刑
最初の非人道国家に対する作戦が終わっても、回収された物資の処理は続いていた。
兵士や騎士から回収した剣や槍。
王宮、兵舎、城壁、詰所、武器庫、貴族の屋敷に保管されていた武器。
さらに牢や奴隷収容施設から回収した金属製の扉、鉄格子、枷、鎖、錠。
人を傷つけ、あるいは人を閉じ込めるために使われていた金属が、次々と金属班へ渡されていく。
金属班はそれらを種類ごとに分け、精錬していった。
剣だったものも。
牢の扉だったものも。
奴隷の足を拘束していた枷だったものも。
精錬されればただの金属である。
不純物が取り除かれ、規格を揃えたインゴットへ変わっていく。
完成したインゴットは国庫へ収納された。
その量は莫大だった。
文官たちは教導管理システムへ数量を登録していく。
金属の種類。
精錬後の量。
国庫へ収納された量。
どこから回収されたものなのか。
別に帳簿を作る必要はない。
登録された情報はそのまま共有され、必要になれば確認できる。
同時に、今回の作戦で保護された人々の集計も進んでいた。
奴隷。
隷属民。
娼婦。
孤児。
合計五千万人。
さらに一般の自由民と、降伏勧告を受け入れた兵士、騎士、役人たち。
こちらが二千万人。
合わせて七千万人が保護された。
その数字を確認した宰相は、しばらく教導管理システムの表示を見つめていた。
「七千万人ですか」
これまでのシュタインフェルト王国の人口は八千万人。
一度の作戦で、それに迫る人数が加わったことになる。
だが、それだけではない。
処刑された為政者側についても集計されていた。
王族。
貴族。
非人道的な体制を維持してきた者たち。
その数は百万人に達した。
保護対象と為政者側を区別した結果だった。
カイゼルは報告を確認した。
「保護した七千万人は?」
「すでに登録を進めております」
宰相が答えた。
人口八千万人だったシュタインフェルト王国へ、七千万人が加わる。
現在人口、一億五千万人。
つい先日まで、カイゼルたちは一億人国家になっても耐えられる行政を作ろうとしていた。
騎士団を七百人から七万人へ増やした。
文官も三千人から六万人へ増員した。
行政スキルと組織スキルを教導し、教導管理システムを使って各地の情報を一元管理できるようにした。
その一億人という想定を、あっさり超えた。
アイゼルが数字を見て苦笑した。
「一億人国家の準備をした直後に、一億五千万人か」
カイゼルも同じ表示を見ていた。
「そうなったな」
だが、王宮が混乱することはなかった。
六万人の文官がいる。
一人の文官がすべてを処理するわけではない。
各地で処理できるものは各地で処理する。
住民の登録も、保護された者の情報も、必要な行政情報も教導管理システムへ登録されていく。
同じ情報を王都で一から集め直す必要はない。
文官たちは、それぞれ担当する仕事を進めていた。
七千万人という数字に驚いて仕事が止まる者はいない。
教導管理システム上の人口表示が増えても、行政の仕組みそのものは変わらなかった。
登録する。
必要な情報を共有する。
各地で判断できるものは各地で処理する。
王都が確認すべきものだけを上げる。
それだけだった。
宰相は各地の処理状況を確認した。
「問題ありません」
「本当にか?」
カイゼルが聞いた。
「はい。人数は想定を超えましたが、行政が止まっている地域はありません」
六万人の行政官。
行政スキル。
組織スキル。
そして教導管理システム。
一億人を想定して作った行政体制は、一億五千万人になったからといって崩れなかった。
カイゼルは少し笑った。
「一億人のために作ったはずだったんだがな」
宰相も笑みを浮かべた。
「更新すればよろしいかと」
「そうだな」
一億人という数字は、もう目標ではなくなった。
シュタインフェルト王国の人口は一億五千万人。
想定を五千万人超えても、行政に混乱は起きていなかった。
一億五千万人。
人口表示が更新されても、行政官たちの仕事は変わらなかった。
保護された七千万人について、必要な情報が教導管理システムへ登録されていく。
名前。
家族。
これまで暮らしていた場所。
技能。
希望する仕事。
治療の必要性。
家族と離されていた者については、その情報も登録された。
五千万人の奴隷、隷属民、娼婦、孤児については、まず生活を立て直すことが優先された。
長期間まともな食事を与えられていなかった者もいる。
怪我を放置されていた者もいる。
不衛生な環境で暮らしていた者も少なくなかった。
浄化。
治癒。
食事。
衣服。
住居。
必要なものから順に用意されていった。
神官貴族たちだけで五千万人を見る必要はない。
シュタインフェルト王国には、すでに教導を受けた国民が一億人近くいた。
治癒も浄化も使える。
食事を作れる者もいる。
住居を作れる者もいる。
必要な場所へ物資を運ぶ仕組みもある。
保護された人々を一か所へ集める必要もなかった。
各地へ分散し、それぞれの地域で受け入れる。
教導管理システムを見れば、どこに何人いるのかも分かる。
必要な食料や住居の状況も共有できた。
一方、一般自由民と降伏した者たち二千万人への対応は少し違った。
自由民には、すでに仕事も生活もある者が多い。
農民なら農地がある。
商人なら店がある。
職人なら工房がある。
家族と暮らす家もある。
それを壊してシュタインフェルト王国内へ移住させる必要はなかった。
元の土地で生活を続ける者についても、住民として登録されていった。
降伏した兵士や騎士、役人についても、一人ずつ確認が進められた。
降伏したという理由だけで、何もかも同じ扱いにはしない。
これまで何をしていたのか。
どのような立場だったのか。
何ができるのか。
その情報を確認していく。
すでに為政者側は切り離されている。
処刑された王族や貴族は百万人。
その者たちが所有していた武器も回収された。
牢や奴隷収容施設から回収された金属も含め、精錬されたインゴットは増え続けていた。
文官が国庫の記録を確認する。
莫大だった。
だが、量が多いからといって管理できないわけではない。
金属班が精錬する。
インゴットにする。
国庫へ収納する。
数量を教導管理システムへ登録する。
それだけで流れは止まらなかった。
宰相は人口と行政官数を改めて確認した。
人口一億五千万人。
行政官六万人。
一人の行政官が抱える人数だけを見れば、以前より増えている。
しかし、すべての住民を六万人の行政官が直接管理しているわけではない。
各地には自分たちで動く組織がある。
町には町の運営がある。
狩り部隊がある。
食肉調達部隊がある。
自警団がある。
農業に携わる者がいる。
商人も職人もいる。
必要な情報だけが教導管理システムを通じて共有される。
行政官は、それらすべてへ逐一命令を出しているのではなかった。
だから人口が五千万人想定を超えても、行政が突然動かなくなることはない。
アイゼルはその様子を見て感心していた。
「八千万人から一億五千万人だぞ」
「はい」
宰相は平然と答えた。
「一度に七千万人増えた」
「増えましたな」
「それでも問題ないのか?」
宰相は教導管理システムを確認した。
「今のところは」
食料。
住居。
治療。
治安。
登録。
どれも処理は続いている。
「一億人という数字に合わせて行政を作ったのではなく、大人数を処理できる仕組みに変えておいたことが大きかったのでしょう」
アイゼルは納得した。
人数を数えて、それと同じ割合で役人を増やすだけではない。
自分たちで処理できるところは自分たちで処理する。
必要な情報を共有する。
行政官は行政官にしかできない仕事をする。
そのための六万人だった。
カイゼルは最新の人口表示を見た。
一億五千万人。
「では、次は二億人でも耐えられるようにしておけ」
宰相は一礼した。
「御意」
一億人国家のために作られた行政は、すでに一億五千万人を動かしている。
ならば、また先を見ればいい。
シュタインフェルト王国は、増えた人口を追いかけるのではなく、次に増える人口を迎える準備へ移っていた。
一億五千万人となったシュタインフェルト王国で、次に始まったのは保護された者たちへの教導だった。
五千万人の奴隷、隷属民、娼婦、孤児。
彼らを保護しただけで終わらせるつもりはない。
食事を与え続ける。
住居を与え続ける。
生活に必要な物を与え続ける。
それだけでは、いつまでも保護される側のままである。
これまでシュタインフェルト王国が受け入れてきた避難民と同じように、自分で生活できるようになってもらう必要があった。
教導は各地で始まった。
十一属性。
魔力操作。
魔力循環。
アイテムボックス。
索敵。
飛行。
それぞれが生活し、働くために使える能力を身につけていく。
土魔法を覚えれば、自分たちで土地を整えられる。
水魔法があれば生活用水を確保できる。
火魔法は調理や生産に使える。
浄化を覚えれば、生活環境を清潔に保てる。
治癒を使えるようになれば、怪我にも対応できる。
念動があれば重量物を扱う仕事もできる。
教えられた者たちは、今度は自分たちの周囲へ教え始めた。
五千万人を、最初からいる教師だけで教える必要はない。
一人が覚える。
その者が次の者へ教える。
教えられる者が増えるほど、教導そのものが速くなる。
シュタインフェルト王国では、すでに何度も繰り返されてきた方法だった。
職業についても同じだった。
何をしろと命令する必要はない。
農業を選ぶ者がいる。
狩りを選ぶ者もいる。
工房で働きたい者もいる。
商売を始めたい者もいる。
建築に関わる者もいた。
自警団への参加を希望する者もいる。
それぞれが、自分にできることや、やってみたいことを選んでいった。
長く奴隷だった者の中には、何をしたいのかすぐには決められない者もいた。
それでも急がせなかった。
選択肢を示す。
実際に仕事を見る。
興味があれば覚える。
違うと思えば別の仕事を選べばいい。
自分で選ぶということ自体に慣れていない者もいる。
時間が必要なら、それでよかった。
娼婦として働かされていた女性たちも同じだった。
その仕事を続けろと言う者はいない。
逆に、何か特定の仕事へ就けと命じる者もいない。
教導によってできることが増えれば、その中から自分で選べる。
孤児たちについても、年齢に応じて生活と教育が整えられていった。
すぐに働かせる必要はない。
まず食べる。
眠る。
清潔な服を着る。
学ぶ。
遊ぶ。
その先で、自分のやりたいことを見つければいい。
一方、二千万人の自由民と降伏者たちは、元から持っていた生活や技術を使い始めていた。
農民は農地へ戻る。
商人は商売を再開する。
職人は工房を動かす。
そこへ教導による新しい能力が加わった。
仕事そのものを捨てる必要はない。
魔法を使えば、今まで時間がかかっていた作業を短くできる。
運搬も変わる。
加工も変わる。
生産量も増やせる。
降伏した兵士や騎士たちにも選択肢が与えられた。
そのまま治安に関わる仕事を選ぶ者。
狩り部隊へ入る者。
食肉調達に携わる者。
まったく違う仕事を選ぶ者。
役人だった者の中には、行政の経験を生かす者もいた。
行政スキルと組織スキルを教導されれば、これまでとは違う形で住民を支えることができる。
宰相は教導管理システムで、その変化を確認していた。
保護人数が減ったわけではない。
人口も一億五千万人のままである。
だが、保護されるだけの人間は少しずつ減っていた。
自分で生活を始める者が増えている。
働く者が増える。
生産する者が増える。
教える者が増える。
カイゼルもその推移を確認した。
「七千万人を抱え込んだと思ったが、違うな」
宰相が頷く。
「七千万人の国民が増えたのでございます」
負担だけが増えたのではない。
人が増えた。
できることも増えた。
そして、一度保護された者たちが、今度は自分で自分の生活を作り始めている。
カイゼルは教導管理システムに並ぶ数字を見ながら頷いた。
救出は終わった。
だが、保護はそこで終わるものではない。
自分で選び、自分で暮らせるようになって初めて、彼らは本当の意味で隷属から離れ始めていた。
人口が一億五千万人に達すると、物流も急速に膨らみ始めた。
これまでシュタインフェルト王国内で使われていたゴーレム馬車は、およそ百万台。
それが短期間で一千万台まで増えた。
十倍である。
各地で教導が進み、生産する者が増えている。
農地からは大量の作物が運び出される。
狩り部隊が持ち帰った魔物は集積地へ送られ、肉や素材として各地へ流れていく。
工房で作られた製品も増えた。
倉庫へ集める物も、倉庫から市場へ送る物も増えている。
七千万人の国民が加わったことで、必要な物資が増えただけではない。
作られる物そのものが増えていた。
一千万台まで増えたゴーレム馬車が、各地を行き交うようになった。
それでもカイゼルから命令が届いた。
「まだ少ない。五千万台規模にしろ」
現在の人口は一億五千万人。
しかも、これで人口増加が止まる保証などない。
一千万台になったから十分なのではなく、さらに先を見て五千万台まで増やす。
材料に問題はなかった。
国庫には以前から莫大な量の金属インゴットが備蓄されている。
さらに今回の作戦では、兵士や騎士から回収した武器だけではなく、王宮や兵舎、武器庫、貴族の屋敷からも大量の金属が回収された。
牢の金属製の扉。
鉄格子。
枷。
鎖。
錠。
それらも金属班によって精錬され、インゴットとして国庫へ収納されている。
予算にも困らなかった。
国庫には十分な金がある。
五千万台という巨大な増産計画であっても、材料を買い集めるために右往左往する必要も、予算を捻出するために計画を縮小する必要もなかった。
必要なのは製造する人員と製造拠点を増やすことだった。
ゴーレムを作る者。
馬車を製造する者。
部品や設備を作る職人。
教導を受けた者が増えれば、その中から製造に携わる者も増える。
さらに教えられる者が次の者へ教えていく。
一千万台を作った既存の製造拠点だけで、残り四千万台を作る必要はない。
各地に製造拠点そのものが増えていった。
教導管理システムには、生産数と配置数が登録される。
どこで何台作られているのか。
どこへ何台配置されたのか。
どの地域で不足しているのか。
五千万台規模になっても、管理方法そのものを変える必要はなかった。
だが、ゴーレム馬車が増えれば別の問題が出てくる。
道だった。
百万台を前提としていた街道へ、一千万台のゴーレム馬車が流れ始めている。
物流量の多い地域では、すでに道幅が足りなくなり始めていた。
道路の拡張も同時に始まった。
土魔法で道幅を広げる。
路面を整える。
凹凸をなくす。
必要な場所には排水を作る。
倉庫や集積地の周辺は特に広く取られた。
大量のゴーレム馬車が出入りしても流れが止まらないようにするためだった。
農地と集積地を結ぶ道。
工房と倉庫を結ぶ道。
都市と都市を結ぶ街道。
新たに加わった地域へ続く道。
使える既存の街道はそのまま利用し、狭ければ広げ、傷んでいれば直していく。
ゴーレム馬車だけを五千万台にしても意味がない。
それを走らせる道も同時に必要になる。
アイゼルは広がっていく道路網を見ながら呟いた。
「五千万台か……」
少し前まで百万台だった。
それが一千万台になり、もう五千万台への増産が始まっている。
人口が増えたから作るだけではない。
これからさらに増えても困らないように、先に作る。
一億人の行政体制を先に整えたのと同じだった。
人口は一億五千万人。
ゴーレム馬車は一千万台。
そして五千万台規模への増産と、それを支える道路の拡張が同時に始まった。
人が増える。
生産が増える。
物が増える。
ならば、それを動かす仕組みも先に大きくする。
シュタインフェルト王国の物流網は、人口の増加を追いかけるのではなく、その先へ広がり始めていた。




