264 感嘆
カイゼル王、アイゼル公爵、宰相、騎士団長マイケルの四人は、王宮で教導管理システムに登録された記録を確認していた。
シュタインフェルト王国へ来ている応援団の活動は多岐にわたる。
アルデバラン王国。
ミストバルカス公国。
そこから来た者たちは、それぞれ違う場所で動いていた。
最初から細かな仕事を割り振ったわけではない。
現場へ行き、必要なものを見つけ、自分たちで考えて動いている。
しかも、その結果が残っていた。
「優秀だとは思っていたが……」
カイゼルが記録を眺めながら呟いた。
「ここまでとは思っていなかった」
アイゼルも同じことを感じていた。
単純に能力が高いというだけではない。
教えられた仕事だけをこなしているわけでもない。
こちらが想定していなかった問題を見つけ、その場で判断する。
そして解決する。
あとから結果を確認してみれば、別の方法を考える必要がないほど綺麗に収まっている。
宰相がコールたちの記録を開いた。
アルデバラン王国第3王子、コール。
大聖堂を建てることになったとき、完成した資材を大量に持ち込んだわけではなかった。
自分たちでダンジョンへ潜った。
金属を抽出した。
精錬した。
合金し、大量の真鍮を作った。
大聖堂の建設を終えれば、それで終わりでもなかった。
余った金属を使い、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイト、ヒヒイロカネの破壊不能ゴーレムを二体ずつ作った。
八体のゴーレムガーディアンズ。
大聖堂を訪れる者たちを見守る存在として、今も配置されている。
「第三王子が自分でダンジョンへ潜って、精錬から始めるとはな」
カイゼルが感心したように言った。
身分だけを考えれば、誰かに命じてもおかしくない。
だが、コールはそうしなかった。
必要なものを自分たちで用意し、最後まで形にした。
「コール殿下の功績は素晴らしいものです」
宰相も認めた。
マイケルが別の記録を見る。
神官貴族アリー。
アルデバランで清掃活動をしていた孤児千人とともに、古い戦場や街道へ向かった。
放置された死体を見つければ、サイコメトリーやポストコグニションで事情を調べる。
弔いを行い、アンデッド化を防ぐ処理を施して埋葬する。
二百体の魔石回収ゴーレムを使って、放置された武器や防具も回収した。
崩れた街道や橋まで修理している。
「アリー神官の判断も同じです」
マイケルが言った。
「誰かに死体を処理しろと言われたわけでも、街道を直せと言われたわけでもありません。現場を見て、必要だと判断して動いています」
アイゼルは頷いた。
「しかも、死体だけを片づけて終わりではない。武器を回収し、街道と橋を直した。人が再び安全に通れるところまで戻している」
一つ問題を見つけ、一つだけ処理するのではなかった。
その先で何が起きるのかまで考えている。
カイゼルは次の記録へ目を移した。
ミストバルカス公国から来たホセ。
騎士崩れや元兵士たちへの対応に関わった人物だった。
彼の判断もまた単純だった。
「武器を持った奴が荒野に放り出されたら犯罪者になるしか無い」
カイゼルが、その言葉を読み上げた。
部屋が静かになった。
騎士団長であるマイケルには、特に重い言葉だった。
国を失った。
軍もなくなった。
給金もない。
食料もない。
だが、武器と戦闘経験だけは残っている。
その人間を何もせず荒野へ戻せば、どうなるのか。
実際、大陸各地で騎士崩れが増えた理由の一つがそれだった。
ホセは犯罪者になってから捕らえることを考えたのではない。
犯罪者になる前に、その先を見た。
教導する。
仕事を持たせる。
狩り部隊や食肉調達部隊として働く者もいる。
自警団へ入る者もいる。
別の仕事を選んだ者もいる。
「犯罪者の増殖そのものを抑えたのか」
カイゼルがしみじみと言った。
ただ教導すれば、同じ結果になったわけではない。
力を与えるだけでは足りない。
その人間が置かれている状況を見て、次に何が起こるのかに気づかなければならない。
コールも。
アリーも。
ホセも。
誰かから正解を渡されたわけではなかった。
自分のいる場所で問題を見つけ、自分で判断し、動いた。
そして結果を残している。
カイゼルは椅子の背へ身体を預けた。
「……大した者たちだ」
アイゼルも否定しなかった。
応援に来た者たちは、単に人手を増やしたのではない。
シュタインフェルト側がまだ気づいていない問題まで見つけて、先に解決していく。
しかも、それぞれが別の現場で。
四人は改めて、その事実に感嘆していた。
カイゼルは、しばらく教導管理システムに並ぶ記録を眺めていた。
一人だけなら、特別に優秀な人間だったと考えればいい。
だが、一人ではない。
コールだけでもない。
アリーだけでもない。
ホセだけでもなかった。
アルデバラン王国とミストバルカス公国から来た応援団は、それぞれ違う場所で問題を見つけ、自分で考えて動いている。
しかも、目の前の問題を片づけるだけではない。
その先まで続く形を残していた。
「こちらから細かく指示したことは、ほとんどないな」
カイゼルが言った。
宰相が頷く。
「必要な場所へ入っていただきましたが、具体的な方法までこちらが指定した例は少ないでしょう」
「それで、この結果か」
カイゼルは感嘆するしかなかった。
アイゼルが別の記録を開いた。
「アレクサンド侯爵もそうだ」
シュタインフェルト王国へ大勢の教師が来たとき、アレクサンド侯爵は最初から目先の人数だけを見ていなかった。
これから多くの避難民を受け入れることになる。
教導する人数も増える。
住む場所も必要になる。
食料も必要になる。
その後には仕事も必要になる。
だから、必要になってから一つずつ対処するのではなく、先に大きな受け入れ能力を作った。
当時は大きすぎるようにも見えた。
だが実際には避難民が次々と訪れ、今では人口八千万人である。
カイゼルが息を吐いた。
「予測していたのだな」
「少なくとも、増えてから考えるつもりではなかったのでしょう」
宰相が答えた。
問題が起きてから解決する者だけではない。
これから起きる問題を予測して、先に手を打つ者までいる。
さらにアイゼルは、ガイル子爵たちの記録を表示した。
ダンジョンから金属を抽出する。
精錬する。
インゴットにする。
ガイル子爵たちは、その方法をシュタインフェルトの者たちへ教えていた。
教えられた者は自分でダンジョンへ入り、自分で抽出し、自分で精錬するようになった。
ガイル子爵たちがいなくても続けられる。
そして、その結果が後になって現れた。
「避難民の町から納められた税か」
カイゼルが言った。
「はい」
宰相が答える。
避難民として保護された者たちは、いつまでも食料を受け取るだけの存在ではなかった。
教導を受けた。
仕事を覚えた。
自分たちで生活を始めた。
さらにダンジョンへ入り、金属を抽出し、精錬した。
そして選出した代表者を通じ、金属インゴットで税を納めた。
その量は莫大だった。
鉄。
金。
銀。
銅。
ミスリル。
オリハルコン。
アダマンタイト。
ヒヒイロカネ。
かつて保護され、食事と住居を与えられていた者たちが、今では王国を支える側へ回っている。
「精錬を教えたときから、納税まで考えていたのだろうか」
カイゼルが呟いた。
アイゼルは首を振った。
「そこまでは分からん。だが、先生たちは自分たちで精錬し続ける方法を残した。それが結果として納税までつながった」
教えるだけなら、その場で終わることもできた。
インゴットを作って渡すだけなら、もっと早かったかもしれない。
だが、それではガイル子爵たちが去れば終わる。
方法を教えたから、避難民たちは自分たちで続けられた。
宰相が静かに言った。
「解決したあとに、こちらへ依存する形が残っていないのです」
四人が黙った。
コール第3王子は必要な資材を自分たちで作り、大聖堂を建てた。
アリー神官は放置された死体だけでなく、武器を回収し、街道や橋まで修復した。
ホセは騎士崩れが犯罪者になる前に、その原因を見た。
アレクサンド侯爵は、これから増える人々を予測して先に受け入れる余地を作った。
ガイル子爵たちは精錬そのものではなく、精錬できる者を残した。
その結果、避難民は自分たちで働き、自分たちで税まで納めた。
「只の教導では出来ないことだ」
カイゼルがしみじみと言った。
力を与えれば終わりではない。
何を見るのか。
何に気づくのか。
その力を何に使うのか。
そこは本人の判断だった。
マイケルが小さく頷いた。
「しかも、皆が同じことをしているわけではありません」
その通りだった。
王子は王子の場所で。
神官は神官の場所で。
騎士は騎士の場所で。
教師は教師の場所で。
それぞれが自分にできることをしている。
カイゼルは改めて応援団の名簿を見た。
まだ活動を続けている者は多い。
その中には、イメルダ伯爵がシュタインフェルトへ残していった三人の名もあった。
結婚斡旋ギルド副グランドマスター。
ミランダ。
ミレイユ。
ミアーダ。
三人は今も各地を回っていた。
カイゼルたちは、まだ知らない。
これだけ感嘆させられたあとで。
その三人から、さらに驚かされることになるとは。
カイゼルたちが見ていた記録は、まだ終わっていなかった。
アルデバラン王国とミストバルカス公国から来た応援団は多い。
当然、すべての者が同じ仕事をしているわけではなかった。
得意なことも違う。
立場も違う。
それなのに、それぞれの場所で結果を出している。
カイゼルは椅子に深く座り直した。
「最初から、これだけのことをする予定だったのか?」
誰に聞くともなく口にした言葉だった。
宰相が少し考えてから答えた。
「少なくとも、我々が頼んだものではありません」
「そうだな」
カイゼル自身が一番よく分かっている。
大聖堂を造ってほしいと頼んだわけではない。
古い戦場を清掃してほしいとも頼んでいない。
騎士崩れを狩り部隊や食肉調達部隊にすることも、自警団を作ることも、最初から王国側が用意していた計画ではなかった。
アイゼルが言った。
「アレクサンド侯爵の判断もそうだった。三千万人を受け入れることになると分かってから準備したわけではない」
先に準備した。
必要になると予測したからである。
結果として、その受け入れ能力が使われた。
今の人口は八千万人。
あのとき目の前の人数だけを基準にしていたなら、途中で住居も受け入れ体制も追いつかなくなっていた可能性がある。
宰相はガイル子爵たちの記録を見た。
「こちらも、結果だけ見れば金属の精錬技術を教えただけです」
だが、その先が違った。
教わった避難民たちは、自分たちでダンジョンへ入った。
抽出した。
精錬した。
インゴットを作った。
やがて自分たちの代表者を選び、税として王国へ納めた。
その量は莫大だった。
「納税しろとガイル子爵が教えたわけではない」
カイゼルが言った。
「はい」
「精錬できるようにした。それをどう使うかは、あの者たちが自分で決めた」
宰相が頷いた。
「だから続くのでしょう」
アイゼルも、その言葉には納得した。
何もかも決めて渡してしまえば、教えた者がいなくなったあとで判断できなくなる。
だが、実際には違った。
できることを増やす。
方法を教える。
その先は現地の者が考える。
だから、応援団が別の場所へ移っても止まらない。
マイケルは騎士崩れだった者たちの記録を見ながら言った。
「ホセ殿の判断も、同じなのかもしれません」
「どういうことだ?」
「騎士崩れを捕らえるだけなら、我々にもできます」
騎士団長としての言葉だった。
実際、シュタインフェルト騎士団は何度も騎士崩れを捕縛している。
「ですが、捕らえたあと、その者たちが再び犯罪者にならないところまで考えるとなれば別です」
武器を取り上げて放逐する。
それだけなら簡単だった。
だが、食料も仕事もない人間を荒野へ戻せばどうなるか。
再び武器を手に入れるかもしれない。
盗むかもしれない。
同じ境遇の者が集まり、また武装集団になるかもしれない。
ホセはそこに気づいた。
だから、犯罪者を捕らえるのではなく、犯罪者が増える原因そのものを減らした。
「武器を持った奴が荒野に放り出されたら犯罪者になるしか無い、か」
カイゼルはもう一度その言葉を口にした。
「当たり前の話に聞こえる」
「ええ」
アイゼルが答えた。
「だが、実際にそこまで考えて動く者は多くない」
問題が起きれば対処する。
それも必要だった。
だが、問題が起きる前に気づけば、そもそも対処する必要がなくなる。
アリー神官も同じだった。
死体を放置すればアンデッドになる。
武器を放置すれば誰かが拾う。
街道が壊れていれば人も物資も通れない。
一つずつ見れば、どれも難しい理屈ではない。
だが、気づかなければ放置される。
コール第3王子も、自分にできることをした。
アレクサンド侯爵も。
ガイル子爵も。
ホセも。
アリーも。
誰も同じ判断をしていない。
それぞれが自分の場所で、自分が気づいたことに手を伸ばしていた。
「優秀という言葉だけでは足りんな」
カイゼルが呟いた。
宰相も静かに頷いた。
そのとき、教導管理システムに新しい記録が加わった。
結婚斡旋ギルド。
副グランドマスター、ミランダ。
副グランドマスター、ミレイユ。
副グランドマスター、ミアーダ。
三人の活動に関する記録だった。
カイゼルは何気なくそれを開いた。
このときの四人は、まだ知らなかった。
コールたちに十分感嘆させられたと思っていた自分たちが、今度は結婚斡旋ギルドの三人に感嘆することになるとは。
カイゼルが開いた記録には、ミランダ、ミレイユ、ミアーダの三人がシュタインフェルト王国で行っている活動がまとめられていた。
三人とも結婚斡旋ギルドの副グランドマスターである。
イメルダ伯爵が帰国したあともシュタインフェルトに残り、各地を回っていた。
何をしているのか。
その答えを知ったカイゼルは、しばらく記録を見つめた。
「……八千万人を調べたのか?」
宰相も同じ記録を確認する。
「そのようです」
現在のシュタインフェルト王国の人口は八千万人。
三人は、その膨大な人口を精査していた。
もちろん、自分たちの目だけで一人ずつ確認したわけではない。
教導管理システムに登録されている情報を利用している。
年齢。
家族構成。
配偶者の有無。
本人が結婚を望んでいるかどうか。
現在どこで生活しているのか。
必要な情報を整理し、結婚を希望している者たちを探していた。
だが、三人が調べたのはシュタインフェルト王国だけではなかった。
アルデバラン全域。
百三十か国に広がる膨大な人々の中から、結婚適齢者を選抜していた。
戦争で夫を失った女性。
結婚を望んでいる若い女性。
子供を育てながら暮らしている未亡人。
境遇はさまざまだった。
共通しているのは、本人が新しい縁を望んでいることだけだった。
その女性たちへ、今度はシュタインフェルト側の情報を伝える。
どのような人物なのか。
どこで暮らしているのか。
どのような仕事をしているのか。
家族はいるのか。
子供がいる場合、それを受け入れる意思があるのか。
条件だけで勝手に組み合わせるわけではない。
双方が会ってみたいと考えれば、そこで初めて次へ進む。
見合いである。
すでに各地で、その見合いまで始まっていた。
「紹介しているだけではないのか」
アイゼルが感心したように言った。
「会うところまで用意していますね」
宰相が答えた。
カイゼルは次々と記録を確認した。
シュタインフェルト側には、元避難民も多い。
国を失った者もいる。
家族を失った者もいる。
生活そのものは立て直しつつあった。
住居がある。
仕事がある。
食料も十分にある。
それでも、家族まで自然にできるわけではない。
一方、アルデバランにも戦災によって夫を失った女性や、新しい家庭を持つことを望んでいる女性たちがいる。
子供がいることで再婚をためらっている者もいた。
三人は、その双方を見ていた。
マイケルが記録を読みながら言った。
「シュタインフェルトの中だけで探していないのですね」
「八千万人もいるのだから、国内だけでも十分だと思っていたがな」
カイゼルが答えた。
だが、ミランダたちは人数だけを見ていなかった。
八千万人いるから相手が見つかる、というものではない。
本人が誰と暮らしたいのか。
どのような家庭を望むのか。
子供も一緒に受け入れてもらえるのか。
そこまで合わなければ意味がない。
だから範囲をアルデバラン全域まで広げた。
「ここでも同じか」
アイゼルが呟いた。
カイゼルが見る。
「何がだ?」
「選択肢を増やしているだけだ」
結婚しろとは言わない。
この相手と結婚しろとも言わない。
会いたくなければ会わなくていい。
会って違うと思えば断ればいい。
ただ、出会う機会だけは作る。
その先は本人たちが決める。
以前、イメルダ伯爵が言っていたことと同じだった。
無理に勧める必要はない。
出会う機会さえ作れば、自分たちで選べる。
「副グランドマスターか……」
カイゼルが三人の名前を見た。
ミランダ。
ミレイユ。
ミアーダ。
八千万人を精査した。
さらにアルデバラン全域へ目を向けた。
戦災未亡人も、若い女性も、子持ちの未亡人も、その境遇だけで対象から外さなかった。
本人が望んでいるなら、相手を探す。
双方が望めば紹介する。
そして見合いの場まで用意する。
カイゼルは思わず笑った。
「……またか」
コール第3王子。
アリー神官。
ホセ。
アレクサンド侯爵。
ガイル子爵。
そして今度は、結婚斡旋ギルドの三人の副グランドマスター。
こちらが考えていなかったところへ入り、自分たちで問題を見つける。
その場だけを片づけるのではなく、人が自分で次へ進めるところまで整える。
「アルデバラン王国とミストバルカス公国から来た者たちは……」
カイゼルはそこで言葉を切った。
何と表現すればいいのか、少し考えた。
「本当に大した者たちだな」
今度は三人とも、すぐに頷いた。
四人はまた一つ、応援団の仕事に感嘆させられていた。




