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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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260 大聖堂

 シュタインフェルト王国に大聖堂を建てることが決まると、コールたちはすぐに動き始めた。


 最初に必要なのは建物ではない。


 材料だった。


 今回造る大聖堂は、アルデバラン王国にあるオリハルコンの大聖堂とは違う。


 真鍮で造る。


 コールをはじめとする王子たちは、まず大量の真鍮を用意することにした。


 向かった先はダンジョンだった。


 内部へ入り、索敵で周囲を確認しながら進む。


 目的は魔物ではない。


 壁や地面に含まれている金属だった。


 鑑定を使えば、どこに何が含まれているのか分かる。


 コールたちは必要な場所を見つけると、金属を抽出していった。


 銅。


 亜鉛。


 それだけではない。


 鉄、銀、金など、ほかの金属も含まれている。


 必要なものだけを取り出し、精製する。


 不純物を除き、金属として分離する。


 それをさらに精錬し、インゴットへ加工した。


 銅と亜鉛はそこで終わらない。


 適切な割合で合わせ、合金する。


 真鍮である。


 一つ作って終わりではない。


 大聖堂を建てるのだ。


 必要になる量は多い。


 コールたちはダンジョンの各所を回りながら抽出を続けた。


 抽出する。


 精錬する。


 合金する。


 出来上がった真鍮は次々とインゴットに加工され、アイテムボックスへ収納されていく。


 作業を続けるほど、その量は増えていった。


 同時に、真鍮以外の金属も大量に得られた。


 鉄。


 金。


 銀。


 ミスリル。


 オリハルコン。


 アダマンタイト。


 ヒヒイロカネ。


 真鍮の材料だけを求めていたからといって、ほかの金属を捨てる理由はない。


 抽出できるものは抽出し、精錬してインゴットにする。


 それぞれが大量に蓄えられていった。


 やがて、大聖堂を建てるために十分な量の真鍮が揃った。


 大量の真鍮インゴットが建設予定地へ運ばれる。


 そこから大聖堂の建設が始まった。


 基礎となる地面が整えられる。


 建物を支える部分が造られ、少しずつ形が生まれていく。


 真鍮の部材も次々と加工された。


 今回造るのは、ただ大きく豪華な建物ではない。


 リヴィアが望んだのは、人々の魂が安寧できる場所だった。


 国を失った者。


 故郷を失った者。


 家族を失った者。


 新しい生活を始めても、失ったものまで消えるわけではない。


 静かに座っていてもいい。


 祈ってもいい。


 亡くした者を思ってもいい。


 そんな場所をシュタインフェルト王国にも作る。


 その目的を知って、協力する者たちも現れた。


 アリー。


 アレクサ。


 ゴルディ。


 ナターシャ。


 マックス。


 リッキー。


 トレイ。


 シュー。


 チャド。


 神官から新興貴族となった者たちだった。


 彼らも建設に加わった。


 誰か一人がすべてを指揮して造るわけではない。


 必要な作業を確認し、それぞれが自分のできることをする。


 土台が整っていく。


 柱が立つ。


 壁が形を持つ。


 真鍮で作られた部材が組み上げられていく。


 日差しを受けた金属の表面が、柔らかな光を返した。


 オリハルコンではない。


 だが、それで困る者は誰もいなかった。


 必要なのは金属そのものの希少さではない。


 ここへ来た人間が、少しでも心を休められることだった。


 建設が進むにつれ、周囲を通るシュタインフェルトの人々も足を止めるようになった。


 何を造っているのか知り、完成していく姿を眺める。


 中には、国を失ってシュタインフェルトへ流れ着いた者もいた。


 彼らの新しい街には住居がある。


 仕事もある。


 食事もある。


 公衆浴場も治療施設もある。


 そして今度は、心を休める場所まで造られようとしていた。


 真鍮の輝きは少しずつ大きくなっていく。


 シュタインフェルト王国で初めてとなる大聖堂は、多くの者が手を貸しながら、確実にその姿を現し始めていた。




 大聖堂の建設は順調に進んでいた。


 大量に用意された真鍮は、次々と建物の一部へ変わっていく。


 柱。


 壁。


 扉。


 天井を支える部材。


 細かな装飾。


 必要な形に加工され、それぞれの場所へ組み込まれていった。


 建物が大きくなるにつれて、遠くからでもその姿が分かるようになった。


 真鍮は日差しを受けると明るく輝く。


 金とは違う。


 オリハルコンとも違う。


 少し落ち着いた輝きを持つ巨大な建物が、シュタインフェルト王国の地に姿を現していた。


 アリーたち神官新興貴族も、引き続き建設に協力していた。


 彼らが気にしていたのは、建物の大きさや豪華さだけではない。


 ここを訪れた人が、どう過ごすのか。


 それが重要だった。


 広い内部には、多くの人が入れる場所が作られた。


 一人で静かに過ごせる場所もある。


 誰かと一緒に祈ることもできる。


 何も話したくなければ、黙って座っていてもいい。


 神官に話を聞いてもらいたい者がいれば、それもできる。


 アリーは建設途中の内部を歩きながら、周囲を見渡した。


 天井は高い。


 だが、威圧するための高さではない。


 大勢を収容でき、それでも窮屈に感じない空間が広がっている。


 アレクサ、ゴルディ、ナターシャたちも、それぞれ内部を確認していた。


 この場所を必要とする人間が、どのように使うのか。


 それを考えながら必要な部分を整えていく。


 シュタインフェルト王国には、国を失った者が大勢いる。


 その中には家族を失った者もいる。


 故郷に帰ることのできない者もいる。


 新しい生活を始められたからといって、過去が消えるわけではない。


 普段は働ける。


 笑うこともできる。


 新しい仲間もできる。


 それでも、ふとしたときに思い出すことはある。


 そういうときに来られる場所があればいい。


 神官たちは、そのための大聖堂を作ろうとしていた。


 建設を見ていたシュタインフェルトの人々も、少しずつ大聖堂の目的を知るようになった。


 住民の中には、休憩の時間に近くまで見に来る者もいた。


 建物を見上げる。


 真鍮の壁が日の光を受けている。


 まだ完成していない。


 それでも、大聖堂がどのような建物になるのかは十分に分かるところまで来ていた。


 コールたちは不足する材料が出れば、再びダンジョンへ向かった。


 鑑定する。


 必要な金属を抽出する。


 精錬する。


 銅と亜鉛を合金し、真鍮にする。


 大量に作ったつもりでも、巨大な大聖堂を建てれば消費する量も多い。


 必要なら、また作ればいい。


 材料の不足で建設が止まることはなかった。


 真鍮以外に抽出された金属も無駄にはならない。


 それぞれインゴットに加工され、種類ごとに保管された。


 大聖堂のために始めた金属の抽出だったが、その過程で大量の金属資源まで蓄積されていった。


 やがて外観の大部分が完成した。


 正面には大きな入口がある。


 そこから内部へ入れば、広い空間が続いている。


 高い天井から光が入り、真鍮の内壁に反射する。


 外から見たときとは違う、柔らかな明るさが内部を満たしていた。


 アリーがしばらくその光景を見ていた。


「これなら、落ち着いて過ごせそうですね」


 ナターシャも頷いた。


「ええ」


 豪華さを競うための建物ではない。


 誰かを驚かせるためでもない。


 人が安心して入れる場所。


 疲れたときに来られる場所。


 その形が、ようやく見えてきた。


 そんな建設現場へ、二人の人物が訪れた。


 カイゼル王とアイゼル・ローゼンクランツ公爵だった。


 大聖堂の建設がかなり進んだと報告を受け、自分たちの目で確かめに来たのである。


 二人は建設場所へ近づき、足を止めた。


 目の前には、巨大な真鍮の大聖堂が立っていた。


 日差しを受けた建物全体が、明るく輝いている。


 カイゼルはしばらく何も言わず、その姿を見上げた。




 カイゼルは、目の前に立つ大聖堂を見上げた。


 隣ではアイゼルも同じように建物を見ている。


 真鍮で造られた巨大な大聖堂は、陽光を受けて明るく輝いていた。


 金とは違う。


 派手すぎる輝きではない。


 だが、遠くからでも目に留まる。


 カイゼルはしばらく眺めてから、素直な感想を口にした。


「素晴らしい出来だ。輝いている」


「ええ」


 アイゼルも頷いた。


「真鍮でこれほどのものが造れるとは思いませんでした」


 二人が近づくと、建設に携わっていたコールたちが迎えた。


 カイゼルは改めて大聖堂を見上げる。


「これだけの真鍮を用意するのは大変だったのではないか?」


「ダンジョンから抽出しましたので、問題ありませんでした」


 コールが答えた。


「銅と亜鉛を抽出して精錬し、合金にしました。足りなくなれば、また取りに行けます」


「なるほど」


「真鍮以外の金属も大量に取れましたので、そちらもインゴットにしてあります」


 カイゼルとアイゼルは顔を見合わせた。


 大聖堂を造るために材料を集めた結果、別の金属まで大量に蓄積されたことになる。


 少し前には難民街から莫大な量のインゴットが税として納められたばかりだった。


 この国に存在する金属の量は、以前とは比較にならないほど増えている。


「中も見せてもらえるか?」


「もちろんです」


 正面の大きな入口から内部へ入った。


 カイゼルはすぐに足を止めた。


 外から見た印象とは違う。


 高い天井。


 広い空間。


 差し込んだ光が真鍮へ反射し、内部を柔らかく照らしている。


 明るい。


 それでいて、落ち着いていた。


「これはいいな」


 アイゼルも周囲を見渡した。


「外から見るより静かに感じます」


 二人はゆっくりと内部を歩いた。


 大勢が集まれる場所がある。


 少し離れれば、一人で静かに過ごせる場所もある。


 祈る者がいてもいい。


 座って休むだけでもいい。


 誰かに話を聞いてほしい者のための場所も用意されていた。


 アリーたち神官新興貴族も中にいた。


 カイゼルは彼らに尋ねる。


「ここでは、誰でも自由に過ごしてよいのか?」


「はい」


 神官であるアリーが答えた。


「祈りたい方は祈ればよいと思います。静かに過ごしたい方は、そのように過ごしていただければ」


「何もしなくてもよいのか?」


「もちろんです」


 アリーは微笑んだ。


「魂を休めるための場所ですから」


 カイゼルは、その言葉を聞きながら内部を見渡した。


 魂を休める。


 最初にリヴィアから提案されたときには、分かったつもりでいた。


 だが、実際にこうして建物の中へ入ると、その意味が少し違って感じられた。


 シュタインフェルト王国には五千万人が暮らしている。


 そのうち三千万人ほどは、国を失って流れてきた者たちだ。


 新しい住居を得た。


 食べるものもある。


 仕事もある。


 教導を受け、自分たちで生活できるようになった。


 街を作り、首長を選び、税まで納めるようになった。


 生活は立て直されている。


 だが、故郷を失った記憶までなくなるわけではない。


 家族を失った者もいる。


 友人を失った者もいる。


 昨日まで暮らしていた国そのものがなくなった者もいる。


 カイゼルはゆっくり歩きながら言った。


「我々は、暮らせるようにすることばかり考えていたな」


 アイゼルが隣を見る。


「食料を増やした。街を造った。仕事を作った。治療施設も公衆浴場も造った」


「必要なことでした」


「ああ。間違ってはいない」


 カイゼルは頷いた。


「だが、それだけではなかったということだ」


 アイゼルも大聖堂の中を見回した。


「リヴィア殿下は、それに気づかれたのでしょうな」


「そうなのだろう」


 二人はさらに奥へ進んだ。


 そこではゴルディやナターシャ、マックスたちが最後の確認をしていた。


 誰も慌ただしく動いてはいない。


 完成が近いからといって急ぐ必要もなかった。


 必要なところを確かめ、不足があれば整える。


 それだけだった。


 カイゼルは再び真鍮の壁へ目を向けた。


 オリハルコンではない。


 それでも十分に美しい。


「これでよかったのだな」


 アイゼルが尋ねる。


「真鍮のことですか?」


「ああ」


 カイゼルは笑った。


「魂を休める場所に、金属の希少さなど関係ない」


 アイゼルも笑った。


「確かに」


 外から差し込む光が真鍮へ反射する。


 その柔らかな光の中を、カイゼルとアイゼルはゆっくりと歩いていった。




 それから数日後。


 シュタインフェルト王国の大聖堂が完成した。


 建設を始めてから、材料が不足することはなかった。


 コールたちがダンジョンから必要な金属を抽出し、精錬し、合金する。


 アリーたち神官新興貴族も加わり、建物だけではなく、人が心を休められる場所として内部を整えた。


 最後の確認が終わると、大聖堂は人々に開かれた。


 特別な資格は必要ない。


 誰でも入ることができる。


 最初は、近くを通りかかった者たちが興味深そうに中を覗いていた。


 巨大な真鍮の建物である。


 外から見れば、それだけでも目を引いた。


 だが、中へ入った者たちは少し印象が変わった。


 静かだった。


 高い天井から入った光が真鍮へ反射し、内部を柔らかく照らしている。


 広い空間には十分な余裕がある。


 人が増えても窮屈には感じない。


 やがて、思い思いの場所へ座る者が現れた。


 祈る者がいる。


 静かに目を閉じる者もいる。


 何もせず、ただ座っている者もいた。


 神官たちは、それを邪魔しなかった。


 声をかけてほしそうな者がいれば話を聞く。


 そうでなければ、そっとしておく。


 ここへ来たからといって、何かをしなければならないわけではない。


 それが、この場所だった。


 新しく造られた難民街から来た者たちの姿もあった。


 今では難民と呼ぶ必要もない。


 シュタインフェルト王国の国民として働き、自分たちで暮らしている者たちだった。


 その中の一人が、長い時間、黙って座っていた。


 今の暮らしに困っているわけではない。


 仕事がある。


 食事も十分に取れる。


 住居もある。


 同じ街で暮らす仲間もできた。


 それでも、失った故郷を忘れたわけではなかった。


 しばらくして、その者は静かに立ち上がった。


 誰かに何かを相談したわけではない。


 祈りの言葉を口にしたわけでもない。


 ただ大聖堂を出て、自分の街へ帰っていった。


 翌日も人が来た。


 その次の日にも来た。


 噂を聞き、少し離れた街から訪れる者も出てきた。


 大聖堂の使い方を誰かが決める必要はなかった。


 静かに過ごす者。


 亡くした家族を思う者。


 神官と話す者。


 夫婦で訪れる者。


 子供を連れてくる者。


 それぞれが、自分に必要なように使った。


 その様子をリヴィアも見ていた。


 大聖堂を提案した本人だったが、使い方を指示することはなかった。


 必要だと思った。


 だから提案した。


 カイゼルが受け入れた。


 コールたちが材料を用意した。


 アリーたちが協力した。


 そして完成した場所を、今度はシュタインフェルトの人々が自分たちで使っている。


 それでよかった。


 大聖堂の入口近くで、カイゼルとアイゼルも人々の様子を見ていた。


「随分と人が来るな」


「ええ」


 アイゼルが頷いた。


「必要だったのでしょう」


「ああ」


 カイゼルは大聖堂の奥を見る。


 誰も騒いでいない。


 ただ、それぞれが思い思いに過ごしている。


「国を立て直すというのは、食わせれば終わりではないのだな」


 アイゼルは少し考えてから答えた。


「私も、今回初めて気づきました」


「私もだ」


 カイゼルは素直に認めた。


 五千万人が食べられるようになった。


 食料自給率は百五十パーセントに達した。


 仕事もある。


 街もある。


 治安も少しずつ安定している。


 それでも必要なものは、まだあった。


 カイゼルは隣にいるリヴィアへ顔を向けた。


「提案してくれて感謝する」


「いいえ」


 リヴィアは大聖堂の中にいる人々を見ながら答えた。


「必要だと思っただけです」


 カイゼルは、その返事に少し笑った。


「それで十分だ」


 リヴィアも微笑んだ。


 外へ出ると、完成した大聖堂が陽光を受けていた。


 真鍮の壁が明るく輝いている。


 オリハルコンではない。


 だが、ここを訪れる者にとって、そんなことはどうでもよかった。


 住む場所ができた。


 食べるものができた。


 働く場所ができた。


 自分たちで暮らしていけるようになった。


 そして今度は、立ち止まりたくなったときに立ち止まれる場所ができた。


 シュタインフェルト王国に、また一つ新しい場所が加わった。


 人の身体ではなく。


 人の魂が、安寧できる場所だった。





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