259 謁見
シュタインフェルト王国の王宮へ、各地の難民街から税が納められた。
金貨ではない。
金属インゴットによる物納だった。
難民街には、ガイルたちから金属の精錬を教導された者が大勢いる。
彼らはダンジョンへ入り、壁や地面に含まれている金属を鑑定し、必要なものを取り出して精製する技術を身につけていた。
鉄だけではない。
金。
銀。
銅。
ミスリル。
オリハルコン。
アダマンタイト。
そしてヒヒイロカネ。
各地で精錬された金属はインゴットに加工され、その一部が税として納められた。
難民街ではすでに住民が自分たちで首長を選び、自治を始めている。
納税についても、それぞれの街でまとめられたものが首長を経由して王宮へ届けられた。
一つの街だけではない。
各地の難民街から次々と届く。
王宮では文官たちが種類と量を確認し、教導管理システムへ登録していった。
すべての難民街から納付が完了した。
集まったインゴットの量は、莫大だった。
報告を受けたアイゼル・ローゼンクランツ公爵は、思わず顔を綻ばせた。
「すべて納められたのか?」
「はい。各地の首長から納付されております」
文官の返答を聞き、アイゼルはもう一度記録を見る。
保護されたばかりの頃、彼らには何もなかった。
食事が必要だった。
住居が必要だった。
衣服も治療も必要だった。
シュタインフェルト王国は彼らを受け入れ、アルデバランから来た教師たちとともに教導した。
それからまだ、それほど長い時間は経っていない。
それなのに今では、自分たちで働き、自分たちで街を運営し、税まで納めている。
アイゼルはすぐにカイゼル王へ報告した。
宰相をはじめとする重臣たちも集まり、納税状況を確認する。
「これが難民街からの税か」
カイゼルは記録を見ながら尋ねた。
「はい。すべて納付されました」
アイゼルが答える。
「すべてか」
「はい」
カイゼルは大きく息を吐いた。
表情には明らかな喜びがあった。
宰相たちも同じだった。
莫大な金属が手に入ったからだけではない。
国を失い、着の身着のままで流れてきた者たちが、すでにシュタインフェルト王国を支える側へ回っている。
それが何より嬉しかった。
カイゼルは積み上げられたインゴットを見る。
鉄や銅は国内のさまざまな場所で使える。
金や銀もある。
さらにミスリル、オリハルコン、アダマンタイト、ヒヒイロカネまで大量に含まれていた。
「これほどとはな」
宰相も感心したように頷いた。
「彼らはもう、保護されるだけの者たちではありませんな」
「ああ」
カイゼルも頷いた。
「シュタインフェルトの民だ」
税を納めたから民になったわけではない。
すでに受け入れた時点で民だった。
だが、自分たちで働き、自治を行い、国を支えるところまで来た。
その事実を、今回の納税が目に見える形で示していた。
そんな王宮へ、新たな知らせが入った。
謁見の申し込みだった。
アルデバラン王国からマーガレット。
そして、その弟妹であるリヴィア、レックス、イヴァン、コール。
さらにミストバルカス公国からも一行が訪れていた。
ライラ女王。
アンドリュー宰相。
レイラ防衛大臣。
護衛として、シメオン、ジェーク、リッキー、チャド、ホセ、パトリック、シェーン、ラザロ、ブレイドン、コデイ。
文官から名を読み上げられ、カイゼルは少し驚いた。
アルデバラン王国の王族だけではない。
ミストバルカス公国の女王まで自ら来ている。
アイゼルも顔を上げた。
「随分と大人数ですな」
「ああ」
カイゼルはすぐに判断した。
「謁見を受けよう」
申し込みは受理された。
かつてのシュタインフェルト王国には、ほとんど縁のなかった国々である。
だが今では第78アルデバラン王国との交易が始まり、国民同士の婚姻まで決まった。
そして今度は、アルデバラン王国の王族と、ミストバルカス公国の女王が王宮を訪れた。
カイゼルは彼らを迎えるため、謁見の間へ向かった。
謁見の間に、カイゼル王をはじめとするシュタインフェルト王国の重臣たちが集まった。
カイゼルの傍らにはアイゼル・ローゼンクランツ公爵。
宰相をはじめ、王国を支える者たちも席についている。
やがて扉が開いた。
最初に入ってきたのはマーガレットだった。
続いて弟妹のリヴィア、レックス、イヴァン、コール。
さらにミストバルカス公国のライラ女王、アンドリュー宰相、レイラ防衛大臣が入室する。
その護衛としてシメオン、ジェーク、リッキー、チャド、ホセ、パトリック、シェーン、ラザロ、ブレイドン、コデイも続いた。
カイゼルは一行を迎えた。
「遠いところをよく来られた」
マーガレットが一礼する。
「謁見をお許しいただき、ありがとうございます」
カイゼルはマーガレットたちを見る。
以前なら、アルデバラン王国の王族がこれだけ揃ってシュタインフェルト王国を訪れるなど、考えもしなかっただろう。
だが、今は第78アルデバラン王国との交易も始まっている。
アリッサとロルフの結婚も決まった。
国と国との距離は、以前とは比べものにならないほど近くなっていた。
一通りの挨拶が終わったところで、リヴィアが一歩前へ出た。
アルデバラン王国第2王女。
カイゼルは彼女へ視線を向ける。
「リヴィア殿下。何かお話があると聞いている」
「はい」
リヴィアは静かに頷いた。
「シュタインフェルト王国にも、大聖堂を建ててはいかがでしょうか」
「大聖堂?」
カイゼルが聞き返した。
「はい。ただ祈るためだけの建物ではございません」
リヴィアは言葉を続ける。
「人が心を休めることのできる場所です」
カイゼルは黙って聞いていた。
「シュタインフェルト王国には、今、多くの方々が暮らしていらっしゃいます。以前からこの国で暮らしていた方だけではありません。国を失い、故郷を失い、家族を失った方もいらっしゃるでしょう」
アイゼルの表情が少し変わった。
五千万人まで増えた国民。
その中には、何も持たずに逃げてきた者も多い。
住居は造った。
食料もある。
仕事も増えた。
治療施設も公衆浴場もある。
教導を受け、自分の力で生活できるようにもなった。
だが、それだけですべてが済むわけではない。
「身体を休める場所はあります。暮らす場所もあります。ですが、魂が安寧できる場所もあってよいのではないかと思いました」
リヴィアの言葉に、カイゼルはゆっくりと頷いた。
「なるほど」
王として、多くのものを整えてきた。
食料。
住居。
治安。
仕事。
道路。
行政。
それらは国を維持するために欠かせない。
だが、人間はそれだけで生きているわけではない。
故郷を失った悲しみまで、食事だけで消えるものではなかった。
「それは必要かもしれんな」
カイゼルが答えた。
リヴィアも頷く。
「わたくしも、そう思います」
そこでカイゼルは一つ気になった。
「アルデバランの大聖堂と同じものを造るのか?」
「いいえ」
リヴィアはすぐに否定した。
「オリハルコンで造る必要はございません」
アイゼルもリヴィアを見る。
アルデバラン王国の大聖堂と同じものを造ろうとすれば、莫大な量のオリハルコンが必要になる。
今のシュタインフェルト王国なら用意できないものではない。
難民街から納められた税にも、大量のオリハルコンが含まれている。
それでもリヴィアは、それを求めなかった。
「真鍮で造りたいと思います」
「真鍮か」
「はい」
大切なのは、使われている金属の価値ではない。
人がそこへ行き、心を落ち着かせることができる。
静かに祈ってもいい。
何もせず過ごしてもいい。
失った者を思ってもいい。
それぞれが自分の心と向き合える場所であることの方が重要だった。
カイゼルは迷わなかった。
「分かった」
リヴィアを見る。
「ぜひ造ってもらいたい」
「ありがとうございます」
「場所について必要なものがあれば、アイゼルたちと相談してくれ。こちらも協力しよう」
アイゼルも頷いた。
「承知しました」
リヴィアの表情が柔らかくなる。
こうしてシュタインフェルト王国にも、大聖堂を建てることが決まった。
オリハルコンの大聖堂ではない。
真鍮で造られる大聖堂。
だが、そこに求められたものは同じだった。
人が生きていくための場所。
そして、疲れた魂が安寧できる場所だった。
謁見が終わったあと、カイゼルはライラ女王との会談の場を設けた。
謁見の間ではなく、落ち着いて話のできる一室である。
シュタインフェルト王国側からはカイゼル、アイゼル、宰相が席についた。
ミストバルカス公国側からはライラ女王、アンドリュー宰相、レイラ防衛大臣。
護衛たちは室内と扉の外に分かれて控えている。
互いに席につくと、カイゼルが口を開いた。
「改めて、よく来られた」
「ありがとうございます」
ライラは穏やかに答えた。
「一度、カイゼル陛下とは直接お話ししておきたいと思っておりました」
「私もだ。ミストバルカス公国については聞いているが、女王自身から話を聞く機会はなかった」
「では、少し昔の話からいたしましょう」
ライラはそう言って、静かに話し始めた。
「ミストバルカス公国が建国される以前、あの地にはアルタリア帝国がありました」
カイゼルもその名は知っている。
だが、現在その国は存在しない。
「アルタリア帝国は滅びました」
ライラは淡々と言った。
国が一つ消えた。
言葉にすれば、それだけだった。
だが、その下には大勢の人間の暮らしがあった。
「帝国が滅んだからといって、そこに暮らしていた民まで消えるわけではありません」
「ああ」
カイゼルには、その言葉の意味がよく分かった。
今のシュタインフェルト王国にも、国を失った者が大勢暮らしている。
国境線が消えても、人は残る。
食べなければならない。
眠る場所も必要になる。
明日からの暮らしもある。
「その人々を支えてくださったのが、アルデバラン王国でした」
ライラは続けた。
「食べるものを与えていただきました。暮らす場所を整えていただきました。そして、それだけではありません」
アンドリュー宰相も静かに頷いている。
「生きていくための力を与えていただきました」
教導。
ただ救済するだけではなく、自分たちで生活できるようにする。
ライラたちはそれを受けた。
「その後、わたくしたちはミストバルカス公国を建国しました」
カイゼルが尋ねる。
「アルデバラン王国の統治下には入らなかったのか?」
「入りませんでした」
ライラははっきり答えた。
「助けていただきました。教えていただきました。ですが、その後どうするのかは、わたくしたちに委ねられました」
カイゼルは黙ってその言葉を聞く。
どこかで聞いた話ではない。
今、自分たちがシュタインフェルト王国で行っていることと同じだった。
国を失った者を保護する。
教導する。
自立できるようにする。
その後の生き方まで奪わない。
「わたくしたちは自分たちで国を作ることを選びました」
「それがミストバルカス公国か」
「はい」
ライラは微笑んだ。
「ですから、わたくしたちはアルデバラン王国に多大な恩があります」
その言葉に形式的な響きはなかった。
国家間の外交辞令として恩を語っているのではない。
実際に国を失った。
実際に助けられた。
そして、自分たちで立つところまで支えてもらった。
その経験を持つ者の言葉だった。
カイゼルは腕を組まず、静かに聞いていた。
「なるほどな」
やがて、そう呟いた。
「先ほどリヴィア殿下から大聖堂の話を聞いたときにも思ったが、私はまだアルデバランのことを知らないらしい」
「わたくしも、すべてを知っているわけではございません」
ライラが笑う。
「ただ、受けた恩については忘れません」
「それで今回、ここへ?」
「それも理由の一つです」
ライラはカイゼルを見る。
「シュタインフェルト王国が、国を失った人々を受け入れていると聞きました」
「ああ」
「その方々を教導し、自立できるようにしていることも」
「まだ始めたばかりだ」
カイゼルは答えた。
「それでも、すでに自分たちで街を治め、税まで納めるようになった者たちがいる」
ライラの表情が柔らかくなった。
「そうですか」
短い言葉だった。
だが、その声には喜びがあった。
ライラ自身も知っている。
保護されるだけだった者が、自分の足で立てるようになることを。
「よい国になりますね」
カイゼルは少しだけ笑った。
「そうなるようにしたい」
「ええ」
ライラも微笑んだ。
かつて国を失った民から生まれたミストバルカス公国。
そして今、国を失った者たちを受け入れているシュタインフェルト王国。
二人の統治者は、同じものを別の側から見ていた。
会談はそのまま続いた。
ライラはシュタインフェルト王国の現状について尋ねた。
「現在は五千万人が暮らしていると伺いました」
「ああ。元からの国民が二千万人ほど。そこへ国を失った者たちを受け入れてきた」
「三千万人ですか」
「そうなるな」
短期間でそれだけの人間を受け入れた。
住居だけでも膨大な数が必要になる。
食料、水、衣服、治療施設。
さらに仕事がなければ、いつまでも支え続けなければならない。
「大変ではございませんでしたか?」
「大変でなかったとは言えない」
カイゼルは素直に答えた。
「アルデバランから多くの者が来てくれた。我が国の民も教導を受けて動いた。保護した者たち自身も、すぐに働き始めた」
「それで、先ほどのお話につながるのですね」
「ああ。今日、難民街から税が納められた」
「税を?」
ライラが目を見開いた。
「金属インゴットでの物納だ。鉄、金、銀、銅。ミスリル、オリハルコン、アダマンタイト、ヒヒイロカネまである」
アンドリュー宰相も興味を示した。
「すでにそれほどの生産が?」
「ガイル殿たちから精錬を教わった者たちがいる。ダンジョンへ入り、自分たちで精錬しているそうだ」
「先生たちが?」
ライラが驚いた。
アンドリュー宰相とレイラ防衛大臣も顔を上げる。
カイゼルは三人の反応に気づいた。
「知っているのか?」
「もちろんです」
ライラはすぐに答えた。
「わたくしたちも、先生たちには大変お世話になりました」
「先生たち……」
カイゼルは少し意外に思った。
目の前にいるのは一国を治める女王である。
そのライラが、何の迷いもなくガイルたちを先生と呼んだ。
アンドリューも懐かしそうに頷いた。
「そうでしたか。先生たちは、こちらでも教導をなさっていたのですね」
「ああ。精錬を教わった者たちが、今では自分たちだけでダンジョンへ入っている」
カイゼルは続ける。
「今日、その者たちが作ったインゴットが税として納められた。量も莫大だった」
ライラの表情が明るくなった。
「先生たちらしいですね」
教える。
できるようになるまで支える。
自分たちでできるようになれば、その者たちに任せる。
ミストバルカス公国でも同じだった。
だからライラには分かる。
シュタインフェルト王国で、何が起きているのか。
「少し前まで、食べるものすら持っていなかった者たちだ」
カイゼルが言った。
「それが今では街を作り、自分たちで首長を選び、働いている。そして国へ税まで納めた」
「素晴らしいことです」
「ああ。私もそう思う」
カイゼルの声には喜びがあった。
「受け入れたときから我が国の民だ。だが、今日の報告を聞いて改めて思った。もう保護されるだけの者たちではない。この国を支える者になっている」
ライラには、その言葉がよく分かった。
自分たちも同じだったからだ。
国を失った。
保護された。
食べさせてもらった。
教導を受けた。
そして、自分たちで立った。
その先にできた国が、今のミストバルカス公国だった。
「カイゼル陛下」
「何だ?」
「先ほど、わたくしたちはアルデバラン王国に多大な恩があると申し上げました」
「ああ」
「ですが、シュタインフェルト王国に救われた方々も、いつか同じことをおっしゃるのでしょうね」
カイゼルは少し考えてから答えた。
「恩に思ってもらうために受け入れたわけではない」
ライラは一瞬黙った。
そして笑った。
「同じですね」
「何がだ?」
「アルデバランの方々も、同じことをおっしゃいます」
カイゼルも笑う。
「それでは恩を返しようがないな」
「ええ。ですから、わたくしは返す相手を決めなくてもよいと思っております」
「返す相手?」
「困っている方がいれば、今度は自分たちが手を差し伸べればよいのです」
カイゼルは黙ってライラを見る。
アルデバランに助けられたミストバルカス公国。
その恩をアルデバランだけに返すのではない。
必要とする別の誰かへ渡していく。
考えてみれば、シュタインフェルト王国もすでに同じことをしていた。
自分たちがアルデバランから教わったものを使い、国を失った者たちを受け入れている。
「なるほどな」
カイゼルは頷いた。
「それなら分かる」
「はい」
ライラも頷いた。
どちらかが命じたわけではない。
アルデバラン王国から、そうしろと言われたわけでもない。
ライラたちは自分たちで国を作ることを選んだ。
カイゼルは国を失った者たちを受け入れることを選んだ。
そして、かつて教わった者が、今度は別の誰かへ教えている。
ライラは穏やかに笑った。
「今日は来てよかったです」
「私もだ」
カイゼルも笑った。
かつて国を失った者たちが、新しい国を作った。
今度は別の場所で、国を失った者たちが新しい生活を始めている。
その間を行き来しているのは、命令ではなかった。
教わったこと。
助けてもらったこと。
そして、自分たちが次に何をするかという選択だった。




