26 初めての成果
王城の訓練場で飛行訓練を終えようとしていた時だった。
一人の衛兵が慌ただしく駆け込んでくる。
「団長!」
「王都治安隊より応援要請です!」
訓練場の空気が引き締まる。
騎士団長が衛兵へ向き直った。
「何があった。」
「盗賊と人攫いの一団です!」
「複数の場所へ分かれて逃走しています!」
「治安隊だけでは包囲しきれません!」
騎士団長はアークを見る。
アークは静かに頷いた。
「良い実戦になります。」
「これまで学んだことを試してください。」
騎士団長はすぐに命令を下した。
「飛行可能者は出動!」
「五人一組で行動する!」
「教導役は各班を指揮しろ!」
「はっ!」
約三百五十人の飛行部隊が一斉に空へ舞い上がった。
風魔法を纏った騎士たちは、高度を揃えながら王都の空を飛ぶ。
地上では住民たちが驚いた表情で見上げていた。
「騎士様が空を飛んでいる!」
「何事だ!」
飛行部隊は王都上空へ到達すると、各班が担当区域へ散開する。
「こちら第一班。」
テレパシーが繋がる。
『異常なし。』
『第二班、西通りへ向かいます。』
『第三班、北門付近を捜索。』
離れた場所にいても、声はすぐ仲間へ届く。
騎士団長は空を飛びながら驚いていた。
「これほど便利なのか……。」
伝令を走らせる必要がない。
叫ぶ必要もない。
離れていても瞬時に連携できる。
その時だった。
『第五班より報告!』
テレパシーが響く。
『市場の北側で盗賊らしき集団を発見!』
『人数二十!』
騎士団長は即座に命じる。
『第五班は監視を継続。』
『第四班、第六班は応援へ。』
『了解!』
三つの班が空から現場へ向かう。
地上を走る盗賊たちは、頭上から迫る騎士団に気付いていなかった。
「囲め!」
騎士たちは高度を下げながら一斉に包囲を開始する。
盗賊の一人が空を見上げた。
「な、なんだあれ!」
「騎士が飛んでいるぞ!」
突然の出来事に盗賊たちは動揺する。
逃げようとしても、空から進路を塞がれてしまう。
地上だけを警戒していた彼らにとって、空からの包囲は想定外だった。
騎士たちは冷静だった。
慌てる者は一人もいない。
訓練で繰り返した隊列を維持したまま、少しずつ包囲網を狭めていく。
その様子を後方から見守るアークは静かに呟いた。
「訓練は終わりました。」
「ここからが成果を示す時です。」
「逃げろ!」
盗賊たちは一斉に路地へ駆け込んだ。
「散れ!」
頭目らしき男が怒鳴る。
「捕まらなければいい!」
しかし、その動きはすでに空から見られていた。
『第五班より報告。』
『五人が東路地へ。』
『八人が屋根伝いに北へ逃走。』
『残りは市場へ向かっています。』
情報はテレパシーによって瞬時に共有される。
騎士団長は即座に命令を下した。
『第一班は東側を封鎖。』
『第二班は北へ。』
『第三班は市場側へ回り込め。』
『了解!』
飛行部隊が一斉に進路を変える。
地上を走るよりも速く、建物を越えて目的地へ到着する。
盗賊たちは振り返り、息を呑んだ。
「もう回り込まれただと!」
「そんな馬鹿な!」
空を飛ぶ騎士たちは屋根の上へ降り立ち、逃走経路を完全に塞いでいた。
頭目が剣を抜く。
「突破するぞ!」
盗賊たちは一斉に突撃した。
「テレキネシス。」
騎士が静かに呟く。
盗賊たちの身体が突然宙へ浮かび上がった。
「なっ!」
「体が動かん!」
武器を振るうことも、走ることもできない。
まるで見えない手に掴まれたように、その場へ固定されていた。
「抵抗しないでください。」
騎士たちは落ち着いた声で告げる。
「あなた方を捕縛します。」
別の場所でも同じだった。
逃げる人攫いたちが屋根を越えようとした瞬間、
「テレキネシス。」
身体が浮き上がり、そのまま空中で静止する。
「うわあっ!」
縄を持った騎士たちが近付き、一人ずつ拘束していく。
誰一人として剣を振るわない。
誰一人として命を奪わない。
訓練で学んだ通り、制圧を最優先としていた。
『こちら第二班。』
『十二名確保。』
『負傷者なし。』
『第三班。』
『人攫い十五名を確保しました。』
『第五班。』
『盗賊二十三名を拘束完了。』
報告が次々と届く。
騎士団長は空から王都全体を見渡した。
各班は混乱することなく任務を遂行している。
情報共有。
飛行。
包囲。
そしてテレキネシスによる捕縛。
すべてが訓練通りだった。
治安隊の隊長は、その様子を呆然と見つめていた。
「早い……。」
「いや、それだけではない。」
「一人も斬っていない。」
これまでなら、市街地で盗賊を追えば激しい戦闘となり、市民が巻き込まれる危険もあった。
しかし今回は違う。
騎士たちは空から逃走経路を塞ぎ、抵抗する間もなく拘束していく。
市民は安心してその様子を見守っていた。
アークは遠くからその光景を眺め、小さく頷く。
戦うための力ではない。
守るための力。
騎士たちは、その意味を実戦の中で少しずつ理解し始めていた。
「こちら第一班。」
『盗賊十八名、全員確保。』
「こちら第四班。」
『人攫い二十六名を拘束しました。』
「こちら第七班。」
『逃走中の盗賊を追跡中。』
王都上空では、各班からテレパシーによる報告が絶え間なく続いていた。
騎士団長は飛行しながら指示を飛ばす。
『焦る必要はない。』
『必ず生け捕りにしろ。』
『市民を最優先だ。』
『了解!』
騎士たちは街並みを見下ろしながら飛行を続ける。
建物の陰。
屋根の上。
細い路地。
逃走経路は空からすべて見えていた。
「いた!」
一人の騎士が叫ぶ。
三人の人攫いが幼い子どもを抱え、路地裏を必死に逃げている。
「逃がすな!」
五人一組の班が急降下した。
「テレキネシス。」
三人の身体が同時に宙へ浮く。
「なっ!」
「動けない!」
抱えていた子どももゆっくりと空中へ浮かび、別の騎士が優しく受け止めた。
「もう大丈夫ですよ。」
子どもは震えながら頷いた。
近くにいた母親が駆け寄る。
「ありがとうございます!」
涙を流しながら何度も頭を下げた。
騎士は静かに微笑む。
「お怪我はありませんか。」
「はい……本当にありがとうございます。」
周囲で見ていた市民たちから拍手が起こった。
「助かったぞ!」
「騎士団、ありがとう!」
歓声が広場へ広がっていく。
別の場所でも同じだった。
盗賊十数人が民家へ逃げ込もうとした瞬間、飛行部隊が屋根へ降り立つ。
「逃げ場はありません。」
盗賊たちは剣を構えた。
「くそっ!」
「やるしかない!」
しかし騎士たちは剣を抜かなかった。
「テレキネシス。」
見えない力が盗賊たちを包み込む。
剣は手から離れ、そのまま地面へ落ちた。
身体は宙へ浮き、一歩も動けなくなる。
「降伏してください。」
「命を奪うつもりはありません。」
盗賊たちは互いの顔を見合わせた。
これまで戦ってきた騎士とは違う。
斬りかかってこない。
必要以上に傷つけようともしない。
抵抗できないことを悟った盗賊たちは、静かに力を抜いた。
「……降参だ。」
騎士たちは一人ずつ縄で拘束し、治安隊へ引き渡していく。
治安隊の隊長は感嘆の声を漏らした。
「これほど見事な捕縛は初めて見た。」
「誰一人死者が出ていない。」
「市民にも被害がない。」
騎士団長も静かに頷く。
飛行。
テレパシー。
テレキネシス。
この三つが組み合わさることで、犯罪者は逃げることも戦うこともできなくなっていた。
アークは遠くからその光景を見つめる。
力とは、相手を倒すためだけのものではない。
人を守り、被害を最小限に抑えるためにも使える。
騎士たちは初めて、その教えを実戦の中で形にしていた。
夕暮れ。
王都の広場には、多くの市民が集まっていた。
治安隊の前には、縄で拘束された盗賊や人攫いたちが座らされている。
人数は百五十人。
一人の逃亡者もいなかった。
治安隊長が報告する。
「確認しました。」
「盗賊、人攫い、合わせて百五十名。」
「全員確保です。」
騎士団長は静かに息を吐いた。
「負傷者は。」
「騎士団、治安隊、市民、犯罪者を含めて重傷者はいません。」
「全員、生きたまま確保しました。」
その言葉を聞き、市民たちから歓声が上がる。
「ありがとう!」
「助かった!」
「娘が無事に帰ってきました!」
「騎士団万歳!」
子どもたちも目を輝かせながら騎士たちへ駆け寄った。
「騎士様!」
「空を飛んでた!」
「すごかった!」
若い騎士は照れくさそうに笑う。
「怖くなかったか?」
「うん!」
「もう悪い人はいない?」
「安心してください。」
「もう大丈夫です。」
その言葉を聞いた母親は深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。」
「本当にありがとうございました。」
騎士たちは互いに顔を見合わせる。
これまで魔力循環も、魔法も、超能力も、すべて訓練だった。
強くなるため。
戦うため。
そう思っていた者も少なくなかった。
しかし今日、自分たちが飛び、追跡し、捕縛したことで、多くの市民が笑顔を取り戻している。
一人の若い騎士が静かに呟いた。
「これが……先生の言っていたことか。」
隣の女性騎士も頷く。
「強くなることが目的じゃなかった。」
「人を守るためだったのね。」
別の騎士も拘束された犯罪者たちを見ながら口を開く。
「剣を振るわなくても、人は守れる。」
「殺さなくても、悪は止められる。」
その言葉に周囲の騎士たちも静かに頷いた。
騎士団長はアークのもとへ歩み寄る。
「アーク殿。」
「今日、ようやく理解しました。」
「あなたが教えていたのは魔法でも超能力でもありません。」
「騎士として、何を守るべきかでした。」
アークは市民たちの笑顔へ視線を向ける。
「力は目的ではありません。」
「人を守るための手段です。」
「その力で救える人が増えれば、それで十分です。」
騎士団長は広場を見渡した。
笑顔の子どもたち。
涙を流しながら礼を言う親。
安堵した表情の治安隊。
そして、誇らしげに立つ七百人の騎士たち。
今日の任務で得たものは、百五十人の犯罪者を捕らえた実績だけではなかった。
騎士一人ひとりが、自分たちの力の意味を知ったのである。
教えは訓練場で終わるものではない。
人を救い、街を守り、民の笑顔へ繋がって初めて意味を持つ。
その日、王国騎士団は初めて、アークが伝え続けてきた教えの本当の価値を理解した。
それは、誰かを倒すための力ではない。
誰かを守るための力だった。




