257 偉業
オーキスのもとへ、一つの報告が届いた。
アリッサとロルフの結婚が決まった。
シュタインフェルト王国の公爵令嬢アリッサ。
第78アルデバラン王国の国民であり、自らの店を営むロルフ。
二人が互いを選び、アイゼルも婚姻を認めた。
オーキスはその報告を読み、しばらく考えた。
一組の男女が結婚する。
それだけならば、国王が取り上げるような話ではない。
ましてや二人は政略によって結ばれたわけでもなかった。
アリッサがロルフを好いた。
ロルフもアリッサを好いた。
二人が結婚を望んだ。
それだけである。
だが、この婚姻には別の意味があった。
シュタインフェルト王国と第78アルデバラン王国。
二つの国の国民同士が結ばれる。
しかも、アリッサはシュタインフェルト王国の公爵令嬢だった。
オーキスはシュタインフェルト王国で起きていることを思い返した。
多くの国が消えた。
国を失った民が大陸をさまよった。
騎士や兵士だった者たちの一部は武装集団となった。
それをシュタインフェルト王国が受け止めている。
難民を保護する。
食事を与える。
住む場所を造る。
教導する。
自立する力を得た者は、自分で仕事を選び、自分たちで街を運営する。
完全悪党だけを処刑し、それ以外の騎士崩れや兵士崩れまで国民として受け入れている。
シュタインフェルト王国の人口は、すでに五千万人に達していた。
それでも食料充足率は百五十パーセント。
国民が飢えることもない。
新しく来た者を受け入れる余力さえ残している。
大陸の混乱を、シュタインフェルト王国が一つずつ吸収していた。
オーキスが望んでいた形だった。
アルデバラン王国が大陸へ出て、すべてを支配する必要はない。
アルデバランの三十五億人という力を前面に出せば、他国の政治も選択も呑み込んでしまう。
だから、表に出ない。
力は渡す。
知識も渡す。
だが、その力をどう使うかは相手に任せる。
カイゼルは自分で選んだ。
国を失った民を救うことを。
大陸を荒らす者たちを整理することを。
そして、受け入れた者たちが自分で生きられるようにすることを。
そのシュタインフェルト王国とアルデバラン王国の間に、一つの縁が生まれた。
条約ではない。
服従でもない。
政略結婚ですらない。
二人の人間が互いを選んだ結果だった。
オーキスは報告を置いた。
「これは大きいな」
王妃バイオレットが尋ねる。
「アリッサ嬢とロルフ殿の婚姻がですか?」
「ああ」
オーキスは頷いた。
「アルデバランが表に出ずに大陸を安定させる。そのためにシュタインフェルト王国が果たしている役割は大きい」
「ええ」
「その国との間に、人の縁ができた」
国と国が結んだものではない。
王が命じたものでもない。
だからこそ意味があった。
人が行き来する。
商人が行き来する。
商品が行き来する。
そして今度は、国境を越えて家族が生まれる。
その縁を結んだ人物がいる。
「イメルダ伯爵か」
バイオレットが微笑んだ。
「今回も、ですわね」
「ああ。またイメルダ伯爵だ」
オーキスも笑った。
結婚斡旋ギルドの初代グランドマスター。
人と人の縁を結び続けてきた伯爵。
今回も彼女は、大陸を安定させようとしてアリッサとロルフを結んだわけではない。
二人が互いを想っていることに気づき、その縁談を進めただけだ。
だが、その結果は一組の夫婦だけに留まらなかった。
シュタインフェルト王国が安定すれば、そこで救われる者がいる。
新たに流れ着いた難民も救われる。
武器を捨て、新しい人生を選べる者もいる。
その数がどこまで増えるのか、今の段階では誰にも分からない。
すでにどれほど多くの国を失った民が救われたのかさえ、簡単には数えられなかった。
オーキスは決めた。
「イメルダ伯爵を表彰する」
バイオレットが頷く。
「八回目になりますわね」
「ああ。八回目だ」
また一つ、イメルダ・シュトラウス伯爵の偉業が増えることになった。
イメルダ・シュトラウス伯爵の八回目となる表彰が決まった。
本人がそれを知ったのは、アルデバラン王国へ戻ってからだった。
王宮へ来るようにとの連絡を受け、イメルダは指定された時間に姿を見せた。
迎えたのはオーキスとバイオレットだった。
「お呼びでしょうか、陛下」
「ああ。イメルダ伯爵、まずは座ってくれ」
「ありがとうございます」
イメルダは席に着いた。
何の用件なのか分からないらしい。
オーキスはその様子を見ながら尋ねた。
「シュタインフェルト王国はどうだった?」
「皆様、お元気でございましたよ」
「そうか」
「新しく造られた街も拝見いたしました。多くの方が自分で仕事を持ち、生活を始めておられます」
イメルダは嬉しそうだった。
「結婚を希望される方も大勢いらっしゃいましたので、ミランダたちに任せてまいりました」
「その報告も受けている」
オーキスが頷く。
「それから、アリッサ嬢とロルフ殿の結婚も決まったそうだな」
「はい」
イメルダの表情がさらに明るくなった。
「とてもお似合いのお二人です」
「ずいぶん早かったそうではないか」
「そうでしょうか?」
本気で分かっていない顔だった。
バイオレットが小さく笑う。
「イメルダ伯爵。アイゼル公爵は、かなり驚かれたのではありませんか?」
「お二人のお気持ちは決まっておりましたし、アイゼル卿も反対なさいませんでしたから」
「それで、すぐに?」
「待つ理由がございませんもの」
オーキスも笑った。
やはりイメルダだった。
しばらくして、オーキスは表情を改めた。
「イメルダ伯爵」
「はい」
「今回、そなたを表彰することにした」
イメルダが瞬きをした。
「わたくしを、でございますか?」
「ああ」
「何かいたしましたでしょうか?」
「アリッサ嬢とロルフ殿の縁を結んだ」
イメルダは少し考えた。
「それが結婚斡旋ギルドの仕事でございますが」
「そうだな」
オーキスも否定しなかった。
「だが、今回はそれだけではない」
イメルダがオーキスを見る。
「アリッサ嬢はシュタインフェルト王国の公爵令嬢だ。ロルフ殿は第78アルデバラン王国の国民。その二人が夫婦になる」
「はい」
「これは我が国にとって重要な意味を持つ」
イメルダは黙って聞いた。
「私はアルデバラン王国を前面に出して、大陸をまとめるつもりはない」
三十五億人。
百三十か国。
その力を一つの意思で動かせば、他国にとってはあまりにも大きすぎる。
「シュタインフェルト王国には、シュタインフェルト王国として歩んでもらう。カイゼル王も、それを選んだ」
「ええ」
「その国が今、多くの難民を救っている」
住居を造る。
食料を与える。
教導する。
自立する力を渡す。
騎士崩れや兵士崩れであっても、完全悪党でなければ新しい人生を選ぶ機会を与えている。
「シュタインフェルト王国が安定すれば、その周囲も安定する」
オーキスは続けた。
「そのシュタインフェルト王国とアルデバラン王国の間に、そなたは縁を結んだ」
「ですが、わたくしは国同士を結ぼうとしたわけではございません」
「分かっている」
オーキスは即答した。
「だからこそだ」
政略で結ばせたのではない。
国家の利益のために、二人の人生を利用したのでもない。
アリッサがロルフを選んだ。
ロルフもアリッサを選んだ。
イメルダは、その選択を結婚という形にしただけだった。
「我が国が命じたものではない。シュタインフェルト王国に求めたものでもない。それでも両国の間に家族が生まれる」
オーキスはイメルダを見る。
「大陸の安定という結果から見れば、非常に大きな意味を持つ縁だ」
イメルダはしばらく黙っていた。
やがて困ったように微笑む。
「わたくしは、アリッサさんとロルフさんに幸せになっていただきたかっただけなのですが」
「ああ。それでいい」
オーキスも笑った。
「そなたが何を目的にしたかではない。その行動によって何が生まれたかを、国王として評価している」
バイオレットも頷いた。
「これで八回目ですわね、イメルダ伯爵」
「八回目……」
イメルダは少し呆然としている。
人の縁を結んだ。
本人にとっては、それだけだった。
だが、その縁の先で救われる者の数を、もはや誰にも数えることはできなかった。
それは間違いなく、イメルダの偉業だった。
イメルダ・シュトラウス伯爵、八回目の表彰。
その模様は、これまでの表彰と同じように生中継されることになった。
アルデバラン王国百三十か国。
そしてミストバルカス公国。
各地の空に巨大な映像が投影された。
王都だけではない。
地方の街でも、村でも見ることができる。
空を見上げれば、アルデバラン王宮の様子が映っていた。
さらに、生中継された映像はそのまま教導管理システムへ録画、保存される。
仕事や移動などで生中継を見られなかった者も、後から自由に見ることができた。
王宮では表彰の準備が整っていた。
イメルダがオーキスとバイオレットの前に立つ。
八回目である。
だが、イメルダ自身は何度表彰されても慣れた様子を見せなかった。
オーキスが口を開く。
「イメルダ・シュトラウス伯爵」
「はい」
「そなたの功績を称え、八回目の表彰を行う」
その言葉も各地の空へ流れていく。
今回の表彰理由は、一組の男女の婚姻だった。
シュタインフェルト王国の公爵令嬢アリッサ。
第78アルデバラン王国国民のロルフ。
二人の結婚が決まった。
それだけを聞けば、なぜ伯爵が国家から表彰されるのか分からない者もいただろう。
オーキスは説明を続けた。
「現在、シュタインフェルト王国は大陸の安定に大きな役割を果たしている」
国を失った民を保護する。
住居を造る。
食料を与える。
教導によって自立する力を渡す。
新しく造られた街では、住民自身が首長を選び、自治まで始めている。
騎士崩れや兵士崩れも、完全悪党でなければ受け入れ、新しい人生を選べるようにしていた。
すでにシュタインフェルト王国の人口は五千万人に達している。
「だが、我々がシュタインフェルト王国へそれを命じたのではない」
オーキスははっきりと言った。
「カイゼル王とシュタインフェルト王国の人々が、自ら選んで行っていることだ」
アルデバラン王国が軍を送り、大陸を支配しているのではない。
国を奪っているのでもない。
シュタインフェルト王国にはシュタインフェルト王国の王がいる。
行政がある。
国民がいる。
自分たちで考え、自分たちで選んでいる。
「我々には大きな力がある。だからこそ、その力ですべてを決めてはならない」
オーキスの言葉を、百三十か国とミストバルカス公国の人々が聞いていた。
「アルデバラン王国が表に出ることなく、大陸が安定していく。その形がシュタインフェルト王国に生まれ始めている」
そして、その国と第78アルデバラン王国との間に新しい縁が生まれた。
アリッサとロルフ。
国家が決めた政略結婚ではない。
両国が条約のために結ばせた二人でもない。
「二人は自分たちで互いを選んだ」
オーキスは続ける。
「その二人の気持ちに気づき、縁を結んだ者がいる」
視線がイメルダへ向いた。
「イメルダ・シュトラウス伯爵だ」
イメルダは静かに一礼した。
「一組の婚姻が大陸を安定させるわけではない。だが、人が行き来し、物が行き来し、そして国境を越えて家族が生まれる。その積み重ねが国と国をつないでいく」
シュタインフェルト王国では、今も国を失った者が救われている。
その数は増え続けていた。
アルデバラン王国が支配することなく、その流れは生まれている。
イメルダは大陸を安定させるために二人を結んだわけではない。
ただ、二人が互いを想っていることに気づいた。
そして自分にできることをした。
「その結果として生まれた縁を、私は国王として高く評価する」
オーキスはイメルダを見る。
「イメルダ伯爵。そなたの功績を称え、ここに八回目の表彰を行う」
イメルダは深く頭を下げた。
「謹んでお受けいたします」
その姿もまた、百三十か国とミストバルカス公国の空へ映し出されていた。
そして映像は、教導管理システムへ記録されていく。
イメルダが結んだ一つの縁。
それがなぜ偉業として表彰されたのか。
その理由まで含めて、記録に残された。
表彰が終わっても、生中継は続いていた。
イメルダは頭を上げる。
八回目。
自分でも分かっているはずなのだが、やはり少し困ったような顔をしていた。
オーキスがそれに気づいた。
「まだ納得していない顔だな」
「納得していないわけではございません」
「では、何だ?」
イメルダは少し考えてから答えた。
「アリッサさんとロルフさんの結婚をお手伝いしたことは、確かでございます」
「ああ」
「ですが、わたくしはシュタインフェルト王国を安定させたわけではございません」
「それも分かっている」
「難民の方々を保護したのは、カイゼル陛下とシュタインフェルト王国の皆様です」
「その通りだ」
「騎士崩れを掃討したのも、街を造ったのも、食料を作ったのも、わたくしではございません」
オーキスは頷いた。
イメルダの言っていることは正しい。
彼女はシュタインフェルト王国を統治していない。
難民街を造ったわけでもない。
五千万人を養う食料を生産したわけでもない。
大陸を荒らす武装集団と向き合ったわけでもなかった。
「だから、そなた一人の功績だとは言っていない」
オーキスは答えた。
「多くの者が、それぞれ自分のできることをした。その中で、そなたも一つの大きな役割を果たした。それを表彰している」
イメルダは黙って聞いていた。
「シュタインフェルト王国と第78アルデバラン王国の間では、すでに商人が行き来している。物も動いている。そこへ今度は家族が生まれる」
「はい」
「その縁を結んだのは、そなただ」
それ以上でも、それ以下でもない。
オーキスは誰か一人に大陸安定の功績を集めるつもりはなかった。
カイゼルにはカイゼルの選択があった。
アイゼルにはアイゼルの働きがあった。
騎士団は武装集団を掃討した。
行政官は行政を教えた。
教師たちは教導した。
商人は商品を運んだ。
農民は食料を作った。
保護された者たちは自分で仕事を選び、自分たちの街を運営し始めた。
その中に、イメルダが結んだ縁もある。
「一人で何もかも成し遂げる必要などない」
オーキスは言った。
「自分にできることをすればいい。その結果が次につながることもある」
イメルダはようやく微笑んだ。
「それでしたら、ありがたく頂戴いたします」
「最初からそうしてくれ」
バイオレットが笑った。
「陛下。イメルダ伯爵ですもの」
「そうだったな」
オーキスも笑う。
そのやり取りまで、各地の空へ流れていた。
百三十か国。
そしてミストバルカス公国。
多くの者が、八回目の表彰を見ている。
表彰されたのは、大軍を率いて敵国を滅ぼした将軍ではない。
広大な領土を手に入れた者でもない。
新しい国を征服した者でもなかった。
人と人の縁を結び続けてきた一人の伯爵だった。
やがて表彰の生中継が終了した。
空に映っていた王宮の姿が消えていく。
だが、その映像が失われることはない。
最初から最後まで録画された映像は、教導管理システムに保存されていた。
見逃した者は後から見ることができる。
もう一度見たい者も自由に見られる。
誰が表彰されたのか。
何をしたのか。
なぜ国王がそれを偉業と認めたのか。
オーキス自身の言葉とともに残っている。
イメルダは王宮を出た。
八回目の表彰を受けたからといって、彼女のすることが変わるわけではない。
シュタインフェルト王国にはミランダ、ミレイユ、ミアーダを残している。
結婚を望む者たちは大勢いる。
彼女たちは、そこで新しい縁を結び始めるだろう。
そしてアリッサとロルフも、これから夫婦になる。
イメルダがしたことは単純だった。
二人が互いを想っていることに気づいた。
結婚したいという意思を確かめた。
父親と話をした。
そして縁を結んだ。
それだけだった。
だが、その一つの縁が、国境を越えた。
アルデバラン王国が大陸を支配することなく、シュタインフェルト王国は自らの意思で人を救い続けている。
そこへ人の縁まで生まれた。
その先で、どれだけ多くの国を失った民が救われていくのか。
もはや誰にも数えることはできない。
大陸を変えようとしたわけではない。
ただ、目の前にあった縁を結んだ。
それでも結果として残ったものは大きかった。
それは間違いなく、イメルダ・シュトラウス伯爵の偉業だった。




