↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

254/311

254 難民保護の開始

 難民を受け入れるための準備が整い、シュタインフェルト王国は保護を開始した。


 最初から一千万人近い人間を一度に移動させることはしない。


 広域索敵によって確認されている難民の集団へ騎士たちが向かい、数万人単位で順に保護していった。


 長期間の移動を続けていた者が多かった。


 衣服は汚れ、身体にも泥や埃が付いている。


 疲労の濃い顔。


 痩せた者。


 怪我をしたまま歩いてきた者。


 幼い子供を抱えている者もいた。


 保護された難民には、最初にピュリフィケーションバレットが使われた。


 光が身体を包む。


 汚れていた身体が浄化され、衣服の汚れも落ちていった。


 その後で治療が始まる。


 怪我をしている者には治癒魔法を使う。


 長い移動で身体を痛めていた者も治療を受けた。


 難民たちは最初こそ戸惑っていたが、浄化と治療が終わる頃には緊張も少しずつ解けていた。


 次は食事だった。


 騎士たちが狩ってきた魔物の肉や内臓。


 シュタインフェルト王国で大量に収穫されている芋。


 用意されていた食事が振る舞われた。


 温かい料理を前にしても、しばらく手をつけない者がいた。


 本当に自分たちが食べていいのか分からなかった。


 周囲の者が食べ始める。


 それを見て、ようやく料理へ手を伸ばす。


 一口食べる。


 もう一口。


 食事が始まれば早かった。


 空腹だったのだ。


 何日も満足に食べていなかった者もいる。


 腹が満たされるにつれて、難民たちの顔から険しさが消えていった。


 食事を終えた者から住居へ案内された。


 荒野を開拓して造られた街には、すでに大量の集合住宅が並んでいる。


 公衆浴場。


 共同トイレ。


 下水処理システム。


 治療施設。


 教導会場。


 生活に必要な設備も用意されていた。


 集合住宅へ入った難民たちが目を留めたものがある。


 寝床だった。


 水魔法で作られたマットレスが置かれている。


 内部は水でありながら、表面は魔力膜で覆われていた。


 横になれば身体の重みに合わせて形が変わる。


 柔らかすぎない。


 硬すぎない。


 適度な弾力が身体を支えてくれる。


「これ、水なのか?」


 横になった男が不思議そうに身体を動かした。


 隣では子供が先に寝転がっていた。


「気持ちいい」


 母親も恐る恐る手で押してみる。


 水は漏れない。


 魔力膜で覆われているため、普通に使っている限り破損することもなかった。


 何より、長い避難生活を続けてきた者たちには、身体を伸ばして眠れる場所があること自体が大きかった。


 その夜。


 集合住宅は早い時間から静かになった。


 満腹になり、身体を清潔にし、治療を受けた難民たちが水魔法のマットレスへ横になっている。


 久しぶりに安心して眠った者も多かった。


 翌朝。


 街へ出てきた難民たちの表情は、前日とは明らかに違っていた。


 疲労が完全に消えたわけではない。


 これからどうなるのかという不安も残っている。


 それでも、昨日までの張り詰めた顔ではなかった。


 食事がある。


 眠る場所がある。


 身体を洗える。


 怪我をすれば治療を受けられる。


 少なくとも、今日を生き延びるために歩き続ける必要はなくなった。


 難民の受け入れは止まらない。


 数万人。


 さらに数万人。


 広域索敵で確認された集団が順番に保護されていく。


 浄化。


 治療。


 食事。


 住居。


 同じ流れで受け入れが続いた。


 教導管理システムには、保護された人数と受け入れ先が登録されていく。


 街にはまだ十分な余裕がある。


 三千万人規模まで受け入れられるよう、最初から広く造られていたからだ。


 そして、シュタインフェルト王国が保護した難民の数は百万人を突破した。


 それでも受け入れは続いていた。




 難民の保護が百万人を超えても、受け入れはそのまま続けられた。


 数万人単位で新しい難民が到着する。


 ピュリフィケーションバレットで身体と衣服を浄化する。


 怪我や身体の不調を治療する。


 食事を取り、用意された集合住宅へ入る。


 その流れはすでに滞ることなく動いていた。


 一方で、先に保護された者たちには教導が始まった。


 十分に食べ、休息を取り、体力を取り戻した者から教導会場へ向かう。


 教導会場は街の各所に建設されている。


 一千万人を一か所へ集める必要はなかった。


 住んでいる場所に近い教導会場へ行けばいい。


 アルデバランから来た教師たちが待っていた。


 最初に教えられたのは魔力操作だった。


 自分の中にある魔力を感じる。


 動かす。


 循環させる。


 難民たちは戸惑いながらも教えられた通りに試していった。


 魔力を感じ取った者の表情が変わる。


 昨日まで、自分には何もないと思っていた者たちだった。


 国を失った。


 家を失った。


 仕事を失った者もいる。


 だが、自分自身まで失ったわけではない。


 魔力操作を覚えれば、次の教導へ進む。


 水魔法。


 土魔法。


 風魔法。


 火魔法。


 光魔法。


 闇魔法。


 さらに教導は続いていった。


 教導会場の外では、覚えたばかりの魔法を試す者の姿が増え始めた。


 掌から水を出す。


 土を動かす。


 小さな風を起こす。


 最初は自分が起こした現象を信じられず、何度も試す者もいた。


 教師たちは一人ずつ細かく指示し続けることはしなかった。


 一度覚えれば、自分で使える。


 使えば慣れる。


 分からないことがあれば、そのとき聞けばいい。


 教導管理システムへの登録も並行して進められていた。


 誰が保護されたのか。


 どこに住んでいるのか。


 どこまで教導が進んでいるのか。


 情報が順次登録されていく。


 保護する側も、一千万人近い人間を記憶だけで管理する必要はない。


 新しく到着する難民の受け入れと、すでに保護した者への教導が同時に進んでいた。


 日を追うごとに街の人口が増える。


 二百万人。


 三百万人。


 それでも混乱は起きなかった。


 三千万人規模まで見越して街を造っていたため、住居にはまだ余裕がある。


 公衆浴場も共同トイレも使われ始めている。


 治療施設には体調を崩した者が訪れ、必要な治療を受けていた。


 食事も供給され続けている。


 シュタインフェルト王国で収穫された芋。


 騎士たちが狩ってきた魔物。


 肉だけでなく、浄化された内臓も食材として使われた。


 保護人数が増えれば、必要な食料も増える。


 それでも受け入れは止まらなかった。


 五百万人を超えた。


 広域索敵で確認された難民の集団は、次々と新しい街へ移っていく。


 保護された側にも変化が現れていた。


 数日前に疲れ切った姿で到着した者が、今では教導会場へ自分の足で向かっている。


 水魔法で自分の水を用意する者もいる。


 汚れれば自分でピュリフィケーションを使う者も現れた。


 できることが少しずつ増えていった。


 そして十日が経った。


 教導管理システムに登録された保護人数が、一千万人に達した。


 広域索敵で確認されていた難民の保護が完了した。


 カイゼルたちが最初に想定していた最大に近い人数だった。


 一千万人。


 十日前まで、彼らはシュタインフェルト王国の外をさまよっていた。


 今は住居がある。


 食事がある。


 治療を受けられる。


 そして、自分で生活するための力を学び始めている。


 難民の保護は完了した。


 だが、教導はまだ続いていた。


 保護された一千万人が、次に何をするのか。


 その変化は、すでに街の中で始まりつつあった。




 一千万人の難民保護が完了した後も、教導は続いていた。


 先に保護された者たちは、すでに多くの魔法や技能を身につけている。


 十日前、疲れ切った姿で難民街へ入ってきた者たちが、今では自分に何ができるのかを考え始めていた。


 その中から、森へ狩りに行く者が現れた。


 食事として毎日口にしている魔物の肉は、誰かが森で狩ってきたものだ。


 教導を受けた今なら、自分たちでも狩ることができる。


 最初は教師が同行した。


 森へ入ると、教導会場で習った手順を実際に試していく。


 最初は索敵だった。


 全索敵で周囲を調べ、魔物の位置と数を把握する。


 発見しても、すぐに攻撃することはない。


 捕縛する。


 魔物の動きを止める。


 続いて拘束。


 捕らえた魔物が動けない状態にしてから窒息させる。


 魔物の動きが止まった。


 そこで鑑定を使う。


 死亡を確認するためだった。


 鑑定で死亡が確認されて初めて、魔物をアイテムボックスへ収納する。


 索敵。


 捕縛。


 拘束。


 窒息。


 鑑定。


 収納。


 順番を変える必要はない。


 索敵で先に見つけ、捕縛と拘束で危険をなくす。


 窒息させ、鑑定で死亡を確認してから収納する。


 一体を終えると、次の魔物を探した。


 同じ手順を繰り返す。


 何体か狩る頃には、最初にあった緊張も薄れていた。


 教師が代わりに倒す必要もない。


 教導を受けた者たち自身が索敵し、自分で捕らえ、自分で処理していく。


 狩った魔物を抱えて運ぶ必要もなかった。


 アイテムボックスに収納してしまえば、そのまま次の獲物へ向かえる。


 やがて森から戻ってきた者たちが、狩った魔物を取り出した。


 今度は解体だった。


 テレキネシスで魔物を浮かせる。


 ウォーターカッターで切り分ける。


 肉、素材、魔石、内臓に分けていく。


 内臓も捨てない。


 ピュリフィケーションを使って浄化すれば食材になる。


 自分たちが保護された日に食べたものと同じだった。


 あのときは誰かが用意してくれた。


 今度は自分たちで森へ行き、自分たちで持ち帰ってきた。


 森へ向かう者が現れる一方で、街の外に残る荒野へ目を向ける者たちもいた。


 畑を作り始めた。


 最初に選ばれたのは芋だった。


 比較的簡単に生産できる。


 栄養価も高い。


 そして収穫までが速い。


 まず自分たちの食料を作るなら都合がよかった。


 土魔法で天地返しをする。


 水魔法で散水する。


 ヒールバレット。


 ピュリフィケーションバレット。


 もう一度土を動かし、水を与える。


 荒れていた土地が少しずつ畑へ変わっていった。


 畝を作り、種芋を植える。


 水を与え、ヒールバレットとピュリフィケーションバレットを使う。


 誰かが始めると、その様子を見ていた者も畑を作り始めた。


 土地は十分にある。


 魔法も覚えた。


 作り方も分かる。


 ならば、自分で作ることができる。


 難民街の周囲で次々と新しい畑が生まれていった。


 保護された者たちは、食料を受け取るだけではなくなっていた。


 森へ行けば、自分で魔物を狩れる。


 土地を耕せば、自分で食料を育てられる。


 教師が選んだ仕事ではない。


 それぞれが自分にできることを見つけ、動き始めていた。


 一千万人を保護するために造られた街で、自立への動きが少しずつ広がっていった。




 難民街で動き始めたのは、狩りに出る者や畑を作る者だけではなかった。


 一千万人もいれば、その中には様々な仕事をしていた者がいる。


 鍛冶職人。


 木工職人。


 国を失い、難民となったことで仕事を失った者たちも、教導を受けると再び工房を開き始めた。


 ただし、以前と同じ仕事をそのまま始めたわけではない。


 教導を受けた者たちは魔法を使える。


 土を耕すなら土魔法がある。


 木材や肉を切るならウォーターカッターがある。


 火を使いたければ火魔法がある。


 重いものはテレキネシスで動かせる。


 以前なら生活に欠かせなかった道具の中にも、必要ではなくなったものが多かった。


 鍛冶職人たちは、自分たち自身も教導を受けている。


 何が必要で、何が必要ではなくなったのかは分かる。


 工房では、街で実際に使われるものが作られ始めた。


 建物に使う金属部材。


 扉や窓に使う部品。


 公衆浴場や治療施設で必要になる設備。


 壊れた設備の補修に使う部材。


 集合住宅が増えれば、それに伴って必要になるものも増える。


 木工職人たちも同じだった。


 集合住宅にはすでに生活できるだけの設備が用意されている。


 だが、生活を始めればそれだけでは終わらない。


 棚を作る。


 机を作る。


 椅子を作る。


 収納箱を作る。


 住んでいる者が使いやすいように部屋へ手を加える。


 教導会場や治療施設、公衆浴場で使う木製品も必要になる。


 魔法でできることは魔法で済ませる。


 そのうえで、形として残した方が便利なものを職人が作る。


 仕事がなくなったのではない。


 作るものが変わっただけだった。


 工房が開けば、そこで働き始める者も現れる。


 以前から鍛冶をしていた者。


 木工をしていた者。


 職人の仕事を手伝っていた者。


 教導を受けてから加工に興味を持った者もいた。


 それぞれが自分のできることを使い始めた。


 森へ狩りに行った者たちも帰ってくる。


 持ち帰った魔物は解体され、肉、素材、魔石、内臓へ分けられる。


 内臓はピュリフィケーションで浄化され、肉とともに食料になった。


 素材や魔石も残る。


 食べるものだけを得て終わるわけではなかった。


 畑を作った者たちは芋を育てている。


 土魔法。


 水魔法。


 ヒールバレット。


 ピュリフィケーションバレット。


 覚えた魔法を使えば、荒野だった土地でも畑へ変えられる。


 街の周囲には新しい畑が増え続けていた。


 狩りをする者がいる。


 畑を作る者がいる。


 工房を開く者がいる。


 それを見て、自分は何をしようかと考える者も増えた。


 誰かに職業を割り振られているわけではない。


 鍛冶職人だったから鍛冶を続けなければならないわけでもない。


 農業を知らなかった者が畑を始めてもいい。


 狩りをしたことがなかった者が、教師と森へ行って覚えてもいい。


 今までの仕事を続けたい者は、魔法を取り入れて続ければいい。


 できることが増えたことで、選べることも増えていた。


 難民街へ来た直後、彼らに必要だったのは休息だった。


 浄化される。


 治療を受ける。


 食事を取る。


 安心して眠る。


 まず身体を戻すことが先だった。


 その後に教導を受けた。


 そして今は、自分たちで動き始めている。


 森から魔物が持ち帰られる。


 荒野に畑が増える。


 街には工房が開く。


 必要なものが街の中でも作られ始める。


 保護された者を、いつまでも保護し続ける必要はなかった。


 自分で食料を得られる者が増える。


 自分で食料を作れる者が増える。


 自分の技術で仕事を始める者も増える。


 できる者が増えれば、今度はその姿を見る者がいる。


 そして、自分にもできることを探し始める。


 十日前まで難民だった一千万人の街で、自立する者が次々と現れていた。


 その速度は、日を追うごとに上がっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。