252 騎士崩れ掃討作戦
シュタインフェルト王国では、芋の収穫が続いていた。
広大な農地のすべてが同時に収穫を終えるわけではない。
ゴーレム馬車が畑へ入り、収穫された芋を次々と運び出している。
一方、収穫を終えた農地では、すでに次の作業が始まっていた。
「ここは大豆だ」
「分かった」
土魔法で畝を整える。
種を撒く。
散水。
ヒールバレット。
ピュリフィケーションバレット。
少し離れた農地では綿花が植えられていた。
さらにその向こうでは小麦。
何しろ農地が広い。
一種類だけを作る必要はなかった。
芋を収穫している場所。
大豆を植える場所。
綿花を植える場所。
小麦を植える場所。
上空から見れば、それぞれの作業が広大な農地の至るところで同時に進んでいた。
王都と周辺の街でも変化が続いている。
新しく建てられているのは紡織工房だった。
一軒ではない。
何軒もの工房が各地で建設されている。
その一つで、アンジェラがシュタインフェルトの民に教導していた。
「そこは力を入れすぎないでください」
「はい」
「そう。そのまま続けて」
教わった者が作業を繰り返す。
できるようになれば、次へ進む。
アンジェラは一人を長く抱え込まない。
確認を終えると、別の者のところへ移動する。
王都だけではない。
周辺の街にも紡織工房がある。
アンジェラは飛行やテレポーテーションを使いながら工房を回っていた。
綿花を作る農地。
それを使う紡織工房。
両方が同時に増えていた。
行政官たちも忙しい。
彼らはシュタインフェルト国内の役所を回っていた。
王都。
街。
地方の役所。
行政スキルと組織スキルを教える。
すでに教導を受けた文官も、今度は自分が教える側へ回っていた。
「次はこちらです」
「分かりました」
役所ごとに仕事は違う。
必要な行政も違う。
アルデバランの仕組みをそのまま押しつけるのではない。
シュタインフェルトの文官たちが、自分たちの仕事を整理し、自分たちで改善していく。
そして別の場所では、サーシャとミーナが作業を続けていた。
二人が構築しているのは、シュタインフェルト王国専用の教導管理システムだった。
全国へ端末が配られていく。
役所。
騎士団。
各地の施設。
必要な場所へ次々と端末が届けられた。
王宮にもアレクサンドが来ていた。
「これが教導管理システムの端末です」
カイゼルとアイゼルが端末を見る。
王宮へ運び込まれた端末は数万台に達していた。
「使い方は難しくありません」
アレクサンドが実際に操作してみせる。
「登録された情報はこちらから確認できます」
カイゼルも自分で操作する。
アイゼルも続いた。
「なるほど」
「情報を共有する必要がある場合も、ここから確認できます」
「国内専用なのだな?」
「はい。シュタインフェルト王国で使うために構築したものです」
カイゼルはもう一度端末を見る。
「これを数万台か」
「王宮だけで、です。全国にも配布を進めています」
端末そのものをアルデバランから供給し続けるつもりもなかった。
魔導具作成師たちは、シュタインフェルトの技師たちへ端末の作成方法を教えている。
「ここまでできれば、次は自分で作ってみてください」
「分かりました」
技師が作業する。
魔導具作成師は横から確認するだけだった。
完成した端末を鑑定する。
「問題ありません」
「できた……」
「では次を」
作れる者が増えていく。
教導管理システムを使う者だけではない。
端末そのものを作れる者も、シュタインフェルト国内で増え始めていた。
その頃。
王国騎士団は別の仕事を始めていた。
シュタインフェルト王国の周辺地域に対する広域索敵である。
騎士たちが各地へ展開する。
飛行して位置を変えながら、索敵範囲を広げていく。
これまでとは比較にならない範囲を調べることができる。
一人の騎士が索敵を続けていた。
反応がある。
しかも少なくない。
さらに範囲を広げる。
「……多いな」
別の場所でも同じだった。
騎士たちは確認した情報を、構築されたばかりの教導管理システムへ登録していく。
シュタインフェルト王国の周囲にいる者たちの姿が、少しずつ明らかになり始めていた。
シュタインフェルト王国騎士団による広域索敵は続いていた。
騎士たちは飛行で各地へ移動しながら、王国周辺へ索敵範囲を広げていく。
発見した情報は、その場で教導管理システムへ登録された。
「南西方向に大きな集団を確認」
一人の騎士が全索敵を続ける。
「かなり多いな」
別の騎士がリモート・ビューイングを使った。
遠く離れた場所の様子が見える。
粗末な服。
僅かな荷物。
子供を連れた者。
老人を支えて歩く者。
地面に座り込んでいる者もいる。
「難民だ」
「ああ。登録しておこう」
情報が教導管理システムへ送られる。
別の場所でも同じような集団が発見されていた。
数千人。
数万人。
さらに多い場所もある。
周辺では百を超える国がすでに消えている。
国がなくなっても、そこで暮らしていた人々まで消えるわけではない。
行き場を失った者たちが各地を移動していた。
索敵範囲が広がるにつれて、その数は増えていった。
だが、見つかるのは難民だけではなかった。
「北に武装集団を確認」
「こちらでも見つけた」
全索敵で位置を確認する。
リモート・ビューイングで姿を見る。
剣。
槍。
弓。
防具を身につけた者も多い。
隊列は崩れていても、明らかに民間人の集団ではない。
「騎士崩れと兵士崩れだな」
「数万人はいる」
別の地域でも同じような武装集団が発見された。
東。
西。
南。
さらにその向こうにもいる。
数万人単位の集団が一つではない。
騎士たちは索敵結果を次々と登録していった。
最低でも十か所。
さらに存在する可能性もある。
集まった情報は、王宮でも確認できた。
カイゼル・シュタインフェルト王は、教導管理システムの端末を前にしていた。
その隣にはアイゼル・ローゼンクランツ公爵と軍務卿。
さらにもう一人。
シュタインフェルト王国騎士団を率いる騎士団長マイケルも同席していた。
今回の広域索敵を実施している王国騎士団の責任者である。
カイゼルが端末に登録された情報を見る。
「多いな」
難民の情報が次々と表示されている。
アイゼルも確認した。
「現在確認できているだけでも五百万人を超えています」
さらに索敵範囲を広げれば増える。
すべてを合わせれば、一千万人近くになる可能性があった。
カイゼルは別の情報へ目を移した。
今度は武装集団である。
軍務卿が口を開いた。
「こちらは数万人単位ですな」
「ああ」
「しかも一か所ではありません」
最低十か所。
騎士崩れ。
兵士崩れ。
先日、王都を襲撃した二万人を超える集団と同じように、国を失った元騎士や元兵士たちが各地に残っている。
そして、その周囲には大量の難民がいた。
カイゼルが三人を見る。
「難民を保護するか? 騎士崩れを潰すか?」
どちらをするかではない。
どちらから始めるかだった。
アイゼルが答えた。
「騎士崩れから潰して、難民保護をしましょう」
軍務卿も頷く。
「私も賛成です」
先に難民を保護しても、近くに数万人規模の武装集団が残っている。
その状態で大量の人間を移動させる方が危険だった。
シュタインフェルト王国騎士団長マイケルも頷いた。
「承知しました。先に武装集団を制圧します」
カイゼルは端末を見る。
武装集団の位置は分かっている。
規模も確認されている。
難民の位置も共有されていた。
「マイケル」
「はっ」
「騎士団を動かせ」
「御意」
「まず騎士崩れと兵士崩れを潰す。その後、難民を保護する」
「直ちに動きます」
マイケルが立ち上がった。
教導管理システムには、王国騎士団が集めた情報が残っている。
どこへ向かえばいいのか。
どれほどの人数がいるのか。
周囲に難民がいるのか。
必要な情報は、すでに騎士団全体で共有できる。
そして今のシュタインフェルト王国騎士団は、先日の王都強襲を迎え撃った時よりもさらに教導が進んでいた。
十一属性。
全索敵。
飛行。
アポート。
バインドバレット。
戦う前に、相手の武器を奪える。
逃げても位置を見失わない。
抵抗する者を遠距離から拘束できる。
マイケルは騎士団へ指示を出した。
各地の騎士たちが動き始める。
最初の目標は、すでに教導管理システムに登録されていた。
シュタインフェルト王国周辺に散らばる、数万人単位の騎士崩れと兵士崩れ。
その掃討作戦が始まろうとしていた。
シュタインフェルト王国騎士団が動き始めた。
目標の位置は、すでに教導管理システムへ登録されている。
最低十か所。
どこも数万人単位の騎士崩れや兵士崩れが集まっていた。
騎士団長マイケルは端末を確認した。
「一か所に集まる必要はない。分散して叩く」
「はっ!」
王国騎士団が複数に分かれる。
飛行魔法が発動した。
騎士たちが一斉に空へ上がる。
馬もいらない。
街道を進む必要もない。
教導管理システムで位置を確認し、目標へ直接向かう。
最初の部隊が武装集団を発見した。
「見えた!」
荒野に数万人が集まっている。
剣。
槍。
弓。
斧。
装備は統一されていない。
かつて別々の国に所属していた者たちが集まっているのだ。
「全索敵!」
地上だけではない。
周囲へ散っている者も確認する。
「南側にもいる!」
「教導管理システムへ登録!」
「了解!」
位置が共有される。
別方向から飛んできた騎士たちが、その情報を確認した。
「南は我々がやる!」
地上の武装集団も、ようやく上空の騎士たちに気づいた。
「敵だ!」
「弓を構えろ!」
弓兵が動く。
だが、矢を放つより先だった。
「アポート!」
弓が消えた。
「なっ――」
「アポート!」
「アポート!」
次々と武器が消えていく。
剣を握っていた男の手が空になる。
槍が消える。
斧が消える。
弓も消える。
アポートした武器は、そのまま騎士たちのアイテムボックスへ収納された。
地面へ積み上げる必要はない。
奪う。
収納する。
次を奪う。
それを繰り返す。
「武器が!」
「どうなってる!」
「逃げろ!」
混乱が広がった。
数万人いる。
だが、人数が多いことが何の助けにもならない。
武器を持っている者は全索敵で分かる。
見つければアポート。
奪った武器はアイテムボックス。
走って逃げる者もいた。
「北へ逃走!」
「確認した!」
騎士が上空から追う。
人間が地上を走る速度と、飛行する騎士の速度では比較にならない。
「バインドバレット!」
魔法が飛んだ。
逃げていた男の体が拘束される。
その隣を走っていた者にも飛ぶ。
「バインドバレット!」
次々と拘束された。
「抵抗するな! 武器を捨てろ!」
「もう持ってねえよ!」
「なら、その場に座れ!」
男たちが地面へ座り始める。
まだ剣を持っている者がいた。
振り上げる。
「アポート!」
剣が消えた。
「……」
「座れ」
男は黙って座った。
別の場所でも同じことが起きていた。
教導管理システムには各部隊から情報が入り続ける。
第一地点。
武装解除進行中。
第二地点。
抵抗者拘束。
第三地点。
逃走者あり。
その位置まで共有される。
「逃走者、東へ二百!」
「こちらで確認した!」
別の部隊が進路を変えた。
飛行で先回りする。
上空から全索敵。
逃げた者たちの位置が一つずつ確認される。
「バインドバレット!」
逃げ切れる者はいなかった。
騎士団長マイケルも上空から全体を確認していた。
数万人を相手にしているにもかかわらず、剣を抜く必要がない。
武器を奪う。
逃走を把握する。
抵抗者を拘束する。
それだけだった。
さらに別の場所でも、騎士団が目標へ到着していた。
「アポート開始!」
「了解!」
武器が次々と消える。
シュタインフェルト王国周辺に散らばっていた武装集団が、一か所ずつ戦う力を失っていった。
騎士団長マイケルの端末へ報告が入る。
「第一地点、制圧完了」
「次へ向かえ」
「はっ!」
騎士たちが再び空へ上がる。
その先には、まだ別の武装集団がいる。
難民を保護する前に、危険を取り除く。
シュタインフェルト王国騎士団の掃討は、そのまま次の地点へ続いていった。
騎士崩れや兵士崩れの掃討が進められている頃、作戦に参加していないシュタインフェルト王国騎士団の騎士たちは森へ来ていた。
目的は食料の確保だった。
掃討作戦が終われば、数万人の捕虜が残る。
その後には難民の保護が待っていた。
広域索敵で確認されているだけでも五百万人を超え、さらに範囲を広げれば一千万人近くになる可能性がある。
保護する以上、食料が必要になる。
騎士たちは全索敵を使った。
森の中にいる魔物の位置が次々と捉えられる。
地上を歩いて探す必要はない。
飛行魔法で上空へ出ると、それぞれが魔物のいる場所へ向かった。
発見。
討伐。
アイテムボックスへ収納。
そのまま次の場所へ移動する。
倒した魔物を運ぶ者も必要なかった。
解体も後でまとめて行えばいい。
騎士たちは広い森へ分散し、次々と魔物を狩っていった。
全索敵で見つける。
飛行で向かう。
討伐した魔物をアイテムボックスへ入れる。
移動にかかる時間も、獲物を探す時間も以前とは比較にならないほど短くなっていた。
討伐数は急速に増えていく。
千体を超える。
二千体。
三千体。
それでも狩りは続いた。
必要になる食料の量を考えれば、多すぎるということはない。
やがて討伐した魔物は一万体ほどになった。
騎士たちはそこで狩りを切り上げた。
飛行とテレポーテーションを使い、王都へ戻っていく。
王宮へ帰還すると、今度は解体が始まった。
アイテムボックスから魔物が取り出される。
一万体。
普通に考えれば、解体だけでも膨大な時間と人手を必要とする数だった。
だが、今の騎士たちは刃物を持って一体ずつ解体する必要がない。
テレキネシスが使われた。
魔物の巨体が宙へ浮かぶ。
姿勢を固定する。
ウォーターカッターが走った。
鋭い水の刃が皮を切り、肉を切り分けていく。
必要に応じてテレキネシスで魔物の向きを変える。
ウォーターカッターを通す。
切り分けた部位もテレキネシスで移動させる。
一体が終われば次の魔物が浮かぶ。
何人もの騎士が同時に作業しているため、解体は猛烈な速度で進んでいった。
肉。
素材。
魔石。
内臓。
切り分けられたものが、それぞれ仕分けられていく。
騎士たちは余計な言葉を交わさない。
目の前には一万体もの魔物がある。
口を動かすより、手を動かした方が早かった。
テレキネシス。
ウォーターカッター。
仕分け。
次の魔物。
同じ作業が淀みなく続いていく。
やがて大量の肉が確保された。
魔石も集められる。
皮や角などの素材も種類ごとに分けられた。
そして内臓も捨てない。
ピュリフィケーションが使われた。
汚れを取り除き、食材として使える状態へ浄化していく。
一万体分ともなれば、内臓だけでも相当な量になる。
食べられるものを捨てる理由はなかった。
先日の王都強襲でも、アリッサたちは魔物を狩り、肉だけでなく内臓まで調理して捕虜へ食べさせている。
今回も同じだった。
肉は食料になる。
内臓も食料になる。
素材は別の用途に使える。
魔石も利用できる。
一万体の魔物が、無駄なく分けられていった。
騎士たちは作業を続ける。
これだけで一千万人近い難民を長く養えるとは考えていない。
だが、保護を始めたその日に食べるものがないという事態は避けられる。
必要なら、また森へ行けばいい。
今の騎士団なら、それができる。
全索敵で魔物を探せる。
飛行で向かえる。
アイテムボックスで大量に持ち帰れる。
テレキネシスとウォーターカッターで高速に解体できる。
ピュリフィケーションを使えば、内臓まで食材にできる。
掃討作戦へ向かった騎士たちが武装集団を制圧している間にも、別の騎士たちは、その後に必要になるものを用意していた。
王宮では一万体の魔物が次々と解体され、大量の食料へと変わっていった。




