251 芋
ガイルたち貴族冒険者は、シュタインフェルトの民たちと国内のダンジョンに来ていた。
目的は魔物ではない。
ガイルはダンジョンの壁へ手を当てた。
「この壁から取るぞ」
「壁ですか?」
「ああ。土ごと見ればいい」
シュタインフェルトの男たちが壁を見る。
どこにでもあるダンジョンの壁にしか見えない。
ガイルが壁土へ魔法を使った。
土の中から金属成分を抽出する。
「まず分ける。混ぜたまま使うんじゃねえぞ」
「はい!」
抽出された金属を種類ごとに分ける。
鉄。
鉛。
錫。
金。
銀。
銅。
シュタインフェルトでもよく知られている金属が次々と現れた。
だが、それだけではない。
「これは……ミスリル?」
「そうだ」
さらに抽出を続ける。
オリハルコン。
アダマンタイト。
そしてヒヒイロカネ。
シュタインフェルトの者たちの手が止まった。
「こんなものまで壁にあるのか?」
「あるから取れてるんだろ」
ガイルは気にした様子もない。
「抽出したら精錬するぞ」
教導が始まる。
抽出しただけでは終わらない。
余計なものを取り除き、金属ごとに精錬する。
そして扱いやすい形へ整える。
最初のインゴットが完成した。
「できた……」
「鑑定してみろ」
男が鑑定する。
「鉄です」
「純度は?」
「問題ありません」
「なら次だ」
ガイルたちは作業を続けた。
シュタインフェルトの民たちも真似をする。
壁土から抽出。
種類ごとに分離。
精錬。
成形。
鉄のインゴットが積み上がる。
その隣には銅。
さらに錫。
鉛。
金。
銀。
ミスリル。
オリハルコン。
アダマンタイト。
ヒヒイロカネ。
様々な金属のインゴットが次々と作られていった。
「これ、どこまで取っていいんです?」
「必要なだけ取れ」
「必要なだけって……」
「今、ゴーレム馬車を百万台以上作ってるだろ」
「あっ」
男が納得した。
作れる者が増えても、材料がなければ生産は止まる。
シュタインフェルト各地の工房では、今もゴーレム馬車が作られ続けている。
ならば金属はいくらあっても困らない。
完成したインゴットをゴーレム馬車へ積み込んでいく。
鉄。
銅。
錫。
用途ごとに分けて載せる。
希少金属も同じだった。
「工房へ持っていけ!」
「はい!」
荷台いっぱいにインゴットを積んだゴーレム馬車がダンジョンを出ていった。
街の工房へ到着すると、職人たちが出迎えた。
荷台を見た職人の顔が明るくなる。
「来たか!」
「ああ。まだあるぞ」
インゴットが次々と降ろされる。
職人の一人が鉄のインゴットを手に取った。
「あんがとよ。これで助かるぜ」
「そんなに足りなかったのか?」
「作る人数が一気に増えたんだ。材料はいくらあっても足りねえよ」
職人たちはすぐにインゴットを工房へ運び込んだ。
製作が再開される。
材料が届けば、ゴーレムスキルを得た職人たちが馬車を作る。
完成したゴーレム馬車が、また別の場所へ送られていく。
一方、ダンジョンではシュタインフェルトの民たちが作業を続けていた。
「もう一回やってみます」
「やれ」
男が壁土へ手を向ける。
抽出。
分離。
精錬。
鉄のインゴットができあがった。
ガイルが確認する。
「できるじゃねえか」
「はい!」
「なら、もう俺が横にいる必要はねえな」
男が周囲を見る。
教導を受けた者は一人ではない。
自分たちで抽出できる。
精錬できる。
インゴットまで作れる。
「国内には他にもダンジョンがあります」
「ああ」
「そっちでもできますよね?」
「できるぞ」
それだけ聞けば十分だった。
シュタインフェルトの民たちはすぐに動いた。
「人数を分けよう」
「北のダンジョンへ行く」
「俺たちは西だ」
「南にもあるぞ」
飛行。
テレポーテーション。
ゴーレム馬車。
使えるものを使い、それぞれのダンジョンへ分散していく。
ガイルはその様子を見ながら笑った。
「教えりゃ勝手にやるじゃねえか」
各地のダンジョンで、シュタインフェルトの民による金属の抽出と精錬が始まった。
工房へ送られるインゴットの量は、さらに増えていった。
シュタインフェルト各地のダンジョンで、金属の抽出と精錬が続いていた。
すでにガイルたちが付き添う必要はない。
教わったシュタインフェルトの民が、自分たちで壁土を調べ、必要な金属を抽出している。
精錬されたインゴットはゴーレム馬車へ積まれ、各地の工房へ運ばれていった。
材料が届く。
職人が作る。
完成したゴーレム馬車が、また別の場所へ送られる。
その流れが国内のあちこちで動いていた。
そして、新しい農地が作られてから二週間が経過した。
広大な農地では、農民たちが畝の前に集まっていた。
「そろそろいいんじゃないか?」
「見てみよう」
一人が土へ手を入れる。
掘り起こした土の中から芋が現れた。
「できてるぞ」
周囲にいた者たちが集まった。
土を落とす。
大きく育った芋だった。
「本当に二週間で……」
「他も見よう」
別の畝を掘る。
そこにも芋がある。
さらに隣。
同じだった。
「収穫できる!」
声が上がった。
農地の各所へ知らせが飛ぶ。
待つ必要はなかった。
農民たちはすぐに収穫を始めた。
土魔法で畝を崩していく。
芋を傷つけないように土を動かすと、中から次々と芋が現れた。
「こっちもすごいぞ!」
「籠を持ってきてくれ!」
「ゴーレム馬車を回せ!」
農地の脇に待機していたゴーレム馬車が動き出した。
収穫された芋が次々と積まれていく。
一台がいっぱいになる。
「次!」
すぐに別のゴーレム馬車が入ってきた。
その荷台も芋で埋まる。
また次。
さらに次。
収穫しても、運ぶ手段が足りず畑に置いたままになることはない。
百万台を超えて作られたゴーレム馬車の一部が、農地と町の間を往復していた。
上空から農地を確認していた者が降りてくる。
「北側も収穫が始まった!」
「向こうにも馬車を回そう」
「何台だ?」
「あるだけだ。量が多い!」
ゴーレム馬車が分かれていく。
新しく作られた農地は一か所ではない。
各地の荒野で同じように農地が作られ、同じように種芋が撒かれていた。
そして今、一斉に収穫期を迎えている。
畝を崩す。
芋を拾う。
ゴーレム馬車へ積む。
空いた畑では次の作業が始まる。
農民たちは止まらなかった。
「王都へ送る分は?」
「もう出た!」
「近くの町にも回せ!」
「分かった!」
荷台いっぱいの芋を積んだゴーレム馬車が街道へ出る。
その後ろから、また一台。
さらにその後ろにも続いていた。
王都へ向かう街道では、芋を積んだゴーレム馬車が次々と走っていた。
王都の市場へ最初の一団が到着する。
「農地からだ!」
「何を持ってきた?」
「芋だ!」
荷台が開かれた。
大量の芋が姿を見せる。
「……多いな」
「まだ来るぞ」
「まだ?」
商人が街道を見る。
次のゴーレム馬車が来ていた。
その後ろにもいる。
すべて芋を積んでいる。
市場の者たちが慌ただしく動き始めた。
「降ろせ!」
「こっちにも置ける!」
「待て、まだ来るぞ!」
芋が次々と市場へ運び込まれる。
商人が数を確認しようとして、途中でやめた。
数えている間にも増えていく。
「これ、王都だけで売る量じゃないぞ」
「他の町にも送ってる」
「それでもこれか?」
「ああ」
市場の一角が芋で埋まっていった。
それでもゴーレム馬車は止まらない。
王都の住民たちも集まり始めた。
「新しい農地で採れたのか?」
「そうらしい」
「もう収穫できたのか?」
「二週間だってよ」
驚きながら芋を見る。
これまでシュタインフェルトに芋がなかったわけではない。
だが、目の前にある量が違った。
王都だけではない。
各地の町にも同じように芋が運び込まれている。
農地では、まだ収穫が続いていた。
「次の馬車!」
「来たぞ!」
芋を積む。
送り出す。
空になったゴーレム馬車が戻ってくる。
また積む。
見渡せないほど広がった農地から、大量の芋がシュタインフェルト各地へ流れ始めていた。
王都の市場には、大量の芋が並んでいた。
新しく作られた農地から、ゴーレム馬車が次々と運んでくる。
売っても減らない。
別の町へ送っても、また届く。
市場を歩いていたアレクサンドは、その光景を見て足を止めた。
「ずいぶん採れたな」
ガイルが芋を一つ手に取る。
「二週間でこれか。大したもんだ」
近くにいたシュタインフェルトの男が笑った。
「まだ来ますよ。向こうの農地でも収穫が始まっていますから」
「なら、しばらく芋には困らんな」
「ええ。ただ……」
男は山積みになった芋を見る。
「これだけあると、毎日どう食べるか悩みますね」
アレクサンドも芋を見る。
「食べ方ならいくらでもあるぞ」
「そんなに?」
「ああ」
ガイルが笑った。
「こいつら、食い物に関しては色々知ってるからな」
「ガイルもだろう」
「俺は食う方が得意だ」
周囲から笑いが起きた。
アレクサンドは芋をいくつか取った。
「せっかくだ。何か作るか」
「手伝いますよ」
「私もやります」
近くにいた者たちが自然に加わった。
誰も料理ができないわけではない。
魔力調理も教導で身につけている。
芋をピュリフィケーションで浄化する。
まずはそのまま加熱した。
熱々の芋を割る。
湯気が立ち上った。
「これは簡単だな」
「これなら普段からやってます」
「なら次だ」
薄く切る。
油で揚げる。
塩を振る。
それだけで香ばしい匂いが広がった。
「食べてみろ」
一枚取った男が口へ入れた。
ぱりっと音がする。
「……旨い」
「本当か?」
「食ってみろよ」
別の者も手を伸ばした。
「旨いな、これ」
「酒が欲しくなるな」
「それは分かる」
今度は芋を太めに切って揚げる。
外側を香ばしく、中を柔らかく仕上げた。
「同じ芋なのに全然違うな」
「切り方でも変わるぞ」
茹でた芋を潰す。
焼いた肉と合わせる。
別の者は煮込みに入れてみた。
「これも合うな」
「だったら、こっちの味付けでもいけるんじゃないか?」
シュタインフェルトの者が調味料を持ってきた。
「やってみればいい」
アレクサンドが答える。
味付けを変える。
皆で食べる。
「こっちも旨い!」
「もう少し濃くしてもいいな」
「肉を増やそう」
いつの間にか、アレクサンドたちが教える場ではなくなっていた。
誰かが作る。
誰かが食べる。
気に入れば自分でも作ってみる。
別の食べ方を思いつけば試す。
市場にいた者まで匂いにつられて寄ってきた。
「何を作ってるんだ?」
「芋だよ」
「それも芋なのか?」
「食ってみろ」
揚げた芋を渡す。
一口食べる。
「旨い!」
「だろ?」
「どうやって作るんだ?」
「薄く切って揚げるだけだ」
「それなら俺にもできるな」
男は芋を買って帰っていった。
別の者は潰した芋の作り方を聞いている。
煮込みを気に入った者もいた。
その日の夕方には、王都のあちこちの家で同じ料理が作られていた。
だが、まったく同じものにはならなかった。
塩を強くする家。
肉と合わせる家。
別の野菜を加える家。
焼き方を変える者もいる。
そして翌日。
市場近くの店先から、芋を焼く匂いが漂っていた。
「昨日食べたやつを作ってみたんだ」
店主が笑う。
「少し味を変えてるけどな」
客が食べる。
「旨いじゃないか」
「だろ?」
別の店では揚げた芋が出された。
さらに別の店では煮込み。
潰した芋を使った料理を出す店もある。
大量にあるから仕方なく食べるのではない。
美味しいから食べる。
それなら商売になる。
数日もすると、芋を美味しく食べられる店が王都のあちこちに現れていた。
「お父様」
アリッサがアイゼルへ声をかけた。
「最近、芋料理のお店が評判になっているそうですよ」
「私も聞いている」
「行ってみませんか?」
アイゼルは笑った。
「いいだろう。せっかくこれだけ採れたんだ。どんな料理になったのか見てみたい」
二人は連れ立って、評判になっている店へ向かった。
アリッサとアイゼルが入った店は、多くの客で賑わっていた。
店内には芋を焼く香ばしい匂いが漂っている。
「いらっしゃいませ……公爵様! 姫様!」
店主が驚いた。
「食事に来ただけだ。気にしなくていい」
アイゼルが空いている席へ座る。
アリッサも向かいに座った。
「何がお勧めですか?」
「揚げた芋と、肉と一緒に煮込んだ芋がよく出ています」
「では、両方お願いします」
「はい!」
ほどなく料理が運ばれてきた。
太く切って揚げた芋には塩が振られている。
もう一皿には、肉と一緒に煮込まれた芋がたっぷりと入っていた。
アリッサが揚げた芋を一本取った。
「熱っ」
少し冷ましてから口へ入れる。
外側は香ばしく、中は柔らかい。
「美味しい」
アイゼルも一本食べた。
「うむ」
「お父様、それだけですか?」
「旨いぞ」
そう言いながら、もう一本取る。
アリッサが笑った。
「気に入っているじゃないですか」
「だから旨いと言っただろう」
今度は煮込んだ芋を食べる。
肉の旨味を吸った芋は、揚げたものとはまったく違う味になっていた。
「こちらもいいな」
「同じ芋なのに、ずいぶん変わりますね」
周囲の客も、それぞれ好きな芋料理を食べている。
「揚げたのを追加!」
「こっちは煮込み!」
「持ち帰りも頼む!」
店員が忙しく動いていた。
大量に採れたから仕方なく食べているわけではない。
美味しいから食べに来ている。
店を出ると、通りにも芋料理を扱う店が増えていた。
焼いた芋を売る店。
揚げた芋を出す店。
肉と煮込む店。
それぞれが味付けを工夫している。
市場では袋いっぱいの芋を買って帰る者もいた。
「お父様」
「なんだ?」
「二週間前まで、あの芋が育っていた場所は荒野だったんですよね」
「ああ」
アイゼルは市場へ目を向けた。
ゴーレム馬車が到着し、また大量の芋が降ろされている。
「変わるものだな」
「はい」
二人は王都を歩いていった。
その頃、王宮にも大量の芋が納められていた。
何台ものゴーレム馬車が入り、荷台から芋が降ろされていく。
「こちらへお願いします」
「次の馬車も入ってきます!」
「保管場所はまだ空いている。そちらへ回してください」
王宮で働く者たちが次々と受け取っていく。
食料を扱う者たちも、以前とは違う量に忙しく動いていた。
カイゼルは積み上がっていく芋を見ていた。
「これで終わりか?」
「いいえ、陛下。まだ届きます」
答えた文官の手には、各地から集まった情報が整理されていた。
行政団から行政スキルと組織スキルを教わった文官たちは、すでに自分たちで各地の情報をまとめ始めている。
「各地の収穫状況は?」
「順調です。王都だけでなく、地方の町や村にも十分な量が出回り始めています」
「そうか」
「新しく造成した農地では、現在も収穫が続いております」
カイゼルは黙って芋を見た。
シュタインフェルトの民は、これまでも飢えていたわけではない。
食料は作っていた。
市場にも並んでいた。
仕事をしていれば、食べていくことはできた。
だが、国民が満足できるほどの量を常に確保できていたわけではない。
国土は広い。
それでも利用できていたのは三割ほどだった。
農地を増やすには人手がいる。
水も必要になる。
収穫した作物を運ぶ手段も必要だった。
土地があるだけでは食料は増えない。
今は違う。
国民自身が土魔法で荒野を耕せる。
天地返しをする。
水魔法で散水する。
ヒールバレットとピュリフィケーションバレットを使う。
畝を作り、種芋を撒く。
収穫すれば、ゴーレム馬車で運ぶ。
そのゴーレム馬車を作るための金属も、国内のダンジョンから自分たちで抽出し始めていた。
何か一つだけが変わったのではない。
作ることができる。
運ぶことができる。
必要な道具も自分たちで作れる。
そして、それを動かす国民自身がいる。
「陛下」
文官が続けた。
「現在の収穫量であれば、これまでより大幅に余裕を持って食料を確保できます」
カイゼルは小さく息を吐いた。
「そうか」
表情が緩んだ。
安堵していた。
民を飢えさせない。
それはこれまでも守ってきた。
だが、ぎりぎり飢えないことと、十分に食べられることは違う。
市場には大量の芋がある。
芋を美味しく食べさせる店まで生まれている。
王宮にもこれだけ届いている。
それでも農地では収穫が続いている。
「これからは違うな」
カイゼルが呟いた。
文官は黙って頭を下げた。
王宮の門から、また一台のゴーレム馬車が入ってきた。
その荷台にも、大量の芋が積まれていた。




