250 ゴーレム馬車
シュタインフェルト王国の風景が変わり始めていた。
二千万人の国民が教導を受け、スキルと十一属性を身につけた。
そして彼らは、得た力をすぐに使い始めた。
シュタインフェルト王国の国土は広い。
だが、実際に利用されている土地は国土全体の三割ほどしかなかった。
残りの多くは荒野である。
土地がないわけではない。
これまでは使えなかったのだ。
農民たちが荒野へ出た。
昨日までなら、何年かければ畑になるのかと考えるような土地だった。
今は違う。
「始めよう」
「ああ」
土魔法が発動する。
固く締まった大地が動いた。
表面だけではない。
深いところの土が持ち上がり、上の土が下へ入っていく。
天地返し。
広大な荒野が次々と掘り返されていった。
一人ではない。
何百人。
何千人。
さらにその先でも同じ作業が始まっている。
土が返された場所へ、今度は水魔法が使われた。
「散水!」
大量の水が広がる。
乾いていた土が水を吸い込んでいった。
そこで終わらない。
「ヒールバレット!」
「ピュリフィケーションバレット!」
無数の魔法が農地へ飛んでいく。
治癒。
浄化。
人間へ使っていた魔法を、今度は土地へばら撒いていく。
そして再び土魔法。
「天地返し!」
土が大きく動く。
もう一度、散水。
さらにヒールバレット。
ピュリフィケーションバレット。
それを何度も繰り返した。
天地返し。
散水。
治癒。
浄化。
また天地返し。
乾き、固く、農地には向かなかった荒野へ何度も手を入れていく。
「こっちはもう一度返そう」
「分かった」
「水も追加するぞ」
誰かの命令を待つ必要はなかった。
農民たちは自分たちで土を確認する。
足りなければ、もう一度やる。
土魔法が使える。
水魔法も使える。
治癒も浄化も使える。
昨日までなら大人数と長い時間を必要とした作業を、自分たちで進められる。
作業範囲は猛烈な勢いで広がっていった。
朝には荒野だった場所。
昼には土が返されている。
さらにその向こうでも散水が始まっている。
上空へ飛んだ者が全体を確認した。
「まだ先までいけるぞ!」
「なら続けよう!」
飛行魔法で移動する。
次の荒野へ降りる。
また天地返しが始まる。
やがて地上からでは端が分からなくなった。
飛び上がっても、農地が遠くまで続いている。
「……広いな」
「ああ」
農民たちは自分たちで作った土地を見渡した。
昨日まで荒野だった。
今は違う。
「畝を作るぞ!」
再び土魔法を使う。
整えられた土が盛り上がり、長い畝が次々と作られていった。
そこへ種芋を撒いていく。
広大な農地へ、次々と種芋が入っていった。
「散水!」
水が撒かれる。
「ヒールバレット!」
「ピュリフィケーションバレット!」
再び魔法が飛び交った。
農民たちは手を止めなかった。
シュタインフェルトには土地がある。
そして今、その土地を使える力もある。
一方、街の工房でも大きな変化が始まっていた。
作られているのは、ゴーレム馬車だった。
一台や二台ではない。
大量生産である。
「この道なら、この大きさでいい」
「こっちは農地用だ。もう少し大きくできる」
使う場所に合わせて大きさを決める。
街道。
村道。
農地。
道幅が違えば、ゴーレム馬車の大きさも変える。
アルデバランから来たゴーレム使いたちと一緒に、シュタインフェルトの職人たちが次々と作っていった。
そして作業を続けるうちに、職人たち自身にも変化が起きた。
「……出た」
「どうした?」
「ゴーレムスキルだ」
隣の職人も確認する。
「俺にもある」
また一人。
さらに一人。
ゴーレム馬車の製作を手伝った職人たちが、次々とゴーレムスキルを発現させていた。
教わるだけだった者たちが、自分たちで作れる者へ変わっていく。
工房から、新しいゴーレム馬車が次々と送り出されていった。
シュタインフェルト各地の工房で、ゴーレム馬車の生産が続いていた。
最初はアルデバランから来たゴーレム使いたちが中心だった。
だが、いつまでも彼らだけが作っているわけではない。
製作を手伝ったシュタインフェルトの職人たちは、全員がゴーレムスキルを発現させていた。
「次は俺たちで作るぞ」
「ああ」
教わった職人が、新しい職人へ教える。
その職人も製作に加わる。
完成させる。
またゴーレムスキルを持つ者が増える。
工房ごとの生産数が急速に増えていった。
作られるゴーレム馬車は一種類ではない。
「この村へ入る道は狭い。小さくしよう」
「こっちの街道なら大型でも通れる」
「農地の中で使うなら荷台を大きくしたい」
使う場所に合わせて大きさを変える。
既存の道に合わせる。
広い街道なら大きく。
狭い道なら小さく。
農地で大量の作物を運ぶなら、積載量を増やす。
職人たちは自分たちが知っている土地の事情に合わせて作っていった。
完成したゴーレム馬車は、すぐに送り出された。
最初に大量の馬車が向かったのは、新しく作られた農地だった。
「来たぞ!」
農民たちが手を止める。
何台ものゴーレム馬車が農地へ入ってきた。
馬はいない。
飼葉も必要ない。
御者が馬の体調を気にする必要もない。
荷物を積み、動かす。
それだけだった。
「これなら種芋も運べるな」
「収穫した後も使える」
「肥料を運ぶのにもいい」
農民たちはすぐに使い道を考え始めた。
新しい農地は広い。
見渡せないほど広がっている。
作ることができても、運べなければ意味がない。
種を運ぶ。
道具を運ぶ。
収穫物を運ぶ。
人も移動する。
ゴーレム馬車が次々と農地へ配布されていった。
だが、生産は止まらない。
「次!」
「できてるぞ!」
「持っていけ!」
工房から完成したゴーレム馬車が送り出される。
一万台。
十万台。
それでも終わらない。
職人が増え、生産する工房も増えている。
やがて生産数は百万台を超えた。
それだけの数を作っても、使う場所はいくらでもあった。
農地だけではない。
「商人にも回せ!」
商品を運ぶ商人へ。
「工房にも必要だ!」
材料や製品を運ぶ職人へ。
「役所にも配備するぞ!」
各地を行き来する役人にも渡される。
王宮にもゴーレム馬車が入った。
食料。
資材。
日用品。
王宮で必要になる物も多い。
それを運ぶために使われ始めた。
商人たちは特に反応が早かった。
「これを使っていいのか?」
「ああ」
「馬はいらないんだな?」
「いらない」
商人は荷台を見る。
すぐに計算を始めた。
「なら、今までより多く運べる」
「往復も増やせるぞ」
「新しい農地から町まで直接運べるんじゃないか?」
「それだ」
話が決まれば早かった。
ゴーレム馬車へ商品が積まれていく。
農地へ向かう馬車。
農地から戻る馬車。
町と町を結ぶ馬車。
工房へ原料を運ぶ馬車。
完成した製品を市場へ運ぶ馬車。
至るところでゴーレム馬車が動き始めた。
軍務卿は街道を進むゴーレム馬車を見ていた。
一台ではない。
その後ろにもいる。
さらに向こうの道にも見える。
「百万台以上か……」
隣にいたアイゼルが頷いた。
「まだ作っているそうだ」
「足りないのでしょうな」
「ああ。使う場所が増えている」
農地を広げた。
そこで作物を作る。
ならば運ぶ必要がある。
工房が生産する。
ならば材料を入れ、製品を出さなければならない。
商人が売る。
役所も動く。
王宮にも物資が必要になる。
ゴーレム馬車が必要になる場所はいくらでもあった。
街道の向こうから、また何台ものゴーレム馬車がやってきた。
すれ違った別の一団は、新しく作られた農地へ向かっている。
昨日まで馬車が走っていた道を、今はゴーレム馬車が行き交っていた。
そして工房では、今日も新しいゴーレム馬車が作られ続けていた。
新しく作られた農地を、ゴーレム馬車が行き交っていた。
見渡せないほど広がった畑の間を、大小様々なゴーレム馬車が走っている。
農民たちは畝を作り、種芋を撒いていく。
種芋が足りなくなれば、ゴーレム馬車が運んでくる。
「こっちへ頼む!」
「分かった!」
荷台から種芋が降ろされる。
空になったゴーレム馬車は、そのまま次の場所へ向かう。
農民たちは作業を止めない。
「散水!」
水魔法が広い農地へ降り注ぐ。
続いて魔法が飛んだ。
「ヒールバレット!」
「ピュリフィケーションバレット!」
農地のあちこちで同じ光景が繰り返されていた。
これまでは、畑を増やそうと思っても簡単ではなかった。
荒野を耕さなければならない。
水も必要になる。
種芋や道具も運ばなければならない。
そして収穫できても、それを町まで運ぶ必要がある。
どれか一つだけ解決しても農地は広げられない。
だが今は違った。
土魔法がある。
水魔法がある。
ヒールバレットもピュリフィケーションバレットも使える。
そしてゴーレム馬車がある。
農民の一人が上空へ飛んだ。
広大な農地を見渡す。
「向こうが遅れてる!」
「どの辺りだ!」
「東側! 種芋が足りてない!」
「分かった!」
地上に降りると、すぐにゴーレム馬車が動き出した。
荷台へ種芋を積む。
何台ものゴーレム馬車が東側へ向かう。
飛行で確認し、必要な場所へ物を運ぶ。
広すぎる農地が、少しずつ一つの生産地として動き始めていた。
農民たちは自分たちで考えていた。
「こっちの道はもう少し広げた方がいいな」
「ああ。大型のゴーレム馬車がすれ違えない」
「なら広げよう」
土魔法が使われる。
農地の間を通る道が広げられた。
誰かに工事を頼む必要もない。
必要だと気づいた者が手を動かす。
その横を、荷物を積んだゴーレム馬車が通っていった。
変化は農地だけではなかった。
町では商人たちがゴーレム馬車へ商品を積んでいる。
「これも載せろ」
「まだ入るぞ」
「次は農村へ行く」
今までより多くの商品を一度に運べる。
農村へ商品を届け、その帰りには農産物を積む。
空のまま戻す必要はない。
「帰りに何を積む?」
「向こうで聞けばいい。町へ売りたい物があるだろう」
「そうだな」
商人たちはすでに新しい使い方を考えていた。
工房でも同じだった。
材料を積んだゴーレム馬車が到着する。
荷物を降ろす。
今度は完成した製品を積み込む。
「次の材料は?」
「もう向かってる!」
「なら作業を続けられるな」
材料が届くのを何日も待つ必要がなくなっていく。
役所にもゴーレム馬車が配布されていた。
王宮にもある。
必要な物を必要な場所へ運ぶ。
それだけのことが、以前より遥かに容易になっていた。
軍務卿は王都近くの街道を見ていた。
大型のゴーレム馬車。
小型のゴーレム馬車。
行き先も積んでいる物も違う。
それらが途切れることなく行き交っている。
「農地を作るだけではなかったか」
隣にいたアイゼルが答える。
「作れば運ばなければならないからな」
「ああ」
軍務卿は頷いた。
食料を作る。
運ぶ。
町へ集める。
商人が売る。
工房へ材料を運ぶ。
製品を別の場所へ運ぶ。
百万台を超えるゴーレム馬車が、その間をつなぎ始めている。
遠くでは、また新しい農地が作られていた。
天地返し。
散水。
ヒールバレット。
ピュリフィケーションバレット。
そして畝が作られ、種芋が撒かれる。
そこへ新しいゴーレム馬車が向かっていく。
農地が増える。
必要な馬車が増える。
工房では、ゴーレムスキルを得た職人たちがさらに馬車を作る。
作った馬車が、また新しい農地へ向かう。
シュタインフェルトの広い国土を、ゴーレム馬車が次々と走り始めていた。
ゴーレム馬車は、シュタインフェルト王国の至るところを走るようになっていた。
農地だけではない。
商人。
職人。
王宮。
役所。
必要とする場所へ次々と配布されている。
町の市場にも何台ものゴーレム馬車が入ってきた。
「そっちは野菜だ!」
「こっちは芋!」
「工房へ運ぶ荷物は向こうへ回してくれ!」
荷物が降ろされる。
空いた荷台には、別の商品が積まれていく。
市場へ来たゴーレム馬車が、空のまま帰ることは少なかった。
商人たちはすぐに使い方を覚えていた。
「北へ行くなら、これも持っていってくれ」
「どこまでだ?」
「途中の町だ」
「分かった。載せろ」
行き先が同じなら一緒に運ぶ。
帰りに運べる物があれば積んでくる。
百万台を超えるゴーレム馬車が動き始めたことで、今まで別々だった町や村の間を大量の物が行き交うようになっていた。
農地でも変化は続いている。
新しく作った畑では、農民たちが作物の状態を確認していた。
「こっちは水が足りないな」
「散水する」
「俺は向こうを見てくる」
一人が飛び上がった。
上空から農地を確認する。
広大な畑でも、歩いて見回る必要はない。
「西側も少し乾いてるぞ!」
「分かった!」
水魔法が使われる。
その隣ではヒールバレット。
さらにピュリフィケーションバレット。
教導で得た力を、農民たちは当たり前のように農作業へ使っていた。
農地の端にはゴーレム馬車が並んでいる。
種芋を運んできた馬車。
道具を運ぶ馬車。
必要な物を町から持ってくる馬車。
収穫が始まれば、今度は作物を運ぶことになる。
「もう少し畑を広げられるな」
「あっちも使えそうだ」
「なら明日やろう」
農民たちは遠くの荒野を見る。
以前なら、見てもそれで終わっていた土地だった。
耕すだけでも大仕事になる。
水を引くことも難しい。
収穫できたとしても運べない。
だから使われなかった。
今は違う。
土魔法がある。
水魔法がある。
ヒールバレットとピュリフィケーションバレットがある。
飛行できる。
そしてゴーレム馬車がある。
使えなかった土地が、使える土地へ変わっていた。
街の工房では、まだゴーレム馬車が作られている。
「次の荷台を持ってこい!」
「できてる!」
「こっちは小型だ!」
「村道用だな!」
職人たちの声が飛び交う。
アルデバランから来たゴーレム使いだけが作っているのではない。
シュタインフェルトの職人たち自身が作っていた。
ゴーレムスキルを発現した職人が増えたことで、生産は止まらない。
「次は俺がやる」
「任せた」
教わった者が作る。
作れるようになった者が、別の者へ教える。
新しいゴーレム馬車が完成する。
完成すれば、必要としている場所へ送られる。
王宮でもゴーレム馬車が使われていた。
役所でも同じだった。
食料。
資材。
道具。
必要な物を積み、必要な場所へ運ぶ。
特別なものとして飾られているゴーレム馬車は一台もない。
すべて使われていた。
アイゼルと軍務卿は王都の高い場所から街道を眺めていた。
何台ものゴーレム馬車が走っている。
その向こうにも。
さらに別の道にも見える。
「景色が変わったな」
アイゼルが言った。
「ええ」
軍務卿は街道の先を見る。
そこから先には、新しく広がった農地がある。
農地から作物が町へ来る。
町から必要な物が農地へ向かう。
工房で作った物が別の町へ運ばれる。
商人が商品を運ぶ。
役所も使う。
王宮も使う。
「これなら、国土の三割だけを使い続ける必要はありませんな」
「ああ」
アイゼルが頷いた。
土地は最初からあった。
足りなかったのは、それを使う力だった。
その力を、今は国民自身が持っている。
遠くの荒野で土が大きく動いた。
天地返しが始まったのだ。
その近くでは散水が始まる。
さらにゴーレム馬車が何台も向かっていく。
誰かに土地を与えてもらうのを待っているわけではない。
誰かが農地を作ってくれるのを待っているわけでもない。
シュタインフェルトの民が、自分たちで荒野を耕していた。
そして自分たちで作ったゴーレム馬車が、その土地へ走っていく。
広い国土の七割を占めていた荒野に、次々と新しい農地が広がり始めていた。




