249 全員かかれっ
シュタインフェルト王国に、アルデバラン王国から応援がやってきた。
その数、二百万人を超える。
王都の外を埋める人々を見て、アリッサは目を見開いた。
騎士団。
行政団。
冒険者たち。
貴族冒険者に、神官冒険者までいる。
軍隊だけを送り込んできたわけではない。
二千万人の国民を教導するため、様々な人間が集められていた。
「あっ」
アリッサが一人の騎士に気づいた。
「お父様、あの方です」
「知っているのか?」
「はい。アルデバランでアイク様と一緒に教導してくださった騎士です」
三日間の教導で何度も顔を合わせている。
アリッサは何気なく、その騎士を鑑定した。
「……聖騎士」
隣の騎士も見る。
聖騎士。
さらに別の騎士。
やはり聖騎士だった。
アイゼルと軍務卿も鑑定を始める。
三人の視線が次々と移っていった。
騎士は全員、聖騎士。
それだけではない。
剣豪。
槍豪。
大剣豪。
大槍豪。
同じ聖騎士でも、持っている技能は様々だった。
さらに見ていく。
「剣聖……」
アリッサが呟いた。
その近くにいた人物を鑑定して、動きが止まる。
「……剣神?」
若い女性だった。
しかも神官である。
何かの間違いかと思い、もう一度鑑定する。
変わらない。
剣神。
アイゼルと軍務卿も同じ女性を鑑定した。
三人とも黙った。
「……神官よね?」
「ああ」
アイゼルが短く答えた。
女性神官の名はアリシア。
だが、アリッサたちがそれを知る由もない。
彼らに分かるのは、目の前に剣神の技能を持った神官がいるということだけだった。
しかも剣神は一人ではない。
アリッサは別の集団へ鑑定を向けた。
「ゴーレム使い……」
少し離れたところには、
「魔道具作製師までいる……」
騎士だけを見ていても、この集団の正体は分からない。
行政団にも様々な技能を持つ者がいる。
冒険者もいる。
貴族もいる。
神官もいる。
その中で、アリッサの視線が小さな人影で止まった。
「……え?」
子供だった。
どう見ても子供にしか見えない。
だが、鑑定結果にははっきりと表示されている。
軍師。
アリッサは見直した。
やはり軍師。
「子供が軍師って、何の冗談よ……」
アイゼルも鑑定する。
軍務卿も鑑定する。
二人とも何も言わなかった。
アリッサはさらに鑑定を続けた。
そして、別の異常に気づいた。
「十一属性……」
次を見る。
十一属性。
さらに次も。
十一属性。
アイゼルと軍務卿も次々と鑑定している。
騎士だけではない。
行政団。
冒険者。
貴族冒険者。
神官冒険者。
誰を見ても同じような結果が続く。
「……ほぼ全員ではないか」
アイゼルが呟いた。
「そのようです」
軍務卿が答える。
二百万人を超える集団。
そのほぼ全員が十一属性持ちの魔法使いだった。
やがて集団の前から、一人の女性が歩いてきた。
アリッサたちの前で止まり、静かに一礼する。
「私はこの集団を預かる、アルデバラン王国、アレクサンド侯爵です。以後お見知りおきを」
アリッサが固まった。
アイゼルも固まった。
軍務卿も固まった。
アレクサンドは三人の反応を気にする様子もなく、二百万人を超える者たちへ向き直る。
「これより、シュタインフェルト王国二千万人の教導を開始する!」
二百万人の視線が集まった。
アレクサンドが右手を上げる。
「全員かかれっ!」
「応!」
二百万人を超える者たちが、一斉に動き出した。
「全員かかれっ!」
「応!」
アレクサンドの号令と同時に、二百万人を超える者たちが動いた。
騎士団だけではない。
行政団も、冒険者も、貴族冒険者も、神官冒険者も、それぞれ担当する場所へ散っていく。
相手はシュタインフェルト王国の全国民、二千万人。
だが、教える側が二百万人を超えている。
単純に考えれば、十人に一人の教師がつく。
アリッサはその事実に気づいて、また言葉を失った。
「二千万人を一度に教導するつもりなの……?」
「そのための二百万人なのでしょう」
軍務卿が答えた。
言葉にすれば簡単だった。
実際に行われていることは簡単ではない。
行政団がシュタインフェルト側の役人たちと動き始めていた。
王都だけではない。
町。
村。
農村。
各地へ教導する者を送り出さなければならない。
ところが、その動きに迷いがない。
次々と担当が決まり、人が分かれていく。
遠方へ向かう者たちは飛行魔法で飛び立った。
さらに遠い場所へ向かう者の姿が消える。
「テレポーテーション……」
アイゼルが呟いた。
一人ではない。
各地へ人員を運ぶ者が次々と消えていく。
先ほどまで王都の外を埋めていた二百万人が、猛烈な勢いでシュタインフェルト全土へ散っていった。
軍務卿は全索敵を使った。
巨大だった人の集まりが分かれ、各方向へ移動している。
「最初から配置まで考えてきたのか」
「そうみたいね」
アリッサも全索敵で動きを追っていた。
王都に残った者たちも、すでに教導を始めている。
「まず魔力循環から始めます!」
アルデバランの騎士が十人ほどの住民を前に立たせていた。
「魔力を動かそうとする必要はありません。最初は自分の中にある魔力を感じてください」
別の場所でも同じことが始まっている。
冒険者が教える。
神官が教える。
貴族が平民に教えている場所もあった。
教える側の身分も職業も関係ない。
できる者が、まだできない者に教えている。
アリッサが見知った騎士も、その中にいた。
「焦らなくて大丈夫です。できるまで一緒にやります」
十人ほどの住民を相手に、一人ずつ状態を確認している。
一人の男が目を見開いた。
「これか?」
「そうです。その感覚を維持してください」
「おお……」
男の表情が変わった。
その隣では女性が目を閉じている。
さらにその隣には老人がいた。
少し離れたところでは子供たちも教わっている。
アリッサは周囲を見回した。
あちらでも。
こちらでも。
魔力循環が始まっている。
二千万人という数字が大きすぎて、最初に聞いた時には現実味がなかった。
だが、二百万人の教師がいれば話が変わる。
一人が十人を教えればいい。
しかも教師のほぼ全員が十一属性を持っている。
アリッサはようやく、なぜこれほど多様な人間を連れてきたのか理解し始めた。
「騎士だけじゃ駄目なのね」
軍務卿が頷いた。
「国民は騎士だけではありませんからな」
農民には農民の生活がある。
職人には職人の仕事がある。
商人もいる。
役人もいる。
神官もいる。
子供も老人もいる。
二千万人を教えるなら、それぞれに合わせて教えられる人間が必要になる。
だから行政団がいる。
冒険者がいる。
貴族冒険者がいる。
神官冒険者までいる。
ゴーレム使いも。
魔道具作製師も。
そして、軍師まで。
「二百万人を連れてきた理由が分かってきたな」
アイゼルが言った。
その時だった。
「アレクサンド侯爵!」
一人の行政団員が駆けてくる。
「各地への配置を開始しました!」
「予定通り進めろ!」
「はい!」
アレクサンドは全体を見渡した。
「魔力循環ができた者から次へ進め! 待たせる必要はない!」
「応!」
返事が各所から上がる。
魔力循環を覚えた者は、次の教導へ。
まだ掴めない者には教師が残る。
二千万人全員を同じ速度で進ませる必要などなかった。
できた者から先へ。
時間が必要な者には、その時間を使う。
アレクサンドは次々と指示を出した。
二百万人の教師たちが、それぞれの場所で二千万人と向き合っている。
シュタインフェルト王国全土を巻き込んだ教導が始まっていた。
シュタインフェルト王国全土で教導が進んでいた。
王都だけではない。
町でも村でも、アルデバランから来た者たちが住民と向き合っている。
魔力循環。
身体強化。
筋肉強化。
属性魔法。
一人の教師が十人ほどを受け持ち、できた者から次へ進ませる。
時間のかかる者には教師が残る。
二百万人を超える教導者がいるからこそできる方法だった。
王都では、シュタインフェルト騎士団も教導を受けていた。
騎士たちはすでに六属性まで身につけている。
そこから先へ進む。
「魔力循環を維持してください」
「はい!」
「次の属性へ進みます」
アルデバランの騎士が一人ずつ状態を確認していく。
七属性。
八属性。
九属性。
十属性。
そして十一属性。
次々と騎士たちが到達していった。
アリッサはその様子を見ながら、教えている側を鑑定した。
聖騎士。
その隣も聖騎士。
さらに剣豪。
槍豪。
大剣豪。
大槍豪。
少し離れた場所では、あの女性神官も教導していた。
剣神。
やはり鑑定結果は変わらない。
女性神官のアリシアは、シュタインフェルトの騎士たちを前に、ごく普通に魔力循環を教えていた。
アリッサたちは彼女が何者なのか知らない。
分かるのは、神官でありながら剣神であるということだけだった。
「……やっぱり意味が分からないわ」
アリッサは小さく呟き、視線を戻した。
十一属性への教導を終えた者たちは、さらに別の能力へ進んでいた。
「次はアポートです」
教師役の冒険者が木片を地面へ置いた。
「離れた場所にある物を、自分のところへ取り寄せます。まずは近いところから始めましょう」
冒険者が木片を見る。
「アポート」
木片が消えた。
直後、その手の中に現れる。
「やってみてください」
一人の騎士が木片を見る。
「アポート」
何も起こらない。
「対象をしっかり意識してください」
「はい」
もう一度。
「アポート」
木片が消え、騎士の手元へ現れた。
「できた……」
「その感覚を覚えてください」
すぐに次の者が始める。
少し離れた場所ではアスポートの教導も始まっていた。
さらに別の場所ではグラビティ。
索敵を広げる者もいる。
飛行を習い始めた者たちは、次々と地面から浮かび上がっていた。
「うわっ!」
「慌てないでください!」
「上がりすぎた!」
「魔力を調整してください!」
教導者がすぐに補助する。
地上へ戻った男が安堵すると、周囲から笑い声が上がった。
その隣では老婆がゆっくりと浮かんだ。
さらに子供が続く。
「飛んだ!」
「そのままゆっくり前へ進んで!」
王都の空に、シュタインフェルトの民が増えていった。
アイゼルと軍務卿は並んで、その光景を見上げていた。
「昨日までは考えられなかったな」
「ああ」
答えたアイゼルの視線の先で、また一人の住民が飛び上がる。
軍務卿は全索敵を広げた。
王都の至るところで教導が行われている。
さらに遠く。
町でも。
村でも。
同じことが進んでいる。
「二千万人か……」
「二百万人で教えているからな」
単純に十人に一人。
だが、変化はそれ以上の速さで広がっていた。
教導を受けたシュタインフェルトの者たちが、今度は隣の者を手伝い始めている。
覚えたばかりの魔力循環を確認する。
身体強化のやり方を伝える。
教師を呼び、うまくできない者を一緒に見る。
教えられる側だった者が、少しずつ教える側へ回っていく。
「アレクサンド侯爵!」
行政団の一人が駆けてきた。
「各地で教導が進んでいます!」
「遅れているところは?」
「人員を追加しています!」
「よし!」
アレクサンドは周囲を見渡した。
王都の上空には、昨日まで飛べなかった人々がいる。
地上では魔法を試す者たちがいる。
教える者。
教わる者。
できた者を次へ送る者。
二千万人の教導が、王国全土で同時に進んでいた。
アレクサンドが声を張る。
「止めるな! できた者から次へ進め!」
「応!」
二百万人を超える教導者たちの声が応えた。
教導はシュタインフェルト王国全土で続いていた。
騎士だけではない。
農民。
職人。
商人。
冒険者。
子供から老人まで、それぞれが教導を受けている。
そして王宮では、別の教導が始まっていた。
アルデバランから来た行政団が、シュタインフェルトの文官たちを集めている。
「魔力循環は維持してください。次は行政スキルです」
「行政スキル……」
文官の一人が聞き返した。
「はい。皆さんが普段行っている仕事に使うものです」
アルデバランの行政官が教導を始める。
文官たちは目を閉じ、教えられた通りに魔力を循環させた。
一人。
また一人。
行政スキルが身についていく。
「確認してください」
一人の文官が自分の能力を確認した。
「……あります」
「では次へ進みます。組織スキルです」
「まだあるのですか?」
「あります」
アルデバランの行政官は平然と答えた。
再び教導が始まる。
組織スキル。
それも次々と文官たちへ授けられていった。
アイゼルと軍務卿は、その様子を見ていた。
昨日までなら、教導と聞けば魔法や戦闘能力を思い浮かべていた。
だがアルデバランから来た二百万人は違う。
騎士は騎士に教える。
冒険者は冒険者に教える。
神官は神官に教える。
行政団は、文官に行政を教える。
「なるほどな」
軍務卿が呟いた。
「何がだ?」
「二百万人の中に行政団までいる理由です」
軍務卿は教導を受けている文官たちを見る。
「国民全員を魔法使いにするためだけに来たのではありません」
アイゼルも頷いた。
シュタインフェルトを動かしているのは騎士だけではない。
税を管理する者がいる。
街道を管理する者がいる。
食料を管理する者がいる。
町や村から上がってくる情報を整理する者もいる。
二千万人の国民が変われば、それを支える行政も変わらなければならない。
「行政スキルを得た者はこちらへ!」
「組織スキルまで終わった者は次へ進んでください!」
行政団の声が飛ぶ。
シュタインフェルトの文官たちが次々と動き始める。
これまで何人もの文官で処理していた仕事を整理する。
必要な情報を分ける。
誰が担当するのかを決める。
仕事の流れそのものを組み直していく。
「これは……」
一人の文官が驚いたように手元を見る。
「今まで、同じ内容を別々の部署で確認していたぞ」
「こちらもです」
「なら一度にまとめられる」
別の文官がすぐに反応した。
教導されたからといって、アルデバランの行政制度をそのまま持ち込むわけではない。
シュタインフェルトの行政を行うのは、シュタインフェルトの文官たちだ。
彼ら自身が行政スキルと組織スキルを使い、自分たちの仕事を見直していく。
軍務卿がその光景をしばらく見ていた。
「騎士団だけ強くなっても駄目ということですな」
「ああ」
アイゼルが答える。
「二千万人が変わるんだ。王国の仕事も増える」
すでに王都の空には、多くの国民が飛んでいる。
アポートを練習している者もいる。
十一属性への教導を受けている者もいる。
昨日まで存在しなかった能力を、国民が次々と身につけている。
それを今までと同じ行政だけで扱えるはずがない。
王都の外ではゴーレム使いが教導を始めていた。
別の場所では魔道具作製師が職人たちと向き合っている。
神官冒険者の周囲にも人が集まっている。
二百万人が、それぞれ自分のできることを教えていた。
アリッサは上空から王都を見渡した。
飛んでいる者がいる。
魔法を練習している者がいる。
教える者がいる。
教わった直後から、別の者を手伝っている者もいる。
王宮へ視線を向ければ、文官たちまで変わり始めている。
「本当に国ごと教導してる……」
思わず言葉が漏れた。
その頃、アレクサンドのもとには各地から状況が集まっていた。
「王都行政団、教導進行中!」
「地方の文官への教導も開始しました!」
「ゴーレム使い、配置完了!」
「魔道具作製師も始めています!」
アレクサンドは頷いた。
「よし!」
そして周囲を見渡す。
二千万人。
一人残らず教えるために、自分たちはここへ来た。
「まだ手を止めるな!」
「応!」
「教えられるものは全部教えろ!」
「応!」
アレクサンドの声が響く。
二百万人を超える者たちは、再びそれぞれの持ち場へ散っていった。
シュタインフェルトで始まったのは、騎士団を強くするためだけの教導ではなかった。
国を動かす者も。
働く者も。
暮らす者も。
二千万人すべてを対象にした教導だった。




