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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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248 強襲

 シュタインフェルト王国へ帰還したカイゼルは、すぐに騎士団を集めた。


 休んでいる暇はない。


 アルデバランで得た力を、自分たちだけが持っていても意味がなかった。


「教導を始める」


 カイゼル自身が騎士たちの前に立った。


 アイゼル、軍務卿、アリッサも、それぞれ騎士たちを受け持つ。


 最初は魔力循環だった。


「まず自分の魔力を感じろ。無理に動かそうとする必要はない」


 カイゼルが実演しながら教える。


 騎士たちは目を閉じ、自分の内側へ意識を向けた。


 魔力を感じた者から循環へ進む。


 体内を巡らせ、途切れればやり直す。


 カイゼルたちは騎士の間を回りながら修正していった。


 教導を受けているため、習得は早い。


 魔力循環が安定した者から身体強化へ進んだ。


 身体強化。


 筋肉強化。


 騎士たちは自分の身体に起きた変化を確かめる。


「剣を振ってみろ」


 軍務卿の指示で騎士たちが木剣を振った。


 速い。


 踏み込みも以前とは違う。


 これまで鍛錬を重ねてきた騎士だからこそ、その違いがよく分かった。


「力に振り回されるな。身体が強くなった分だけ制御も必要になる」


「はっ!」


 次は索敵だった。


 最初に教えるのは水索敵。


 周囲へ魔力を広げ、そこに存在するものを捉える。


「目で探さないで。魔力で感じ取るの」


 アリッサが担当する騎士たちへ教える。


「最初は近くていいわ。隣にいる人から探して」


 一人の騎士が集中する。


「……分かります」


「そのまま範囲を広げて」


「はい」


 数人。


 十数人。


 訓練場にいる騎士たちの位置が、少しずつ分かるようになる。


 できる者が増えると、教導は属性へ進んだ。


 水。


 火。


 風。


 土。


 光。


 闇。


 これまで一つの属性を持つだけでも珍しかった騎士たちに、新しい属性が次々と加わっていく。


 三属性。


 四属性。


 五属性。


 そして六属性。


 騎士たちは驚いていたが、カイゼルたちは教導を止めなかった。


 これはまだ途中だった。


 自分たちがアルデバランで得たものは、これだけではない。


 六属性の教導が一通り終わった。


 カイゼルが次へ進もうとした時だった。


「陛下!」


 水索敵を続けていた騎士の一人が声を上げた。


「大勢の人間が王都へ向かっています!」


 カイゼルたちの表情が変わる。


 軍務卿は問い返さなかった。


 即座に全索敵を展開する。


 アイゼルもカイゼルも同時だった。


 水索敵だけではない。


 複数の索敵を重ね、王都周辺からさらに外へと探査範囲を広げる。


 巨大な人の集団が捉えられた。


「二万を超えているな」


 軍務卿が呟く。


「ああ」


 カイゼルも同じ反応を捉えていた。


 集団は王都へ向かっている。


 しかも、その大半が武装していた。


 アイゼルがさらに詳しく探る。


「これまで国境周辺に現れていた連中と同じだろう。騎士崩れや兵士崩れが集まったか」


 周辺の国々が消えた後、居場所を失った者たち。


 騎士だった者。


 兵士だった者。


 傭兵だった者。


 これまでも数千、時には万を超える集団となって国境周辺へ現れている。


 だが今回は二万人を超えていた。


 カイゼルが騎士たちを見る。


「教導は中断する。迎撃するぞ」


「はっ!」


 返事が響いた。


 教導を終えたばかりの騎士たちが武器を取ろうとする。


「待って!」


 アリッサが叫んだ。


 騎士たちの動きが止まる。


「せっかく教わったのよ。剣を合わせる必要なんてないわ」


 アリッサは王都へ迫る二万人以上の武装集団を索敵しながら言った。


「まず、相手の武器を奪って」


 騎士たちを見る。


「アポートよ」


 カイゼルがアリッサを見た。


 そして、その意図を理解した。


「よし。それでいく」


 騎士たちが一斉に飛行魔法を発動した。


 つい先ほどまで教導を受けていた騎士団が、王都の空へ舞い上がった。




 数百人の騎士たちが飛行魔法で王都を飛び立った。


 相手は二万人を超える。


 単純な人数だけなら、戦いになるような差ではない。


 数百人で二万人を迎え撃つなど、これまでのシュタインフェルト騎士団なら考えもしなかった。


 だが、今は違う。


 騎士たちは空を飛び、全索敵で敵の位置を捉えている。


 ほどなく街道を埋め尽くす大集団が見えてきた。


 装備は統一されていない。


 剣、槍、斧、弓。


 鎧も服もばらばらだった。


 国を失った騎士や兵士たちが寄り集まり、巨大な武装集団となっている。


 向こうも空から接近する騎士団に気づいた。


「敵だ!」


「弓を構えろ!」


 弓兵たちが動く。


 だが、矢を放つより早かった。


「まず武器を奪って!」


 アリッサの声が響く。


「アポートよ!」


 弓が消えた。


 次の瞬間にはアリッサの手にある。


 そのままアイテムボックスへ収納する。


「奪った武器は全部アイテムボックスへ!」


「はっ!」


 数百人の騎士が一斉にアポートを使った。


 弓が消える。


 剣が消える。


 槍が消える。


 斧が消える。


「なんだ!」


「剣がない!」


「俺の槍はどこだ!」


 怒号が上がった。


 だが、奪われた武器は地上のどこにもない。


 アポートで騎士たちの手元へ移り、そのままアイテムボックスへ消えていく。


 拾うこともできない。


 奪い返すこともできない。


 軍務卿は上空から全索敵を展開し続けていた。


「後方に弓兵が残っている!」


「はっ!」


「アポート!」


 弓がまとめて消えていく。


 アイゼルも別方向を捉える。


「右側、槍を持っている一団!」


「アポート!」


 今度は槍が消えた。


 カイゼルも全索敵で集団全体を確認している。


 隠し持っている武器まで次々と発見され、奪われていった。


 数百人対二万人。


 本来なら圧倒的な戦力差だった。


 だが、二万人という数が何の役にも立っていない。


 相手は空にいる。


 こちらの位置はすべて把握されている。


 攻撃しようとすれば、その前に武器が消える。


 やがて街道を埋めていた二万人以上の大半が素手になった。


「その場に座れ!」


 騎士団から声が飛ぶ。


 状況を理解した者たちが次々と座り始めた。


 それでも抵抗する者はいた。


「ふざけるな!」


 数人が走り出す。


「バインドバレット!」


 魔法が飛んだ。


 一人の身体が拘束され、その場に倒れる。


「バインドバレット!」


「バインドバレット!」


 別方向でも次々と拘束されていく。


 騎士たちは剣を抜かなかった。


 接近戦をする必要がない。


 武器を持っていればアポート。


 抵抗すればバインドバレット。


 それだけだった。


 数の差は、最後まで意味を持たなかった。


 逃走を図る者も出た。


 街道を外れ、森へ走る。


 だが、全索敵から逃れることはできない。


 騎士たちは飛行魔法で上空から追いついた。


「止まれ!」


 止まらない者へバインドバレットが飛ぶ。


 森へ入った者も、木々の向こうにいる位置まで捉えられている。


 一人。


 また一人。


 逃走者もすべて拘束された。


 軍務卿が全索敵を広げる。


「逃走者なし」


 アイゼルも確認した。


「こちらも同じだ」


 二万人を超える襲撃者の制圧が終わった。


 騎士団の被害はゼロ。


 襲撃者にも死者は出ていない。


 数百人の騎士が、二万人を超える武装集団を剣すら交えずに制圧していた。


 アリッサは地上へ降りた。


 拘束された者たちの間を歩く。


 そこで彼女は気づいた。


 傷んだ鎧。


 擦り切れた服。


 痩せた身体。


 頬がこけ、力なく座り込んでいる者も多い。


 アリッサはしばらく彼らを見ていた。


 そして近くにいた騎士数人へ声をかける。


「私と来て」


「どちらへ?」


「森よ」


「森ですか?」


「ええ」


 アリッサは飛行魔法で浮かび上がった。


「この人たち、お腹が空いているわ」


 騎士たちが拘束された二万人を見る。


 アリッサは森の方角へ身体を向けた。


「魔物を狩りに行くわよ」


「はい!」


 数人の騎士が飛び上がる。


 アリッサたちは二万人を超える捕虜を残し、食料を確保するため森へ向かった。




 アリッサは数人の騎士を連れ、森へ向かった。


 二万人を超える人間に食べさせる。


 少しばかりの肉では足りない。


「索敵するわよ」


「はい!」


 騎士たちが索敵を広げる。


 教導を受けたばかりだが、すでに実戦で使える。


 森に入って間もなく、いくつもの魔物の反応を捉えた。


「右前方にいます!」


「数は?」


「二十七!」


「行きましょう」


 アリッサたちは飛行したまま森の上を移動する。


 魔物を見つけるたびに降下し、討伐する。


 倒した魔物はすぐにアイテムボックスへ収納した。


 十体。


 五十体。


 百体。


 そこで終わらない。


 索敵範囲を広げ、次の群れを探す。


 飛行で移動するため、森の中を歩き回る必要もなかった。


 見つける。


 狩る。


 収納する。


 そして次へ向かう。


 同行した騎士たちも、次第に新しい力の扱いに慣れていった。


「左に四十三!」


「確認したわ。その先にもいるわよ」


「本当だ……」


 騎士が索敵範囲をさらに広げる。


「百を超えています!」


「まとめて狩りましょう」


 アリッサが先行した。


 騎士たちも続く。


 以前なら、一度の狩りでこれほど広い範囲を移動することは難しかった。


 今は索敵で探し、飛行で移動できる。


 倒した魔物もアイテムボックスへ入る。


 持ち帰れる量を考える必要もない。


 日が傾き始める頃には、討伐した魔物は千体ほどになっていた。


「これくらいあればいいでしょう」


 アリッサの言葉に、騎士たちが頷いた。


 一行は飛行して王都へ戻った。


 城壁が見えてくる。


 そのまま王都へ近づくと、地上から声が上がった。


「姫様ー!」


 アリッサが下を見る。


「アリッサ様だ!」


「姫様、お帰りなさい!」


 通りにいた人々が空を見上げ、手を振っている。


 アリッサは少し驚きながらも、手を振り返した。


 すると声はさらに大きくなった。


「姫様ー!」


「お帰りなさい!」


 アリッサは笑った。


 公爵令嬢であることは以前から変わらない。


 それでも、これほど熱い声を向けられたことはなかった。


 騎士の一人が笑う。


「人気者ですな、アリッサ様」


「からかわないで」


 そう言いながらも、アリッサの表情は嬉しそうだった。


 王都へ戻ると、捕縛した二万人以上はすでに騎士団の管理下に置かれていた。


 アリッサはアイテムボックスから狩った魔物を取り出す。


「まず百体解体するわよ」


「はい!」


 森へ同行した騎士だけではない。


 残っていた騎士たちも集まった。


 教導は途中だったが、解体には十分な人数がいる。


 百体の魔物を並べ、手分けして解体を始めた。


 皮を剥ぐ。


 肉を切り分ける。


 内臓を取り出す。


 骨も分ける。


 食べられる部位を無駄にはしない。


 解体が終わると、その場で調理に移った。


 大きな鍋を用意し、肉や骨を入れてスープを作る。


 別の場所では内臓を焼く。


 さらに切り分けた肉を次々と焼いていく。


 味付けは簡単だった。


「塩は?」


「ここにあります」


 騎士が岩塩を持ってきた。


「そのまま使わないで。ピュリフィケーションして」


「はい」


 浄化された岩塩を砕き、料理へ使う。


 余計な調味料は必要なかった。


 肉を焼き、岩塩を振る。


 内臓も浄化して焼く。


 大鍋からは肉と骨を煮込んだ湯気が立ち上る。


 香りが周囲へ広がっていった。


 拘束されている騎士崩れや兵士崩れたちが、次々と顔を上げる。


 視線が料理へ集まった。


 アリッサはそれに気づいていた。


「もう少し待っていて」


 返事はない。


 だが、誰も料理から目を離さなかった。


 アリッサは騎士たちへ向き直る。


「急ぎましょう。二万人以上いるんだから」


「はい!」


 騎士たちは調理を続けた。


 百体分の魔物の肉が、次々と料理へ変わっていった。




 料理ができあがった。


 大鍋には肉と骨を煮込んだスープ。


 その隣では内臓が焼かれ、さらに大量の肉が次々と焼き上がっている。


 味付けはピュリフィケーションした岩塩だけ。


 それでも、空腹の者たちには十分すぎる香りだった。


 アリッサは騎士たちに声をかけた。


「配りましょう」


「はい!」


 最初に運ばれたのは、捕縛された騎士崩れや兵士崩れたちのところだった。


 男たちは戸惑った。


 目の前に置かれたスープと焼肉を見る。


 自分たちはつい先ほど、この国を襲った。


 二万人を超える人数で王都へ向かい、武器を持って押し寄せた。


 殺されてもおかしくない。


 少なくとも牢へ入れられると思っていた。


 それが今、目の前に温かい料理がある。


 一人の男がアリッサを見た。


「……俺たちに?」


「そうよ」


「食っていいのか?」


「そのために作ったのよ」


 男は料理へ視線を戻した。


 しばらく動かなかった。


「食べなさい。冷めるわよ」


 その言葉で、ようやくスープへ手を伸ばした。


 一口飲む。


 動きが止まった。


 もう一口。


 今度は焼いた肉を食べる。


「……旨い」


 小さな声だった。


 隣の男も食べ始めた。


 その隣も。


 やがて二万人を超える者たちが、次々と料理へ手を伸ばした。


 誰も騒がない。


 ただ食べていた。


 スープを飲む。


 肉を食べる。


 焼いた内臓を口へ運ぶ。


「旨い……」


 また声が聞こえた。


「温かい……」


 別の男が俯いた。


 ぽたりと雫が落ちる。


 それでも食べる手を止めなかった。


「何日ぶりだろうな……」


「まともに食ったの……」


 あちこちから嗚咽が聞こえ始めた。


 国を失った。


 仕える相手を失った。


 騎士だった者も兵士だった者も、剣を持って生きるしかなかった。


 食料がなくなれば奪う。


 奪わなければ生きられない。


 そうして集まり、二万人を超える武装集団になった。


 その末にシュタインフェルトを襲った。


 だが、戦うことすらできなかった。


 武器を奪われ、捕らえられた。


 そして今、腹いっぱい食べさせられている。


「なんで……」


 一人が泣きながら呟いた。


「なんで俺たちに食わせるんだ……」


 料理を配っていた騎士が答えようとして、言葉に詰まった。


 目の前の男が泣いている。


 その隣も。


 さらに向こうでも。


 騎士は黙って肉を追加した。


「ほら」


「……ありがとう」


「ああ」


 それだけだった。


 やがて騎士たちにも料理が配られた。


 同じスープ。


 同じ焼肉。


 同じ内臓焼き。


 同じ岩塩で味をつけた料理だった。


 一人の騎士が食べながら、捕虜たちを見る。


「……なんだよ」


 目元を拭った。


「こっちまで泣けてくるじゃないか」


「泣きながら食うなよ」


「お前も泣いてるぞ」


「うるさい」


 捕虜も騎士も食べ続けた。


 少し離れた場所から、カイゼルはその光景を見ていた。


 その顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。


 アイゼルと軍務卿も隣にいた。


「軍務卿」


「はい」


「この者たちを受け入れようと思う」


 軍務卿は驚かなかった。


「国民として、ですか?」


「ああ」


 カイゼルは食事をする男たちを見る。


「国を失い、行く場所を失った。それで剣を持って流れてきたのなら、剣を置いて生きられる場所を作ればいい」


 アイゼルが頷いた。


「反対する理由はありません」


 軍務卿も同じだった。


「私も異存ありません」


「そうか」


 カイゼルは再び男たちへ目を向けた。


 二万人を超える敵だった。


 今は武器を持っていない。


 温かい料理を食べながら泣いている。


 ならば、次にすることは決まっていた。


 カイゼルは微笑んだ。


 彼らをシュタインフェルト王国の民として受け入れる。


 二万人を超える襲撃者との戦いは、領土を奪うことも、命を奪うこともなく終わった。





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