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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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247 多産

 翌朝。


 カイゼルはすでに決断していた。


 オーキスの提案を受け入れる。


 そしてシュタインフェルト王国の王として、大陸の群雄割拠を終わらせる。


 再び顔を合わせたオーキスに、カイゼルは迷うことなく告げた。


「オーキス王。昨夜のお話、お受けします」


「決められましたか」


「ええ」


 カイゼルの隣にはローゼンクランツ公爵、軍務卿、アリッサがいる。


 オーキスの側にはアイクが控えていた。


「私は大陸を統一します」


 静かな言葉だった。


 昨夜、酒宴を終えてから考え続けた。


 第七十八国で見たもの。


 アルデバラン本国で見たもの。


 三十五億人という教導済みの民。


 それぞれの国を自分たちで治めながら、国境を越えて人や物が行き交う百三十の国々。


 それだけの力を持ちながら、オーキスは大陸を支配しようとはしなかった。


 代わりにシュタインフェルトへ力を渡すと言った。


 使い方は自分たちで決めろと。


 ならば、決めるのは自分だった。


「ただ領土を広げるためではありません」


 カイゼルは続ける。


「民の安寧を促します。話し合える国とは話し合い、手を結べる国とは手を結ぶ。それぞれの国の民が穏やかに暮らせる道を探します」


 オーキスは黙って聞いている。


「ですが、民を食い物にする者まで放置するつもりはありません」


 カイゼルの声がわずかに強くなった。


「悪は滅ぼします」


 軍務卿が静かに頷いた。


 ローゼンクランツ公爵も異論を挟まない。


 二人ともカイゼルの決断を知ったうえで、この場にいる。


「それが私の答えです」


「分かりました」


 オーキスはそれだけ答えた。


 賛辞もなければ、注文もない。


 カイゼルがどの国から手をつけるのか。


 外交を優先するのか。


 必要なら軍を動かすのか。


 どのような形で大陸をまとめるのか。


 何も聞かなかった。


 それを決めるのはカイゼルだからだ。


「一つだけ確認しておきたい」


 カイゼルが言った。


「我々が選んだ方法について、アルデバラン王国から指示を出すことは?」


「ない」


 即答だった。


「昨夜申し上げた通りです。どうするかは貴国が決めればいい」


 カイゼルは頷いた。


「それで十分です」


 誰かの代理として大陸を統一するのではない。


 アルデバランの領土を増やすためでもない。


 シュタインフェルトが自ら選び、自ら責任を負う。


 それでいい。


 アリッサは黙ってそのやり取りを聞いていた。


 自分が第七十八国へ向かった時、こんな場所へ繋がるとは考えもしなかった。


 冒険者として国境を越えただけだった。


 そこで教導を受けた。


 空を飛べるようになった。


 ロルフと出会った。


 イメルダと出会った。


 そして、自分が見たものを祖国へ持ち帰った。


 そこから先は父が考え、カイゼルが考え、自分たちでここまで来た。


 誰か一人が決めた道ではなかった。


「アリッサ」


 カイゼルが呼んだ。


「はい、陛下」


「お前が国境を越えたことが、ここまで繋がった」


「私は、自分が見たことをお伝えしただけです」


「ああ。それでいい」


 カイゼルは微笑んだ。


「その先を決めるのは、私の仕事だ」


「はい」


 アリッサも微笑んだ。


 オーキスがアイクへ顔を向けた。


「アイク」


「はっ」


「カイゼル王たちに教導せよ」


 アイクが姿勢を正す。


「最低十一属性。アポート、アスポート、プレコグニション、フォアサイト、ソートグラフィー、テレポーテーション、ポストコグニション、サイコメトリー、リモート・ビューイング、クレアオーディエンス、クレヤボヤンス、グラビティ、アースクエイク、教導までを身につけてもらう」


「御意」


「アリッサ嬢は六属性までは終わっている。そこから伸ばせ」


「はっ」


 オーキスはカイゼルたちを見る。


 大陸を統一しろと命じたのではない。


 カイゼルは自分でそれを選んだ。


 ならば、約束した力を渡す。


「アイク。カイゼル王たちを育てよ」


「御意」


 カイゼルはその言葉を静かに受け止めた。


 選択は終わった。


 これから、その選択を実行するための力を得る。




 オーキスがアイクへ教導を命じた、その時だった。


「あら?」


 イメルダが小さく声を漏らした。


 自分の中に、これまで存在しなかった何かが加わった。


 新しいスキルが発現した時の感覚だった。


 イメルダはすぐに自分を鑑定する。


 見慣れたスキルの中に、一つだけ新しいものが加わっていた。


《多産》


 イメルダはその文字を見つめた。


「イメルダ伯爵、どうかなさいましたか?」


 バイオレットが声をかける。


「新しいスキルが発現しましたの」


 オーキスもイメルダへ視線を向けた。


「どのようなスキルだ?」


「《多産》というスキルですわ」


「多産か」


「はい。初めて見るものですの」


 イメルダはさらに鑑定を続けた。


 鑑定で確認できたのは、結婚斡旋に関係するスキルだということだった。


「わたくしが縁を結んだ方々に作用するようですわ」


「どのように?」


「縁を結ばれた男女が夫婦となり、子どもを望まれた場合、多くの子どもを授かるようですの」


 カイゼルがイメルダを見る。


「結婚した者すべてに作用するのではないのですね」


「はい。ご本人たちが子どもを望まれた場合に限られるようですわ」


 結婚を強いる力ではない。


 子どもを持つことを強いる力でもない。


 縁を結ばれた二人が自ら夫婦となることを選び、さらに子どもを望んだ時に働く。


 そこまで確認した時だった。


 教導管理システムへ新しい情報が登録された。


 結婚斡旋ギルドからだった。


 職員の一人に、新しいスキルが発現したという。


 名称は《多産》。


「……まあ」


 イメルダが表示を見つめる。


 すぐに二人目の情報が登録された。


 三人目。


 四人目。


 それだけでは終わらなかった。


 各地の結婚斡旋ギルドから、同じ報告が次々と登録され始めた。


「オーキス陛下」


「どうした?」


「わたくしだけではございませんわ」


「他にも発現したのか?」


「はい。結婚斡旋ギルドの職員たちにも、同じ《多産》が発現しておりますの」


 イメルダは教導管理システムを確認していく。


 一つの支部だけではない。


 王都だけでもない。


 各国に広がった結婚斡旋ギルドから、同じ情報が上がっている。


 相談を受ける者。


 相手を探す者。


 男女を引き合わせる者。


 それぞれの土地で縁を結んできた職員たちだった。


 オーキスが尋ねる。


「どの程度の人数だ?」


「確認いたしますわ」


 イメルダは各地から登録される情報を追った。


 数十人ではない。


 数百人でもない。


 報告は増え続ける。


 やがてイメルダが顔を上げた。


「一万人以上ですわ」


 カイゼルが目を見開いた。


「一万人以上?」


「はい。結婚斡旋ギルドで働く職員全員に、《多産》が発現しておりますの」


 その場の空気が変わった。


 一人に発現した珍しいスキルではない。


 数人が偶然同じ力を得たわけでもない。


 一万人を超える人間に、同じ時に、同じスキルが発現した。


 しかも共通しているのは、結婚斡旋ギルドで人と人との縁を結んでいることだった。


 オーキスがイメルダに尋ねる。


「効果はどこまで分かる?」


「今のところ、わたくしたちが縁を結び、子どもを望まれたご夫婦が、多くの子どもを授かるということまでですわ」


「人数までは?」


「そこまでは分かりませんの」


 イメルダはもう一度《多産》を鑑定した。


 多くの子どもを授かる。


 今、確認できるのはそこまでだった。


 なぜ自分たちなのか。


 なぜ今なのか。


 なぜ一万人以上もの職員へ同時に発現したのか。


 答えは表示されない。


 ただ、結婚斡旋ギルドはこれまでと変わらない。


 結婚したい者から相談を受ける。


 相手を探す。


 引き合わせる。


 互いが望めば縁を結ぶ。


 その先を決めるのは本人たちだった。


 イメルダは《多産》の文字を見つめた。


「不思議なスキルですわね」


 この時、イメルダたちはまだ知らなかった。


 自分たちが結んだ縁から、子どもを望んだ夫婦一組につき――。


 最低十人の新しい命が生まれることを。




 結婚斡旋ギルドで起きたことは、教導管理システムに記録された。


 一万人以上に同時発現した《多産》が何をもたらすのかは、まだ分からない。


 イメルダたちがすることも変わらなかった。


 縁を求める者の相談を受け、相手を探し、引き合わせる。


 結婚するかどうかを決めるのは本人たちであり、その先も同じだった。


 確認を終えたオーキスは、アイクへ視線を向けた。


「では、始めろ」


「御意」


 アイクがカイゼルたちの前へ進み出る。


「陛下から命じられた内容まで、三日で教導します」


「三日か」


 カイゼルが聞き返した。


「はい」


 アリッサは驚かなかった。


 自分自身、第七十八国へ来た時には想像もできなかった力を、短期間の教導で身につけている。


 今度はその続きを学ぶことになる。


 アイクはカイゼル、ローゼンクランツ公爵、軍務卿を順番に見る。


「最初に属性を増やします。最低十一属性まで。その後、能力へ進みます」


 カイゼルが頷いた。


「頼む」


「では始めます」


 教導が始まった。


 まず行われたのは魔力循環だった。


 自分の中にある魔力を感じ、動かし、循環させる。


 アイクが一人ずつ状態を確認しながら教えていく。


 カイゼルは言われた通りに魔力を動かした。


 最初は意識しなければ流れを維持できない。


 それでも繰り返すうちに、次第に身体の中を巡る魔力を明確に感じ取れるようになる。


「そのまま続けてください」


 アイクが指示する。


 ローゼンクランツ公爵も軍務卿も黙々と続けた。


 遊びではない。


 三日後には、この力を持ってシュタインフェルトへ帰る。


 そして自分たちが選んだ道を歩き始める。


 目的が分かっているから、誰も手を抜かなかった。


 魔力循環が安定すると、属性の教導へ移った。


 一つ。


 また一つ。


 これまで自分には存在しなかった属性が加わっていく。


 カイゼルは自分の手を見た。


「これほど早いものなのか」


「教導を受ける側だけなら、もっと時間が必要です」


 アイクが答える。


「教える側の教導スキルが高ければ、その時間を大きく縮められます」


「なるほど」


 カイゼルは短く答えると、すぐに次へ進んだ。


 ローゼンクランツ公爵も同様だった。


 軍務卿は新しい属性を得るたびに、その使い方を確かめている。


 戦闘だけではない。


 土を動かせる。


 水を出せる。


 火を扱える。


 物を作り、運び、守ることにも使える。


 第七十八国やアルデバラン本国で見てきた光景が、自分たちの力として繋がっていく。


 アリッサには別の教導が行われた。


「アリッサ嬢は六属性まで終わっている。そこから伸ばします」


「お願いします」


 すでに知っていることを最初から繰り返す必要はない。


 現在の状態を確認し、その続きから始める。


 新しい属性が加わり、使える魔法が増えていった。


 属性の教導が進むと、アイクは次の段階へ移った。


「ここからは能力です」


 最初に教えられたのはアポートだった。


 離れた場所にある物を、自分のもとへ取り寄せる。


 アイクが実際に見せる。


 少し離れた場所に置かれていた物が消え、次の瞬間にはアイクの手に収まっていた。


「これがアポートです」


 続いてアスポート。


 今度は手にしていた物が消え、離れた場所へ移る。


 カイゼルたちは説明を聞き、自分でも試す。


 失敗する。


 もう一度試す。


 アイクが修正する。


 繰り返すうちに、離れた場所の物がカイゼルの手元へ移った。


「できたな」


「はい。次へ進みます」


 休む間もなく教導は続く。


 プレコグニション。


 フォアサイト。


 ソートグラフィー。


 一つの能力を完全に極めてから次へ進むのではない。


 まず使える状態まで引き上げる。


 必要な能力を揃え、その後に使い続けて伸ばしていけばいい。


 カイゼルもそれを理解していた。


 今必要なのは完成ではない。


 大陸へ踏み出すための力だった。


 教導初日は、そのまま日が暮れるまで続いた。


 カイゼルたちは昨日までとは比べものにならない数の属性と能力を、その身に宿し始めていた。




 二日目。


 教導は朝から再開された。


 属性を増やす段階はすでに終わっている。


 カイゼルたちは最低十一属性を得ていた。


 アリッサも六属性からさらに伸ばされ、他の三人と同じ段階へ進んでいる。


 ここからは能力だった。


「次はテレポーテーションです」


 アイクが告げた。


 カイゼルがわずかに表情を変える。


 シュタインフェルト王国から第七十八国までなら、アリッサが飛行して二十分ほどで移動できる。


 だが、第七十八国からアルデバラン本国までは違う。


 飛行でも数時間。


 地上をゴーレム馬車で移動すれば一か月ほどかかる距離だった。


 それをイメルダは一瞬で越えた。


「まず近距離から始めます」


 アイクの教導を受け、カイゼルたちは転移の感覚を掴んでいく。


 最初は数歩先。


 次は部屋の反対側。


 さらに距離を伸ばす。


 自分が消え、次の瞬間には別の場所に立っている。


 カイゼルは周囲を確認した。


「これがあれば、移動の意味そのものが変わるな」


「使い方を誤らなければ便利な能力です」


 アイクはそれだけ答え、次の教導へ進んだ。


 ポストコグニション。


 サイコメトリー。


 物や場所に残された過去を調べる。


 リモート・ビューイング。


 遠く離れた場所を見る。


 クレアオーディエンス。


 離れた場所の音を聞く。


 クレヤボヤンス。


 通常では知ることのできないものを捉える。


 一つ覚えるたびに、カイゼルたちは自分たちに与えられた力の意味を理解していった。


 軍務卿が口を開く。


「調査に使えますな」


「ああ」


 カイゼルも同じことを考えていた。


 戦うためだけの力ではない。


 何が起きているのかを知る。


 誰が何をしているのかを確かめる。


 自分の目で事実を調べたうえで判断する。


 これから多くの国と向き合うシュタインフェルトにとって、その力は武器以上に重要だった。


 さらにグラビティ、アースクエイクの教導が続いた。


 そして最後にアイクが教えたのは、自分が今まさに使っている力だった。


「教導です」


 カイゼルがアイクを見る。


「これも我々に?」


「陛下の命令です」


 アイクは答えた。


「私から教わって終わりではありません。皆様がシュタインフェルトへ戻った後、必要な者を育てられるようにします」


 カイゼルはその意味を理解した。


 自分たち四人だけが強くなっても、大陸は変わらない。


 教わった者が、次の者へ渡す。


 その者が、さらに別の者へ渡す。


 アルデバランで見てきたものと同じだった。


「分かった。続けてくれ」


「はい」


 三日目。


 アイクは新しく得た属性と能力を一つずつ確認していった。


 アポート。


 アスポート。


 プレコグニション。


 フォアサイト。


 ソートグラフィー。


 テレポーテーション。


 ポストコグニション。


 サイコメトリー。


 リモート・ビューイング。


 クレアオーディエンス。


 クレヤボヤンス。


 グラビティ。


 アースクエイク。


 そして教導 鑑定も。


 カイゼル、ローゼンクランツ公爵、軍務卿、アリッサは、必要とされた属性と能力を身につけていた。


「問題ありません」


 アイクが告げた。


「教導は終了です」


「世話になった」


 カイゼルが礼を述べる。


 その後、四人はオーキスのもとを訪れた。


「三日間、ありがとうございました」


「こちらは約束したことをしただけです」


 オーキスはカイゼルを見る。


「これからですね」


「ええ」


 カイゼルは頷いた。


「ここからは我々がやります」


「分かりました」


 オーキスはそれ以上何も言わなかった。


 大陸をどう統一するのか。


 どこから始めるのか。


 誰と手を結び、誰と戦うのか。


 それを決めるのはシュタインフェルトだった。


 カイゼルがローゼンクランツ公爵たちを見る。


「帰るぞ」


「はい」


 今度はイメルダに送ってもらう必要はなかった。


 カイゼルたち自身がテレポーテーションを使える。


 目的地はシュタインフェルト王国。


 自分たちの国だった。


 四人の姿が王宮から消える。


 次の瞬間。


 カイゼルたちはシュタインフェルト王国へ帰還していた。


 4日前とは違う力を持って。


 だが、何をするのかを決めるのは、その力ではない。


 すでに自分たちで選んでいた。





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