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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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243 王宮

 王宮の正門へ到着すると、二人の門兵が一行を迎えた。


「シュタインフェルト王国国王、カイゼル・シュタインフェルト陛下ですね。お待ちしておりました」


「ああ」


「どうぞ、お入りください」


 一人の衛兵が案内役につき、門が開かれる。


 それだけだった。


 国王が訪れたからと兵を並べることもない。


 門兵も衛兵も、外国の客人を迎えるための仕事を淡々とこなしている。


 カイゼルがアリッサを見る。


 王都へ入る前に命じたことを、アリッサも覚えている。


 鑑定。


 まず二人の門兵を見る。


「どうだ?」


「複数属性です。飛行、念動、戦闘に使える魔法も複数あります」


「衛兵は?」


 案内役の男を鑑定する。


「同じです」


 カイゼルは頷いた。


 ここまでは予想の範囲だった。


 王宮を守る者である以上、一般の民より高い能力を持たせている可能性はある。


「近衛だけではないのか?」


 カイゼルが尋ねると、案内役の衛兵が振り返った。


「近衛でございますか?」


「王宮を守る者を優先して教導しているのではないのか?」


「いいえ。特にそのようなことはございません」


 カイゼルは隣を歩くイメルダを見る。


「そうなのか、イメルダ伯爵?」


「ええ。王宮で働く方だけが特別ということはございませんわ」


 イメルダは何でもないことのように答えた。


 アイゼルが娘を見る。


「アリッサ。お前が第七十八国にいたのは何日だった?」


「四日ほどです」


「その間に飛行まで覚えたのだったな」


「はい」


 アイゼルは門の向こうに広がる王宮を見た。


「ならば、本国で暮らしている者が使えても不思議ではないか」


「そうだな」


 カイゼルも同じ結論に達していた。


 農民が使っていた。


 職人も使っていた。


 冒険者も、普通の住民も使っていた。


 子供まで空を飛んでいる。


 王宮だけ違うと考える理由はない。


「アリッサ」


「はい」


「中で働く者も見ておけ」


「承知しました」


 王宮へ入った。


 広い玄関広間を侍女や文官が行き交っている。


 一行に気づいた者は足を止め、丁寧に一礼する。


「ようこそお越しくださいました」


 それ以上のことはしない。


 仕事へ戻る。


 アリッサは近くにいた侍女を鑑定した。


「同じです」


「戦闘能力も?」


「あります。複数属性、飛行もあります」


「そうか」


 カイゼルはそれだけ答えた。


 仮説が一つ確認された。


 別の侍女が壁際の花台の位置を直している。


 念動でわずかに浮かせ、向きを整える。


 終われば、そのまま次の仕事へ向かう。


 二階へ行く侍女は階段を使わず、吹き抜けを飛んで上がった。


 誰も見ない。


 珍しくないのだろう。


「文官も見てみろ」


「はい」


 政務区画へ向かう男を鑑定する。


「同じです。複数属性、飛行、戦闘魔法があります」


 アイゼルが頷いた。


「やはりな」


 その文官は自分が鑑定されたことにも気づかず、廊下の途中から飛び上がった。


 上階へ移動する。


 ただの移動手段として使っている。


 軍務卿は能力そのものより、周囲の反応を見ていた。


「誰も気にしておりませんな」


「ああ」


 飛行できる文官が珍しいのではない。


 飛ぶこと自体が珍しくない。


 そこが違う。


 イメルダはそんな三人を見て微笑んでいた。


「何かおかしなところがございました?」


 カイゼルがイメルダを見る。


「いや」


 少し考えてから答える。


「我々がおかしいと思っているものを、あなたたちはおかしいと思っていない。それが分かってきた」


「そうなのですか?」


 イメルダは首を傾げた。


 その反応まで含めて、カイゼルには答えに思えた。


 案内役の衛兵が廊下の先を示す。


「こちらでございます」


「頼む」


 一行は再び歩き始めた。


 もう侍女が飛んでも、文官が魔法を使っても、一人ずつ驚く必要はない。


 見るべきものは、その先にあった。


 この王宮でも、本当に同じことが続いているのか。


 カイゼルたちは、それを確かめながら奥へ進んだ。




 一行は王宮の奥へ進んだ。


 廊下を曲がると、中庭に面した回廊へ出る。


 庭では数人の庭師が働いていた。


 土魔法で植木の根元を整える者。


 水魔法で必要な場所だけに水を与える者。


 高い木の枝を手入れしている者は、身体を浮かせている。


 カイゼルは一度見ただけで通り過ぎた。


「確認するか?」


 アリッサに尋ねる。


「念のため」


 鑑定する。


「同じです」


「そうか」


 それで終わった。


 アイゼルも軍務卿も、庭師が飛んでいることには驚かなかった。


 第七十八国から本国まで、すでに何度も見ている。


 職業が変わっただけだ。


 案内役の衛兵が回廊の先で足を止めた。


「この先に厨房がございます」


 カイゼルがそちらを見る。


「見ても構わないか?」


「もちろんでございます」


 衛兵は近くにいた侍女へ確認を頼んだ。


 侍女はその場から念話を使った。


 しばらくして頷く。


「問題ございません」


 カイゼルはそのやり取りを見ていたが、何も言わなかった。


 わざわざ人を走らせる必要がない。


 ここでは、それも普通なのだろう。


 厨房では多くの料理人が昼食の準備をしていた。


 肉。


 魚。


 野菜。


 香辛料。


 必要な食材がアイテムボックスから取り出され、調理台へ並べられていく。


 火魔法で火力を調整する。


 水魔法で必要な量の水を出す。


 食材には浄化。


 大きな鍋を扱う者は、念動も使っている。


 それぞれの魔法が、調理の一工程として組み込まれていた。


「アリッサ」


「はい」


 数人を鑑定する。


 アリッサは結果を確認した。


「同じです。複数属性。飛行も戦闘魔法もあります」


「やはりか」


 カイゼルが頷く。


 予想が確認されたにすぎない。


 厨房の責任者らしい男が一行に気づき、仕事の手を止めた。


「ようこそお越しくださいました」


「邪魔をしてすまない」


「とんでもございません」


「仕事を続けてくれ」


「ありがとうございます」


 男は一礼すると、すぐ調理へ戻った。


 他の料理人たちも同じだった。


 外国の国王が来たからと、魔法を見せる者はいない。


 普段の仕事を続けている。


 カイゼルはイメルダに尋ねた。


「料理人も、これが普通なのか?」


「ええ。魔法を使った方がお料理しやすいでしょう?」


「確かにな」


「火加減も簡単ですし、お水もすぐ出せますもの」


 イメルダにとっては、それ以上説明することがないらしい。


 軍務卿が調理場を見渡した。


「戦闘魔法を持っていることは、仕事には関係ありませんな」


「ええ」


 アイゼルが答える。


「料理人として必要だから戦闘能力を与えたのではない。教導を受けた者が料理人をしている」


「そういうことでしょう」


 厨房を出る。


 再び政務区画へ入ると、何人もの文官が行き交っていた。


 アリッサは二人だけ鑑定した。


「同じです」


 カイゼルはもう質問しなかった。


 門兵。


 衛兵。


 侍女。


 文官。


 庭師。


 料理人。


 これだけ確認すれば十分だった。


「イメルダ伯爵」


「はい?」


「王宮で働くために、特別な教導をしているわけではないのだな?」


「ええ。王宮だから特別、ということはございませんわ」


「なら、外で見た者たちと同じか」


「そうですわね」


 あっさりした答えだった。


 カイゼルは歩きながら考える。


 アリッサは四日ほどで飛行を身につけた。


 その教導が本国で広く行われているなら、王宮勤務者が同じ能力を持っていても何も不思議ではない。


 むしろ、持っていないと考える方が不自然だった。


 アイゼルも同じところへ辿り着いていた。


「陛下」


「何だ?」


「王宮を見ても、新しい仕組みは出てきませんな」


「ああ」


 カイゼルが周囲を見る。


「外にあったものが、ここにもある」


 軍務卿が頷いた。


 王宮だけを切り離して考えることができない。


 農地でも。


 市場でも。


 工房でも。


 冒険者ギルドでも。


 そして王宮でも。


 同じ教導を受けた人間が、それぞれ自分の仕事をしている。


 案内役の衛兵が扉を開けた。


「こちらへどうぞ」


 カイゼルたちはそのまま進む。


 アルデバラン側から、自国の力を説明する言葉は一度もなかった。


 聞けば答える。


 それ以外は、ただ客人として案内する。


 カイゼルたちは、その日常を見ながら王宮のさらに奥へ進んでいった。




 王宮の奥へ進むにつれ、人の出入りは少しずつ増えていった。


 政務を担当する区画らしい。


 いくつもの部屋で文官たちが仕事をしている。


 カイゼルたちは、もう一人ずつ鑑定することはしなかった。


 必要がない。


 門兵も衛兵も侍女も文官も料理人も確認した。


 王宮だけが特別なのではないことも分かった。


 今度は、彼らが何をしているのかを見る。


 一つの部屋では、壁一面に大きな地図が表示されていた。


 何人かの文官が、その前で話し合っている。


「北側は昨日で終わっています」


「では、次はこちらを優先しましょう」


「資材は?」


「足りています。今朝、到着しています」


 一人が地図の一角を指す。


 街道の補修について話しているらしい。


 軍務卿が足を緩めた。


 カイゼルも気づく。


「気になるか?」


「第七十八国で見たものとつながります」


「ああ」


 街道を造る。


 壊れれば直す。


 物を運ぶ。


 不足する場所へ回す。


 外で見た物流は、自然に存在しているわけではない。


 こうして管理する者もいる。


 別の部屋の前を通る。


 そこでは農地について話していた。


「こちらは収穫量が増えています」


「余剰分は?」


「不足している地域へ回します」


「輸送に問題は?」


「ありません」


 会話は短い。


 必要な情報を確認し、次の仕事へ進んでいく。


 アイゼルがイメルダを見る。


「いつもこうなのか?」


「政務のことでしたら、私より文官の方にお尋ねになった方がよろしいですわ」


 イメルダが微笑んだ。


「私は詳しく存じませんもの」


「それもそうだな」


 アイゼルは素直に頷いた。


 イメルダは伯爵だが、何でも知っているわけではない。


 結婚斡旋や養子縁組なら彼女の領分だが、街道や農産物の管理まで聞く相手ではなかった。


 カイゼルは政務区画を見ながら歩く。


 派手なものは何もない。


 魔法を使える文官たちが、魔法の話ではなく街道や農地や物資について話している。


 シュタインフェルトでも政務の基本は変わらない。


「やっていることは同じだな」


 カイゼルが言った。


「そうですな」


 アイゼルが答える。


「国を動かすなら必要な仕事です」


「違うのは手段か」


「それと規模でしょう」


 軍務卿が言った。


 カイゼルは頷いた。


 王宮そのものが未知の仕組みで動いているわけではない。


 必要な場所へ物を運ぶ。


 街道を維持する。


 食料の状況を把握する。


 働く者がそれを管理する。


 統治として考えれば理解できる。


 その仕事を支える手段が、シュタインフェルトとは大きく違うだけだ。


 一行がさらに進むと、窓の外を数人の文官が飛んでいった。


 別棟へ向かっている。


 今では誰も足を止めなかった。


 アイゼルがそれを見て言う。


「慣れるものだな」


「飛ぶことにはな」


 カイゼルが答えた。


「だが、四日前まで飛べなかった者がここにいる」


 アリッサを見る。


「私ですか?」


「お前以外に誰がいる」


 アリッサは苦笑した。


「確かにそうですが」


「お前を見ていれば、ここの者が飛ぶこと自体に驚く方がおかしい」


「それは……そうですね」


 イメルダが楽しそうに微笑む。


「便利ですわよ、飛べると」


「それも見れば分かる」


 カイゼルもわずかに笑った。


 そのまま歩いていると、向こうから侍女が来た。


「イメルダ伯爵様」


「あら」


「お帰りになっていたのですね」


「先ほど戻りましたの」


「お疲れさまでございました」


 侍女はカイゼルたちにも丁寧に一礼し、そのまま仕事へ戻っていった。


 カイゼルがイメルダを見る。


「ずいぶん普通に話すのだな」


「何がですの?」


「伯爵と侍女だ」


 イメルダは少し考えた。


「王宮で何度もお会いしておりますもの」


「なるほど」


 それだけのことだった。


 身分が消えているわけではない。


 礼儀もある。


 職務も違う。


 それでも必要以上に構えることはない。


 案内役の衛兵が廊下の先を示した。


「この先が来客用の区画でございます」


「分かった」


 カイゼルは歩きながら、もう一度王宮を見回した。


 魔法がある。


 飛行がある。


 戦えば強い者も大勢いる。


 だが、王宮で彼らがしていることは、国を動かすための普通の仕事だった。


 その事実の方が、能力そのものより見る価値があった。




 来客用の区画へ入ると、それまでより人通りが少なくなった。


 案内役の衛兵が一つの扉の前で止まる。


「こちらのお部屋をお使いください」


「世話になる」


「謁見のお時間になりましたら、お迎えに参ります。何かございましたら、近くの者へお申し付けください」


 カイゼルが頷く。


「分かった」


 衛兵は一礼した。


「それでは、失礼いたします」


 最後まで変わらない。


 自国の王宮がどれほど強固なのかを語ることもなければ、そこで働く者たちの能力を説明することもなかった。


 聞かれれば答える。


 それ以外は客人を案内する。


 ただそれだけだった。


 衛兵が去ると、イメルダがカイゼルを見る。


「私はどういたしましょう?」


「あなたも一緒にいてくれ」


「よろしいのですか?」


「ああ。まだ聞きたいことが出てくるかもしれない」


「分かりましたわ」


 一行は部屋へ入った。


 広さは十分にあるが、必要以上に華美ではない。


 長椅子や卓、椅子が置かれ、客人が休めるよう整えられている。


 アリッサが窓辺へ向かった。


 王宮の中庭と、その向こうに別棟が見える。


 文官らしい男が建物から出て、そのまま飛び上がった。


 別棟の回廊へ降りる。


 今度は誰も声を上げなかった。


 カイゼルも一瞥しただけだ。


「アリッサ」


「はい」


「お前が飛べるようになったと聞いたときは、かなり驚いたのだがな」


「私も驚きました」


「今では、この国で飛べない者を探す方が難しそうに見える」


 アリッサが苦笑する。


「そこまでは分かりません」


「そうだったな」


 カイゼルも笑った。


 分からないことを、見ただけで決めつける必要はない。


 ただ、少なくとも王都と王宮では珍しくない。


 それは十分に確認できた。


 アイゼルが椅子へ腰を下ろす。


「結局、王宮へ入っても外で見たものの続きでしたな」


「ああ」


「違うものが出てくると思っていたわけではありませんが、ここまで同じとは思いませんでした」


 軍務卿も座る。


「門兵や衛兵はともかく、文官や料理人まで同じ教導を受けている。だが、考えてみれば当然ですな」


「アリッサが四日ほどだからな」


 カイゼルが言った。


「はい」


 アリッサが答える。


「私が特別に長い教導を受けたわけではありません」


「ならば、本国で暮らしている者たちについて、いちいち驚く方がおかしい」


 アイゼルが頷いた。


「問題は、持っている能力ではありませんな」


 カイゼルが視線を向ける。


「何だと思う?」


「扱い方です」


 アイゼルは窓の外を見る。


「飛べる文官は文官として働く。戦闘魔法を使える料理人は料理を作る。侍女も同じです。能力があるからといって、軍人になるわけではない」


「そうだな」


 軍務卿が続ける。


「我が国なら、それだけの能力を持つ者をどう軍へ組み込むか考えるでしょう」


 否定する者はいなかった。


 シュタインフェルトは武を重んじる国だ。


 強い者がいれば、その力を国防へ生かす。


 それは間違った考えではない。


 周辺の治安が不安定な以上、必要でもある。


 だが、アルデバランでは同じ力が別の場所にも使われている。


 カイゼルはイメルダを見る。


「あなたもそうなのか?」


「何がですの?」


「時空間属性まで持っている。それでも結婚斡旋ギルドの仕事をしている」


「もちろんですわ」


 イメルダは即答した。


「そのためにグランドマスターをしておりますもの」


「時空間属性があるから、別の仕事をしようとは?」


「考えたこともございませんわね」


 カイゼルは少し笑った。


「そうか」


 本人にとっては、それだけの話らしい。


 能力を得たから、それまでの人生を捨てるわけではない。


 できることが増えただけだ。


 そのとき扉が軽く叩かれた。


「失礼いたします」


 侍女が入ってくる。


「お飲み物をご用意いたしました」


 卓へ人数分の飲み物を並べる。


「ありがとうございます」


 イメルダが礼を言った。


「いいえ。それでは、ごゆっくりお過ごしください」


 侍女は一礼して退出する。


 誰も鑑定しなかった。


 もう必要なかった。


 カイゼルは用意された飲み物を手に取った。


 王宮まで来ても、アルデバラン側から自分たちへ見せつけたものは何一つない。


 見たのは、働いている人間だけだ。


 それで十分だった。


 やがてオーキス王との謁見が始まる。


 その前に、一度頭の中を整理する必要があった。





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