241 アルデバラン本国
イメルダの案内で、一行は王都へ向かう街道に出た。
最初にカイゼルが足を止めたのは、街道そのものだった。
広い。
複数のゴーレム馬車が並んで通っても、まだ余裕がある。
人が歩く場所と、ゴーレム馬車が通る場所も分けられていた。
そして何より、その交通量が多い。
王都へ向かうもの。
反対方向へ向かうもの。
荷台には穀物や野菜、木材、布、金属製品などが積まれている。
一台が通り過ぎても、すぐに次が来る。
「これは……」
アイゼルが街道の先を見る。
見える範囲だけでも、何台ものゴーレム馬車が動いていた。
馬はいない。
御者が手綱を握る姿もない。
ゴーレムが一定の速度で荷を運び続けている。
「第七十八国でも見たな」
カイゼルが言った。
「はい」
アリッサが答える。
「ですが、こちらの方が多いです」
「ああ」
一行は再び歩き始めた。
しばらく進むと、街道の両側に農地が広がった。
カイゼルの視線がそちらへ向く。
畑がどこまでも続いている。
区画ごとに作物が分けられ、その間には農道が通されていた。
農地の中にもゴーレムがいる。
収穫した作物を運ぶもの。
大きな籠を持ち上げるもの。
土を耕しているもの。
人々はその周囲で作物を収穫し、選別し、荷をまとめていた。
ゴーレムがいるから人が働いていないのではない。
人の力では時間のかかる作業をゴーレムが担い、その分、人は別の仕事をしている。
収穫された作物は次々とゴーレム馬車へ積まれていった。
カイゼルは農地と街道を交互に見る。
「作ったものが、そのまま動いている」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
畑で作る。
収穫する。
まとめる。
運ぶ。
単純なことだった。
だが、それが途切れていない。
作物が畑に積み上げられたままになっている場所もなければ、荷を待ってゴーレム馬車が止まっている場所もない。
作る側と運ぶ側がつながっている。
カイゼルが見ているのは、そこだった。
国王として考える。
どれほど豊かな農地があっても、作物が必要な場所へ届かなければ民は飢える。
逆に、生産した物を運べるなら、一つの土地の余剰を別の土地へ回せる。
ここでは、それが日常として動いている。
アイゼルは別の角度から見ていた。
これだけの量を、これだけの速度で動かせる。
食料だけではない。
必要なら資材も運べる。
武器も防具も運べるだろう。
兵を動かした後、その兵を食わせ続けることもできる。
街道を走っているのは軍用の輸送隊ではない。
民の生活を支えるゴーレム馬車だ。
だからこそ、アイゼルには恐ろしく見えた。
平時の物流そのものが、必要になれば巨大な国力になる。
そのとき、農地の一角で水が宙を走った。
農民が水魔法を使い、作物へ水を与えている。
少し離れた場所では、別の者が土魔法で畑を整えていた。
誰も詠唱を始めた者を見ようともしない。
珍しいことではないのだ。
アリッサがその光景を見つめる。
「同じです」
「何がだ?」
アイゼルが尋ねた。
「第七十八国で見たものと」
アリッサは街道を見る。
ゴーレム馬車。
農地。
生活の中で使われる魔法。
「向こうでも、これが普通でした」
その言葉に、カイゼルも視線を向けた。
第七十八国で見た光景が、本国にもある。
いや、順番が逆なのかもしれない。
第七十八国だけが独自に発展したのではない。
本国で成立しているものが、第七十八国でも使われている。
そのとき、街道の上をいくつもの影が横切った。
カイゼルが空を見上げる。
男が飛んでいる。
その後ろには女性。
さらに子供までいる。
誰も彼らを見上げない。
地上をゴーレム馬車が走るのと同じように、人が空を移動していた。
カイゼルはしばらく空を見た。
本国へ入って、まだ王都にも着いていない。
それなのに、第七十八国で見たものが次々と目の前に現れていた。
空を飛んでいるのは、一人や二人ではなかった。
王都へ向かう者。
反対方向へ向かう者。
二人、三人と連れ立って飛ぶ者もいる。
誰も大きな荷物を持っていない。
必要な物はアイテムボックスに収納しているため、皆がほとんど手ぶらだった。
「兵ではないな」
カイゼルが言った。
「はい。普通の方々です」
アリッサが答える。
鎧を着ているわけでもない。
武器を手にしているわけでもない。
服装を見れば、農民や職人と思われる者もいる。
子供まで飛んでいた。
飛行そのものが、特別な技術として扱われていない。
歩く。
走る。
飛ぶ。
その中から都合のいい方法を選んでいるだけに見えた。
アイゼルは空を見上げたまま黙っていた。
シュタインフェルト王国にも、飛行できる者が一人いるだけなら話は違う。
十人でも百人でも、まだ数えられる。
だが、ここでは街道を歩いている民と同じように、普通の人間が空を行き交っている。
その人数を軍事力に置き換えて考えること自体に意味があるのか。
まだ判断できない。
アイゼルは視線を地上へ戻した。
農地では作業が続いている。
農民が水魔法を使い、広い範囲へ水を行き渡らせる。
別の者は土魔法で畑を整えていた。
収穫された作物はアイテムボックスへ収納されるものもあれば、大量にまとめられ、ゴーレム馬車で運び出されるものもある。
個人が扱う物はアイテムボックス。
大量の物資を継続して動かすのはゴーレム馬車。
街道を走るゴーレム馬車は途切れない。
アイゼルには、それが軍隊より先に目についた。
これほどの量を、日常的に動かせる。
食料だけではない。
必要になれば建築資材も金属も運べる。
兵を動かすことより難しいのは、動かした兵を維持することだ。
目の前の街道は軍道ではない。
民の生活を支えるための道である。
それでも、その仕組みを持つ国が戦時に何をできるのか。
武の国の公爵であるアイゼルには、その意味が分かった。
一方、カイゼルが見ていたのは人だった。
農地で働く者たちは、魔法を使っている。
ゴーレムも使っている。
それによって生まれた作物が街道へ流れていく。
誰かが作ったものが、その土地だけで止まらない。
必要な場所へ運ばれる仕組みが最初から存在している。
民を飢えさせないために何が必要なのか。
カイゼル自身、長く考え続けてきたことだった。
作物を増やすだけでは足りない。
余っている場所から、足りない場所へ動かせなければならない。
この国では、そのための仕組みが目の前で動いている。
「アリッサ」
「はい」
「第七十八国でも同じだったか?」
アリッサは周囲を見渡した。
「はい」
答えに迷いはなかった。
「ゴーレム馬車もありました。飛行する方もいました。魔法も生活の中で普通に使われていました」
アリッサは少し先の農地を見る。
「アイテムボックスも同じです」
第七十八国で過ごした四日間。
そこで見たものを、アリッサは特別なものだと思っていた。
他国から来た自分には、何もかもが珍しかったからだ。
だが、本国へ来て分かり始めた。
「第七十八国だけが特別だったわけではなかったのですね」
カイゼルがアリッサを見る。
「そう思うか?」
「はい。むしろ逆なのだと思います」
アリッサは街道へ視線を戻した。
「ここにあるものが、第七十八国にもあったのです」
第七十八国が独自に作り上げた仕組みではない。
本国で使われているものが外へ伝わり、そこで暮らす人々の生活に組み込まれている。
だから離れた国でも同じ光景が生まれる。
カイゼルはすぐには答えなかった。
地上をゴーレム馬車が走っていく。
農地では魔法が使われている。
その上を民が飛んでいく。
「百三十国か」
カイゼルが呟いた。
第七十八国は、その一つにすぎない。
「まだ本国を見始めたばかりだ」
カイゼルは前を向いた。
「先へ行こう」
一行は王都へ向かって歩き続けた。
一行は王都へ向かって進んだ。
街道を行き交うゴーレム馬車の数は減らない。
王都へ向かうものだけではなかった。
反対方向へ進むものも多い。
カイゼルはしばらくその流れを見ていた。
「王都へ集めているだけではないのだな」
イメルダが振り返る。
「ええ。必要なところへ運んでおりますわ」
カイゼルが見ていたのはそこだった。
王都だけを豊かにするなら、物資を一方向へ集めればいい。
だが、目の前の街道では両方向へ物が動いている。
農地から出てきたゴーレム馬車が街道へ入り、別のゴーレム馬車が農地へ続く道へ入っていく。
作物だけではない。
農具。
資材。
生活に必要な品。
作る場所から使う場所へ。
必要な物が必要な方向へ動いている。
「地方から王都へ吸い上げるだけではない、か」
カイゼルが呟いた。
シュタインフェルト王国でも、王都や主要都市へ物資を集める。
だが、地方に必要な物まで奪えば、その土地が弱る。
農民が暮らせなくなれば、翌年の収穫が減る。
国を維持するには、集めるだけでは足りない。
戻さなければならない。
カイゼルは街道を見ながら歩き続けた。
アイゼルはゴーレム馬車の流れを別の目で見ていた。
一台の性能ではない。
何台あるのか。
どれだけの量を継続して動かせるのか。
そして、それを支える街道がどこまで続いているのか。
軍を動かすなら、必要になるのは一度きりの輸送ではない。
食料を送り続ける。
装備を補充する。
傷んだ物を交換する。
それが途切れれば、どれほど強い兵でも止まる。
この国では、その基盤が平時から動いている。
しかも軍のためではない。
民が暮らすために使われている。
アイゼルにとっては、その方が重かった。
戦争が始まってから作る仕組みではない。
すでに存在しているのだ。
街道の脇では、数人が傷んだ路面を直していた。
土魔法が使われる。
へこんでいた部分が持ち上がり、均されていく。
別の者が状態を確認し、作業を終える。
大掛かりな工事ではない。
傷んだところを見つけ、直しているだけだった。
その横をゴーレム馬車が通過していく。
カイゼルが足を緩めた。
「道まで魔法で維持するのか」
「使えるものを使っているだけなのでしょう」
アリッサが答えた。
第七十八国でも同じだった。
魔法だから特別なのではない。
水が必要なら水魔法を使う。
土を動かすなら土魔法を使う。
移動するなら飛ぶ。
物を持つならアイテムボックスへ入れる。
重い物や大量の物資を継続して運ぶならゴーレムを使う。
能力ごとに役割が決められているのではない。
必要な場面で、使えるものが使われている。
そのとき、街道の脇へ一人の男が降りてきた。
着地すると、そのまま近くにいた者と言葉を交わし、再び飛び上がる。
誰も見向きもしない。
アリッサはその様子を見ていた。
「やはり同じです」
カイゼルが娘を見るアイゼルより先に尋ねた。
「第七十八国と、か?」
「はい」
アリッサは頷く。
「一つ一つが同じなのではありません」
農地を見る。
街道を見る。
空を見る。
「使い方が同じなのです」
カイゼルは答えなかった。
ゴーレム。
飛行。
魔法。
アイテムボックス。
どれか一つだけなら、便利な能力で終わる。
だが、それらが生活の中へ入り、仕事や物流とつながっている。
第七十八国でもそうだった。
本国でも同じだった。
カイゼルはようやく、アリッサが言った意味を理解し始めた。
第七十八国が本国を真似ているというだけではない。
本国で成立した仕組みを受け取り、第七十八国の人々が自分たちの生活の中で使っている。
だから国が違っても、似た光景になる。
「なるほどな」
カイゼルは小さく呟いた。
やがて、進行方向の先に王都が見え始めた。
カイゼルはそこへ目を向ける。
だが、まだ足は止めなかった。
本国へ来てから見たのは、王都ですらない。
その外側にある街道と農地だけだった。
王都が見えてきても、一行は歩調を変えなかった。
カイゼルはここまで見てきたものを頭の中で整理していた。
農地。
生活の中で使われる魔法。
ゴーレム。
アイテムボックス。
飛行する民。
そして、それらをつなぐ街道と物流。
第七十八国でも見た。
本国にもある。
二つの国で同じ仕組みが動いている。
偶然と考える理由はなかった。
「アリッサ」
「はい」
「第七十八国で、これらはいつから使われていた?」
「私が滞在したときには、すでに普通に使われていました」
「そうか」
それだけ確認すると、カイゼルは再び前を見る。
第七十八国は百三十国の一つ。
そして今、自分たちが見ているのは、その源流とされるアルデバラン本国である。
「第七十八国が特別だったのではないな」
カイゼルが言った。
「はい。私もそう思います」
アリッサは頷いた。
「本国にあるものが、第七十八国にも広がっている。そう考える方が自然です」
「俺もそう見る」
断定するために百三十国すべてを回る必要などない。
すでに知っている事実と、自分の目で見たものを組み合わせれば仮説は立てられる。
あとは、その仮説と矛盾するものがないかを見ていけばいい。
軍務卿も同じことを考えていた。
第七十八国で見た物流。
生産された物が集められる。
保管される。
必要な場所へ運ばれる。
そして民の手へ渡る。
本国でも同じ構造が動いている。
違うのは規模だった。
軍務卿の視線が、街道を進むゴーレム馬車へ向く。
一国だけなら、その国の輸送能力として考えればいい。
だが、これが百三十国へ広がっているとすれば話が変わる。
余剰のある国から、不足している国へ送ることができる。
食料だけではない。
資材も。
道具も。
必要なら人も動く。
しかも人自身が飛行でき、アイテムボックスまで持っている。
軍務卿は第七十八国で見た光景を思い返した。
あの国だけを見て、巨大な兵站能力だと考えていた。
だが、それでは小さく見積もりすぎている可能性がある。
見るべきなのは一国の兵站ではない。
百三十国をつなぐ流れそのものではないか。
まだ仮説だ。
しかし、検証する価値は十分にある。
「陛下」
軍務卿が口を開いた。
「何だ?」
「第七十八国で見た物流と、本国で見ているものは同じ構造です」
「ああ。私もそう見ていた」
「であれば、百三十国を個別に考えない方がよろしいかもしれません」
カイゼルが軍務卿を見る。
「続けろ」
「国境を越えて物資を融通できるのであれば、一国で不足が生じても他国から補えます。第七十八国だけが豊かである必要はありません」
「百三十国全体で支えられる」
「その可能性があります」
軍務卿はそこで言葉を止めた。
可能性と事実を混同する必要はない。
これから見ればいい。
アイゼルも街道へ目を向けた。
「軍事面では、さらに厄介ですな」
カイゼルが視線を向ける。
「一国の補給拠点を失わせても、別の国から補われる可能性があるということか」
「はい。それ以前に、平時からこれだけの物資が動いております。戦時になって初めて兵站を構築する国とは違います」
ゴーレム馬車が何台も通り過ぎていく。
軍用ではない。
農産物や生活物資を運んでいる。
だが、その日常の流れそのものが、国家の継戦能力にもつながる。
「兵の数だけ数えても意味がないわけだ」
「はい」
アイゼルは短く答えた。
アリッサは三人の話を聞きながら、第七十八国で出会った人々を思い出していた。
ロルフも、アリサも、この仕組みの中で自分の仕事をしていた。
誰かに同じ生き方を命じられていたわけではない。
共通していたのは、生きるために使えるものが与えられ、それを自分で使っていたことだった。
「仕組みは同じでも、人まで同じになるわけではないのですね」
アリッサが言った。
カイゼルが頷く。
「そのようだな」
三人が見ているものは違う。
王は統治を見る。
公爵と軍務卿は国力と軍事を見る。
アリッサは第七十八国との共通点を見る。
だが、それぞれの観察は同じところへ集まり始めていた。
第七十八国は例外ではない。
本国で成立した仕組みが外へ広がり、それぞれの国で使われている。
カイゼルは前方を見る。
王都は、もう目の前だった。
「次は王都か」
ここまでに立てた仮説が正しいのか。
確かめる材料は、その先にいくらでもある。
一行は王都へ向かって歩き続けた。




