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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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235 第78への使節

「第78アルデバラン王国と、正式に話をしたくて参った」


 カイゼルが名乗ると、受付職員は驚きながらもすぐに姿勢を正した。


「承知しました。王宮へ連絡いたします。少々お待ちください」


「ああ。突然訪れたのはこちらだ。頼む」


「はい」


 受付職員は王宮への連絡を手配した。


 カイゼルたちは、その場で返答を待つことになった。


「……アリッサさん?」


 少し離れた場所から声がした。


 アリッサが振り向く。


 そこにいたのは、冒険者ギルドで臨時職員として働いているアリサだった。


「先生」


 アリッサの表情が緩んだ。


 しかし、アリサはすぐには返事をしなかった。


 アリッサの姿を上から下まで見て、次にその後ろへ視線を向ける。


 先ほどシュタインフェルト王国の国王だと名乗った男。


 その周囲には、明らかに身分の高い者たちと護衛がいる。


 そして目の前のアリッサも、数時間前までの冒険者姿ではなかった。


「……アリッサさんよね?」


「はい」


「帰国したのよね?」


「はい。帰国しました」


「その格好は?」


 アリッサは自分の姿を見て、ようやく気づいた。


「あ……黙っていて申し訳ありませんでした」


「何を?」


 アリッサは姿勢を正した。


「改めて名乗ります。シュタインフェルト王国、ローゼンクランツ公爵家のアリッサ・ローゼンクランツです」


「……公爵家?」


「はい」


 アリサの目が大きくなる。


「公爵令嬢だったの?」


「はい」


「Cランク冒険者じゃなかったの?」


「それも本当です」


「ちょっと待って」


 アリサは額に手を当てた。


 外国から来たCランク冒険者。


 それがアリサの知っているアリッサだった。


 教導を受け、依頼をこなし、レッサードラゴンまで狩って帰国した。


 その人物が公爵令嬢だったと言われても、すぐには頭が追いつかない。


「先生?」


「今、その先生って呼ばれるのも困ってるところよ」


「先生は先生です」


「そう言われてもねえ……」


 二人の会話を聞いていたアイゼルが前へ出た。


「アリッサ。この方がお前の先生か?」


「はい。アリサ先生です」


「アイゼル・ローゼンクランツです。娘が世話になりました」


 アリサが固まった。


「……お父様?」


「父です」


「本当に公爵令嬢だったのね」


「だから、そう言ったじゃないですか」


 アリッサが少し笑う。


 アイゼルはアリサへ頭を下げた。


「娘に教導を受けるきっかけを与えていただいたと聞いています。礼を申し上げる」


「やめてください。私は臨時職員として、教導を受けられることを教えただけです」


「それでもです」


 数日前までの娘を知るアイゼルには、その意味が分かっていた。


 六属性魔法。


 飛行。


 索敵。


 鑑定。


 テレパシー。


 テレキネシス。


 そして魔力循環と魔力吸収。


 目の前の女性が何気なく教えたことをきっかけに、娘は大きく変わった。


「私からも礼を言わせてほしい」


 カイゼルが声をかけた。


「陛下まで?」


「アリッサが帰国したことで、我々は大陸で起きている異変を知ることができた。そなたにとっては何気ないことでも、我が国にとってはそうではない」


「私は本当に、教えただけなんですけどね」


「それで十分だ」


 カイゼルはそれ以上話を広げなかった。


 しばらくして、受付職員が戻ってきた。


「王宮へお伝えしました。迎えが参りますので、こちらでお待ちください」


「分かった」


 カイゼルが頷く。


 アリサが尋ねた。


「王宮の後はどうするんですか?」


「市場や町を見たい。それと、ロルフという料理人の店にも行くつもりだ」


「ロルフさんのお店ですか?」


「ああ。元奴隷だった者が、今は料理人として自分の店で働いていると聞いた。実際に見て、普段の料理も食べてみたい」


「分かりました」


 アリサが頷く。


「では、王宮でのお話が終わったら、私がご案内します」


「頼む」


 その横で、アリッサの表情がほんの僅かに明るくなった。


 アイゼルはそれを見逃さなかった。


 娘と目が合う。


「……何ですか、父上」


「いや、何でもない」


「そうですか」


 それだけだった。


 アリッサもすぐに表情を戻す。


 ロルフに再会できる。


 それは嬉しい。


 だが、今はシュタインフェルト王国の使節に同行する公爵令嬢としてここにいる。


 先に公務を果たす。


 やがてギルドの外から人の気配がした。


「お迎えが到着しました」


 受付職員が告げる。


 カイゼルが立ち上がった。


「行こう」


 アイゼル、軍務卿、重臣たちも続く。


 アリサも案内のために同行する。


 数日前まで一人のCランク冒険者としてこの場所にいたアリッサは、今度はシュタインフェルト王国の公爵令嬢として、第78の王宮へ向かった。




 冒険者ギルドを出た一行は、迎えに従って王宮へ向かった。


 アリサも同行している。


 カイゼルは歩きながら町の様子を見ていた。


 通りには人が行き交い、荷車が荷物を運んでいる。


 目につくのは農作物だった。


 野菜や穀物だけではない。加工された食品も店先に並んでいる。


 さらに進むと、今度は布を扱う店が増えた。


 反物。


 衣服。


 糸。


 染められた布もある。


「紡織が盛んなのか?」


 カイゼルが尋ねた。


 案内役が答える。


「はい。第78では農業と紡織が主要な産業になっています」


「なるほど」


 財務を預かる重臣が興味深そうに店を見る。


 アリッサから市場が豊かだとは聞いていた。


 実際に歩いてみれば、何によってその暮らしが支えられているのかも少しずつ見えてくる。


 さらに金属製品を扱う店もあった。


 農具。


 鍋。


 刃物。


 建築に使われる金具。


「製鉄も行っているのか?」


「はい。鉄だけではありません。金属の加工も第78の重要な仕事です」


 カイゼルが足を止めることはなかった。


 見る。


 聞く。


 覚えておく。


 今はそれでいい。


 やがて王宮へ到着した。


 使節団は中へ案内される。


 突然の訪問ではあったが、すでにシュタインフェルト王国の国王本人が来訪していることは伝わっている。


 謁見の場が整えられていた。


 その奥に一人の男が立っている。


 第78アルデバラン王国国王。


 クラディエール。


「ようこそ、第78アルデバラン王国へ」


 クラディエールがカイゼルを迎えた。


「突然押しかける形になってしまった。シュタインフェルト王国国王、カイゼル・シュタインフェルトだ」


「存じております。まさか陛下御自身がお越しになるとは思っておりませんでしたが」


「私も今朝までは来るつもりはなかった」


 クラディエールが僅かに笑う。


「では、何か急を要することが?」


「我が国にとっては、そうなる」


 カイゼルはクラディエールを見る。


「まず確認したい。第78はシュタインフェルト王国を敵国と認識しているか?」


「いいえ」


 返答は早かった。


「領土を求める意思は?」


「ありません」


「我が国に服従を求める意思は?」


「それもありません」


 カイゼルは頷いた。


 少なくとも、最初に確認したかったことの一つには答えが出た。


「ならば、隣国として話がしたい」


「もちろんです」


 クラディエールは席を勧めた。


 双方が座る。


 アイゼル、軍務卿、重臣たちもその後ろについた。


 アリッサとアリサも同席する。


「先ほど町を見ながら来た」


 カイゼルが話を始めた。


「農業が盛んなようだな」


「我が国の主要産業です」


「紡織も」


「はい」


「製鉄も行っていると聞いた」


「製鉄だけではありません。金属の加工も行っています。それらが第78の生計を支えています」


 クラディエールは淡々と答えた。


 軍事力の話ではない。


 国の暮らしの話だった。


「それで、あれだけの商品が町に出ているのか」


「作ったものを売り、必要なものを買う。それだけですよ」


 カイゼルはその言葉を聞きながら、先ほど見た町を思い出す。


 農作物がある。


 布がある。


 金属製品がある。


 それぞれを作る者が働いている。


 巨大な国家群の一つだから豊かなのではない。


 第78には第78の産業があり、それによって人々が暮らしている。


「私はアルデバランについて、ほとんど何も知らなかった」


 カイゼルが言った。


「国境を接しているにもかかわらずだ」


「我々もシュタインフェルト王国について詳しいとは言えません」


「ならば、ちょうどいい」


 クラディエールがカイゼルを見る。


「何がでしょう?」


「互いに知らないのなら、これから知ればいい」


 一瞬の間があった。


 クラディエールが笑った。


「同感です」


 カイゼルも僅かに笑う。


 まず一つ。


 隣国の王と話すことができた。


「もう一つ聞きたい」


「どうぞ」


 カイゼルの表情が変わった。


「我々が今日ここへ来た最大の理由だ」


 クラディエールが静かに待つ。


「アルデバランには現在、約三十五億人がいると聞いている」


「はい」


 否定されなかった。


 軍務卿たちの視線がクラディエールへ集まる。


「そして、そのほぼ全てが教導を受けている」


「その通りです」


 今度も即答だった。


 王宮で積み上げた推測が、隣国の王の口から事実として肯定された。


 カイゼルはクラディエールを見た。


 ここからが、本当に聞きたかった話だった。




「アルデバランには現在、約三十五億人がいる。そして、そのほぼ全てが教導を受けている」


「はい」


 クラディエールは静かに答えた。


 カイゼルはそれ以上数字を確認しなかった。


 ここへ来るまでにシュタインフェルト側でも調べている。そして今、第78の国王本人から肯定された。


「教導について聞かせてもらえるだろうか」


「もちろんです」


「アリッサが受けたものを見る限り、軍事面だけを目的としたものではないように思えた」


「その通りです。むしろ生活で使うことの方が多いでしょう」


 クラディエールは少し考えてから続けた。


「水魔法が使えれば、飲み水や農業用水を確保できます。土魔法なら土地を耕し、整えることができます。光魔法による治療や浄化も生活には欠かせません」


「なるほど」


 カイゼルは、王宮へ来る途中で見た農地を思い出した。


「農業にも教導が使われているのだな」


「はい。第78では特に重要です」


「紡織にも?」


「使えるものは使っています。ただ、糸を紡ぎ、布を織り、衣服にするには人の技術も必要です」


 財務を預かる重臣が頷いた。


「魔法だけで産業が成立しているわけではない、と」


「そうですね。便利な道具が増えたと考えた方が近いでしょう」


 カイゼルはその言葉を覚えておくことにした。


 便利な道具。


 アリッサが王宮で見せた力を考えれば、シュタインフェルト側には簡単にそう思えない。


 だが、第78ではそれが暮らしの中に入っている。


「製鉄や金属加工にも使うのか?」


「もちろん使います。火魔法は便利ですから」


「先ほど町で農具や鍋を見た」


「第78で作られたものも多いと思います」


 クラディエールの答えは簡潔だった。


 自国の優位を誇る様子もない。


 カイゼルも比較するようなことは言わなかった。


 今日は初めて顔を合わせたばかりである。


 互いの国について知らないことの方が多い。


「教導を受けた者は、その後どうするのだ?」


「様々です」


「決められてはいない?」


「はい。農業を続ける者もいれば、職人になる者もいます。商売を始める者もいますし、冒険者になる者もいます」


 アイゼルが尋ねた。


「教導を受けたからといって、アルデバランから仕事を指定されるわけではないのですか?」


「本人が何をしたいのかによります」


「なるほど」


 そこでカイゼルは一人の名前を思い出した。


「ロルフという料理人も、その一人なのだろうか?」


「ロルフ?」


 クラディエールがアリッサを見る。


「はい」


 アリッサが答えた。


「元奴隷だった方です。今は自分のお店で料理人をしています」


「ああ、彼ですか」


 クラディエールも思い当たったようだった。


「後で店を訪ねようと思っている」


「それは良いと思います」


 クラディエールが頷く。


「私から説明するより、実際に暮らしている者を見てもらう方が分かりやすいでしょう」


「私もそう思っている」


 カイゼルは最初から、そのために自分で来た。


 王同士で話すだけなら、使節を送れば済む。


 だが、それでは第78という国を知ったことにはならない。


「三十五億人の中には、元奴隷や難民だった者も多いと聞いている」


「多いですね」


「その者たちも、ロルフと同じように?」


「同じではありません」


 クラディエールは首を振った。


「人によって違います。農業を始めた者もいますし、工房で働いている者もいます。店を持った者もいる。まだ教わりながら仕事をしている者もいます」


 カイゼルは静かに頷いた。


 その答えの方が納得できた。


 三十五億人が同じ暮らしをしているはずがない。


「保護した後、教導して終わりではないのだな」


「生活を作らなければなりませんから」


「仕事が必要になる」


「はい」


 農業。


 紡織。


 製鉄。


 金属加工。


 町へ来る途中で見たものが、少しずつ繋がっていく。


 人を保護する。


 教導する。


 働けるようにする。


 作られたものが市場へ出る。


 そこでまた別の仕事が生まれる。


 カイゼルはそこで質問を止めた。


 一度に何もかも聞く必要はない。


「クラディエール王」


「はい」


「突然訪ねたにもかかわらず、丁寧に答えていただき感謝する」


「隣国ですから。こちらとしても、シュタインフェルト王国について知りたいと思っています」


「それなら、今度はこちらの話をしよう」


 クラディエールが笑みを見せた。


「お願いします」


 カイゼルも頷いた。


 一方だけが質問し続けるのでは、対話とは言えない。


 シュタインフェルト王国と第78アルデバラン王国。


 国境を接しながら互いをほとんど知らなかった二つの国は、ようやく互いを知るための話を始めていた。




「それなら、今度はこちらの話をしよう」


 カイゼルはシュタインフェルト王国について話し始めた。


 人口は約二千万人。


 農業を基盤としながら、各地の町では商業も行われている。


 クラディエールは途中で口を挟まず、静かに聞いていた。


「なるほど。国境の向こうにそのような国があるとは知りませんでした」


「それはこちらも同じだ」


 カイゼルが答える。


「これほど近くに第78がありながら、我々はアルデバランを遠い国のように考えていた」


「お互い様ですね」


「ああ」


 どちらかだけが相手を知らなかったわけではない。


 国境を接していながら交流がなければ、知る機会も少ない。


「だからこそ、これを機会に少しずつ交流を始めたいと思っている」


 カイゼルが言った。


「クラディエール王はどう考える?」


「私も賛成です」


「そうか」


「隣国と争う理由もありませんから」


 クラディエールの答えは簡潔だった。


 軍務卿が聞いているのは軍事同盟の話ではない。


 財務を預かる重臣が聞いているのも、大規模な交易協定の話ではない。


 今日初めて正式に顔を合わせたばかりだ。


 最初から何もかも決める必要はなかった。


「まず、人の往来から始めるのはどうだろう」


「商人や冒険者ですか?」


「それだけに限る必要もないだろうが、最初はそのあたりが多くなると思う」


「そうでしょうね」


 クラディエールが頷いた。


「第78としては問題ありません」


「ならば我が国も受け入れる方向で進めよう」


 アイゼルが口を開く。


「交易についても、自然に始まりそうですな」


「人が行き来すれば、そうなるだろう」


 カイゼルが答えた。


 クラディエールも同意する。


「第78には農作物、布、金属製品があります。シュタインフェルト王国に何があり、何が求められるのかは、実際に行き来してみなければ分かりません」


「我が国にも商人がいる。何が売れるかは彼らに考えてもらえばいい」


「それが一番でしょう」


 財務を預かる重臣も頷いた。


 国王同士が商品の種類や値段まで決める必要はない。


 まず道を開く。


 必要なものを見つけるのは、その道を使う者たちだった。


「国境については、双方で話を詰める者を決めよう」


「分かりました」


「今日ここで細かいことまで決める必要もあるまい」


「私もそう思います」


 話がまとまった。


 国交。


 人の往来。


 交易。


 まだ入口に立っただけだが、それで十分だった。


 カイゼルは一度、後ろにいる重臣たちを見る。


 反対する者はいなかった。


 彼らもここまでの話を聞き、第78へ来る途中で町を見ている。


「クラディエール王」


「はい」


「突然の訪問を受け入れていただき、感謝する」


「こちらこそ。シュタインフェルト王国のことを知る機会になりました」


「今後も話を続けたい」


「もちろんです」


 二人は立ち上がり、握手を交わした。


 どちらかが頭を下げて従ったわけではない。


 何かを要求されたわけでもない。


 互いに国境を接する国として、まず話をした。


 それだけだった。


 だが、今朝までほとんど互いを知らなかったことを考えれば、大きな変化だった。


「さて」


 クラディエールが少し表情を緩める。


「この後は第78をご覧になるのでしょう?」


「ああ。そのつもりだ」


「でしたら、ゆっくり見ていってください。農地も工房も、普段通り動いています」


「そうさせてもらう」


 カイゼルにとっては、むしろここからも重要だった。


 王宮だけを見て帰るつもりはない。


 農業。


 紡織。


 製鉄を始めとする金属加工。


 市場。


 そして、そこで暮らす人々。


 アリッサが報告した第78を、自分の目で見る。


 使節団が王宮を出ると、待っていたアリサが声をかけた。


「お話は終わりましたか?」


「ああ」


 カイゼルが答える。


「では、町をご案内します」


「頼む」


「市場からでいいですか?」


「ああ。その後、可能なら農地や工房も見たい」


「分かりました」


 アリサが歩き始める。


 数歩進んだところで振り返った。


「それから、ロルフさんのお店にも行くんですよね?」


「ああ」


「でしたら最後にご案内します」


「頼む」


 アリッサは何も言わなかった。


 今は使節団の一員として、父やカイゼルと共に歩いている。


 ただ、ロルフに会えることは分かっている。


 その表情がほんの少しだけ明るくなった。


 アイゼルが横目で娘を見る。


 アリッサが気づいた。


「父上?」


「何でもない」


 それだけで終わった。


 アリサを先頭に、使節団は町へ向かう。


 王同士の最初の話は終わった。


 次にカイゼルが見るのは、王国の説明ではない。


 そこで暮らしている人々だった。





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