227 帰国
翌朝。
アリッサはロルフの店で朝食を取っていた。
昨日のことを思い出すたびに、どうにも落ち着かない。
突然現れたイメルダ伯爵に結婚を勧められ、そのまま狩りにまで連れ出された。
しかもロルフは、料理人でありながら教導を受けた者として十分すぎるほどの力を持っていた。
六属性魔法。
鑑定。
索敵。
飛行魔法。
それらを当たり前のように使い、狩ったレッサードラゴンを見ても特別なことをしたという顔すらしない。
アリッサ自身も教導を受けている。
だからこそ分かる。
教導とは、単に魔法を教えるものではない。
短期間で、人間そのものの能力を大きく引き上げる。
「おはようございます」
聞き覚えのある声に顔を上げた。
「イメルダ伯爵」
「ご一緒しても?」
「どうぞ」
イメルダが向かいの席へ座った。
ロルフが厨房から顔を出す。
「イメルダさんも食べます?」
「いただきますわ」
「すぐ作ります」
ロルフが厨房へ戻っていく。
アリッサはその背中を見送った。
「気になります?」
「何がですか?」
「あら」
イメルダは笑った。
「何でもありませんわ」
「……昨日からそればかりですね」
「楽しいものですから」
アリッサは小さく息を吐いた。
「ところで」
イメルダが何気ない調子で話を変えた。
「ロルフさんはガルテェニカ王国にいたとおっしゃっていましたわね」
「ええ」
「保護された方なのでしょう?」
「そう聞いています」
「でしたら、かなり大勢の中のお一人ですわね」
アリッサが顔を上げた。
「大勢?」
「ご存じありませんでした?」
「何人くらいだったのですか?」
イメルダは少し考えてから答えた。
「確か、二千五百万人ほどだったと思いますわ」
アリッサの動きが止まった。
「……今、何と?」
「二千五百万人ですわ」
「ガルテェニカ王国だけで?」
「ええ」
アリッサは黙った。
イメルダは不思議そうに彼女を見る。
「アリッサ嬢?」
「少し待ってください」
頭の中で数字を整理する。
二千五百万人。
保護した人数そのものにも驚く。
だが問題はそこではない。
「その人たちは……その後どうなったのですか?」
「本国へ移送されましたわ」
「本国へ?」
「ええ。そこで食事や衣服を与えられ、教導を受けたはずです」
アリッサの表情が変わった。
「全員ですか?」
「私が聞いている限りでは」
二千五百万人。
アリッサは自分の手を見る。
水魔法を使える。
火も、風も、土も、光も、闇も扱える。
索敵ができる。
鑑定ができる。
空も飛べる。
数日前まで、自分にはなかった力だ。
そして昨日見たロルフも同じだった。
料理人だ。
兵士でも騎士でもない。
元奴隷の料理人が、レッサードラゴンを狩れるだけの能力を持っている。
その力を与える仕組みを、本国は持っている。
それも数十人や数百人ではない。
「二千五百万人……」
アリッサが呟いた。
イメルダの表情から笑みが消えた。
ようやくアリッサが何を考えているのか察したらしい。
「イメルダ伯爵」
「はい」
「二千五百万人を保護したことが問題なのではありません」
「……ええ」
「二千五百万人を受け入れ、食べさせ、衣服を与え、そのうえ教導まで行える国が存在している」
しかも隣に。
シュタインフェルト王国のすぐ近くに。
アリッサは武家の公爵家に生まれた。
軍事について何も知らない令嬢ではない。
この意味を見過ごすことはできなかった。
「帰国します」
イメルダが目を細めた。
「今から?」
「はい」
迷いはなかった。
アリッサは立ち上がった。
ちょうど料理を運んできたロルフが足を止める。
「どうした?」
「ロルフ」
「ん?」
「申し訳ありません。急用ができました。シュタインフェルトへ戻ります」
「今から?」
「はい」
ロルフは理由を聞かなかった。
「分かった」
それだけだった。
アリッサは一瞬だけ彼を見る。
昨日、イメルダから結婚を勧められた相手。
もっと話したい。
聞きたいこともある。
だが今は公爵家の第一子として、先にしなければならないことがある。
「戻ってきます」
「ああ」
「そのとき、また料理をいただいても?」
「もちろん」
アリッサは微笑んだ。
「では、行ってまいります」
店を出る。
そのまま飛行魔法を使い、シュタインフェルト王国の方角へ飛び立った。
イメルダは窓から小さくなっていく姿を見送った。
「さすがは公爵家のご令嬢ですわね」
ロルフが首を傾げる。
「何が?」
「あなたには、まだ分からなくて結構ですわ」
「そう?」
「ええ」
イメルダは微笑んだ。
アリッサが選んだのは恋ではない。
少なくとも今は。
武家の公女として、知った事実を父へ届ける。
それが彼女の最初の選択だった。
アリッサは飛行魔法でシュタインフェルト王国を目指していた。
二千五百万人。
先ほどから、その数字が頭を離れない。
ガルテェニカ王国で保護された人数。
もちろん、それだけでも途方もない数だ。
だがアリッサが問題だと考えているのは、そこではなかった。
保護された人々は本国へ移送された。
食事を与えられ、衣服を与えられ、そして教導を受けた。
アリッサは自分の手を見る。
数日前まで、この手で使える魔法は限られていた。
今は違う。
六属性魔法。
鑑定。
索敵。
飛行魔法。
昨日はロルフと一緒に狩りへ出た。
ロルフは元奴隷の料理人だ。
騎士でも兵士でもない。
それでも索敵を使い、空を飛び、魔法を扱える。
レッサードラゴンを前にしても、何もできずに立ち尽くすような人間ではなかった。
アリッサ自身も同じだ。
武家の公爵家に生まれ、それなりの教育も訓練も受けてきた。
だからこそ分かる。
これは個人の才能の話ではない。
「二千五百万人を……」
それだけの人数に教導を行える。
その仕組みをアルデバラン本国が持っている。
アリッサは飛ぶ速度を上げた。
アルデバランを敵だと考えているわけではない。
第78アルデバラン王国で見たものを思い返しても、侵略を企んでいるようには見えなかった。
食料は豊富だった。
街は清潔で、人々の表情も明るい。
ゴーレムが働き、冒険者ギルドでは教導まで行われている。
ロルフのような元奴隷も、自分で仕事を選び、自分の意思で生きている。
だが、善良に見えることと、警戒する必要がないことは別だ。
それを判断するのは自分ではない。
父に報告しなければならない。
やがてシュタインフェルト王国との国境が見えてきた。
国境の砦へ近づく。
見張りの兵士たちが騒ぎ始めた。
「空に人がいるぞ!」
「こっちへ来る!」
アリッサは砦の前へ降り立った。
兵士たちが武器を構えかける。
「アリッサ・ローゼンクランツです」
「……お嬢様!?」
顔を知る兵士が慌てて武器を下ろした。
周囲の兵士たちも姿勢を正す。
「ローゼンクランツ公爵令嬢! 失礼いたしました!」
「構いません。父へ早馬を出してください。私が緊急帰国したと」
「承知いたしました!」
兵士の一人が走り出す。
だが残った兵士たちは、アリッサを見たまま動かなかった。
「何か?」
一人が恐る恐る尋ねた。
「お嬢様……どうやって空を?」
「アルデバランで教えていただきました」
「教えて……?」
「ええ」
それ以上は説明しなかった。
「急ぎます」
アリッサは飛び上がった。
「うわっ!」
兵士たちの声が聞こえた。
砦が急速に小さくなっていく。
アリッサは前を向いたまま考える。
あの反応が普通なのだ。
人が空を飛ぶ。
それだけで、シュタインフェルトの兵士たちは驚く。
自分も少し前までは同じだった。
ところが今は、国境から王都まで馬で移動するという発想すらなかった。
教導を受けた。
ただそれだけで、自分の常識まで変わっている。
「……恐ろしいですね」
思わず声が漏れた。
自分が強くなったことが恐ろしいのではない。
これを他人にも与えられることが恐ろしい。
一人ではない。
十人でも百人でもない。
二千五百万人を受け入れられる規模で、それを行った。
アリッサには、その先が分からない。
本国には何人いるのか。
他にも教導を受けた者がどれほどいるのか。
そもそもアルデバランという国が、どこまで広がっているのか。
知らないことが多すぎる。
だからこそ、父へ報告する。
父ならば自分より多くの情報を持っているはずだった。
王都が見えてきた。
アリッサは城壁を越え、ローゼンクランツ公爵邸へ向かった。
前庭へ降りる。
「お嬢様!?」
庭にいた使用人たちが一斉に振り返った。
「お父様は?」
「執務室にいらっしゃいます」
「すぐにお会いします」
「ですが、お嬢様。そのお姿では……」
アリッサは自分へピュリフィケーションバレットを放った。
旅で付いた埃や汚れが消える。
使用人たちが目を見開いた。
「お、お嬢様……今、何を?」
「アルデバランで教わったものです」
アリッサは服装を確認した。
「これで問題ありません」
「は、はい……」
使用人たちはまだ呆然としていた。
その顔を見て、アリッサは再び思う。
数日前まで、自分もこちら側だった。
空を飛ぶこともできなかった。
自分自身を一瞬で清潔にすることもできなかった。
それが今では日常になっている。
アリッサは屋敷へ入った。
廊下を進み、父の執務室の前で立ち止まる。
扉を叩いた。
「誰だ」
「アリッサです」
室内が静かになった。
「お父様。緊急でご報告したいことがあります」
「入れ」
「失礼いたします」
アリッサは扉を開いた。
ここから先は、ローゼンクランツ公爵が判断することだった。
執務室へ入ると、ローゼンクランツ公爵は机に向かって書類を読んでいた。
娘の姿を確認すると、わずかに眉を動かす。
「随分と早い帰還だな」
「はい。予定を変更しました」
「何かあったのか?」
「ご報告したいことがあります」
アリッサの声から、ただの旅の報告ではないと察したのだろう。
公爵は書類を置いた。
「座れ」
「はい」
アリッサは向かいの椅子へ腰を下ろした。
「それで?」
「ガルテェニカ王国についてです」
公爵の表情がわずかに変わった。
「続けろ」
「ガルテェニカ王国でアルデバラン王国に保護された者は、約二千五百万人だったそうです」
「それは把握している」
アリッサが目を見開いた。
「ご存じだったのですか?」
「正確な数字までは掴めていなかったが、それに近い人数が移動したことは分かっている」
「でしたら、重要なのはその後です」
「その後?」
「保護された人々はアルデバラン本国へ移送され、食事と衣服を与えられました。そして――教導を受けています」
公爵の目が細くなった。
「教導?」
「はい」
「何だ、それは?」
「説明するより、私を見ていただいた方が早いかもしれません」
公爵は黙って娘を見る。
「私も第78アルデバラン王国で教導を受けました。今は六属性魔法、鑑定、索敵、飛行魔法を使えます」
「待て」
公爵が手を上げた。
「今、飛行と言ったか?」
「はい」
「先ほど屋敷の者が騒いでいたのは、お前か?」
「前庭まで飛んで帰ってきました」
「いつからそんなことができる?」
「数日前からです」
「数日前……」
公爵の顔から父親としての表情が消えた。
「教導を受ける以前は?」
「できませんでした」
「他には?」
「先ほど屋敷へ着いた際には、自分へピュリフィケーションバレットを使いました」
「それも教導で?」
「はい」
公爵は椅子へ深く腰を下ろした。
「どれほど訓練した?」
「訓練と呼べるほどのものはしておりません」
「では、お前が特別だったのか?」
「違うと思います」
アリッサは即答した。
「ガルテェニカ王国で奴隷だったロルフという男性がおります」
「奴隷?」
「現在は料理人です。彼もアルデバランに保護され、本国で教導を受けています」
「その男も同じ能力を?」
「はい。六属性魔法、鑑定、索敵、飛行魔法を使えます」
公爵は娘の言葉を待った。
「昨日、私はロルフと狩りへ行きました」
「料理人と狩りに?」
「はい」
「どの程度の魔物を狩った?」
「レッサードラゴンです」
「ほう」
「五十体ほどを同時に」
公爵の動きが止まった。
「……もう一度言え」
「レッサードラゴン五十体ほどです。同時に相手をしました」
「お前と、その料理人で?」
「はい」
「負傷は?」
「ありません」
沈黙が落ちた。
公爵はすぐには次の言葉を発しなかった。
レッサードラゴンを一体討伐したという話ではない。
五十体。
しかも、それを相手にした一人は料理人だった。
「ロルフという男は、もともと名のある戦士だったのか?」
「いいえ。本人からそのような話は聞いておりません。ガルテェニカでは奴隷でした。救出された後、やりたい仕事を選ぶように言われ、料理が好きだったので料理人になったそうです」
「……それだけか?」
「それだけです」
公爵が黙り込む。
アリッサは父が何を考えているのか分かった。
自分も同じところに辿り着いたからだ。
「お父様」
「ああ」
「二千五百万人の中に、強い者がいたという話ではありません」
「分かっている」
公爵は低い声で答えた。
「問題は、その料理人を作った仕組みだ」
「はい」
「そして、お前も同じ仕組みで数日のうちに変わった」
「はい」
公爵は机の上の地図へ目を向けた。
シュタインフェルト王国。
その隣にはアルデバラン王国がある。
「二千五百万人を保護し、本国へ運び、食わせ、着せる。それだけでも尋常ではない」
「はい」
「さらに教導まで行った」
「そう聞いております」
「どれだけの国力があれば可能なのだ」
「私には分かりません」
「本国の人口は?」
「知りません」
「軍の規模は?」
「分かりません」
「教導を受けた者の総数は?」
「それも」
公爵が娘を見る。
「知らないことだらけだな」
「だから戻ってまいりました」
アリッサは父の目を真っ直ぐ見た。
「私一人で判断してよい話ではありません」
公爵はしばらく娘を見ていた。
「よく戻った」
「ありがとうございます」
「それでいい。お前は見たものと知ったことを持ち帰ればいい。判断するのはこちらの仕事だ」
「はい」
「もう一つ聞く」
「何でしょう?」
「アルデバランは、お前の目にはどのような国に見えた?」
アリッサは少し考えた。
「豊かです」
「それだけか?」
「食料は豊富で、街は清潔でした。ゴーレムが働き、冒険者ギルドでは私のような外国人にも教導を行っています」
「外国人にも?」
「はい。出身国を理由に断られることはありませんでした」
「軍事力を誇示していたか?」
「いいえ」
「民は怯えている?」
「そのようには見えません」
「治安は?」
「良好です」
公爵は腕を組んだ。
「分からんな」
「私もです」
「二千五百万人を受け入れられる国が、外国の公爵令嬢にまで自国の力を惜しげもなく教える」
アリッサは頷いた。
「だからこそ、私は恐ろしいと思いました」
「同感だ」
公爵は立ち上がった。
「敵意があるなら対処を考えればいい。だが、我々はアルデバランが何を考えているのかすら知らん」
呼び鈴へ手を伸ばす。
「陛下へ緊急の面会を申し入れる」
「私も参ります」
「当然だ」
公爵は娘を見る。
「空を飛んで帰ってきたお前自身が、何より分かりやすい証拠だからな」
アリッサは頷いた。
公爵が知っていた二千五百万人という数字。
そこへ今日、初めて別の意味が加わった。
二千五百万人を救った国。
それだけではない。
二千五百万人を教導できる国が、シュタインフェルト王国の隣に存在していた。
呼び鈴へ伸ばしかけたローゼンクランツ公爵の手が止まった。
「待て」
「はい?」
「先ほどの二千五百万人だが、ガルテェニカだけなのだな?」
「イメルダ伯爵から聞いたのは、ガルテェニカ王国についてだけです」
公爵は椅子へ戻ると、机の引き出しから数枚の書類を取り出した。
「ならば、お前にも知っておいてもらう」
アリッサの表情が引き締まる。
「ガルテェニカ王国だけではない」
「……どういうことですか?」
「我々が把握している範囲でも、アルデバランが大規模に民を保護した国は他にもある」
公爵は一枚目の書類を見る。
「ゼノ・バルト帝国。五百万人」
次の行へ視線を移す。
「灰塵の荒野ヴォルガ。五百万人。神聖アーリア王国、五百万人」
アリッサは黙って聞いていた。
「この三つだけで千五百万人だ」
「千五百万人……」
「そして、こちらだ」
別の書類が置かれた。
「ガルテェニカ王国、二千五百万人。サンマウ王国、二百七十万人。ヴェロン王国、三百十五万十人。ヴァレキフ王国、十万人」
数字が続く。
「シトラルド王国、百万人。キーシル王国、千五百万人。ウジフラン王国、五十万人。ヘコサ王国、千八百万人」
公爵が一度言葉を切った。
「フネルジア王国、九千五百万人」
「九千五百……」
「ジキブス王国、二千万人」
アリッサは何も言えなかった。
二千五百万人という数字に驚き、緊急帰国した。
ところが父が持っていた情報は、その先にあった。
「十三国から保護された民を合わせれば、およそ二億人になる」
「二億人……」
「ああ」
「その方々は、今どこに?」
「第2から第130アルデバラン王国に居住している」
アリッサは父を見た。
「第130……?」
「アルデバランは一国ではない」
公爵は地図を広げた。
そこにはアリッサが旅立つ前にはなかった書き込みが大量に増えていた。
「我々が情報を整理している間にも増えた。現在確認しているだけで、第130アルデバラン王国まで存在する」
「百三十の……国?」
「そうだ」
アリッサは言葉を失った。
第78アルデバラン王国。
自分が滞在していた国だ。
その数字を国名の一部として受け入れていた。
だが第78があるなら、その前も、その後もある。
考えれば分かることだった。
「私は……」
「知らなかったのだな」
「はい」
「無理もない。我々も変化を追い切れていない」
公爵は地図の上へ指を置いた。
「ここ数年、大陸の情勢は異常な速度で変化している」
アリッサは二億人という数字を頭の中で繰り返した。
だが、すぐに気づく。
「お父様」
「なんだ?」
「その二億人も……」
「ああ」
公爵も同じことを考えたらしい。
「お前の話が正しければ、教導を受けている可能性がある」
アリッサの背筋に冷たいものが走った。
ガルテェニカの二千五百万人だけではなかった。
二億人。
それだけの人間を保護し、新しく建てられた国々へ移住させた。
そして生活させている。
さらに教導まで行われているとすれば。
「ロルフのような方が……」
「二億人いるとは限らん」
「はい」
「だが問題はそこではない」
公爵が地図を見つめる。
「二億人を受け入れても破綻しない。百三十もの国を成立させられる。そして、お前の言う教導を大規模に行える」
「はい」
「我々はアルデバランという国を、根本から見誤っていた可能性がある」
アリッサは否定できなかった。
自分もそうだった。
第78アルデバラン王国へ入り、豊かな街に驚いた。
ゴーレムに驚いた。
料理に驚いた。
教導に驚いた。
だが、それらを一つの国の出来事として見ていた。
違った。
百三十ある。
そして約二億人もの保護された民が、その中で暮らしている。
「陛下へ報告する」
公爵が立ち上がった。
「はい」
「だが二千五百万人の話だけでは足りん。こちらが把握している情報もすべて整理する」
「私もお手伝いいたします」
「頼む」
公爵は娘を見た。
「それとアリッサ」
「はい」
「お前が見てきたものを、些細なことまで思い出せ」
「些細なことまで?」
「料理でも、街の様子でも、ゴーレムでもいい。民が何をしていたか、冒険者ギルドで何が行われていたか。お前には普通に見えたことほど重要かもしれん」
アリッサは第78アルデバラン王国を思い返した。
空を飛べる料理人。
豊富な食料。
働くゴーレム。
外国人にも行われる教導。
そして、それらを誰も特別だと思っていなかった。
「分かりました」
公爵は頷いた。
二千五百万人を知らせるための緊急帰国だった。
ところがアリッサは今、約二億人という数字を知った。
そして百三十のアルデバラン王国の存在を知った。
知らなければならないことは、想像していたより遥かに多かった。




