226 イメルダ伯爵
アリッサは肉を一口食べ、静かにフォークを置いた。
「ロルフ。あなたに話しておきたいことがあります」
ロルフが顔を上げた。
「急にどうした?」
「今まで黙っていて申し訳ありませんでした。アリッサという名に偽りはありません。ただ、私は単なる冒険者ではありません」
アリッサは背筋を伸ばした。
それだけで雰囲気が変わった。
「改めて名乗らせていただきます。アリッサ・ローゼンクランツ。シュタインフェルト王国ローゼンクランツ公爵家の第一子です」
「……公爵家?」
「はい」
「話し方まで変わったな」
アリッサは少し困ったように笑った。
「こちらが普段の話し方です。冒険者として旅をするには、少々目立ちますので」
「なるほどな」
「ええ。父はローゼンクランツ公爵です」
「そうだったのか」
ロルフはそれだけ言って、特に態度を変えなかった。
アリッサは少し待った。
「……それだけですか?」
「それだけと言われてもな。俺は貴族のことなんてよく知らないから」
アリッサは思わず笑った。
「そうですか」
公爵家の名を出せば、たいていの者は何かしら反応する。
畏まる者もいれば、急に言葉遣いを変える者もいる。
だがロルフは変わらなかった。
「だったら俺も言っておいた方がいいな」
「何をです?」
「俺はこの国の生まれじゃない」
「そうなのですか?」
「ああ。ガルテェニカ王国にいた」
アリッサの手が止まった。
「ガルテェニカ王国に?」
「奴隷だった」
思いもしなかった言葉だった。
ガルテェニカ王国。
シュタインフェルト王国の隣国だった犯罪国家。
盗賊、人攫い、奴隷商、腐敗貴族、略奪集団が跋扈し、多数の奴隷がいたことをアリッサも知っている。
だが、目の前のロルフがその一人だったとは考えもしなかった。
「ある日、アルデバラン王国の人たちが来た。気がついたら奴隷じゃなくなってた。飯を食わせてもらって、服をもらって、教導を受けた」
「それで料理人になったのですか?」
「料理が好きだったからな」
「……それだけですか?」
「それだけだよ。やりたい仕事を選べって言われたから料理を選んだ」
あまりにも簡単に言うので、アリッサはしばらくロルフの顔を見ていた。
奴隷から解放された。
その後に何かを命じられたわけではない。
何をするか、自分で選んだ。
そしてロルフは料理人になった。
「助けてもらった恩は返したいと思ってる」
「この国に?」
「国というか……俺を助けてくれた人たちにな。でも誰に返せばいいのか分からない」
「それで、どうするのです?」
「俺みたいな奴がいたら、飯を食わせればいいかなって」
「食事を?」
「ああ。腹が減ってる奴に飯を出して、料理を覚えたい奴がいたら教える。それなら俺にもできるだろ」
アリッサは黙ってロルフを見た。
領地があるわけではない。
爵位があるわけでもない。
兵を率いるわけでもない。
ただ料理を作る。
腹を空かせた者がいれば食べさせる。
料理を覚えたい者がいれば教える。
受けた恩を返す方法を、ロルフはそう考えていた。
「ロルフは変わった方ですね」
「そうか?」
「ええ」
アリッサは少し笑った。
「でも、私はそういう考え方は嫌いではありません」
「そうか」
「はい」
アリッサは再びフォークを手に取った。
ロルフが公爵家の名を知っても変わらなかったことが、なぜか嬉しかった。
そのやり取りを、少し離れた席で聞いている女性がいた。
品のある身なりをした美しい婦人だった。
イメルダ伯爵。
第78アルデバラン王国で別の縁談をまとめるため、この街を訪れていた。
アリッサが店へ来る前から食事を済ませ、食後のお茶を楽しんでいた。
聞き耳を立てるつもりなどなかった。
だが聞こえてしまったものは仕方がない。
シュタインフェルト王国。
武家の名門ローゼンクランツ公爵家。
その第一子である公女。
そして、ガルテェニカ王国で奴隷だった料理人。
イメルダは静かにお茶を飲みながら二人を見ていた。
何より気になるのは身分ではなかった。
アリッサがロルフを見る目だ。
公爵家の名を明かしても態度を変えなかったロルフを見て、嬉しそうに笑っている。
一方のロルフは、まるで気づいていない。
イメルダはカップを置いた。
これは放っておけない。
縁談をまとめに来た先で、別の縁談を見つけてしまった。
ならば仕方がない。
イメルダは席を立った。
そして二人のテーブルへ向かって歩き始めた。
イメルダは二人のテーブルの横で足を止めた。
「アリッサ嬢」
「はい?」
突然名前を呼ばれ、アリッサが振り向く。
「ロルフさん」
「俺ですか?」
「ええ」
イメルダは二人を交互に見て、にこやかに微笑んだ。
「お二人、結婚なさい」
「…………」
「…………」
二人とも固まった。
先に我に返ったのはアリッサだった。
「な、何をおっしゃっているのですか!」
先ほどまで落ち着いて話していた公女の姿が一瞬で崩れる。
「聞こえなかったのかしら? 結婚なさいと言ったのよ」
「聞こえております! そうではなくて、なぜそのような話になるのですか!」
「あら」
イメルダは楽しそうに笑った。
「嫌なの?」
「それは……」
アリッサの言葉が止まる。
「嫌ならそう言えばいいでしょう?」
「…………」
言えなかった。
ロルフが不思議そうにアリッサを見る。
「アリッサ?」
「今は黙っていてください!」
「お、おう」
イメルダの笑みが深くなった。
これなら話は早い。
今度はロルフへ顔を向ける。
「あなたは?」
「俺?」
「アリッサ嬢がお嫌い?」
「嫌いじゃないけど」
「では結婚なさい」
「何でそうなるんだ?」
「まあ」
イメルダは少し呆れた。
「あなたも随分鈍いのね」
「何が?」
「いいわ。そこからなのね」
ロルフは本当に分かっていないらしい。
その横ではアリッサが顔を赤くしている。
「ところで、あなたはどなたなのですか?」
アリッサが尋ねた。
当然の質問だった。
イメルダは姿勢を正す。
「これは失礼いたしました。私はイメルダ・シュトラウス。アルデバラン王国より伯爵位を賜っております」
「シュトラウス伯爵……」
「イメルダとお呼びくださいませ。この地には縁談をまとめるために参りました」
「縁談を……」
アリッサは改めて目の前の女性を見る。
「では、先ほどのお話も……」
「ええ。もちろん本気ですわ」
「…………」
「アリッサ嬢とロルフさん。お似合いだと思いまして」
イメルダは空いている椅子を引いた。
「ご一緒しても?」
「どうぞ」
アリッサが答えると、イメルダは二人の間が見える位置に腰を下ろした。
公爵家の第一子と元奴隷の料理人。
身分だけを見れば、難しいと考える者は多いだろう。
だがイメルダにとって、それと二人の気持ちは別の話だった。
「問題はローゼンクランツ公爵ですわね」
アリッサの表情が変わる。
「父をご存じなのですか?」
「いいえ」
「では、なぜ?」
「公爵家の第一子なのでしょう? お父上の承諾もなしに婚姻を決められるとは思っておりませんもの」
「それは……そうですが」
「なら、お父上にお会いすればよろしいでしょう」
あまりにも簡単に言う。
「簡単におっしゃいますね」
「簡単ですわよ」
イメルダは笑った。
「会って、お話をすればいいだけですもの」
アリッサは目の前の伯爵を見つめた。
何かがおかしい。
普通なら、公爵家の第一子と元奴隷の料理人と聞いた時点で難しいと考える。
この女性は違う。
できるか、できないかではない。
どうすれば話を進められるかを、すでに考えている。
「ところでロルフさん」
「はい?」
「明日はお暇?」
「昼の仕込みまでは時間がありますけど」
「では狩りへ行きましょう」
「狩り?」
「ええ」
イメルダは満足そうに頷いた。
「ローゼンクランツ公爵がお越しになったとき、あなたのことを知っていただかなくてはなりませんから」
「俺、料理人なんだけど」
「存じておりますわ」
「だったら何で狩りなんだ?」
「料理人なら食材を狩りに行くのでしょう?」
「まあ、行くけど」
「でしたら問題ありませんわ」
ロルフは首を傾げた。
アリッサは頭を抱えたくなった。
「イメルダ伯爵。本当に父とお話しになるおつもりなのですか?」
「もちろんですわ」
「まだ私もロルフも、結婚するとは一言も……」
「あら。では嫌なの?」
「…………」
また答えられなかった。
「ロルフさんは?」
「俺?」
「結婚するのが嫌?」
「いや、だから何で俺に聞くんだ?」
「あなたの結婚のお話をしているからですわ」
「そうなのか?」
「そうですわよ」
イメルダは額に手を当てた。
どうやらこちらは、アリッサ以上に手がかかりそうだった。
「とにかく明日の朝、こちらへ参ります。ロルフさんの狩りを見せてくださいませ」
「別にいいけど」
「私も行きます」
アリッサがすぐに言った。
イメルダが横を見る。
「あら?」
「何ですか?」
「何も申しておりませんわ」
イメルダは微笑んだ。
アリッサは再び顔を赤くする。
本人たちはまだ何も決めていない。
それでもイメルダには十分だった。
少なくとも、二人とも嫌がってはいない。
ならば次にすることは決まっている。
ロルフという男が、ローゼンクランツ公爵家の第一子を任せられる人物なのか。
明日は自分の目で確かめればいい。
イメルダはすっかり冷めてしまったお茶を一口飲んだ。
別の縁談をまとめるために第78アルデバラン王国へ来ただけだった。
それなのに、また一つ仕事が増えてしまった。
だが、その表情は実に楽しそうだった。
翌朝、イメルダがロルフの店を訪れると、アリッサはすでに待っていた。
「あら、お早いですわね」
「約束の時間より少し早く来ただけです」
「そういうことにしておきましょう」
「何が言いたいのですか?」
「何も申しておりませんわ」
イメルダが笑うと、アリッサは少しだけ頬を赤くした。
そこへ店の奥からロルフが出てきた。
「二人とも来てたのか」
「ええ。よろしくお願いいたします」
「じゃあ行くか。昨日アリッサが持ってきてくれた肉があるから、今日はそんなに狩らなくてもいいけどな」
「店で使う分ですか?」
「ああ。肉はいくらあっても困らないからな」
三人は店を出た。
街の外へ出ると、飛行魔法で森へ向かう。
ロルフがサーチを広げた。
『北東にオークがいる。百体くらいだな』
『確認しました』
アリッサがテレパシーで返す。
『では、そちらへ参りましょう』
イメルダも返した。
三人は森へ降り、オークの群れへ向かった。
ロルフはガルテェニカ王国から救出され、アルデバラン王国本国で教導を受けている。
その後、自立できるようになり、自分で料理人という仕事を選んで第78アルデバラン王国へ来た。
今では自分の店を営んでいる。
イメルダが今さらロルフの能力を確かめる必要はなかった。
気になっているのは二人の関係だった。
「いたぞ」
木々の向こうにオークの群れが見える。
「三人でやるか」
「はい」
「そうしましょう」
三人が散開した。
「バインドバレット」
拘束魔法でオークを捕らえ、ウォーターマスクで頭部を包む。
しばらく維持し、それぞれが鑑定を使った。
「こちらは死亡を確認しました」
「俺の方も終わった」
「私の方もですわ」
死亡を確認してから魔法を解除し、ロルフがアイテムボックスへ収納する。
「もう少し探すか」
再びサーチを広げる。
「西にオーガが二十七体いる」
「行きましょう」
三人は移動し、オーガも同じ手順で処理した。
捕縛、拘束、窒息。
鑑定で死亡を確認してから収納する。
教導を受けた三人にとって、普段通りの狩りだった。
「少し早いけど昼にするか?」
「私は構いません」
「私もいただきますわ」
ロルフはアイテムボックスからレッサードラゴンの肉を取り出した。
昨日、アリッサが狩って持ってきたものだ。
「これを食おう」
「ドラゴンステーキですね」
「ああ。厚めに切るぞ」
「お願いします」
ロルフは肉を厚く切り分け、魔力で熱を通していく。
やがて肉の焼ける香ばしい匂いが森の中に広がった。
「イメルダ伯爵、味は普通でいいですか?」
「ええ。お願いいたしますわ」
「アリッサはいつもくらいでいいか?」
「はい。それでお願いします」
焼き上がった肉が二人へ渡された。
アリッサが一口食べる。
「……美味しい」
柔らかな肉を噛むと、濃い旨味が口いっぱいに広がった。
「レッサーとはいえ、やはりドラゴンの肉は美味しいですね」
「だろ? 肉そのものが旨いから、焼くだけでも十分なんだ」
イメルダもステーキを口へ運んだ。
「これは美味しいですわね」
「店でも出すつもりだよ」
「人気が出そうですわ」
「もう人気あるぞ。ドラゴン肉はよく売れるからな」
アリッサはあっという間に一枚を食べ終えた。
「ロルフ、もう一枚いただけます?」
「もう食ったのか?」
「美味しいのですから仕方ありません」
「分かった。ちょっと待ってろ」
ロルフが新しい肉を切り分ける。
アリッサは皿を差し出して待っている。
イメルダはその様子を眺めていた。
公爵家の第一子と料理人。
昨日その身分を明かしたというのに、二人の間に余計な遠慮は生まれていない。
「はい」
「ありがとうございます」
焼き上がったステーキを受け取り、アリッサは嬉しそうに食べ始めた。
イメルダは自分の肉を食べながら口を開く。
「ロルフさん」
「はい?」
「アリッサ嬢はいずれシュタインフェルト王国へお帰りになりますわよね」
「ああ、そうだろうな」
「このままお別れしても構わないの?」
ロルフの手が止まった。
「別に、もう会えないわけじゃないだろ?」
「そうとは限りませんわ」
ロルフがアリッサを見る。
「もう来ないのか?」
「それは……分かりません」
アリッサは少し困ったように答えた。
「私はローゼンクランツ公爵家の第一子です。いつまでも好きなように外国を旅していられるとは限りませんから」
「そうなのか」
「はい」
ロルフが黙った。
「二度と会えなくなっても構いません?」
「それは困るな」
答えは早かった。
アリッサが顔を上げる。
「どうして?」
「また来てほしいから」
「お店に?」
「店にも来てほしいし……」
ロルフは少し考えた。
「また一緒に狩りにも行きたい」
アリッサが俯いた。
「それだけ?」
「イメルダ伯爵」
アリッサが顔を上げる。
「それ以上は今聞かなくてもよろしいのではありませんか?」
「あら」
「ロルフも困っています」
「そうですわね」
イメルダはあっさり引いた。
無理に答えを出させる必要はない。
昨日、アリッサの気持ちは見えた。
そして今、ロルフもアリッサと二度と会えなくなるのは困ると言った。
それなら十分だった。
「アリッサ、もう一枚食うか?」
「いただきます」
「三枚目だぞ?」
「構いません」
「そうか」
ロルフはまたドラゴン肉を焼き始めた。
イメルダは思わず笑った。
本人たちはまだ気づいていない。
だが二人の間には、すでに縁ができている。
ならば後は、その縁を少しだけ手伝えばいい。
イメルダはドラゴンステーキを味わいながら、ローゼンクランツ公爵に会うことを考えていた。
三人は昼食を終えると、狩った魔物を持って街へ戻った。
冒険者ギルドで素材を売却した後、ロルフは店へ戻って昼の仕込みを始める。
「それじゃ、俺は仕事があるから」
「今日はありがとうございました」
アリッサが頭を下げた。
「別に礼を言われるようなことじゃないだろ。また狩りに行こう」
「はい」
アリッサは嬉しそうに笑った。
イメルダは何も言わず、そのやり取りを見ていた。
「イメルダ伯爵も、また店に来てください」
「もちろんですわ。ドラゴンステーキも美味しゅうございました」
「まだ肉はあるから、今度は煮込みにしてみるよ」
「それは楽しみですわね」
ロルフは厨房へ入っていった。
店を出ると、イメルダは隣を歩くアリッサへ声をかけた。
「素敵な方ですわね」
「……そうですね」
「あら、否定なさらないのね」
「もう否定しても無駄なのでしょう?」
「ええ」
即答された。
アリッサは小さく息を吐いた。
「イメルダ伯爵は、いつもこのようなことをなさっているのですか?」
「縁談のお世話ですか?」
「はい」
「そうですわね。困っている方がいれば、お手伝いしておりますわ」
「昨日は少々とおっしゃっていましたが」
「少々ですわよ」
アリッサは疑わしそうな目を向けた。
「本当に?」
「ええ」
イメルダは涼しい顔をしている。
「それで、父には本当に会うおつもりなのですか?」
「もちろんですわ」
「ですが父は武人です。それにローゼンクランツ公爵家は武家として長く続いております。簡単なお話にはならないと思います」
「そうでしょうね」
「ロルフは平民です。それに……」
アリッサは一度言葉を止めた。
「元奴隷です」
「それが何か?」
あまりにも自然に返され、アリッサがイメルダを見る。
「気になさらないのですか?」
「なぜ気にする必要がありますの?」
「ですが、公爵家との婚姻です」
「ロルフさんは今も奴隷なの?」
「いいえ」
「犯罪者?」
「違います」
「働いていないの?」
「自分の店を持っています」
「では、何が問題なのかしら?」
アリッサは答えられなかった。
イメルダは歩きながら続ける。
「生まれや過去は変えられませんわ。ロルフさんがガルテェニカ王国で奴隷だったことも、本人が選んだことではないでしょう?」
「はい」
「でしたら、今のロルフさんを見ればよろしいのではなくて?」
アリッサは黙って歩いた。
ロルフは料理人だ。
自分の店を持ち、自分で食材を狩り、料理を作って客に出している。
助けられた恩を、腹を空かせた誰かに食事を出すことで返そうとしている。
「私は、父が反対すると思います」
「それなら反対する理由を聞きましょう」
「身分が違うと言われたら?」
「では、身分が違うとなぜ結婚できないのか聞きますわ」
アリッサが足を止めた。
「イメルダ伯爵は父と喧嘩をするおつもりですか?」
「あら、失礼ね」
イメルダも足を止めた。
「お話をするだけですわ」
「私にはそう聞こえませんでした」
「気のせいです」
イメルダは微笑んだ。
アリッサも思わず笑ってしまった。
「ただし」
イメルダの表情が少しだけ真面目になる。
「一つだけ確認しておきますわ」
「何でしょう?」
「お父上にお話ししてもよろしいの?」
アリッサは黙った。
今までのイメルダとは違った。
勝手に話を進めるのではなく、アリッサ本人に聞いている。
「私が嫌だと申し上げたら?」
「何もしませんわ」
「本当に?」
「ええ。これはあなたの縁談ですもの」
イメルダは穏やかに答えた。
「私が決めることではありませんわ」
アリッサは少し驚いた。
昨日、いきなり結婚なさいと言ってきた女性と同じ人物とは思えない。
だが考えてみれば当然だった。
イメルダは背中を押すことはできても、本人に代わって人生を決めることはできない。
「……少し考えさせていただけますか?」
「もちろん」
「ロルフはまだ、自分の気持ちにも気づいていないようですし」
「そうですわね」
イメルダは苦笑した。
「あちらは少々時間がかかりそうですわ」
「私も……まだ分かりません」
「あら?」
「何ですか?」
「何も申しておりませんわ」
「その顔は何か言っています」
二人は顔を見合わせて笑った。
その日の夕方。
イメルダは宿の部屋で一人、お茶を飲んでいた。
ローゼンクランツ公爵に会うのは、まだ先でいい。
急ぐ理由はない。
必要なのは、アリッサとロルフが自分で気づくこと。
イメルダができるのは、そのきっかけを作るところまでだ。
窓の外には、第78アルデバラン王国の街並みが広がっている。
別の縁談をまとめるために訪れた街で、また一つ縁を見つけた。
イメルダは楽しそうにお茶を口へ運んだ。
さて、どうなることやら。
今は見守ることにしよう。




