221 王子たちの留学の終了
王子たちの巡回はその後も続いた。
第16アルデバラン王国。
第20アルデバラン王国。
第30、第50。
そして第100アルデバラン王国を越えた。
だが、学ぶ内容そのものに大きな変化はなくなっていた。
農業。
畜産。
漁業。
林業。
建築。
鍛冶。
食品加工。
物流。
医療。
教育。
酒造。
陶器。
ガラス。
魔道具。
すでに学んだ仕事と重なるものが多かった。
だからといって、学ぶことがないわけではない。
同じ農業でも、育てている作物が違う。
同じ畜産でも、飼育している家畜が違う。
魚を育てる国もあれば、川や湖から獲ることを中心にしている国もある。
林業でも、木の種類が変われば加工方法が変わる。
酒造では原料が違った。
果実を使う国。
穀物を使う国。
芋を使う国。
同じ仕事でも、それぞれの国が自分たちなりの方法を考えていた。
「これ、前に習った方法と少し違うわね」
リヴィアが言う。
「どっちが正しいんだ?」
レックスが尋ねた。
「どちらも正しいのでしょう」
イヴァンが答える。
コールも頷いた。
「ここでは、この方法が合っているんじゃないかな」
四人は比べた。
試した。
良いと思えば覚えた。
以前に学んだ方法の方が良ければ、それも伝えた。
すると教える側も試してみる。
王子たちが一方的に教わるだけの巡回ではなくなっていた。
第120アルデバラン王国を越えた。
第140。
第150。
国の番号が増えるたびに、四人が初めて見る仕事は減っていった。
それでも四人は巡回をやめなかった。
仕事を見る。
働いている者と話す。
料理を食べる。
市場を見る。
農地を見る。
工房を見る。
学校を見る。
同じ仕事でも、暮らしている人間が違えば国の姿も違った。
そして、ついに四人は第170アルデバラン王国へ到着した。
最後の教導を終える。
レックスが大きく息を吐いた。
「終わった……」
リヴィアも笑った。
「長かったわね」
「百七十だからな」
イヴァンが苦笑する。
コールは自分たちが巡ってきた国々を思い出していた。
四人は百七十の国を見た。
だが、百七十種類の仕事があったわけではない。
同じ仕事を、それぞれの国が工夫していた。
それを見ることも、四人にとって大きな学びになっていた。
「帰りましょう」
リヴィアの言葉に三人が頷いた。
四人は本国へ転移した。
そのまま王宮へ向かう。
オーキスとバイオレットが四人を待っていた。
「戻ったか」
「はい。ただいま戻りました」
四人が頭を下げる。
バイオレットは嬉しそうに四人を見た。
「百七十か国、すべて回ったのですね」
「はい」
「ご苦労さまでした」
オーキスが尋ねる。
「どうだった?」
リヴィアは少し考えてから答えた。
「最初は、国ごとに違うことを学ぶものだと思っていました」
「違ったのか?」
「同じ仕事が多かったです。でも、同じではありませんでした」
レックスが続ける。
「土地も違います。作物も違います。住んでいる人も違います」
イヴァンも言う。
「だから同じ仕事でも、やり方が少しずつ違いました」
「なるほどな」
オーキスは満足そうに頷いた。
そこでバイオレットが四人を鑑定した。
「あら?」
「どうした?」
「あなたも見てください」
オーキスも四人を鑑定する。
二人が黙った。
リヴィアには《女王》スキル。
レックス、イヴァン、コールには《国王》スキル。
マーガレットに発現しているものと同じだった。
「おお!」
オーキスが立ち上がった。
バイオレットも満面の笑みを浮かべる。
「あなたたち、よく学びましたね」
何が発現条件だったのかは分からない。
百七十か国を巡ったからなのか。
様々な仕事を学んだからなのか。
人々の暮らしを見続けたからなのか。
四人にも分からなかった。
だが、オーキスにとって今はそれで十分だった。
「今夜は宴だ!」
バイオレットが笑う。
「家族だけで?」
「ああ。マーガレットも呼べ。ナターシャ、メロディー、アマンダもだ」
「側室たちも呼びましょう」
「もちろんだ」
王子たちの帰還を祝う。
それだけで宴を開く理由としては十分だった。
その夜、王宮には家族が集まった。
料理が並ぶ。
酒が注がれる。
久しぶりに揃った顔を見ながら、オーキスは上機嫌で杯を掲げた。
「四人の帰還を祝おう!」
歓声が上がった。
宴は夜遅くまで続いた。
翌朝。
昨夜遅くまで続いた宴の名残が王宮には残っていた。
オーキスはいつもの時間に執務室へ入ったが、少し眠そうだった。
クレインが書類を置きながら尋ねる。
「昨夜は随分と遅かったようですね」
「ああ。久しぶりに家族が揃ったからな」
「王子殿下たちも無事に戻られましたし、何よりでございます」
オーキスは頷いた。
「それだけではないぞ。四人とも国王と女王のスキルが発現した」
「聞いております」
クレインは驚かなかった。
「何だ、その反応は」
「マーガレット様にも発現しておりますので」
「もう少し驚いてもよかろう」
「では、驚いておきましょう」
「もうよい」
オーキスは苦笑して椅子に座った。
だが、嬉しいことに変わりはない。
リヴィア、レックス、イヴァン、コール。
四人とも長い留学を終えた。
最初は他国の王族としてアルデバラン王国へやって来た。
それが今では百七十のアルデバラン王国を巡り、様々な仕事を実際に経験している。
農業をした。
家畜を育てた。
魚を扱った。
木を切り、加工した。
建物を造った。
食品を加工した。
物流ゴーレムを作った。
陶器やガラスを作った。
魔道具を作った。
酒造と醸造まで学んだ。
国王になるために剣や礼法だけを学んできたわけではない。
民が何をして暮らしているのかを、自分の手で経験していた。
「クレイン」
「はい」
「国王スキルとは何なのだろうな?」
「分かりません」
即答だった。
「少しくらい考えろ」
「考えて分かるのであれば、マーガレット様に発現した時点で分かっております」
「それもそうか」
オーキス自身にも説明できない。
何をすれば発現するのか。
発現すると何が変わるのか。
そもそも能力を与えるスキルなのか。
鑑定しても、名前以上のことは分からなかった。
「まあ、よいか」
「よろしいのでは?」
クレインは書類を開いた。
「必要になれば分かるかもしれません」
「分からないままかもしれんぞ」
「その時はその時でしょう」
オーキスは笑った。
その頃、リヴィアたち四人は王宮の一室に集まっていた。
テーブルの上には、留学中に持ち帰った物が並んでいる。
種。
加工食品。
陶器。
ガラス製品。
小さな魔道具。
種麹と種酵母。
自分たちで作った物も多い。
レックスが一つずつ眺めながら言った。
「ずいぶん増えたな」
「百七十か国も回ったのだから当然でしょう」
リヴィアが答える。
「全部覚えてる?」
コールが尋ねた。
「全部は無理だ」
イヴァンが笑った。
「でも、必要になれば聞けばいい」
「そうね」
教えてくれた者たちは今もいる。
共同管理システムにも記録が残っている。
分からなければ調べればいい。
もう一度教えてもらってもいい。
百七十か国を巡ったからといって、四人が何でもできるようになったわけではなかった。
ただ、知らない仕事が大きく減った。
農民が何をしているのか。
料理人が何に苦労するのか。
物流が止まれば何が起きるのか。
医療に何が必要なのか。
家を一軒建てるために、どれほど多くの仕事が関わるのか。
以前とは違い、想像するための経験があった。
リヴィアが自分を鑑定する。
そこには《女王》の文字がある。
「これ、結局何なのかしら」
レックスも自分を鑑定した。
「分からない」
「マーガレット姉様は?」
「知らないって」
四人は顔を見合わせた。
「なら、いいか」
コールが言った。
「いいの?」
「困ってないし」
一瞬の沈黙。
そして四人が笑った。
分からないものを無理に決める必要もなかった。
リヴィアはテーブルの上の種麹を手に取る。
「それより、これを使ってみない?」
「酒?」
「せっかく教わったんだもの」
イヴァンが立ち上がった。
「やろう」
レックスも続く。
「材料を探してくる」
コールが笑った。
「帰ってきたばかりなのに?」
「習っただけで終わったら忘れるでしょう」
百七十か国を巡る留学は終わった。
だが、四人が学んだものを使う時間は、これから始まるところだった。
リヴィアたち四人が留学を終えてから数日が経った。
王宮の一角では、四人が第15アルデバラン王国から分けてもらった種麹と種酵母を使っていた。
「温度はこれくらいだったわね」
リヴィアが容器を確認する。
「たぶん」
レックスが答えた。
「たぶんでは困るでしょう」
「なら鑑定すればいい」
イヴァンが鑑定する。
状態を確認し、温度を少し調整した。
コールは別の容器を覗き込んでいる。
「こっちは順調みたいだ」
留学中に教わったことを、そのまま試していた。
四人とも酒造スキルと醸造スキルを持っている。
作り方も知っている。
それでも、実際に自分たちだけでやってみると迷うことはあった。
「ラルキム王は簡単そうにやっていたのに」
「何年やっていると思っているのよ」
「スキルがあれば同じようにできると思った」
「そんなわけないでしょう」
リヴィアが呆れる。
スキルが発現したからといって、それまで積み重ねてきた経験まで同じになるわけではない。
四人はそれも留学中に何度も見ていた。
農業スキルを持つ者でも、土地を見ただけで何を植えるべきか判断できる者がいる。
同じ調理スキルでも、食材を見ただけで料理を思いつく者がいる。
建築でも木工でも鍛冶でも同じだった。
スキルは便利だった。
だが、それだけで仕事のすべてが分かるわけではない。
「もう一度、第15王国へ行って聞く?」
コールが尋ねた。
レックスが首を振った。
「まだいいだろう。失敗したわけじゃない」
「そうね。まず自分たちでやってみましょう」
四人は作業を続けた。
分からなければ鑑定する。
教わったことを思い出す。
それでも分からなければ、記録を確認する。
百七十か国を巡った経験が、少しずつ自分たちのものになっていった。
そこへマーガレットがやって来た。
「何をしているの?」
「お酒を造っています」
リヴィアが答える。
「あなたたちが?」
「はい」
マーガレットは並んでいる容器を見る。
「飲むため?」
「違います」
レックスが即答した。
「今の間は何だったの?」
「気のせいです」
マーガレットが笑った。
彼女も四人が留学中に何を学んできたのかは聞いている。
「留学はどうだった?」
「面白かったです」
イヴァンが答えた。
「大変でもありましたけど」
「百七十か国ですものね」
マーガレットも苦笑する。
リヴィアがマーガレットを見る。
「お姉様も《女王》スキルを持っているのですよね?」
「ええ」
「何のスキルか分かりました?」
「分からないわ」
あっさりした答えだった。
レックスが尋ねる。
「何か変わったことは?」
「特にはないわね」
「そうですか」
それで話は終わった。
マーガレットも詳しく調べようとはしていない。
発現している。
それ以上のことが分からない。
なら、今はそれでよかった。
マーガレットが四人を見る。
「それで、これからどうするの?」
四人は少し黙った。
これまでは明確だった。
アルデバラン王国へ留学する。
教導を受ける。
各国を巡る。
様々な仕事を学ぶ。
その予定がすべて終わった。
リヴィアが答える。
「まだ決めていません」
「そう」
「お父様たちの国へすぐ戻る必要もないと言われています」
「なら、急いで決めなくてもいいでしょう」
マーガレットはそう言って、仕込んでいる容器を眺めた。
「まずは、それを完成させたら?」
「そうします」
数日後。
最初に仕込んだものが出来上がった。
四人は完成した酒を前にして顔を見合わせる。
「誰が飲む?」
コールが尋ねた。
「造った人間でしょう」
イヴァンが答える。
少量ずつ杯へ注いだ。
香りを確認する。
そして口に含む。
四人が黙った。
レックスが首を傾げる。
「ラルキム王の酒の方が美味しかったな」
「当然でしょう」
リヴィアが笑った。
「でも、飲めるわ」
「次はもう少し美味しくできそうだ」
失敗ではなかった。
完成でもなかった。
四人は残った種麹と種酵母を確認した。
「もう一回やる?」
「やりましょう」
留学は終わった。
だが、学ぶことまで終わったわけではなかった。
王子たちが酒造を楽しんでいる頃、オーキスはクレインと今後について話していた。
「四人の留学も終わったな」
「はい」
「思ったより長くなった」
「百七十か国を巡られましたから」
オーキスは笑った。
当初、これほど多くの国を巡ることになるとは考えていなかった。
そもそも百七十ものアルデバラン王国が成立すること自体、誰も予想していなかった。
「四人をどうする?」
オーキスが尋ねる。
「私に決めろと?」
「意見を聞いているだけだ」
クレインは少し考えた。
「何もしなくてよろしいのでは?」
「何もしない?」
「四人とも、もう自分で考えられます」
それだけの経験を積んできた。
百七十の国を見た。
国王たちと話した。
農民と一緒に土を触った。
漁業も畜産も経験した。
建築、林業、木工、食品加工、物流、医療も学んだ。
陶器やガラスを作り、魔道具を作り、酒まで造っている。
「戻りたいと言えば、それぞれの国へ戻ればよいでしょう」
「ここに残ると言えば?」
「残ればよろしいかと」
「何かを始めたいと言えば?」
「やらせればよろしいでしょう」
オーキスが笑った。
「何も決めておらんな」
「本人たちが決めることですから」
「そうであったな」
留学を終えたから、次はこれをしろ。
国王スキルや女王スキルが発現したから、すぐ王になれ。
そんな命令を出す必要はなかった。
必要になれば四人が自分で選ぶ。
オーキスはそれでいいと思った。
「それにしても」
「はい」
「百七十か国か」
「はい」
「余は第何アルデバラン王国まで国王の顔と名前を覚えているのだ?」
「確認しますか?」
「やめておこう」
即答だった。
クレインが僅かに笑った。
王国が百七十もあれば、それぞれの産業も人口も事情も違う。
だが、本国がすべてを管理しているわけではない。
各国には国王がいる。
行政を担う者もいる。
教師もいる。
生産者もいる。
問題が起これば、まずその国で考える。
本国へ問い合わせる必要があることなど、それほど多くなかった。
「余が百七十か国すべてを知らなくても動くのだな」
「動いております」
「妙なものだ」
「そうでしょうか?」
「国が増えれば、余の仕事も増えると思っていた」
実際にはそうならなかった。
第131アルデバラン王国から第170アルデバラン王国まで一気に増えた時でさえ、オーキスがしたことはほとんどない。
新しい国の国王を決めたわけでもない。
産業を指定したわけでもない。
税率を決めたわけでもない。
どこへ何を建てるのかも決めていない。
自立した者たちが、自分たちで決めた。
「楽でよいのか?」
「わざわざ仕事を増やしたいのですか?」
「嫌だ」
「では、よろしいでしょう」
「そうだな」
オーキスは笑った。
その日の午後。
リヴィアたちは完成した酒を持ってオーキスのところへやって来た。
「陛下、少しよろしいでしょうか?」
「どうした?」
「これを造りました」
一本の瓶が置かれた。
オーキスの目が輝いた。
「酒か?」
「はい」
「お前たちが造ったのか?」
「第15アルデバラン王国で教わりました」
オーキスはすぐに杯を用意させた。
クレインが呆れたように見る。
「まだ執務中ですが」
「味見だ」
「そういうことにしておきましょう」
酒が注がれる。
オーキスは香りを確認してから口に含んだ。
しばらく黙る。
四人が反応を待った。
「どうですか?」
「うむ」
オーキスはもう一口飲んだ。
「飲める」
レックスが苦笑する。
「それ、僕たちも同じ感想でした」
「美味いとは言っておらんぞ」
「分かっています」
リヴィアが笑った。
「次はもっと美味しく造ります」
「そうしろ。できたらまた持ってこい」
「はい」
四人は嬉しそうに答えた。
オーキスは杯に残った酒を見た。
百七十の国を巡った。
数え切れないほどの仕事を見た。
多くの者から教わった。
その結果が、今は一本の酒になっている。
「クレイン」
「はい」
「留学させてよかったな」
「そうですね」
オーキスは残った酒を飲み干した。
王子たちの留学は終わった。
だが、四人が何をするのかはまだ決まっていない。
それを決めるのは、オーキスではなかった。
百七十の国を見てきた四人が、それぞれ自分で決めればよかった。




