219 観光産業
第46アルデバラン王国から第130アルデバラン王国までの建国が進む中、それぞれの国でダンジョンの調査も行われていた。
どの国にも規模の違いこそあれ、ダンジョンが存在していた。
そしてダンジョンは魔物だけを生み出す場所ではない。
鉄、銅、銀、金。
ミスリル、オリハルコン、アダマンタイト。
様々な金属素材を得ることができる。
採掘しても時間が経てば修復される。
アルデバラン王国では以前から知られていたことだったが、新しく建国された国々にとって、この性質は非常に大きかった。
「では、今日も始めましょう」
第46アルデバラン王国のダンジョン。
数十人の男女が壁面に向かって手をかざした。
金属素材を抽出する。
精錬する。
そして生成。
地面に鉄のインゴットが次々と積み上がっていく。
別の場所では銅。
さらに奥ではミスリル。
必要な素材を必要なだけ取り出し、インゴットへ変えていった。
魔力循環を行っているため、魔力切れを心配する必要もない。
作業が終わればアイテムボックスへ収納する。
翌日にはまた同じ作業を行う。
各国では自然にインゴット生成班が組織された。
大量の金属を安定して確保できるようになると、建設の自由度が一気に上がった。
橋を造る。
建物の骨組みに使う。
巨大な浴槽を造る。
調理器具を作る。
上下水設備にも使う。
必要なら翌日またインゴットを作ればいい。
資材の不足を理由に建設を諦める必要がなくなっていた。
その中で、第46アルデバラン王国から第60アルデバラン王国までの十五か国は、少し違う方向へ進み始めた。
「どうせなら、人が遊びに来る国にしませんか?」
誰かがそう言った。
反対する者はいなかった。
食料は足りている。
住居もある。
仕事も増えている。
ならば次は、楽しむものがあってもいい。
第46アルデバラン王国では温泉地の整備が始まった。
地下を調べ、温泉を利用できる場所を選ぶ。
巨大な浴場を建て、露天風呂を作る。
宿泊施設も並べた。
第47アルデバラン王国では飲食街が作られた。
肉料理。
魚料理。
発酵食品。
菓子。
酒。
料理人たちは他国と同じものを作るだけでは面白くないと、それぞれ新しい料理を考え始めた。
第48アルデバラン王国では宿屋街そのものに特色を持たせた。
大きな宿。
小さな宿。
家族向けの宿。
料理を楽しむ宿。
温泉を楽しむ宿。
選べること自体を楽しみにした。
土産物を専門に扱う街まで現れた。
陶器。
ガラス細工。
布製品。
菓子。
保存食。
各地の特色を出した商品が店頭へ並ぶ。
十五か国が同じ観光地を作ることはなかった。
「隣の国と同じものを作っても仕方ないでしょう」
「それなら、うちは温泉を増やしましょう」
「こちらは料理ですね」
「酒を売りにするのはどうです?」
「いいですね」
誰かが十五か国を統括して計画したわけではない。
互いの国を見て、自分たちにないものを考えただけだった。
やがて本国にも噂が届いた。
「第52アルデバラン王国のお風呂がすごいらしいわよ」
「私は第57王国の料理が気になるわ」
「第49王国のお菓子も美味しいそうよ」
最初に動いたのは女性たちだった。
友人同士で出掛ける。
家族で出掛ける。
仕事が休みの日に遊びに行く。
転移が使えるため、移動そのものに何日も費やす必要はない。
朝、本国を出る。
昼には別の国で料理を食べている。
温泉に入り、買い物をして、そのまま宿泊することもできた。
十五か国もある。
一つの国へ何度も行く必要さえない。
さらに各国が新しい料理や施設を作り続ける。
飽きる暇がなかった。
そんな噂を聞きつけたバイオレットも動いた。
「マーガレット、サーシャ、ミーナ。行きましょう」
マーガレットが笑った。
「どこへですか?」
「温泉よ」
「どの国の?」
バイオレットは少し考えた。
「まず第46アルデバラン王国ね」
サーシャが尋ねる。
「まず?」
「十五か国あるのでしょう?」
ミーナが笑い出した。
「全部回るつもりですか?」
「せっかく作ったのです。楽しまなければ失礼でしょう」
こうして四人の観光旅行が始まった。
温泉に入る。
料理を食べる。
街を歩く。
土産物を眺める。
夜になれば酒を楽しむ。
バイオレットは湯上がりに冷たい酒を口にして、満足そうに息を吐いた。
「いい国になりましたね」
マーガレットが頷く。
「ええ」
誰かを救うためでもない。
何かと戦うためでもない。
ただ遊びに来て、食べて、飲んで、温泉に入る。
そんな場所を作れるほど、新しい国々には余裕が生まれていた。
十五の観光国家は、訪れる人々の声を聞きながら、さらに姿を変え始めていた。
第46アルデバラン王国から第60アルデバラン王国までが観光で賑わい始めている頃、本国では別の仕事が続いていた。
アイク、アッシュ、ロックウェルが率いる三騎士団。
総勢二百二十万人。
王国騎士団、魔法騎士団、近衛騎士団は戦力そのものに大きな違いはない。
違うのは役割だった。
その三騎士団が現在行っているのは、大陸全域を対象とした広域索敵だった。
十三億五千万人を保護した。
一千三百万人もの犯罪者を処理した。
それだけの規模で動いたのだから、さすがに大陸も落ち着くだろう。
誰もがそう思いたかった。
だが、現実は違った。
騎士たちから次々と情報が集まってくる。
「西部で大規模な徴発を確認しました」
「南西部では複数の村が放棄されています」
「こちらでは住民の流出が続いています」
「街道周辺に盗賊集団を確認」
「北部では騎士による略奪が発生しています」
アイクは黙って情報を確認していた。
犯罪者を大量に処理したからといって、新しい犯罪者が生まれなくなるわけではない。
食えなくなった兵士。
給金を失った騎士。
民から奪うことを当然だと思っている貴族。
徴発を繰り返す為政者。
混乱に乗じて人を食い物にする者。
原因は一つではなかった。
アッシュが腕を組んだ。
「まだ出るな」
「ああ」
ロックウェルも索敵結果を見ながら答える。
「前回あれだけ処理したんだ。さすがに減ると思っていたんだが」
「減ってはいる」
アイクが答えた。
「なくなっていないだけだ」
そこへエミリーとエミリアがやって来た。
二人はこれまで集められた情報を分析していた。
「アイク団長」
「どうだった?」
エミリーが答える。
「清算が必要になる国は、まだ百か国前後あると思います」
三人が黙った。
エミリアが続ける。
「すぐにという意味ではありません。人口流出、生産力、徴税、徴発、治安、食料事情を合わせて見た予測です」
「百か国か」
アッシュが呟く。
「多いな」
「はい。それと難民です」
エミリーが少し間を置いた。
「前回の十三億五千万人を基準にはできません。ですが、現在確認できる人口と流出傾向から考えると、二十億から二十五億人程度が発生する可能性があります」
ロックウェルが額を押さえた。
「十三億五千万人の次が二十五億か」
「最大予測です」
「最大でも十分多い」
アッシュが苦笑した。
だが、三人とも無理だとは言わなかった。
前回とは条件が違う。
すでに第46から第130アルデバラン王国までが成立している。
十三億五千万人を教導した経験もある。
教導教師は増えた。
騎士団も二百二十万人に増強されている。
教導スキルレベル十の者も大幅に増えた。
何より、保護された者同士が教え合えばいいことを知っている。
前回の経験そのものが残っていた。
アイクが立ち上がった。
「陛下に報告する」
三人は王宮へ向かった。
オーキスはクレインと話していた。
アイクたちが入ると、オーキスが三人を見る。
「何かあったか?」
「はい」
アイクが広域索敵の結果を説明した。
清算する可能性が高い国が百か国前後。
発生する難民は二十億から二十五億人。
犯罪組織も依然として確認されている。
オーキスはしばらく黙っていた。
「十三億五千万人を保護したばかりだぞ」
「はい」
「まだ二十五億も出るのか?」
「予測では」
「意味が分からんな」
クレインが苦笑する。
「大陸全体を見れば、まだ問題を抱えている国は多くございます」
「そうであったな」
オーキスは椅子にもたれた。
しばらく考えた後、アイクを見る。
「アイク」
「はっ」
「もう一度、作戦を立てろ」
「御意」
「前回と同じである必要はない。十三億五千万人を保護した経験がある。その経験を使え」
「承知しました」
アイクはすぐに答えた。
アッシュもロックウェルも異論はない。
オーキスは三人を見ながら付け加える。
「急ぐ必要がある者から先に保護しろ。国をどうするかは、その国の者が考えればよい」
「はい」
命令はそれだけだった。
どの国を滅ぼせとも言わない。
どの土地を奪えとも言わない。
人が害されているなら、その被害を止める。
そして保護する。
前回と変わらなかった。
アイクたち三人は王宮を出た。
その頃、第46アルデバラン王国では、バイオレットが二杯目の酒を楽しんでいた。
「美味しいわね」
マーガレットも頷く。
「明日は第47王国でしたね」
「ええ」
サーシャが笑う。
「本当に十五か国回るのですか?」
バイオレットは当然のように答えた。
「そのつもりよ」
大陸では、まだ二十億人を超える人々が保護を必要とするかもしれない。
その一方で、温泉に入り、料理を食べ、酒を楽しめる国も生まれている。
どちらも、今の大陸の姿だった。
アイク、アッシュ、ロックウェルは騎士団本部へ戻ると、すぐに作戦の立案を始めた。
前回は十三億五千万人を保護した。
今回は最大で二十五億人。
人数だけを見れば、前回を大きく上回る。
だが、アイクたちに以前ほどの重苦しさはなかった。
「まず広域索敵を継続する」
アイクが言う。
「百か国を一度に見る必要はない。危険度の高い地域から順に確認する」
アッシュが頷いた。
「犯罪者の処理も同時に進めるのか?」
「当然だ。保護しても、その後ろで略奪を続けられたら意味がない」
ロックウェルが答える。
「なら騎士団を分けよう。索敵、犯罪者の制圧、住民の保護だ」
「それだけでは足りない」
アイクは首を振った。
「今回は冒険者にも協力を要請する」
三人の前に大陸の情報が表示されている。
騎士団は二百二十万人まで増えた。
だが、その全員を保護活動だけに投入するわけにはいかない。
王国の治安維持。
王都や地方都市の警備。
王宮の警護。
街道の巡回。
本来の仕事も残っている。
それでも前回とは違った。
アルデバラン王国には、すでに大量の教導スキルレベル十の者がいる。
冒険者にもいる。
行政官にもいる。
騎士団にもいる。
保護した後まで、騎士団だけで抱える必要はなかった。
「保護者を安全な場所へ移した後は、教導教師へ引き継ぐ」
「前回と同じだな」
「いや、もっと早い」
アイクが答えた。
「十三億五千万人の教導で分かった。教師が全員を教える必要はない」
最初の者を教える。
教わった者が次の者へ教える。
スキルが発現すれば、さらに教える側が増える。
読み書きや計算だけではない。
鑑定。
教導。
農業。
狩猟。
解体。
調理。
紡織。
鍛冶。
木工。
酒造。
発酵。
製薬。
治癒。
行政。
土木。
建設。
建築。
物流。
必要な仕事を体験し、自分に向いたものを選ぶ。
保護された者たち自身が次の教師になればいい。
「二十五億人だから、二十五億人分の教師が必要なわけではない」
アッシュが笑った。
「前なら考えられなかったな」
「ああ」
アイクも頷いた。
十三億五千万人を保護した経験は、人数だけの記録ではなかった。
どうすれば巨大な人数を自立まで持っていけるのか。
その方法を、王国全体が経験していた。
ロックウェルが別の情報を確認する。
「受け入れ先はどうする?」
「第46から第130王国にも協力を頼む」
「観光国家まで使うのか?」
「必要ならな。ただし観光を止める必要はない」
アッシュが笑う。
「温泉に入りながら保護者を受け入れるのか?」
「別に構わないだろう」
「確かに」
仕事がある。
食料がある。
住居を建てられる。
水も確保できる。
金属資源も豊富にある。
保護された者が落ち着けば、観光産業そのものが仕事になる。
宿屋。
飲食店。
浴場。
清掃。
土産物。
陶器。
ガラス細工。
紡織。
酒造。
新しく生まれた産業には人手が必要だった。
「保護するだけではない」
アイクが言った。
「働ける者には仕事を覚えてもらう。それでいい」
二人が頷く。
作戦の骨格はすぐに出来上がった。
その頃、第46アルデバラン王国。
バイオレットたちは朝から街を歩いていた。
「昨日より店が増えていませんか?」
サーシャが首を傾げる。
「増えているわね」
マーガレットも気付いた。
昨日まで空いていた場所に、小さな店ができている。
焼いた肉を売る店。
魚料理を出す店。
果実を使った菓子を売る店。
布製品を並べる店。
客が増えれば、商売を始める者も増える。
誰かに命じられたわけではない。
「人が来るなら売れると思ったのでしょうね」
ミーナが言った。
「当然ですわ」
バイオレットは楽しそうに店を眺めた。
一軒の店の前で足を止める。
「これは何かしら?」
「温泉まんじゅうです」
店主が答えた。
「温泉まんじゅう?」
「はい。温泉地ですから」
四人は顔を見合わせた。
バイオレットが一つ買った。
まだ温かい。
一口食べる。
「美味しいわ」
それだけで、マーガレットたちも買った。
後ろを歩いていた女性たちも店へ寄る。
店主の顔が明るくなった。
バイオレットはそれを見て笑った。
「観光というのも面白いものね」
人が遊びに来る。
金を使う。
誰かの仕事になる。
その者が新しいものを作る。
それを目当てに、また人が来る。
救済でもなければ、戦いでもない。
ただ楽しむために人が動く。
それだけでも国は育っていった。
バイオレットたちが十五か国の観光を楽しんでいる頃、リヴィア、レックス、イヴァン、コールの四人は第11アルデバラン王国を訪れていた。
国王サルキスが四人を迎える。
「第11アルデバラン王国では、食品加工を中心に生産しています」
案内された施設には大量の食材が運び込まれていた。
肉。
魚。
野菜。
果実。
乳製品。
魔物肉も当然のように混じっている。
四人は作業する者たちを眺めた。
肉は部位ごとに分けられ、保存に向いた形へ加工される。
魚も下処理を施し、干物や燻製にする。
果実は煮詰める。
野菜も長期保存できるよう加工する。
サルキスが説明した。
「生産量が増えれば、そのまま食べるだけでは余ります」
リヴィアが頷く。
「だから保存できるようにするのですね」
「はい。それに加工すれば、別の価値も生まれます」
コールが燻製肉を一切れ食べる。
「美味しい」
「保存食ですが、そのまま料理にも使えますよ」
レックスも口に入れた。
「保存するためだけじゃないんだ」
「ええ。美味しい方がいいでしょう?」
サルキスは当然のように答えた。
四人は一日かけて様々な食品加工を体験した。
切る。
乾燥させる。
燻す。
煮詰める。
保存する。
食材によって方法を変える。
翌日、四人が向かったのは第12アルデバラン王国だった。
国王ナルキムが待っていた。
「ここでは物流と運輸を担当しています」
広い作業場には大小様々なゴーレムが並んでいた。
人型だけではない。
大きな荷台を備えたもの。
大量の荷物を運ぶことに特化したもの。
倉庫内で荷物を整理する小型のものまである。
イヴァンが首を傾げた。
「アイテムボックスがあるのに必要なのですか?」
「人が運ぶならアイテムボックスで十分です」
ナルキムが答える。
「ですが、いつまでも人が荷物に付き添う必要はないでしょう?」
「ああ」
イヴァンは納得した。
人が運べば速い。
大量の物資も収納できる。
だが、その間は人間一人の時間を使う。
決まった場所から決まった場所へ物を運ぶだけなら、ゴーレムに任せればいい。
「人にしかできない仕事を、人がやればいいのです」
リヴィアが物流ゴーレムを見る。
「これも作れるのですか?」
「もちろんです。やってみますか?」
「はい」
四人はすぐに教導を受けた。
素材を用意する。
構造を理解する。
動作を設定する。
何度か失敗しながら、小型の物流ゴーレムを作る。
やがて四人の体が淡く光った。
リヴィアが自分を鑑定する。
「ゴーレムスキルが発現しました」
「私も」
「僕もだ」
「俺も」
ナルキムが笑った。
「これで自分たちでも作れますね」
四人は完成したゴーレムが荷物を運ぶ姿をしばらく眺めていた。
次に訪れたのは第13アルデバラン王国。
国王ニルスが四人を工房へ案内した。
「ここでは陶器、ガラス、生活用品を作っています」
棚には食器が並んでいた。
皿。
椀。
壺。
瓶。
杯。
窓に使う板ガラスもある。
装飾品もあった。
コールが色のついたガラス細工を手に取った。
「綺麗ですね」
「生活に必要なものだけ作っても、つまらないでしょう」
ニルスが笑う。
「綺麗なものがあってもいいのです」
四人は陶器作りを教わった。
土を選び、形を作る。
乾燥させ、焼く。
次はガラス。
原料を調整し、熱を加え、形を整える。
最初から上手くはいかなかった。
コールの作った器は少し歪んでいた。
「……使えますよね?」
ニルスが確認する。
「水を入れてみましょう」
水を注ぐ。
漏れない。
「使えます」
「なら成功です」
コールは嬉しそうに笑った。
再び四人の体が光る。
陶器スキル。
ガラススキル。
新しいスキルが発現していた。
リヴィアは自分たちが作った品を眺める。
第5王国では教育。
第6王国では畜産と酪農。
第7王国では水産と養殖。
第8王国では建築。
第9王国では医療。
第10王国では林業と木工。
第11王国では食品加工。
第12王国では物流と運輸。
第13王国では陶器とガラス。
国ごとに違うものを学んできた。
「まだ続くのよね」
リヴィアが言った。
レックスが笑う。
「もちろん」
四人は次の国へ向かう準備を始めた。
一方、本国ではアイクたちの新しい作戦案が形になり始めていた。
観光を楽しめる国が生まれる一方で、助けを必要とする人々もまだいる。
遊ぶことをやめる必要はない。
助けることをやめる理由もない。
大陸はまだ変わり続けていた。




