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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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215/311

215 意味がわからない。

 王国騎士団による大陸各地での保護活動と犯罪者の処理が、ようやく終わった。


 国家清算を始めた五十以上の国。


 行政機能が失われた地域。


 その空白へ入り込んだ盗賊、人攫い、犯罪組織。


 百十万人の騎士団は広域索敵を続け、一つずつ確認していった。


 鑑定。


 処理。


 保護。


 見落としがないよう、何度も索敵範囲を重ねる。


 最終的に保護された人数は十三億五千万人。


 処理された犯罪者は千三百万人。


 途方もない数字だった。


 だが、それでもアルデバラン王国には余裕があった。


 土地がある。


 食料もある。


 問題は、そこではなかった。


     ◇


 王宮。


 オーキスはクレインを呼んだ。


 アイク。


 アッシュ。


 ロックウェル。


 四十七人の新興貴族たち。


 アレクサンド侯爵もいる。


 バイオレットも同席していた。


 会議が始まる。


 クレインが最終報告を読み上げた。


「保護者、十三億五千万人」


 誰も声を上げなかった。


 すでに途中経過を知っている。


「犯罪者として処理された者、約千三百万人」


 オーキスが尋ねる。


「広域索敵は?」


「完了しております」


 アイクが答えた。


「複数回、重ねて実施しました。大規模な犯罪集団は確認されておりません」


「小規模なものは?」


「今後も通常の広域索敵で確認します」


「分かった」


 オーキスはクレインを見る。


「十三億五千万人、保護できるか?」


「可能です」


 即答だった。


「食料は?」


「問題ありません」


「土地は?」


「余裕があります」


「住宅は?」


「建設が必要です。しかしゴーレムを投入すれば対応できます」


「仕事は?」


「教導次第でしょう」


「やはりそこか」


     ◇


 保護するだけならできる。


 食べさせるだけでもできる。


 だが、それでは終われない。


 十三億五千万人が自分で生活できるようになる必要がある。


 オーキスは少し考えた。


 そしてクレインを見る。


「クレイン」


「はい」


「教導教師の専門部隊を百万人整備しろ」


 クレインが一瞬だけ黙った。


「……百万人でございますか?」


「足りんか?」


「いえ」


「なら頼む」


「御意」


 オーキスは次にアイクを見る。


「アイク」


「はっ」


「騎士団を倍にしろ」


「倍?」


「二百二十万人だ」


 アイクも一瞬だけ黙った。


「承知しました」


「できるな?」


「御意」


 アッシュとロックウェルも頷いた。


「御意」


     ◇


 さらにオーキスはアレクサンドを見る。


「アレクサンド」


「はい」


「冒険者たち百万人を教導スキルレベル十まで育てろ」


 アレクサンドの眉が僅かに動いた。


「百万人を?」


「そうだ」


「教導レベル十まで?」


「そう言った」


 アレクサンドは少し考える。


 無理とは言わない。


 今までの教導実績がある。


 教導できる者も増えている。


 時間は必要だが、不可能ではない。


「御意」


 オーキスが頷いた。


     ◇


 無茶を言う国王だった。


 教導教師百万人。


 騎士団二百二十万人。


 教導レベル十の冒険者百万人。


 普通なら、どれか一つでも国家事業になる。


 オーキスは一度に三つ言った。


 それでも誰も反対しなかった。


 命令だからではない。


 十三億五千万人を保護した。


 なら、その後が必要になる。


 教師がいる。


 治安を維持する者がいる。


 さらに教える者を増やす必要がある。


 数字は無茶だった。


 だが、必要な理由は分かる。


 だから答えは同じだった。


「御意」


 その瞬間だった。


     ◇


 アレクサンドが眉を寄せた。


「……陛下」


「何だ?」


「少々お待ちください」


 自分を鑑定する。


 表示を見た。


「これは……」


 アイクも何かに気付いた。


「私もです」


「何がだ?」


「《アルデバラン国民》です」


 オーキスの表情が変わった。


 クレインも鑑定する。


《アルデバラン国民 Lv2》


「……レベル二」


 アッシュ。


《アルデバラン国民 Lv2》


 ロックウェル。


《アルデバラン国民 Lv2》


 四十七人の新興貴族たちも、次々と確認する。


「私もです」


「こちらもレベル二」


「同じです」


「私も……」


 全員だった。


     ◇


 オーキスは嫌な予感がした。


 自分を鑑定する。


《アルデバラン国民 Lv2》


「……余もだ」


 バイオレットが自分を鑑定した。


《アルデバラン国民 Lv2》


「あら」


「お前もか?」


「ええ。レベル二ですわ」


 会議室が静まり返った。


 クレインが確認する。


「先ほどまでは?」


「レベル表示はなかった」


 オーキスが答える。


「余は昨日も確認している」


「私もです」


 アイクが言った。


「では、今ですな」


 アレクサンドが呟いた。


 全員が考える。


 何をした?


 会議をした。


 報告を聞いた。


 オーキスが命令した。


 そして全員が、


「御意」


 と答えた。


 それだけだった。


     ◇


「……意味が分からん」


 オーキスが呟いた。


 誰も反論しなかった。


 元娼婦たちはレベル三。


 コールもレベル三。


 今度は王宮にいた者たちが一斉にレベル二。


 嬉しいという感情が条件なのかと思った。


 だが、今の誰が嬉しかった?


 教導教師百万人。


 騎士団二百二十万人。


 冒険者百万人を教導レベル十。


 むしろ仕事が増えた。


 クレインが自分の表示を見つめる。


「嬉しくはありませんな」


「余もだ」


 アイクも頷いた。


「私もです」


 バイオレットが笑いを堪えていた。


「何がおかしい?」


「いえ」


「笑ってるではないか」


「だって、本当に意味が分かりませんもの」


 誰にも説明できなかった。


《アルデバラン国民 Lv2》


 ただ一つ分かったことがある。


 どうやらこのスキルは、嬉しいだけで成長するものではないらしい。


 謎が、一つ増えた。




 会議は、そこで一度止まった。


 オーキスは自分に表示されたものを、もう一度確認する。


《アルデバラン国民 Lv2》


 見間違いではない。


「クレイン」


「はい」


「余は何をした?」


「先ほど三つの指示を出されました」


「それは分かっている」


 教導教師の専門部隊を百万人。


 騎士団を二百二十万人へ増員。


 冒険者百万人を教導スキルレベル十へ。


 どれも簡単な話ではない。


「それ以外だ」


「特には」


 オーキスはアイクたちを見る。


「お前たちは?」


「命令を受けました」


 アイクが答えた。


「それだけか?」


「それだけです」


 アッシュもロックウェルも頷く。


 四十七人の新興貴族たちも同じだった。


 報告を聞いた。


 十三億五千万人を保護した事実を確認した。


 今後必要になるものを聞いた。


 そして、


「御意」


 と答えた。


 それだけだった。


     ◇


 クレインが口を開く。


「分かっている事実だけ整理しましょう」


「頼む」


「第2から第45アルデバラン王国の国民に《アルデバラン国民》が確認されています。本国民にも同じスキルが発現しております」


「そこまでは分かっている」


「そして元娼婦たちにレベル三が確認されました」


「コールもだな」


「はい。コール殿下もレベル三です」


 クレインは室内を見渡した。


「そして今、この場にいる者たちが一斉にレベル二になりました」


 アレクサンドが自分を鑑定する。


《アルデバラン国民 Lv2》


「やはり変わっていませんね」


「余もだ」


 オーキスが腕を組んだ。


「元娼婦たちは料理を作った」


「はい」


「コールはインゴットを作った」


「はい」


「余は無茶を言った」


 室内が静かになった。


 バイオレットが笑う。


「ご自覚はあるのですね」


「あるわ。百万人、二百二十万人、百万人だぞ」


 アイクが小さく頷いた。


「確かに無茶ではあります」


「お前まで言うのか」


「しかし必要です」


「だから命じた」


 クレインがその言葉に反応した。


「必要だから……」


「何か分かったか?」


「いいえ。何も」


「なら言うな」


     ◇


「一つ試してみましょう」


 クレインが言った。


「何をする?」


「もう一度、何か命じてください」


「何でもいいのか?」


「比較するだけです」


 オーキスは少し考えた。


「アイク」


「はっ」


「騎士団の増員計画を今日中に作れ」


「御意」


 全員が自分を鑑定する。


《アルデバラン国民 Lv2》


「変わらんな」


「はい」


 今度はクレインが言う。


「では全員で御意と答えてみましょう」


 オーキスが眉を寄せる。


「何の意味がある?」


「念のためです」


「……仕事に戻れ」


「御意」


 全員が答えた。


 鑑定。


《アルデバラン国民 Lv2》


 変化なし。


「御意ではありませんな」


「当たり前だ」


 オーキスが呆れた。


 バイオレットは声を出して笑っていた。


「何がおかしい?」


「皆様、真面目に御意と答えて鑑定しているのですもの」


「原因が分からんのだから仕方ないだろう」


     ◇


 結論は出なかった。


 だが、やることは決まっている。


 クレインはすぐに文官たちを集めた。


「教導教師の専門部隊を百万人整備します」


「……百万人ですか?」


「そうです」


「現在の教師を集めますか?」


「それでは既存の教育が止まります」


 教導管理システムを開く。


 教導スキル保有者。


 教師経験者。


 専門技能を持つ者。


 行政経験者。


 候補者を抽出していく。


「新たに育成します。人数を揃えるだけでは意味がありません」


「承知しました」


「十三億五千万人を自立させるための教師です。急ぎます」


「はい」


     ◇


 騎士団でも増員準備が始まった。


 アイク、アッシュ、ロックウェルが百十万人の騎士団を前にする。


「騎士団を二百二十万人へ増員する」


 騎士たちは静かに聞いていた。


「新たに百十万人を?」


「そうだ」


 アッシュが続ける。


「人数だけ増やすつもりはない。現在の騎士団と同水準まで教導する」


 ロックウェルが言った。


「十三億五千万人を新たに保護した。治安を維持する者も必要になる」


「はい!」


「候補者の選定を始める」


     ◇


 アレクサンドも冒険者ギルドへ向かっていた。


 同行しているのはガイル、フェリクス、ロイド、ブラッド、レオン。


 待っている仕事は冒険者百万人の教導。


 目標は教導スキルレベル十。


「無茶を言われましたね」


 フェリクスが言った。


「百万人だからな」


 ロイドが苦笑する。


「しかもレベル十だ」


 ブラッドも続けた。


 ガイルは歩きながら答える。


「だが、十三億五千万人を保護したんだ。必要になる」


「そういうことだ」


 アレクサンドが頷いた。


 レオンが尋ねる。


「できますか?」


「やるしかないだろう」


「陛下の命令だからですか?」


「違う」


 アレクサンドは五人を見る。


「十三億五千万人いる」


 それだけだった。


 保護して終わりではない。


 食事を与え続けるだけでもない。


 自分で働き、自分で生活できるようにする。


 そのためには教える者が必要になる。


 教えられた者が、また誰かを教える。


 ガイルが頷いた。


「なら、やるしかないな」


「理由が分かっても無茶は無茶ですけどね」


 フェリクスが苦笑する。


「それは否定しない」


 アレクサンドも笑った。


     ◇


 王宮では、オーキスがまだ自分を鑑定していた。


《アルデバラン国民 Lv2》


「……意味が分からん」


 バイオレットも確認する。


《アルデバラン国民 Lv2》


「分かりませんわね」


「コールは三だぞ」


「そうですわね」


「余は二だ」


「そうですわね」


「父親だぞ?」


「関係あります?」


 オーキスが黙った。


「……ないな」


 仕事は始まった。


 理由も分かっている。


 必要だからやる。


 だが、《アルデバラン国民》だけは違った。


 発現した理由も。


 成長する理由も。


 レベルが何を意味するのかも。


 相変わらず、意味が分からなかった。




 《アルデバラン国民》について、教導管理システムには新しい記録が集まり続けていた。


 クレインはエミリーとエミリアを呼び、これまでに確認された事例を並べた。


 元娼婦たち。


《アルデバラン国民 Lv3》


 コール。


《アルデバラン国民 Lv3》


 そして王宮で会議に参加していた者たち。


《アルデバラン国民 Lv2》


 クレインが尋ねる。


「何か分かったか?」


「一つは分かりました」


 エミリーが答えた。


「嬉しいという感情は、成長のトリガーになるようです」


「やはりか」


「ただし、嬉しいだけではありません」


 エミリアが記録を表示する。


「嬉しいと感じるだけで成長するなら、王国中で頻繁にレベルが上がっているはずです」


「確かにな」


「別の条件が必要です」


     ◇


 元娼婦たちは、自分たちで飲食店を始めた。


 祖国の料理を作る。


 客が来る。


 商売が成立する。


 食材が足りなければ、自分たちで森へ狩りに行く。


 さらに清掃していた子供たちを見つけ、食事を振る舞った。


 誰にも命じられていない。


「美味しい」


「ありがとう」


 子供たちから感謝された。


 久しく感じていなかった嬉しいという感情が生まれた。


「自立し、商売を行い、さらに他者へ還元しています」


 エミリーが言った。


「結果として王国にも利益があります」


「国益に準ずる行動か」


「はい」


 クレインが次を見る。


「ではコール殿下は?」


     ◇


 第4アルデバラン王国での記録が表示される。


 鉄。


 鉛。


 銅。


 錫。


 亜鉛。


 そして真鍮。


 コールは教えられたことを、そのまま覚えただけではなかった。


 失敗した。


 鑑定した。


 原因を考えた。


 もう一度試した。


 成功した。


 さらに配合を変えて比較した。


「できた!」


 その時、コールは明確に嬉しいと感じていた。


「王族が他国の産業を自分の手で学び、理解する。これも将来を考えれば国益に準ずる行動と判断できます」


「それと嬉しいという感情が重なった?」


「その可能性が高いと考えています」


 クレインは頷いた。


 ここまでは共通点が見える。


 問題は王宮だった。


     ◇


 再び関係者が集められた。


 オーキス。


 バイオレット。


 クレイン。


 アイク。


 アッシュ。


 ロックウェル。


 アレクサンド。


 イプシオ。


 アリシア。


 そして他の新興貴族たち。


 エミリーが説明する。


「嬉しいという感情が《アルデバラン国民》の成長のトリガーになることは、ほぼ間違いないと思われます」


 オーキスが尋ねる。


「だが余たちは嬉しくなかったぞ」


「はい」


「仕事が増えただけだ」


「その通りです」


「では、なぜ上がった?」


「別の条件があるからです」


「何だ?」


「国益に準ずる判断、及びその判断への肯定です」


 室内が静かになった。


     ◇


 エミリアが説明を引き継ぐ。


「陛下は十三億五千万人を保護したという結果を受けて判断されました」


 教導教師の専門部隊百万人。


 騎士団二百二十万人。


 教導レベル十の冒険者百万人。


「数字だけを見れば無茶です」


「余もそう思う」


「しかし必要だった」


「ああ」


「そして、その場にいた皆様も同じ判断をしています」


 アイクが頷いた。


「騎士団の倍増は容易ではない。だが十三億五千万人を新たに保護した以上、治安維持の規模も拡大する必要がある」


 アッシュも答える。


「私も同じです」


 ロックウェルも続けた。


「陛下の命令だからではありません。必要だと判断しました」


 イプシオも同じだった。


「無茶だとは思いました。しかし、保護して終わりではありません。自立まで考えるなら必要です」


 アリシアも頷く。


「私も必要だと判断しました」


 他の新興貴族たちも同じだった。


 無茶だと思った。


 だが理由を理解した。


 自分で考えた。


 その上で必要だと判断した。


 だから、


「御意」


 と答えた。


     ◇


「つまり」


 クレインが整理する。


「国王の命令に従ったからレベルが上がったわけではない」


「はい」


「陛下の判断が国益に準ずるものだった」


「はい」


「それを我々も自分で判断した上で肯定した」


「その結果、レベル二になったと考えられます」


 オーキスが腕を組む。


「では余が間違った命令を出して、全員が御意と答えたら?」


「成長しないでしょう」


 エミリーが答えた。


「むしろ間違っていると判断したなら、意見具申する方が《アルデバラン国民》の性質に合致します」


「絶対の忠誠なのにか?」


「説明にもあります」


 クレインが答えた。


「絶対の忠誠。ただし盲従ではない。自分で判断して意見具申する」


 オーキスは自分を鑑定する。


《アルデバラン国民 Lv2》


「本当に面倒なスキルだな」


「私は良いと思いますわ」


 バイオレットが笑った。


「王が間違えば、国民が止めてくれるのでしょう?」


「王としては複雑なんだぞ」


     ◇


 エミリーとエミリアは、現時点で分かったことだけを記録した。


 《アルデバラン国民》。


 成長条件の一部。


 嬉しいという感情。


 それは成長のトリガーになる。


 そしてもう一つ。


 国益に準ずる判断。


 または、その判断を自分自身で考えた上で肯定すること。


 命令への服従ではない。


 王への盲従でもない。


 自分で考える必要がある。


「では」


 オーキスが尋ねた。


「余たちはレベル二で、元娼婦たちとコールがレベル三なのはなぜだ?」


 エミリーが答える。


「分かりません」


「そこは分からんのか」


「はい」


 エミリアも頷いた。


「レベルそのものが何を意味しているのか、まだ情報が足りません」


「結局、意味が分からんではないか」


「昨日よりは分かりました」


 バイオレットが楽しそうに笑う。


 オーキスはもう一度、自分の表示を見る。


《アルデバラン国民 Lv2》


 少しは分かった。


 だが、分かったことで新しい疑問が増えた。


 やはりこのスキルは、意味が分からなかった。




 《アルデバラン国民》についての調査は、そこで一度打ち切られた。


 分かったことは増えた。


 だが、分からないことの方が多い。


 エミリーとエミリアは確認できた事実と推測を分け、教導管理システムへ登録した。


 発現条件、不明。


 レベルの意味、不明。


 成長条件、一部判明。


 嬉しいという感情は成長のトリガーになる。


 国益に準ずる判断。


 あるいは、その判断を自分で考えた上で肯定すること。


 それでもレベル二とレベル三の違いは説明できない。


「これ以上は事例が必要ですね」


 エミリーが言った。


「ええ」


 エミリアも頷く。


「分からないものを、分かったことにする必要はありません」


     ◇


 調査が止まっても、仕事は止まらなかった。


 クレインは教導教師の専門部隊百万人の整備を始めていた。


「既存の教師を移動させるだけでは意味がありません」


 文官たちが頷く。


「新たに教師を育成します」


 読み書き。


 計算。


 魔力循環。


 生活衛生。


 農業。


 畜産。


 紡織。


 建築。


 土木。


 薬学。


 医療。


 木工。


 食品加工。


 物流。


 魔法技術。


 魔道具。


 行政。


 十三億五千万人が必要とするものは一つではない。


「第2から第45アルデバラン王国の知識も活用します」


「教師を派遣してもらいますか?」


「必要な場合だけです」


 クレインは教導管理システムを示した。


「基本はこちらへ相乗りします」


 一元管理された教導管理システムには、すでに各国の教育と教導の実績が蓄積されている。


「教えられた者が、次を教えます」


 百万人という数字だけを見れば途方もない。


 だが、教師そのものが増えていくなら話は違った。


     ◇


 騎士団でも増員が始まっていた。


 現在、百十万人。


 目標、二百二十万人。


 アイク、アッシュ、ロックウェルは選抜方針を確認していた。


「王国騎士団への選抜は、原則として国内の衛兵から行う」


 アイクが言った。


「はい」


 アッシュが候補者一覧を確認する。


「勤務実績、適性、鑑定結果を確認します」


「本人の希望もだ」


「もちろんです」


 騎士になりたくない者を無理に引き上げる理由はない。


 王国各地で長く治安を守ってきた衛兵。


 その中から希望者を募り、選抜する。


 教導を行う。


 騎士団へ迎える。


 単純だった。


 だが、一つ問題がある。


「百十万人を引き上げれば、衛兵が不足します」


 ロックウェルが言った。


「分かっている」


「補充は?」


「門兵と地方自警団からだ」


     ◇


 王国には騎士団だけが存在するわけではない。


 町や村を守る衛兵。


 城門や町の出入口を守る門兵。


 地域を自分たちで守る地方自警団。


 すでに治安維持の層ができている。


「門兵と地方自警団から希望者を募れ」


「勤務実績も確認します」


「ああ」


 衛兵から騎士団へ。


 門兵と地方自警団から衛兵へ。


 空いた場所を、下から順番に補充する。


 アッシュが尋ねた。


「今回保護した十三億五千万人については?」


「まだ対象外だ」


 アイクは即答した。


「少なくとも《アルデバラン国民》が発現するまでは治安組織の選抜対象にしない」


「承知しました」


 保護されたばかりの人間を、いきなり王国の治安組織へ入れる理由はない。


 まず生活を安定させる。


 教導を受ける。


 働く。


 暮らす。


 その上で、この国を自分たちの国として選ぶ。


《アルデバラン国民》


 最低でも、その発現が確認されてからだった。


「急ぐ必要はない」


 アイクが言った。


「今は既存の組織だけで増員できる」


     ◇


 冒険者ギルドでも、百万人の教導計画が動き始めていた。


 アレクサンド。


 ガイル。


 フェリクス。


 ロイド。


 ブラッド。


 レオン。


 六人が教導管理システムを見ている。


「最初から百万人を一度に教える必要はない」


 アレクサンドが言った。


 ガイルが頷く。


「まず教導レベルの高い冒険者を集める」


「そいつらをレベル十まで上げる」


 フェリクスが続けた。


「上がった人たちが、次の冒険者を教える」


「そういうことだ」


 ロイドが人数を確認する。


「教師側が増え続けるなら、途中から一気に速くなりますね」


「教導はそれができる」


 ブラッドが笑う。


「百万人という数字を聞いた時はどうなるかと思いましたけど」


「今でも無茶だぞ」


 レオンが言った。


「それは変わらない」


 ガイルも笑った。


 それでも六人は作業を始めた。


     ◇


 第4アルデバラン王国では、四人の王子と王女が次の留学先へ向かおうとしていた。


「これも持って帰っていいですか?」


 コールが自分で作った鉄のインゴットを抱えている。


 サンダースが頷いた。


「あなたが作ったものです。構いません」


「ありがとうございます!」


 鉛。


 銅。


 錫。


 真鍮。


 作ったインゴットを次々とアイテムボックスへ収納する。


 リヴィアが尋ねる。


「何に使うの?」


「分からない」


「じゃあ、どうして持って帰るの?」


「僕が作ったから」


 レックスとイヴァンが笑った。


 サンダースも僅かに笑う。


「次は第5アルデバラン王国ですね」


「はい!」


「第5は教育専門国です。しっかり学んできてください」


「はい!」


 四人は頭を下げた。


「ありがとうございました」


     ◇


 王宮へ届いた報告を、オーキスとバイオレットが読んでいた。


「コールは全部持って帰ったのか」


「自分で作ったものですもの」


「何に使うかも決めてないらしいぞ」


「嬉しかったのでしょう」


「まあ、分からんでもない」


 オーキスが少し笑った。


 バイオレットがその顔を見る。


「陛下」


「何だ?」


「今、嬉しかったでしょう?」


「息子が楽しそうなら嬉しいだろう」


「鑑定してみては?」


「……する必要があるのか?」


「気になりますもの」


 オーキスは自分を鑑定した。


《アルデバラン国民 Lv2》


「上がってないぞ」


「嬉しいだけでは駄目でしたわね」


「分かっている!」


 バイオレットが笑った。


 オーキスは表示を消す。


 結局。


 嬉しいだけでもない。


 命令に従うだけでもない。


 国のためなら何でもいい、というほど単純でもない。


《アルデバラン国民》


 少しずつ分かってきた。


 それでもまだ。


 意味がわからなかった。





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