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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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214/311

214 嬉しい

 子供たちによる清掃活動は、アルデバラン王国の日常になりつつあった。


 王都だけではない。


 イプシオ領。


 アリシア領。


 新興貴族領。


 亜人街。


 町も村も街道も綺麗になっている。


 その姿を見ていた者たちがいた。


 各国から保護された元娼婦たちだった。


 彼女たちも教導を受けている。


 解体。


 調理。


 魔力循環。


 必要なスキルはすでに発現していた。


「私たちも店をやってみない?」


 一人の女性が言った。


「店?」


「料理を作るの」


「何を出すの?」


「故郷で食べていたもの」


 マルセルが作るような高級料理ではない。


 美しく盛り付けられた料理でもない。


 子供の頃、家で食べていた料理。


 町の食堂で食べた料理。


 母親や祖母が作っていた料理。


 肉と野菜の煮込み。


 豆のスープ。


 魚と根菜を煮たもの。


 薄いパンで肉を包んだもの。


 祖国によって料理は違う。


「それなら作れる」


「私も」


「やってみましょう」


     ◇


 小さな飲食店が各地で開業し始めた。


 食材も自分たちで用意する。


「肉が少なくなったわ」


「森へ行きましょう」


 数人で飛ぶ。


 索敵で魔物を探す。


 見つければ討伐する。


 解体。


 必要な肉や内臓をアイテムボックスへ収納する。


 余った素材は冒険者ギルドへ持っていく。


 野菜や穀物は商業ギルドから買えばいい。


 自分たちで獲れるものは自分たちで獲る。


 無理なら買う。


 それだけだった。


 料理を作る。


 客が来る。


 食べてもらう。


 代金を受け取る。


 客足は少しずつ伸びていった。


「懐かしい味だ」


 同じ国から保護された客が呟くこともあった。


「昔よく食べた」


「私もよ」


「もう食べられないと思ってた」


「ここなら作れるわ」


 女性は笑った。


     ◇


 ある日。


 食材を獲りに行った帰りだった。


「あら?」


 街道の先で、子供たちが飛んでいる。


「まだ掃除してるのね」


 数十人ほどだった。


 索敵で汚れを見つける。


 飛んでいく。


「ピュリフィケーションバレット!」


 汚れが消える。


「こっち終わった!」


「次は向こう!」


 女性たちは足を止めた。


「お腹空いてないかしら?」


「空いてるでしょうね」


「店に連れていきましょうか」


「そうね」


 難しい理由はなかった。


     ◇


「あなたたち」


「何?」


「ご飯食べていかない?」


 子供たちが顔を見合わせた。


「いいの?」


「いいわよ」


「お金ないよ?」


「いらないわ」


「でも……」


「ずっと掃除してくれたでしょう。そのお礼」


 店へ連れていった。


 大鍋から煮込み料理を器によそう。


「熱いから気を付けて」


「ありがとう!」


 子供たちが食べる。


「美味しい!」


「お肉いっぱい入ってる!」


「これ何の料理?」


「私の故郷の料理よ」


「美味しいよ!」


 女性は一瞬、言葉を失った。


「……そう」


「ありがとう!」


 もう一人の子供も笑う。


「ごちそうさま!」


 胸の奥が温かくなった。


 久しく感じていなかった感情だった。


 金を受け取った時とは違う。


 誰かに必要とされた時とも違う。


 自分が作った料理を食べて、子供が笑った。


 感謝された。


「……嬉しい」


 女性が小さく呟いた。


     ◇


 何気なく自分を鑑定する。


 見慣れた表示があった。


《アルデバラン国民》


「……あれ?」


「どうしたの?」


「これ、前と違わない?」


 仲間たちも鑑定した。


《アルデバラン国民》


 確かに変化している。


「成長してる?」


「これ、成長するの?」


「分からない」


 教導された覚えはない。


 何か特別な訓練をしたわけでもない。


 ただ料理を作った。


 子供たちに振る舞った。


 喜んでもらえた。


 自分も嬉しかった。


 それだけだった。


     ◇


 その頃、大陸では王国騎士団の活動が続いていた。


 保護人数は十二億人に達している。


 国家清算に伴って発生した盗賊、人攫い、犯罪組織。


 処理した犯罪者は数百万人。


 それでも新たに発見される数は減り始めていた。


「終わりが見えてきたな」


 アイクが報告を確認する。


「はい」


 アッシュも頷いた。


「索敵は継続します」


「頼む」


     ◇


 一方。


 リヴィア、レックス、イヴァン、コールは第4アルデバラン王国にいた。


 国王サンダースが四人を連れてきたのはダンジョンだった。


「今日は精錬を学んでもらいます」


 今回も客人扱いはない。


「まず鑑定してください」


 四人がダンジョン内部を鑑定する。


「鉄があります」


 レックスが言った。


「鉛も」


「銅」


「錫もあるよ」


 コールが嬉しそうに答える。


「では鉄から抽出してください」


「はい!」


 魔力を操作する。


 必要な金属だけを抽出する。


 分離。


 精錬。


 やがて鉄のインゴットが出来上がった。


「できた!」


 コールが目を輝かせる。


「次は鉛です」


「はい!」


 鉛。


 銅。


 錫。


 さらに亜鉛を抽出する。


 サンダースが銅と亜鉛を示した。


「次は、この二つを使います」


 コールが首を傾げる。


「混ぜるのですか?」


「そうです。真鍮を作りましょう」


「やります!」


 銅と亜鉛を合わせる。


 配合を調整する。


 精錬。


 真鍮のインゴットが出来上がった。


 コールは自分で作ったインゴットを両手で持った。


「できました!」


「では鑑定してください」


「はい!」


 嬉しそうな声がダンジョンに響いた。


 遠く離れた本国では、一人の女性が子供たちの笑顔を見ていた。


 第4王国では、コールが自分で作ったインゴットを見ていた。


 どちらも、嬉しそうに笑っていた。




 元娼婦たちが始めた飲食店は、一軒だけではなかった。


 誰かが店を始めた。


 それを見た別の女性が考えた。


「私にもできるかしら?」


「できるんじゃない?」


「料理は?」


「教導で覚えたでしょう?」


「そうだけど」


「なら、やってみればいいじゃない」


 それだけで、新しい店が増えた。


 扱う料理も違う。


 出身国が違えば、食べていたものも違う。


 使う香辛料。


 肉の焼き方。


 魚の調理法。


 野菜の切り方。


 煮込み方。


 パンの作り方。


 似たような材料を使っていても、出来上がる料理は違った。


 それが面白かった。


     ◇


 客も増えていく。


「これ、どこの料理?」


「ヴェロン王国よ」


「こっちは?」


「ローゼンブルク王国の家庭料理」


「食べたことないな」


「食べてみる?」


「頼む」


 亡命者だけが食べるわけではなかった。


 元からアルデバラン王国で暮らしていた者も来る。


 冒険者。


 商人。


 職人。


 農夫。


 亜人たちも来る。


「美味いな」


「でしょう?」


「もう一皿」


「はい」


 料理を作る。


 売れる。


 代金を受け取る。


 また食材を買う。


 足りなければ森へ行く。


 自分たちで狩る。


 解体する。


 料理する。


 店を開く。


 少しずつ生活が回り始めた。


     ◇


 そして、子供たちへの食事も続いていた。


「いたわよ」


「何人?」


「二十人くらい」


「呼んできて」


 清掃中の子供を見かければ声をかける。


「ご飯食べていかない?」


「いいの?」


「いいわよ」


「ありがとう!」


 別の店でも同じことが起きた。


「お姉ちゃん、美味しい!」


「そう?」


「うん!」


「また食べに来ていい?」


「今度はお客として来なさい」


「分かった!」


 女性が笑った。


 自分でも、そのことに少し驚いた。


 笑っている。


 自然に。


     ◇


 元娼婦だった。


 望んでそうなった者ばかりではない。


 貧困。


 借金。


 身売り。


 奴隷。


 犯罪者に売られた者もいる。


 生きるために選べるものが、それしかなかった者もいた。


 客に笑顔を見せることはあった。


 だが、それは仕事だった。


 求められたから笑った。


 今は違う。


「ありがとう!」


 子供が笑う。


「美味しかった!」


「そう。良かった」


 それだけで、自分も笑えた。


 何かを返してほしいとは思わなかった。


 もう一度、自分を鑑定する。


《アルデバラン国民》


 やはり成長している。


「ねえ」


「何?」


「あなたのも?」


「うん」


「私も」


 子供たちへ食事を振る舞った女性たちだけではなかった。


 店を始めた者。


 料理を教えた者。


 狩りへ同行した者。


 食材を融通した者。


 それぞれに変化が見つかり始めていた。


「何をしたら成長するの?」


「分からない」


「教導?」


「誰にも教導されてないわよ」


「じゃあ何?」


「知らない」


 分からない。


 それでも困ることはなかった。


「まあ、いいんじゃない?」


「そうね」


 料理が焦げそうだった。


「鍋!」


「あっ!」


 二人は慌てて厨房へ戻った。


     ◇


 その情報は、やがて教導管理システムにも登録された。


 クレインが見つけた。


「……成長?」


 詳細を読む。


《アルデバラン国民》


 複数の人間で成長が確認されている。


 条件は不明。


 クレインは少し考えてから、オーキスへ報告した。


「陛下」


「今度は何だ?」


「《アルデバラン国民》が成長しております」


 オーキスが黙った。


「誰のだ?」


「元娼婦たちです」


「なぜ?」


「分かりません」


「何をした?」


「飲食店を開業しました」


「それで成長するのか?」


「分かりません」


「他には?」


「清掃活動をしていた子供たちへ食事を振る舞っています」


「それか?」


「断定できません」


 オーキスは腕を組んだ。


「そもそも、何のスキルなんだ?」


「それも分かりません」


「分からんことばかりだな」


「はい」


 バイオレットが横で笑っている。


「本人たちが喜んでいるなら、よろしいのではありませんか?」


「害は?」


「今のところ確認されておりません」


 クレインが答える。


「なら放っておけ」


「よろしいので?」


「店を始めて、料理を作って、子供に飯を食わせたらスキルが成長したんだろう?」


「結果だけ見れば」


「止める理由がない」


「御意」


     ◇


 第4アルデバラン王国。


 コールはまだインゴットを作っていた。


「次は何ですか?」


 サンダースが尋ねる。


「疲れていませんか?」


「大丈夫です!」


「なら、次は配合を変えてみましょう」


「はい!」


 リヴィアが笑った。


「コール、すごく楽しそう」


「だって面白いんだもん」


 レックスが出来上がった真鍮のインゴットを鑑定する。


「配合で性質が変わってる」


「本当だ」


 イヴァンも覗き込む。


 サンダースが尋ねた。


「では、なぜ変わったと思います?」


 四人が考える。


 答えは教えない。


 自分たちで作ったものを見る。


 鑑定する。


 比較する。


「銅と亜鉛の割合?」


 リヴィアが答えた。


「確かめてみましょう」


 再び精錬が始まった。


     ◇


 近衛たちは少し離れて見ていた。


「コール殿下、あんな顔をされるのだな」


 一人が小さく呟く。


「静かに」


「分かってる」


 誰も手を出さない。


 コールは何度も失敗した。


 配合を間違える。


 形が崩れる。


 鑑定する。


 原因を考える。


 もう一度やる。


 そして成功する。


「できた!」


 そのたびに笑った。


 誰かに褒められるためではない。


 自分で分かった。


 自分でできた。


 それが嬉しかった。


     ◇


 本国でも同じだった。


 自分で店を始めた。


 自分で料理を作った。


 誰かが食べた。


「美味しい」


「ありがとう」


 その言葉を聞いて、嬉しいと思った。


 かつて生きるために笑っていた女性たちが、今は嬉しいから笑っている。


 理由は誰にも教えられていない。


 《アルデバラン国民》がなぜ成長したのかも分からない。


 それでも女性たちは翌日も店を開いた。


 子供たちもやって来た。


「お姉ちゃん!」


「あら、今日も掃除?」


「うん!」


「じゃあ終わったら食べにいらっしゃい」


「ありがとう!」


 女性は笑った。


 その笑顔は、もう仕事ではなかった。




 第4アルデバラン王国。


 コールは出来上がった真鍮のインゴットを何度も鑑定していた。


「さっきより硬い」


 隣にいたレックスも鑑定する。


「本当だ」


「配合を変えたから?」


「たぶん」


 サンダースは答えを教えなかった。


「では、先ほど作ったものと比較してください」


「はい!」


 コールは二つのインゴットを並べた。


 鑑定。


 比較する。


 銅と亜鉛の割合。


 硬さ。


 加工のしやすさ。


 僅かだが違いがある。


「違う!」


「何が違います?」


「こっちの方が硬いです」


「なぜでしょう?」


「銅と亜鉛の量が違うから?」


「では、もう一つ作って確かめましょう」


「はい!」


 コールは嬉しそうに精錬を始めた。


     ◇


 抽出する。


 分離する。


 配合する。


 精錬する。


 失敗した。


「あれ?」


 出来上がったものを鑑定する。


「違う……」


「何が違いました?」


「配合は合ってると思います」


「なら、他に違うところは?」


 コールは考えた。


 リヴィアも手を出さない。


 レックスもイヴァンも黙っている。


 自分で考える。


「魔力?」


 コールが呟いた。


「続けて」


「さっきより一気に魔力を流しました」


「では?」


「同じようにやってみます!」


 もう一度。


 今度は魔力の流し方まで意識する。


 精錬。


 完成。


 鑑定。


「できた!」


 コールの声がダンジョンに響いた。


「同じになった!」


 満面の笑みだった。


 サンダースが頷く。


「よく気付きました」


「はい!」


 コールは嬉しそうに自分の作ったインゴットを抱えた。


     ◇


「コール」


 リヴィアが呼ぶ。


「何?」


「鑑定してみたら?」


「これ?」


「違う。自分」


「僕?」


 コールが首を傾げながら自分を鑑定する。


 そして固まった。


「……あれ?」


「どうした?」


 レックスが覗き込む。


 コールは表示されたものを指した。


《アルデバラン国民 Lv3》


「レベル……三?」


 リヴィアたちも驚いた。


「前から?」


「知らない」


「昨日は?」


「見てないよ」


 コール自身にも分からなかった。


「サンダース陛下」


「何でしょう?」


「《アルデバラン国民》がレベル三になってます」


 サンダースが少し目を見開いた。


「本当ですか?」


「はい」


「私も鑑定してみましょう」


 サンダースが自分を鑑定する。


「私は変わっていませんね」


「どうして僕だけ?」


「分かりません」


 サンダースは即答した。


「何か教導されたのですか?」


「このスキルは何も」


「なら私にも分かりません」


 コールはもう一度表示を見る。


《アルデバラン国民 Lv3》


「……何で?」


     ◇


 近衛たちも自分を鑑定し始めた。


「私は変化なし」


「こちらもです」


「私も」


 リヴィア、レックス、イヴァンも確認する。


「私は変わってない」


「僕も」


「同じだ」


 コールだけだった。


 四人は顔を見合わせた。


「今日、何か特別なことした?」


 レックスが尋ねる。


「鉄を作った」


「俺たちも作った」


「鉛」


「それも同じ」


「銅と錫」


「同じ」


「真鍮」


「全員やった」


 分からない。


 コールは腕を組んだ。


「僕だけ失敗した?」


「俺も失敗したぞ」


 イヴァンが答える。


「じゃあ何だろう」


 リヴィアが少し考える。


「コール、一番楽しそうだった」


「楽しかったよ」


「それ?」


「楽しいと上がるの?」


「知らない」


 また分からなくなった。


     ◇


 情報はすぐ教導管理システムへ登録された。


 第4アルデバラン王国。


 コール王子。


《アルデバラン国民 Lv3》


 クレインはその情報を見て、しばらく動かなかった。


「……またか」


 元娼婦たちの《アルデバラン国民》が成長したという報告を確認したばかりだった。


 今度は王子。


 しかもレベル三。


 クレインは関連する記録を開いた。


 元娼婦たちは飲食店を始めた。


 自分たちの故郷の料理を作った。


 清掃する子供たちへ振る舞った。


 感謝された。


 嬉しいと感じた。


 コールは第4王国で精錬を学んだ。


 失敗した。


 考えた。


 やり直した。


 成功した。


 嬉しそうに笑った。


「……嬉しい?」


 クレインが呟いた。


 だが、それだけで結論は出さない。


 情報が少なすぎる。


     ◇


「陛下」


「今度は何だ?」


 オーキスはクレインの顔を見るなり尋ねた。


「コール殿下の《アルデバラン国民》が成長しました」


「コールの?」


「はい」


「いくつだ?」


「レベル三です」


「三?」


 オーキスが自分を鑑定する。


《アルデバラン国民》


「余にはレベル表示すらないぞ」


「私もです」


「何をしたんだ、あいつは?」


「第4王国で精錬を学んでおります」


「それで上がるのか?」


「分かりません」


「またそれか」


 バイオレットが笑った。


「コールは楽しんでいるのでしょう?」


「報告を見る限りでは」


「なら良いではありませんか」


 オーキスが妻を見る。


「お前は気にならんのか?」


「気になりますわ」


「なら調べろと言わんのか?」


「本人が楽しそうなのですもの」


 バイオレットは微笑んだ。


「帰ってきた時に聞けばよろしいでしょう?」


「……まあ、そうだな」


     ◇


 同じ頃。


 本国の飲食店でも、女性たちが笑っていた。


「ごちそうさま!」


「美味しかった!」


「はいはい。またいらっしゃい」


 子供たちが店を出ていく。


 女性はその背中を見送った。


 自分を鑑定する。


《アルデバラン国民》


 昨日より、また僅かに成長していた。


「……また上がってる」


 理由は分からない。


 第4王国でもコールが自分の表示を見ていた。


《アルデバラン国民 Lv3》


 こちらも理由は分からない。


 料理を作った女性。


 インゴットを作った王子。


 やったことはまるで違う。


 共通していたことがあるとすれば。


 自分でやってみた。


 できた。


 そして。


「嬉しい」


 そう思ったことくらいだった。




 翌朝。


 元娼婦たちが始めた飲食店には、早くから客が入っていた。


「いらっしゃい」


「昨日の煮込み、ある?」


「あるわよ」


「それを頼む」


「はい」


 厨房では大きな鍋から湯気が上がっている。


 肉。


 野菜。


 豆。


 香辛料。


 特別に高価なものは使っていない。


 故郷で食べていた、ありふれた料理だった。


 それでも客は来る。


「美味い」


「ありがとう」


「また来るよ」


「待ってるわ」


 女性は自然に笑った。


 以前なら、笑うことにも理由が必要だった。


 今は違う。


 美味しいと言われた。


 また来ると言われた。


 それが嬉しい。


     ◇


「お姉ちゃん!」


 店の外から声がした。


 清掃をしていた子供たちだった。


「今日も来たの?」


「うん!」


「掃除は?」


「終わった!」


「なら手を洗って座りなさい」


「はーい!」


 子供たちが店へ入ってくる。


 昨日とは違う料理を出した。


「今日は何?」


「魚と野菜のスープ」


「魚?」


「私の故郷ではよく食べていたの」


 一口。


「美味しい!」


「こっちも!」


「ありがとう!」


 また感謝された。


 女性は笑う。


「いっぱい食べなさい」


「うん!」


 その時、一人の女性が思い出した。


「そういえば」


「何?」


「昨日のスキル」


「ああ」


 自分を鑑定する。


 表示された結果を見て、動きが止まった。


《アルデバラン国民 Lv3》


「……三?」


 隣の女性も鑑定する。


《アルデバラン国民 Lv3》


「私も」


「え?」


 別の女性。


《アルデバラン国民 Lv3》


「同じよ」


 店にいた元娼婦たちが次々と自分を鑑定する。


「私も三」


「こっちも」


「私もよ」


 レベル三。


 昨日、成長していることには気付いた。


 だが、はっきりレベルまで確認した者はいなかった。


 誰かが教導したわけではない。


 訓練もしていない。


 それなのに《アルデバラン国民》はレベル三まで成長していた。


     ◇


「何で?」


「知らないわよ」


「料理?」


「料理なら調理スキルが上がるでしょう?」


「狩り?」


「それなら戦闘系じゃない?」


「店を始めたから?」


「分からない」


 女性たちは考えた。


 だが、答えは出ない。


 子供が器を持ったまま尋ねる。


「何してるの?」


「分からないことがあるのよ」


「ふーん」


「あなたは?」


「何が?」


「《アルデバラン国民》」


 子供が自分を鑑定する。


「あるよ」


「レベルは?」


「分かんない」


「そう」


 それ以上は聞かなかった。


「スープ冷めるわよ」


「あっ!」


 子供が慌てて食事へ戻る。


 女性たちも顔を見合わせた。


「まあ、いいか」


「そうね」


 店の方が大事だった。


     ◇


 教導管理システムには、すぐに情報が登録された。


《アルデバラン国民 Lv3》


 元娼婦。


 複数名。


 さらに別の店。


 レベル三。


 別の地域でも確認。


 レベル三。


 クレインは集まってくる情報を見ていた。


「コール殿下だけではない……」


 エミリーとエミリアも呼ばれた。


 二人は記録を並べる。


「共通点を探します」


 コール。


 元娼婦たち。


 身分は違う。


 年齢も違う。


 職業も違う。


 場所も違う。


 やったことも違う。


 精錬。


 料理。


 狩り。


 商売。


 子供たちへの食事。


 共通する技能は見つからない。


 エミリアが言った。


「行動そのものではなさそうですね」


「私もそう思います」


 エミリーが記録を確認する。


「コール殿下は、精錬が成功した時に非常に喜んでいます」


「元娼婦たちは?」


「料理を食べた子供たちから感謝されています」


「その時の記録は?」


「嬉しい、と」


 二人が黙った。


     ◇


 再び王宮で話し合いが行われた。


「つまり何だ?」


 オーキスが尋ねる。


 エミリーが答える。


「まだ断定できません」


「それは分かっている」


「ただ、共通するものがあります」


「何だ?」


「嬉しいという感情です」


 オーキスが眉を寄せた。


「嬉しい?」


「はい」


 エミリアが補足する。


「コール殿下は自分で試し、失敗し、成功しました。その時に強い喜びを感じています」


「元娼婦たちは?」


「自分たちで店を始め、自分たちの料理を作った。それを食べた人に喜ばれています。特に清掃していた子供たちから感謝された時、嬉しいという感情が確認されています」


 クレインが腕を組む。


「だから《アルデバラン国民》がレベル三になった?」


「可能性の一つです」


「嬉しければ上がるスキルなのか?」


「そこまでは分かりません」


 オーキスは自分を鑑定した。


《アルデバラン国民》


 相変わらずレベル表示はない。


「余も嬉しいことくらいあるぞ」


 バイオレットが笑った。


「本当ですか?」


「あるわ!」


「例えば?」


「……孫が生まれた時とか」


「では、それだけではないのでしょうね」


「だから分からんと言っている」


     ◇


 エミリーは、もう一度記録を見る。


「単純な感情だけではないと思います」


「というと?」


「コール殿下は、自分で選んで学んでいます」


「そうだな」


「元娼婦たちも、自分で店を始めました」


 命令されていない。


 強制されていない。


 自分で決めた。


 自分で動いた。


 結果が出た。


 そして嬉しいと思った。


「これが条件か?」


 クレインが尋ねる。


「まだ分かりません」


 エミリーは首を振った。


「例が少なすぎます」


「なら調べるか?」


 オーキスの問いに、クレインは少し考えた。


「観察だけでよろしいでしょう」


「実験は?」


「人の感情を実験する必要はないかと」


「余もそう思う」


 それで決まった。


     ◇


 第4アルデバラン王国。


 コールは今日も精錬していた。


「できた!」


《アルデバラン国民 Lv3》


 本国。


 元娼婦たちは料理を作っていた。


「お姉ちゃん、美味しい!」


「ありがとう」


《アルデバラン国民 Lv3》


 王子。


 元娼婦。


 片方はインゴットを作った。


 片方は料理を作った。


 何一つ同じではない。


 それでも、自分で選んだことを自分でやった。


 できたことが嬉しかった。


 誰かが喜んでくれたことが嬉しかった。


 理由はまだ誰にも分からない。


 ただ、《アルデバラン国民》は確かに成長していた。





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