213 孤児たちの清掃
アルデバラン王国で、また誰にも命じられていないことが始まった。
最初に誰が始めたのかは分からない。
ヴェロン王国出身の孤児たち。
ローゼンブルク王国からアースバーン王国までの各国から保護された孤児たち約五千万人。
そしてアデレード王国から保護された孤児と子ども奴隷たち。
合わせれば一億人近い。
彼らは本国各地で生活していた。
王都だけではない。
イプシオ領。
アリシア領。
四十七人の新興貴族たちが治める各領地。
町にも村にも子どもたちはいた。
保護された当初とは、もう姿も生活も違っている。
食事がある。
寝る場所がある。
清潔な服がある。
学ぶ場所がある。
魔力循環も続けている。
六属性に加えて金属、聖、時空間、重力、付与。
十一属性。
飛行。
索敵。
鑑定。
教導。
アイテムボックス。
各種超能力。
そして浄化魔法。
ある日、一人の子供が大聖堂の壁を見上げた。
「汚れてる」
隣にいた子供も見上げる。
「本当だ」
「掃除しよう」
「うん」
それだけだった。
「ピュリフィケーションバレット」
浄化の弾丸が壁へ飛ぶ。
汚れが消えた。
「綺麗になった」
「あっちも」
「上の方も汚れてるよ」
「飛べばいいじゃん」
子供たちが浮かび上がった。
◇
大聖堂を飛び回りながら、汚れを探す。
索敵。
発見。
ピュリフィケーションバレット。
壁。
屋根。
窓。
柱。
石畳。
次々と綺麗になっていく。
それを見ていた別の子供たちも加わった。
「何してるの?」
「掃除」
「私もやる」
「じゃあ、向こうお願い」
数人だった子供たちは数十人になった。
数百人になった。
誰も指揮していない。
誰も仕事を割り振っていない。
「ここ終わったよ」
「じゃあ次」
「向こうがまだ汚れてる」
見つけた者が動く。
終われば別の場所を探す。
それだけだった。
◇
同じようなことは、本国各地でも起きていた。
イプシオ領。
「この道、汚いね」
「綺麗にしよう」
アリシア領。
「倉庫の裏にゴミがあるよ」
「分かった」
新興貴族領の町や村でも、子供たちが動き始める。
索敵する。
汚れを見つける。
飛ぶ。
浄化する。
最初から王国全体を清掃しようと考えた者などいなかった。
自分が暮らしている場所を綺麗にしただけだった。
『こっち終わったよ』
『街道は?』
『まだ』
『じゃあ行こう』
念話で情報が伝わる。
別の集団と清掃範囲が重なることもあった。
「あれ?」
「どうしたの?」
「ここ、もう綺麗」
「誰か掃除したんじゃない?」
「じゃあ別の場所に行こう」
そうして清掃範囲は少しずつ広がっていった。
町から村へ。
村から街道へ。
街道から農地の周辺へ。
やがて、それぞれの清掃範囲がつながり始めた。
誰も命令していない。
気付いたから掃除した。
ただ、それだけだった。
◇
王宮にも報告が届いた。
「陛下」
「今度は何だ?」
オーキスがクレインを見る。
「子供たちが清掃を始めました」
「清掃?」
「はい」
「どこを?」
「王国全体です」
オーキスが黙った。
「誰が命じた?」
「誰も」
「何人だ?」
「正確な参加人数は分かりません。ですが、対象となる子供たちは一億人近くおります」
「……一億人で掃除?」
バイオレットが笑顔で言った。
「綺麗になりますね」
「なるだろうな」
止める理由はない。
むしろ衛生環境は良くなる。
オーキスは考えるのをやめた。
「好きにさせろ」
「御意」
◇
その間にも、大陸各地では王国騎士団の活動が続いていた。
広域索敵。
鑑定。
念話。
国家清算によって統治を失った地域から、犯罪者が次々と見つかる。
盗賊。
人攫い。
犯罪組織。
発見。
鑑定。
処理。
同時に保護を求める者も増えていった。
犯罪者を処理する。
被害者を保護する。
騎士団は淡々と任務を続けていた。
◇
一方、第2アルデバラン王国。
リヴィア、レックス、イヴァン、コールは、国王アイルとともに広大な農地に立っていた。
アイルは四人を王子、王女として客扱いしなかった。
「まず、この畑を鑑定してください」
四人が素直に鑑定する。
「何が分かりますか?」
レックスが答える。
「土の水分量」
イヴァンが続けた。
「場所によって違います」
「では、どうすればいいと思います?」
答えは教えない。
考えさせる。
リヴィアが畑を見渡した。
「必要な場所に必要な量だけ水を与える?」
「試してみましょう」
四人が動く。
見る。
鑑定する。
考える。
試す。
アイルは必要な時だけ助言した。
二十人の近衛も、少し離れた場所から静かに見ている。
手は出さない。
口も出さない。
四人は失敗すれば考え直し、分からなければ尋ねた。
そして、教わったことをすぐ試した。
すくすくと学んでいく。
大陸では国が消え始めている。
本国では子供たちが、自分たちの暮らす土地を綺麗にしている。
第2王国では、次の世代が土を見て学んでいた。
誰かが命じたからではない。
それぞれが、自分の目の前にあるものを見て動いていた。
子供たちによる清掃は、それからも続いた。
誰も作業時間を決めていない。
誰も担当区域を決めていない。
疲れたら休む。
腹が減れば食事をする。
授業があれば学びに行く。
終われば、また汚れている場所を探す。
そんな程度だった。
「ここ終わった」
「次は?」
「索敵してみる」
子供が目を閉じる。
「向こうの川沿い」
「遠い?」
「飛べばすぐ」
「じゃあ行こう」
数十人の子供たちが浮かび上がった。
その姿を見た大人たちも、最初は驚いていた。
「何をしてるんだ?」
「掃除」
「誰に頼まれた?」
「誰にも」
「じゃあ、なんで?」
子供は不思議そうな顔をした。
「汚れてたから」
「……そうか」
それ以上、聞くことがなかった。
◇
イプシオ領でも清掃は進んでいた。
大通り。
裏路地。
市場。
倉庫。
公共施設。
子供たちは索敵で汚れを探し、ピュリフィケーションバレットを飛ばしていく。
領民たちは、その様子を眺めていた。
「随分綺麗になったな」
「子供たちがやってるらしい」
「うちの前もやってくれたよ」
「なら俺たちも何かするか」
商人が店先の商品を整理する。
職人が工房の前に置いていた資材を片付ける。
住民が家の周囲を確認する。
子供たちが命令したわけではない。
掃除を手伝ってくれと頼んでもいない。
ただ、綺麗になった場所を見た大人たちが、自分たちも動いただけだった。
◇
アリシア領でも同じだった。
「ここ、もう終わってる」
「じゃあ村の外を見よう」
「農地は?」
「作物には撃たない方がいいよ」
「じゃあ道だけ」
「うん」
子供たちは自分たちで考えていた。
何でも浄化すればいいわけではない。
分からないものには撃たない。
必要なら大人に聞く。
「この倉庫、掃除していい?」
「待ってくれ。中に発酵中のものがある」
「発酵?」
「必要なものまで浄化されたら困るんだ」
「分かった。じゃあ外だけにする」
覚えた魔法を使う。
だが、考えずに使うわけではない。
それも教導で学んできたことだった。
◇
王宮ではクレインが教導管理システムに集まる報告を確認していた。
「面白いですな」
「何がだ?」
オーキスが尋ねる。
「清掃が広がるにつれて、別の動きも増えております」
「別の動き?」
「大人たちです」
クレインが記録を表示した。
道路脇の資材整理。
市場の配置変更。
排水設備の点検。
壊れた建物の修繕。
放置されていた空き地の整備。
「子供たちに言われたのか?」
「いいえ」
「誰かが指示した?」
「しておりません」
「またか」
オーキスは椅子にもたれた。
「子供たちが掃除を始めた。それを見た大人たちが、自分たちの周囲を整備し始めたようです」
「好きにやらせろ」
「そのつもりです」
バイオレットが微笑んだ。
「綺麗になるだけではありませんね」
「何がだ?」
「自分たちが暮らす場所を見るようになったのでしょう」
オーキスは少し考えた。
「なら、なおさら放っておけばいい」
◇
その頃、第2アルデバラン王国では、四人の留学が続いていた。
リヴィアたちは畑だけを見ていたわけではない。
収穫。
選別。
保存。
運搬。
販売。
アイルは一つずつ見せていった。
「作れば終わりではありません」
大量の農作物を前に、アイルが言った。
「食べる人のところへ届かなければ、これは食料ではありません」
コールが首を傾げた。
「でもアイテムボックスがあります」
「ありますね」
「腐らないですよね?」
「腐りません」
「じゃあ保存は簡単?」
「そうです。だから次を考えます」
「次?」
「どこで必要とされているかです」
アイルが教導管理システムを開いた。
各国の生産量。
在庫。
需要。
輸送予定。
必要な情報が表示される。
「第7王国では魚が多い。第6王国では肉や乳製品が多い。第2王国では農作物が多い」
レックスが画面を見る。
「交換する?」
「それも一つです」
「売ってもいい?」
「もちろん」
「本国にも?」
「必要なら」
リヴィアが尋ねる。
「本国が命令して決めるのではないのですか?」
「なぜです?」
逆にアイルが聞いた。
リヴィアが止まった。
「……国だから?」
「ここも国ですよ」
「あ」
アイルは笑わなかった。
「必要なものを見て、自分たちで決めます。困ったら相談します。本国だから特別に命令を受けるわけではありません」
「でも、本国には忠誠を?」
「あります」
イヴァンが不思議そうに尋ねる。
「命令を受けないのに?」
「忠誠と、自分で考えないことは別でしょう?」
四人が黙った。
◇
少し離れた場所で近衛たちも聞いていた。
誰も口を挟まない。
それが今回の留学だった。
答えを持ち帰らせるためではない。
見る。
聞く。
考える。
そして自分なりに理解する。
アイルが四人を見る。
「さて、今日出荷する農作物があります」
「はい」
「どこへ送るか、皆さんで考えてみてください」
教導管理システムが開かれる。
四人が顔を寄せた。
「ここ、少ないよ」
「でも輸送予定が入ってる」
「じゃあ別のところ?」
「こっちは?」
話し合いが始まった。
アイルは答えを言わない。
近衛も助けない。
四人で考える。
その姿をアイルは静かに見ていた。
◇
一方、大陸では騎士団から新たな報告が入り続けていた。
犯罪者の処理。
人攫いからの救出。
孤児の保護。
国家清算地域からの移住希望。
数は増え続けている。
そして本国では、子供たちの清掃範囲がさらに広がっていた。
「ここも終わった!」
「次は?」
「索敵する!」
誰も全体を指揮していない。
それでも王国は少しずつ綺麗になっていく。
子供たちが気付く。
子供たちが動く。
それを見た大人が気付く。
そしてまた、誰かが動き始めていた。
子供たちの清掃活動は、さらに広がっていた。
イプシオ領。
アリシア領。
四十七人の新興貴族領。
町。
村。
街道。
そして亜人街。
亜人街でも、始まりは同じだった。
「ここ汚れてるよ」
「掃除しよう」
獣人の子供が索敵を使う。
別の子供が飛び上がる。
「屋根の上もある」
「分かった」
「ピュリフィケーションバレット」
浄化の弾丸が飛ぶ。
建物の壁。
石畳。
路地。
共同施設。
排水路。
次々と汚れが消えていった。
亜人街の住民たちも最初は眺めていた。
「何か催しでも始まったのか?」
「違うらしい」
「誰が命じた?」
「誰も」
「では、なぜ掃除してる?」
「汚れてるからだと」
「……そうか」
理由を聞けば、それ以上言うことはなかった。
やがて住民たちも動き始める。
「そこの荷物、片付けるぞ」
「排水路も確認しよう」
「壊れてるところがある」
「直しておくか」
子供たちは掃除を頼んでいない。
それでも、綺麗になっていく街を見れば、自分たちの暮らす場所にも目が向いた。
◇
清掃活動は王都にも広がった。
大聖堂だけではない。
市場。
広場。
商業区。
職人街。
街道。
公共施設。
飛行する子供たちが索敵を使い、汚れを見つけては浄化していく。
商業ギルドの職員たちも、その姿を毎日のように見ることになった。
「今日もやってるな」
「随分綺麗になった」
「市場から苦情は?」
「ありません。むしろ喜ばれています」
「そうか」
ギルド職員が窓の外を見る。
子供たちは報酬を求めていない。
依頼を受けたわけでもない。
冒険者ギルドの依頼票も存在しない。
勝手に始めて、勝手に掃除している。
「何か礼をした方がいいんじゃないか?」
「金を渡す?」
「一億人近くいるんだぞ」
「無理だな」
「それに、金が欲しくてやってるわけでもないだろう」
「なら感謝状は?」
そこで話が止まった。
「それならいいな」
「検討しよう」
◇
その動きを見逃すクレインではなかった。
商業ギルドで感謝状の検討が始まったという情報が教導管理システムへ登録される。
クレインはすぐに確認した。
「なるほど」
そのままオーキスのところへ向かう。
「陛下」
「今度は何だ?」
「子供たちの清掃活動についてです」
「まだやってるのか?」
「王都と亜人街にも広がっております」
「王国全部を掃除すると言ってたんだから、そうなるだろうな」
「そこで一つ上申がございます」
「何だ?」
「表彰しましょう」
オーキスがクレインを見る。
「一億人を?」
「代表者です」
「誰を代表にする?」
「イプシオ領とアリシア領で、それぞれ代表者を選んでもらえばよろしいかと」
オーキスは少し考えた。
誰か一人が始めた活動ではない。
指揮官もいない。
功績を一人に集めるのは違う。
だが、何もしないのも違う。
「分かった。やれ」
「御意」
「ただし、代表者個人の功績にはするなよ」
「もちろんです」
「清掃した子供たち全体への表彰だ」
「承知しております」
◇
商業ギルドも遠慮しなかった。
王国が表彰すると決まったから、自分たちは引く。
そんなことはしない。
「王国は王国だ」
「商業ギルドは商業ギルドだな」
「市場や商業区を綺麗にしてもらったのは事実だ」
「なら感謝状を出そう」
こちらもイプシオ領とアリシア領から代表者を選ぶことになった。
王国から表彰。
商業ギルドから感謝状。
報告を聞いたバイオレットは笑っていた。
「いいではありませんか」
「そうか?」
オーキスが尋ねる。
「ええ。誰にも言われず始めたことを、誰かがきちんと見ていたのでしょう?」
「クレインがな」
「商業ギルドもですわ」
「そうだったな」
バイオレットの笑顔が深くなる。
「なら、良いことです」
◇
一方、大陸各地では、まったく別の動きが続いていた。
国家清算。
統治機能の消失。
犯罪組織。
盗賊。
人攫い。
王国騎士団百十万人は、広域索敵を続けながら対処していた。
『犯罪者集団を確認』
『鑑定』
『犯罪者です』
『処理』
別の場所では保護が行われる。
『保護希望者、約十二万人』
『受け入れ登録を』
『完了しました』
『移送開始』
さらに別の地域。
『孤児を確認』
『人数は?』
『約三万人』
『保護しろ』
『了解』
教導管理システムに表示される保護人数は、増え続けていた。
数億人を超えた時点でも止まらない。
国家清算を始めた国は五十以上。
そこに暮らしていた者だけではない。
周辺地域からも保護を求める者が出ている。
アイクが最新の集計を見る。
「……十億に届くな」
アッシュも確認した。
「もう時間の問題です」
保護人数は、十億人に届こうとしていた。
◇
その頃、本国では。
「終わった!」
「次どこ?」
「索敵するね」
子供たちは相変わらず掃除をしていた。
自分たちが表彰されることなど、まだ知らない。
感謝状の話も知らない。
誰かに褒めてもらうために始めたわけでもない。
汚れている場所を見つけた。
綺麗にできる力がある。
だから綺麗にした。
それだけだった。
そして、その行動に気付いた者たちがいた。
商業ギルドが気付いた。
クレインが気付いた。
オーキスが認めた。
次は、子供たちが自分たちの行動を誰かが見ていたことに気付く番だった。
いつの間にか、アルデバラン王国はピカピカになっていた。
王都。
イプシオ領。
アリシア領。
四十七人の新興貴族領。
亜人街。
町。
村。
街道。
橋。
市場。
公共施設。
大聖堂。
子供たちは索敵で汚れを見つけ、飛行し、ピュリフィケーションバレットで浄化していった。
誰かが清掃計画を立てたわけではない。
王国が予算を組んだわけでもない。
清掃責任者すら存在しない。
それでも一億人近い子供たちが、それぞれ自分の周囲から始めた。
清掃済みの場所に着けば、別の場所へ行く。
念話で情報も交換する。
その繰り返しだった。
「……本当に全部やったのか?」
オーキスが報告を見ながら呟いた。
「ほぼ完了しております」
クレインが答える。
「一億人というのは凄いな」
「一人が少しずつでも、一億人ですからな」
バイオレットが笑う。
「綺麗になって良かったではありませんか」
「それはそうなんだが」
窓から見える王都も綺麗だった。
建物の壁まで汚れが落ちている。
石畳もピカピカだった。
オーキスはしばらく眺めてから言った。
「維持できるのか?」
「恐らく」
「なぜ?」
「子供たちが汚れを見つけたら、また掃除するでしょう」
「……そうだったな」
◇
その一方。
国家清算を決めた国々では、まったく違う光景が広がっていた。
行政が止まった。
公共施設を管理する者がいない。
街道を整備する者も減った。
市場では放置された荷物が増えている。
建物には汚れが目立ち始めた。
路地にはゴミが残る。
排水路が詰まった町もあった。
清掃する者がいないのではない。
そこまで手が回らない。
国がなくなる。
仕事がなくなる。
明日の生活をどうするか。
どこへ行けばいいのか。
何を食べるのか。
住民にとっては、そちらの方が重要だった。
騎士団が広域索敵で確認する景色にも、その違いがはっきり現れていた。
「……汚れてきたな」
アギトが呟く。
アッシュが答える。
「仕方がない」
誰かが悪いわけではない。
国家を維持していた仕組みそのものが止まり始めている。
だから汚れる。
アルデバラン王国では、誰にも命令されていない子供たちが掃除している。
こちらでは、命令する組織そのものが消えようとしていた。
◇
騎士団の仕事は続いている。
盗賊。
人攫い。
犯罪組織。
見つければ鑑定する。
犯罪者なら処理。
保護を求める者がいれば意思を確認する。
保護する。
人数は増え続けていた。
だが、アイクたちは国家清算そのものには手を出さなかった。
国を残すか。
消すか。
それを決めるのは、その国に暮らしている者たちだった。
◇
その頃。
四人の王子と王女は、二つ目の留学先へ移っていた。
第3アルデバラン王国。
国王マークスが治める紡織の国だった。
リヴィア、レックス、イヴァン、コールは、到着早々工房へ連れて行かれた。
王宮ではない。
歓迎の宴もない。
マークスは四人を客人扱いしなかった。
「これが綿花です」
大量の白い綿が積まれている。
「触ってください」
四人が手を伸ばした。
コールが綿を摘まむ。
「柔らかい」
「では、これを服にしてください」
「え?」
マークスは次の場所へ歩き始めた。
「分からないなら学びましょう」
近衛たちは何も言わずについていく。
◇
次に見せられたのは、魔物から採取された糸だった。
糸を吐く魔物。
種類によって太さも強度も違う。
「これも布になります」
レックスが糸を引っ張る。
「強い」
「綿とは違うでしょう?」
「はい」
「なら、同じ使い方をする必要はありません」
さらに別の素材が運ばれてきた。
毒を持つ魔物から採取された繊維だった。
リヴィアが少し警戒する。
「毒は?」
「あります」
「危なくないのですか?」
「そのまま使えば危険です」
「では、どうするのです?」
マークスは答えなかった。
「鑑定してください」
四人が鑑定する。
毒性。
素材の性質。
繊維の強度。
魔力への反応。
情報が表示される。
イヴァンが気付いた。
「浄化?」
「試してみてください」
ピュリフィケーション。
再び鑑定する。
「あ」
「毒が消えた」
マークスが頷いた。
「これなら使えます」
◇
そこからが教導だった。
綿花をほぐす。
糸を紡ぐ。
魔物素材を処理する。
糸の太さを揃える。
織る。
布にする。
四人も実際に手を動かした。
「切れた」
コールの糸が途中で切れた。
「もう一度です」
マークスは代わりにやらない。
レックスの糸は太さが揃わない。
「難しい」
「なぜ太くなったと思います?」
「力を入れすぎた?」
「試してください」
リヴィアは魔物の糸と綿糸を見比べていた。
「混ぜたらどうなります?」
「やってみれば分かります」
「いいのですか?」
「そのために来たのでしょう?」
「はい」
四人が再び動き始めた。
◇
少し離れた場所では、二十人の近衛が静かに見守っている。
助けない。
王族だからと職人を退かせることもしない。
失敗しても手を出さない。
マークスも同じだった。
王子でも王女でも関係ない。
学びに来た者。
それだけだった。
四人の手には、少しずつ綿や繊維が付いていった。
それでも楽しそうだった。
「できた!」
コールが短い糸を掲げる。
マークスが見る。
「では、次はもう少し長くしてください」
「はい!」
◇
アルデバラン王国は、ピカピカになっていた。
清算を始めた国々では、汚れが目立ち始めていた。
そして第3アルデバラン王国では、王子と王女が糸を紡いでいる。
綺麗にしろと命令されたから掃除するのではない。
国を維持しろと命令されたから働くのでもない。
学べと命令されたから形だけ覚えるのでもない。
自分で見る。
自分で触る。
分からなければ考える。
必要なら教わる。
できなければ、もう一度やる。
それぞれの場所で、それぞれの人間が動いていた。




