204 予測
アルデバラン王国の人口は六億六千万人になった。
数字だけを見れば、数年前とは比較にならない。
オーキスは王宮の会議室にクレイン、アイク、アッシュ、ロックウェルを集めていた。
最初に確認すべきことは決まっている。
「クレイン。衣食住は足りているのか?」
「問題ありません」
「今だけではないぞ。維持できるのか?」
「できます」
クレインは資料を開いた。
「住居については各地で建設が続いています。衣類も紡織工場の増設で対応可能です。食料については、これまで長く一千パーセント以上の充足率を維持していました」
「六億六千万人になった今は?」
「三百パーセント以上を維持できます」
オーキスが頷く。
「十分だな」
「はい。農地はまだ拡張できますし、農業に魔法を使える者も増え続けています。食料生産そのものより、流通と保管を拡張する必要があります」
「仕事は?」
「あります」
クレインは即答した。
「農業、建設、紡織、食品加工、物流、商業、医療、衛生、教育。人口が増えたことで必要な仕事も増えています。ただし、一つ問題があります」
「教導か」
「はい」
四億人を保護した。
生活の基盤を渡すだけなら難しくない。
だが、それでは自立したことにはならない。
魔力操作。
魔力循環。
生活魔法。
浄化。
治癒。
索敵。
飛行。
それらを身につけ、自分で生活を組み立てられるようになる必要がある。
「教導の進捗次第ですが、騎士団から五十万人ほど教導持ちを出していただければ問題ないかと」
オーキスはアイクを見る。
「アイク。出せ」
「御意」
迷いはなかった。
「各地へ分散させます。すでに教導を受けた者も教師として使えば、五十万人が教え続ける必要はありません」
「そうしろ。育った者から次を教えさせろ」
「はい」
教える者が増えれば、騎士たちは離れられる。
いつまでも国が面倒を見る必要はない。
オーキスは次の指示を出した。
「四十七人の新興貴族たちにも協力を仰げ」
アイクが頷く。
「アレクサンド侯爵たちですね」
「あいつらが一番経験を積んでいるからな」
何万人、何十万人という規模の教導。
復興。
物流。
冒険者の育成。
現地で問題を見つけ、その場で対応する。
アレクサンドたちは、それを何度も経験している。
隣で話を聞いていたバイオレットが微笑んだ。
「もう小娘ではなくなりましたね」
オーキスも笑う。
「とっくにな」
侯爵になったからではない。
実績があるから任せる。
それだけだった。
「ミストバルカス公国にも情報を共有しろ」
「はい」
「向こうにも無関係な話ではない。必要な情報は渡しておけ。その上で現場はアレクサンドに任せる」
「承知しました」
オーキスは大陸地図へ目を向けた。
ここまでで大きな変化が起きた国は五十を超えている。
「五十カ国も消えたのだ」
指で地図をなぞる。
「……いや、五十三カ国か?」
クレインが資料を確認した。
「五十三カ国です」
「そうか」
オーキスは地図を見たまま考える。
五十三。
それだけの国家が短期間で大陸から姿を消した。
ならば、何も起きていないと考える方がおかしい。
「アイク」
「はい」
「残りの騎士団六十万を使え」
アイクが姿勢を正す。
「大陸全域を広域索敵しろ」
「全域ですか?」
「ああ。国境で区切る必要はない。都市、村、街道、山岳、森林、荒野。確認できる範囲は全てだ」
「御意」
「何かを見つけても、すぐに手を出すな」
アイクがオーキスを見る。
「まず見る。情報を集める。システムに残せ」
「承知しました」
アッシュが地図を見ながら尋ねた。
「陛下。何か起きると?」
「分からん」
オーキスは素直に答えた。
「だが、五十三カ国が消えた」
ロックウェルが頷く。
「大陸の均衡が変わりますな」
「そういうことだ」
人が動いた。
国が消えた。
物流が変わった。
軍事力の配置も変わった。
それだけの変化があれば、次に何かが動く。
何が動くのかまでは分からない。
だが、変化そのものは予測できる。
オーキスは大陸地図を眺めた。
以前なら、国境と国名を見るための地図だった。
今は違う。
人がどこにいる。
何が不足している。
どこに空白が生まれた。
何がそこへ流れ込む可能性がある。
見るべきものが変わっていた。
「まず確認だ」
オーキスが言った。
「予測するのは、その後でいい」
六十万人の騎士たちが、大陸を見るために動き始めた。
六十万人の騎士団を大陸全域へ出す準備が進む中、オーキスは別の二人を会議室へ呼んでいた。
筆頭情報官エミリー。
そしてエミリア。
二人の前には、これまで集められた各国の情報が並んでいる。
オーキスが尋ねた。
「エミリー、エミリア。分析して何か分かったか?」
「はい」
エミリーが立ち上がった。
「今回調査した二十の王国ですが、これまで確認されていた奴隷売買、人身売買、犯罪組織による広域取引に深く関与していました」
アイクが眉を寄せる。
「二十カ国全てか?」
「程度の差はありますが、全てです」
エミリアが資料を広げた。
「単独で成立していたわけではありません。ある国で集められた奴隷が別の国へ送られ、そこで商人を介してさらに別の国へ売られる。犯罪組織も国境を越えて繋がっていました」
「だから四億人にもなったのか」
アッシュの言葉にエミリーが頷く。
「はい。一国ごとに見ていたのでは分かりにくかったのですが、二十カ国分の情報を重ねると流れが見えました」
人が売られる。
金が動く。
その金を受け取った者が、さらに別の犯罪へ手を出す。
役人が見逃す。
貴族が利益を得る。
商人が運ぶ。
犯罪組織が人を集める。
一つの国だけで完結していなかった。
クレインが尋ねる。
「今回処理された者たちの情報も照合したのか?」
「はい」
「結果は?」
「かなり重なっています」
エミリーが答えた。
「一人を処理したことで、一つの犯罪だけが消えたわけではありません。複数国を跨いでいた繋がりそのものが切れています」
オーキスは黙って資料を見る。
「なら、あの二十カ国はどうなる?」
エミリアが答えた。
「清算を始めると思われます」
「理由は?」
「人口が減りすぎました」
即答だった。
「税収、農業、鉱業、商業、軍、行政。どれも従来の規模では維持できません。残った者が無理に国家を維持しようとすれば、一人あたりの負担を増やすしかありません」
クレインが頷く。
「さらに人が出ていくな」
「はい」
「残った王や貴族が、それに気付けば?」
「清算する方が合理的です」
オーキスは少し考えた。
「気付かなければ?」
「維持できなくなってから清算することになります」
エミリアの答えに、ロックウェルが小さく笑った。
「結論は変わらんか」
「おそらく」
オーキスは椅子の背にもたれた。
「戦争は?」
今度はエミリーとエミリアが一度顔を見合わせた。
エミリーが答える。
「大規模な国家間戦争は、起きないと考えています」
「根拠は?」
エミリアが大陸地図を指した。
「覇権を取れる国がありません」
アイクが地図を見る。
「五十三カ国が消えたからか?」
「それだけではありません」
エミリーが続ける。
「周辺国も弱っています。人口、食料、財政、軍事力のいずれかに問題を抱えています。仮に空白地へ軍を出しても、占領した土地を維持できません」
「兵站も必要だな」
アッシュが言った。
「はい。さらに、そこに以前いた民の多くはもういません。土地を取っても税収が得られるとは限りません」
ロックウェルが腕を組む。
「取る価値が薄いのか」
「現時点ではそう判断しています」
オーキスが尋ねる。
「複数国が手を組む可能性は?」
「あります。ただし、それでも覇権には届かないでしょう」
「なぜだ?」
「互いに余裕がありません」
エミリアが答えた。
「同盟を組んでも、軍を長期間国外へ出せる国が少なすぎます。それに今は、他国を攻めるより自国の人口流出を警戒する方が先でしょう」
クレインが小さく頷いた。
「民が比較を始めているからな」
「はい」
国境の向こうに別の生活がある。
それを知った民を、以前と同じ方法で統治できるとは限らない。
オーキスは地図を見つめた。
「戦争より、国内の変化の方が大きいか」
「そう予測しています」
エミリーが答えた。
「ただし、別の動きには注意が必要です」
「別の動き?」
「はい」
エミリーは大陸地図のさらに外側へ視線を向けた。
「五十三カ国が消えた影響を受けるのは、人間の国だけとは限りません」
オーキスの目が細くなる。
「なるほど」
まだ何かを見つけたわけではない。
だから決めつける必要もない。
六十万人の騎士がこれから大陸を広域索敵する。
情報は残る。
変化があれば比較できる。
オーキスはアイクを見る。
「予定通りだ。まず大陸を見ろ」
「御意」
「何もなければ、それでいい」
オーキスは地図から目を離した。
「だが、何かが動けば分かる」
予測は命令ではない。
未来を決めるものでもない。
次に何を見るべきかを決めるために使えばいい。
六十万人の騎士団が集める情報を待つことになった。
大陸には、しばらく大きな動きがなかった。
六十万人の騎士が広域索敵を続けているが、大規模な軍の移動は確認されていない。
エミリーとエミリアの予測通り、空白地へ軍を送り込もうとする国もなかった。
そんな中、一つだけ違う動きがあった。
アデレード王国から、貴族使節団がアルデバラン王国へやってきた。
馬車数台。
使節は二十人。
正装した貴族や従者たちが王都の門へ到着した。
「アデレード王国より参りました。国王陛下への謁見をお願いしたい」
代表の男が書状を差し出す。
門兵は受け取りながら、いつもの仕事をした。
鑑定。
表情は変えなかった。
もう一人。
鑑定。
さらに一人。
結果を確認した門兵は、念話を繋いだ。
『王都正門。アデレード王国の使節団二十名が到着』
『問題か?』
『全員、犯罪歴あり』
短い沈黙。
『全員か?』
『二十名全員』
『確認した。騎士を向かわせる』
門兵は何事もなかったように使節団へ向き直った。
「確認しますので、しばらくお待ちください」
「分かった」
代表の男は余裕のある表情で頷いた。
ほどなく十人の騎士が到着した。
使節団の代表が笑顔を向ける。
「出迎えですかな?」
「違います」
騎士が答えた。
「二十名全員を拘束します」
「……は?」
次の瞬間には終わっていた。
武器を抜く暇もない。
魔法を使う暇もない。
二十人全員が捕縛された。
「何をする! 我々は正式な使節だぞ!」
「それは後で確認します」
「外交問題になるぞ!」
「そうですか」
騎士たちは気にしなかった。
身分より鑑定結果が優先される。
二十人は騎士団施設へ運ばれ、一人ずつ改めて鑑定された。
結果は変わらない。
詐欺。
窃盗。
人身売買。
殺人。
恐喝。
犯罪歴の内容には違いがあるが、潔白な者は一人もいなかった。
そして尋問が始まった。
「目的は?」
「国交を結ぶためだ」
「それだけですか?」
「当然だ」
騎士は鑑定結果を確認する。
「では、女性を何人連れてきたのです?」
男の表情が僅かに動いた。
「交流のためだ」
「誰と?」
「それは……」
別室でも尋問が続いていた。
二十人の証言を一つずつ集める。
本人たちは互いに口裏を合わせたつもりだった。
だが、別々に聞けば細部が食い違う。
さらに鑑定結果がある。
数時間後。
騎士団は計画の概要を把握した。
責任者がアイクへ報告する。
「スパイを国内へ潜り込ませることが目的だったようです」
「使節団をそのまま残すつもりだったのか?」
「違います」
「では?」
「結婚です」
アイクが眉を上げた。
「結婚?」
「はい。同行した女性をアルデバラン王国の男性と結婚させ、国内に住まわせる計画です」
アッシュが呆れた顔をする。
「それでスパイを?」
「そのようです」
「ずいぶん回りくどいな」
ロックウェルが尋ねる。
「誰と結婚させるつもりだった?」
「新興貴族、騎士、裕福な冒険者などを狙っていたようです。特に情報へ近づける者を優先する計画でした」
結婚してしまえば、外国人の使節ではない。
妻として家に入る。
生活の中から情報を集める。
人脈を作る。
長期間潜伏する。
表向きは婚姻。
実態は諜報活動だった。
アイクはしばらく考えた。
「それで、結婚詐欺か」
「はい。相手へ好意があるように見せかけ、婚姻後に情報収集を行う予定だったようです」
アッシュが首を傾げた。
「よりによって、この国で?」
誰も答えなかった。
アイクは別のことを考えていた。
「女性は何人だ?」
「六人です」
「尋問は?」
「続けています。ただ、婚姻を使った潜入については、もう少し詳しく確認した方がよいかと」
ロックウェルが苦笑した。
「適任がいるな」
アイクも同じ人物を思い浮かべた。
「呼ぶか」
しばらくして、騎士団施設へ一人の女性がやってきた。
イメルダ夫人だった。
「急に呼び出して、何の用ですの?」
アイクが事情を説明する。
外国の女スパイ。
結婚を利用した潜入。
狙いは新興貴族や騎士、冒険者。
話を聞き終えたイメルダ夫人の眉がゆっくりと上がった。
「結婚詐欺?」
「はい」
「結婚する気もないのに?」
「いえ、結婚自体はする予定だったようです」
「では、夫を騙して情報を盗むために結婚する?」
「そうなります」
イメルダ夫人は黙った。
アイクが尋ねる。
「夫人?」
「その娘たちはどこですの?」
「別室です」
「話を聞きますわ」
声は穏やかだった。
アイクはなぜか、捕まった女スパイたちが少し気の毒になった。
扉が開く。
イメルダ夫人は、六人の女スパイが待つ部屋へ入っていった。
イメルダ夫人の尋問は、六人の女スパイに対して行われた。
最初の一人が尋問室へ入れられる。
イメルダ夫人は向かい側に座った女を見ると、すぐに鑑定した。
鑑定レベル十。
名前。
経歴。
犯罪歴。
過去に関わった人間。
今回の使節団との関係。
確認できる情報を一通り見てから、イメルダ夫人は微笑んだ。
「お名前は?」
「セシリアです」
「そう。セシリアさん」
最初の答えは正しかった。
「アデレード王国では何をなさっていたの?」
「貴族家に仕えていました」
「どちらの?」
セシリアが家名を答える。
「いつから?」
「五年ほど前です」
「五年?」
「はい」
イメルダ夫人は首を傾げた。
「四年前ではなくて?」
セシリアの表情が僅かに動いた。
「……五年です」
「そうですの」
イメルダ夫人は追及しなかった。
次の質問へ移る。
「三年前、別のお名前を使っていましたわね?」
「何のことでしょう」
「覚えていない?」
「人違いです」
「まあ」
イメルダ夫人は微笑んだままだった。
「では、その時に婚約した男性のお名前も人違い?」
セシリアが黙った。
「その男性から金貨を受け取ったことも?」
「知りません」
「その翌年、別の男性に近づいたことも?」
「知りません」
「お金を受け取って姿を消したことも?」
「知りません」
「そう」
イメルダ夫人が頷く。
「では、もう一度最初から確認しましょうか」
「……」
「お名前は?」
セシリアが顔を上げた。
「セシリアです」
「アデレード王国では?」
「貴族家に……」
「いつから?」
「……五年前です」
「違いますわね」
声は穏やかだった。
怒鳴らない。
机も叩かない。
ただ、終わらない。
嘘を一つ吐くたび、その前後を確認される。
話を逸らせば戻される。
曖昧に答えれば、さらに細かく聞かれる。
「今回、なぜアルデバラン王国へ?」
「使節団の随員です」
「それは知っていますわ。何をするために?」
「交流です」
「誰と?」
「こちらの貴族の方々と」
「何のために?」
「友好関係を……」
「結婚するためではなくて?」
セシリアの口が止まった。
「結婚する予定でしたわね?」
「良い方がいれば、その可能性も」
「誰でもよかった?」
「そんなことは……」
「新興貴族」
セシリアの目が動く。
「騎士」
「……」
「裕福な冒険者」
「……」
「王宮と繋がりのある男性」
「違います」
「何が?」
「私はそんな――」
「では、どんな男性を探すように言われたの?」
セシリアが黙った。
イメルダ夫人は待った。
沈黙が続く。
「言われていないのなら、そう答えればよろしいのよ」
「……言われていません」
「嘘ですわね」
即答だった。
セシリアがイメルダ夫人を見る。
「どうして……」
「何が?」
「どうして、そこまで……」
「質問しているのは私ですわ」
イメルダ夫人は微笑んだ。
「誰と結婚するよう指示されたの?」
「……」
「最初からやり直します?」
セシリアの肩が落ちた。
「……新興貴族か、騎士です」
「冒険者は?」
「裕福で……情報を持っている者なら」
「そう。続けて」
そこから崩れるのは早かった。
結婚後は夫の交友関係を調べる。
騎士団と繋がる人物を探す。
新興貴族同士の関係を調べる。
魔法や教導について情報を集める。
可能なら王宮関係者へ近づく。
情報は定期的にアデレード王国へ送る。
「誰に?」
名前が出た。
「連絡方法は?」
答えた。
「他に協力者は?」
また名前が出る。
「あなたたち六人だけ?」
セシリアが首を横に振った。
「まだ……います」
「何人?」
「分かりません。私が知っているのは十二人です」
「どこに?」
「アデレード王国に待機しています」
「同じ方法?」
「結婚だけではありません」
セシリアはもう隠さなかった。
商人。
使用人。
冒険者。
様々な立場でアルデバラン王国へ入り込む計画がある。
イメルダ夫人は最後まで聞いた。
「最初からそうお話しになれば早かったでしょう?」
セシリアは疲れ切った顔で俯いた。
「……はい」
「では次の方をお願いします」
騎士が二人目を連れてくる。
同じことが繰り返された。
イメルダ夫人は自分で鑑定する。
答えを知っている部分から質問する。
嘘を吐けば戻る。
矛盾すれば確認する。
誤魔化せば、別の事実を出す。
怒鳴らない。
脅さない。
ただ、逃がさない。
三人目。
四人目。
五人目。
六人目。
証言を互いに照合するまでもなく、六人とも最後には落ちた。
そして鑑定だけでは分からなかった情報まで、自分の口で話した。
指示を出した者。
協力者。
潜入予定者。
連絡方法。
狙っていた情報。
今後の計画。
尋問を終えたイメルダ夫人が会議室へ戻る。
アイクが尋ねた。
「どうでした?」
「全部話しましたわ」
「全部?」
「ええ。まだアデレード王国に潜入予定者がいます。結婚だけではありません。商人、使用人、冒険者として入る者も用意していますわ」
アッシュが呆れた。
「そこまでして情報が欲しいのか」
「欲しいのでしょうね」
イメルダ夫人は椅子へ座った。
ロックウェルが六人分の供述を見る。
「それにしても、よく全部吐いたな」
イメルダ夫人が不思議そうな顔をする。
「聞いただけですわよ?」
三人は何も言わなかった。
別室では、六人の女スパイがぐったりと椅子にもたれていた。
戦争は起きなかった。
だが、エミリーとエミリアの予測通り、国が動かなくても人は動く。
そしてアルデバラン王国は、その小さな動きも見逃さなかった。
六人の女スパイへの尋問が終わった。
イメルダ夫人は騎士団の会議室で、端末に保存された尋問記録を確認していた。
指示を出した者。
協力者。
潜入予定者。
連絡方法。
狙っていた情報。
第二陣以降の計画。
六人は最後には全て話した。
イメルダ夫人は一つずつ内容を確認する。
「これでよろしいでしょう」
端末を閉じようとした、その時だった。
「……あら?」
何かが変わった。
イメルダ夫人は自分の感覚を確かめるように、先ほどセシリアが使っていた椅子へ触れた。
途端に、頭の中へ見知らぬ光景が流れ込んできた。
馬車。
街道。
アデレード王国の街並み。
屋敷。
その一室に集まる男女。
イメルダ夫人は椅子から手を離した。
「なるほど……」
アイクが気付く。
「どうしました?」
「少しお待ちくださいな」
もう一度触れる。
今度は意識して使った。
先ほどより鮮明に情報が入ってくる。
物に残された過去の痕跡。
「サイコメトリーですわね」
「覚醒したのですか?」
「そのようですわ」
イメルダ夫人自身も驚いていた。
だが、それだけでは終わらなかった。
今度は椅子から手を離したまま、先ほど感じた過去へ意識を向ける。
光景が見えた。
アデレード王国の屋敷。
六人の女たち。
その前で説明する男。
アルデバラン王国の新興貴族や騎士について話している。
別の男が地図を広げた。
「……ポストコグニション」
過去の光景そのものが見えている。
イメルダ夫人は集中を続けた。
尋問で聞いた話と一致する。
だが、それだけではなかった。
セシリアが知らなかった人物も、その場にいる。
部屋の奥。
指示を出している男から少し離れた場所で、黙って話を聞いている人物。
「この方は聞いていませんわね」
「誰です?」
「分かりません」
アイクたちには見えない。
イメルダ夫人だけが見ている。
「見せられればよろしいのですけれど……」
そう思った瞬間、さらに別の感覚が生まれた。
頭の中にある光景を、そのまま外へ取り出せる。
イメルダ夫人は端末を開いた。
「ソートグラフィー」
過去の光景が映像として端末へ直接保存された。
アイクが目を見開く。
「今見ていたものですか?」
「ええ」
映像を再生する。
屋敷。
地図。
女たち。
指示を出す男。
そして、その後ろにいる人物。
停止。
巻き戻す。
もう一度再生する。
「これは便利ですわね」
イメルダ夫人の感想はそれだけだった。
アッシュが端末を覗き込む。
「便利で済ませるのか……」
ロックウェルは映像を指した。
「この男は六人の供述に出ていたか?」
「出ていませんわ」
「なら確認する必要があるな」
「ええ」
映像はそのままシステムへ登録された。
イメルダ夫人だけが持つ情報ではない。
必要な権限を持つ者なら同じ映像を確認できる。
そしてイメルダ夫人は、再び六人のところへ向かった。
「もう一度お話を聞かせてくださいな」
セシリアの顔が引きつった。
「まだ……何か?」
「少し確認したいだけですわ」
端末に映像を呼び出す。
セシリアの顔色が変わった。
「この方は?」
「どうして、それを……」
「ご存じ?」
「……はい」
「では、この方は?」
奥にいた人物を拡大する。
「知りません」
イメルダ夫人は鑑定した。
嘘ではない。
「本当にご存じないのね」
「はい……」
「では、こちらは?」
映像を進める。
もう逃げ道はなかった。
鑑定で本人の情報を確認する。
サイコメトリーで物に残った痕跡を読む。
ポストコグニションで過去を見る。
ソートグラフィーで見たものを映像として保存する。
そして本人の証言と照合する。
知っていること。
知らないこと。
嘘。
勘違い。
隠していること。
それらを一つずつ分けられるようになった。
追加の尋問が終わる頃には、最初の尋問では見えなかった工作計画の裏側まで明らかになっていた。
イメルダ夫人が会議室へ戻る。
「終わりましたわ」
アイクが尋ねた。
「今度こそ?」
「ええ。今のところは」
アッシュが苦笑する。
「鑑定レベル十だけでも相当だったんですがね」
「情報は確認できる方がよろしいでしょう?」
イメルダ夫人は当然のように答えた。
鑑定レベル十。
ソートグラフィー。
サイコメトリー。
ポストコグニション。
四つの能力が互いを補い始めていた。
鑑定だけに頼らない。
過去を見ただけで決めつけない。
物から得た情報だけを信じない。
証言とも照合する。
尋問をきっかけに三つの能力を覚醒させたことで、イメルダ夫人の鑑定スキルには、さらに磨きがかかっていた。
本人はただ、気になったことを確かめただけだった。
だが王国にはこの日、誰よりも嘘と過去を見逃さない尋問官が誕生していた。




