20 初実戦
翌朝。
王都郊外の魔の森。
七百人の王国騎士団が整列していた。
全員が魔力循環を続けている。
身体の内側を巡る魔力は絶え間なく周囲の魔力を取り込み続け、誰一人として魔力切れを心配する必要はなかった。
アークは騎士たちを見渡す。
「今日はいよいよ実戦です。」
「昨日まで教えたことを、そのまま実践してください。」
騎士たちは一斉に頷いた。
「五人一組で一班。」
「合計百四十班で行動します。」
騎士団長の合図とともに、素早く隊列が組み替えられる。
五人全員が、それぞれの役割を理解していた。
一人がウォーターウィップ。
二人がウォーターバインド。
一人がウォーターマスク。
最後の一人が周囲を警戒し、必要に応じて援護する。
アークは頷いた。
「一人で戦う必要はありません。」
「五人で一体を制圧してください。」
「敵の力を発揮させない。」
「それが今日の目的です。」
副団長が前へ出る。
「本日の討伐目標を伝える。」
周囲へ地図が広げられた。
「ホーンラビット二十体。」
「オーク五十体。」
「フォレストボア百体。」
「キラービー三百体。」
「アーミーアント五百体。」
「ハイオーク五百体。」
「アイアンリザード五百体。」
「アーマードリザード五百体。」
「そしてレッサードラゴン三百体。」
若い騎士たちは互いの顔を見合わせた。
数だけ見れば、これまでなら討伐隊を編成しても苦戦する相手ばかりである。
しかし、不安そうな表情はなかった。
昨日まで徹底して練習した戦闘術に、自信を持ち始めていたからである。
アークは静かに口を開く。
「確認します。」
「どう戦いますか。」
百四十班が一斉に答えた。
「捕縛!」
「拘束!」
「窒息!」
その声が森へ響き渡る。
「その通りです。」
アークは満足そうに頷いた。
「斬り合いません。」
「力比べもしません。」
「まずウォーターウィップで動きを乱す。」
「ウォーターバインドで拘束する。」
「最後にウォーターマスクで呼吸を封じる。」
「それだけです。」
騎士団長が笑みを浮かべる。
「昨日まで何百回も反復した。」
「身体が覚えています。」
「はい。」
アークも微笑んだ。
「焦らず、一体ずつ確実に制圧してください。」
「討伐した魔物は解体しません。」
「各班へ貸与したマジックバッグへ収納してください。」
騎士たちは腰に下げたマジックバッグへ手を添える。
大型の魔物でも収納できる特製の収納魔道具である。
「帰還後、全員で解体を行います。」
「その時、新しい技術を教えます。」
「了解!」
七百人の声が重なった。
騎士団長が剣を掲げる。
「各班、出発!」
百四十班は一斉に森へ駆け出した。
魔力循環を維持したまま。
新たな戦闘術を身につけた王国騎士団、初めての実戦が始まった。
ホーンラビット、オーク、フォレストボアを危なげなく制圧した騎士団は、そのまま魔の森の奥へ進軍した。
全員が魔力循環を維持している。
魔力は絶え間なく身体を巡り続け、疲労の蓄積すら大きく抑えられていた。
「前方より飛行型魔物!」
索敵役が叫ぶ。
「キラービーです!」
木々の上空から黒い影が押し寄せてきた。
三百体。
羽音が森全体を震わせる。
「各班、迎撃!」
百四十班のうち六十班が前へ出る。
キラービーは高速で飛行しながら毒針を放つ。
だが、騎士たちは慌てなかった。
「ウォーターウィップ!」
無数の水の鞭が空中へ伸びる。
高速で飛び回るキラービーの羽へ絡み付き、飛行能力を奪っていく。
次々と地面へ落下する。
「ウォーターバインド!」
落下したキラービーを水の拘束が包み込む。
羽も脚も完全に固定され、抵抗できない。
「ウォーターマスク!」
最後に頭部へ水球を被せる。
数十秒後には三百体すべてが動かなくなっていた。
「負傷者!」
「ゼロです!」
騎士団長は静かに頷く。
「収納!」
討伐した魔物は次々とマジックバッグへ収納されていく。
重量を気にする必要はない。
だからこそ、討伐の流れを止めることなく次の戦場へ向かえる。
さらに森の奥へ進む。
「アーミーアントです!」
今度は地面が揺れた。
五百体もの巨大な蟻が一斉に姿を現す。
統率の取れた隊列。
一斉突撃。
普通の騎士団なら包囲されるだけで壊滅しかねない数だった。
「隊列を維持!」
騎士団長が命じる。
「ウォーターウィップ!」
七百本近い水の鞭が一斉に放たれる。
前列のアーミーアントが次々と転倒する。
後続も巻き込み、巨大な群れは混乱した。
「今です!」
「ウォーターバインド!」
無数の拘束魔法が飛ぶ。
前列から順番に拘束され、身動きが取れなくなる。
「ウォーターマスク!」
透明な水球が頭部を覆っていく。
暴れていたアーミーアントも、一体、また一体と静かになった。
十分ほどで戦闘は終わる。
五百体。
すべて制圧。
騎士団の被害は、やはりゼロだった。
若い騎士が驚きを隠せない。
「こんなに簡単に……。」
隣の騎士も頷く。
「今までの戦いは何だったんだ。」
アークは静かに二人へ歩み寄る。
「簡単なのではありません。」
「敵へ何もさせない戦い方を選んでいるのです。」
騎士たちは真剣な表情で耳を傾ける。
「戦いとは、相手より強い力で押し勝つことではありません。」
「相手の長所を奪い、自分たちが有利な状況を作ることです。」
騎士団長も深く頷いた。
「だから被害が出ないのか。」
「その通りです。」
アークは微笑む。
「この調子で進みましょう。」
「この先には、さらに強力な魔物が待っています。」
騎士団は討伐した魔物をすべてマジックバッグへ収納すると、隊列を崩すことなく、ハイオークやリザード種が生息する森の深部へ向かって歩みを進めた。
王国騎士団はさらに魔の森の深部へ進んだ。
魔力循環は誰一人として止めていない。
長時間の戦闘を続けているにもかかわらず、疲労の色を見せる者はいなかった。
「前方に反応!」
索敵役の騎士が声を上げる。
「ハイオーク五百体!」
木々を押し倒しながら巨大な魔物の群れが姿を現した。
通常のオークより一回り大きな体躯。
筋肉の塊のような身体。
巨大な斧や棍棒を手にし、一斉に突撃を開始する。
「各班、展開!」
百班が左右へ広がり、四十班が中央を支援する。
アークは静かに頷いた。
「昨日教えた通りです。」
「力比べは不要です。」
「ウォーターウィップ!」
七百人の騎士から無数の水の鞭が放たれる。
足。
腕。
首。
武器を持つ手。
狙いはそれぞれ違う。
しかし目的は同じだった。
敵の動きを止めること。
突撃していたハイオークの隊列は瞬く間に乱れた。
「ウォーターバインド!」
今度は拘束魔法が一斉に発動する。
倒れたハイオークへ幾重もの水が巻き付き、巨体を完全に固定した。
暴れる。
叫ぶ。
筋力で引きちぎろうとする。
しかし、水の拘束は解けない。
魔力循環によって絶え間なく魔力が供給され続けているため、拘束はさらに強固になっていく。
「ウォーターマスク!」
透明な水球が一体ずつ頭部を覆った。
暴れていた巨体が、一体、また一体と静かになる。
十分も経たないうちに、五百体すべてが動きを止めていた。
「全滅確認!」
「負傷者!」
「ゼロ!」
騎士たちから歓声が上がる。
騎士団長は思わず笑みを浮かべた。
「昨日までなら、この数を相手に正面から斬り合っていた。」
「間違いなく被害が出ていたな。」
アークは静かに答える。
「戦い方を変えれば、結果も変わります。」
騎士たちは五百体のハイオークを次々とマジックバッグへ収納していく。
収納が終わる頃、索敵役が再び叫んだ。
「リザード種です!」
森の奥から硬い鱗を持つ魔物が現れる。
アイアンリザード五百体。
さらに、その後方には全身を鎧のような鱗で覆ったアーマードリザード五百体が続いていた。
「硬そうだ……。」
若い騎士が思わず呟く。
アークは首を横に振る。
「硬さは問題ではありません。」
「斬る必要がないからです。」
その言葉に騎士たちは笑みを浮かべた。
「そうだった。」
「捕縛。」
「拘束。」
「窒息。」
「それだけでいい。」
七百人が同時に魔法陣を展開する。
ウォーターウィップ。
ウォーターバインド。
ウォーターマスク。
三つの魔法が途切れることなく連続して放たれ、鉄のような鱗を誇るリザード種でさえ、一度も反撃することなく次々と地面へ倒れていった。
剣を振るう者は一人もいない。
それでも王国騎士団は、圧倒的な速さで魔物の群れを制圧し続けていた。
アイアンリザード、アーマードリザードを討伐した騎士団は、魔の森の最深部へ到達した。
そこには、森の支配者とも呼ばれる魔物が待ち構えていた。
「レッサードラゴンです!」
索敵役の声が響く。
三百体。
巨大な翼を広げ、空を覆い尽くすように旋回している。
普通なら王国を挙げて討伐隊を編成する相手である。
しかし、アークは落ち着いた様子で騎士たちへ告げた。
「相手がドラゴンでも変わりません。」
「やることは同じです。」
騎士たちは力強く頷く。
「捕縛。」
「拘束。」
「窒息。」
その言葉と同時に、一斉に魔法が放たれた。
「ウォーターウィップ!」
数百本の水の鞭が空へ伸びる。
翼へ絡み付く。
首へ絡み付く。
脚を捕らえる。
飛行していたレッサードラゴンは姿勢を崩し、次々と地上へ落下した。
「ウォーターバインド!」
地面へ落ちた瞬間を狙い、水の拘束が全身を包み込む。
巨大な身体が暴れる。
しかし、七百人の騎士が維持する拘束魔法は揺るがない。
「ウォーターマスク!」
最後に透明な水球が頭部を覆う。
ドラゴンは咆哮を上げることもできず、やがて静かになった。
一体。
また一体。
さらに一体。
三百体すべてが制圧されるまで、それほど時間は掛からなかった。
騎士団長は周囲を見回す。
「負傷者!」
「ゼロ!」
「討伐完了!」
歓声が森へ響く。
王国騎士団は、これまで誰も成し遂げられなかった規模の討伐を、わずか一日で成功させたのである。
討伐した魔物はすべてマジックバッグへ収納され、騎士団は王都へ帰還した。
その日の午後。
王城の解体場には、膨大な数の魔物が並べられていた。
アークは一本の水刃を作り出す。
「ウォーターカッターは戦闘だけではありません。」
一閃。
レッサードラゴンの皮が美しく切り開かれる。
肉を傷付けることなく、皮だけが切り離された。
「解体にも最適です。」
騎士たちは驚きながら作業を始めた。
ウォーターカッター。
骨と肉の境目へ正確に刃を走らせる。
皮を剥ぐ。
肉を切り分ける。
内臓を取り出す。
魔石を傷付けずに摘出する。
最初はぎこちなかった作業も、何度も繰り返すうちに滑らかになっていく。
夕暮れになる頃には、七百人全員が解体技術を身につけていた。
アークは満足そうに頷く。
「皆さんは解体スキルを習得しました。」
騎士たちの間に喜びの声が広がる。
さらにアークは静かに続けた。
「そして今日で皆さんは、冒険者で言えばSランクを超える実力を身につけています。」
その言葉に、その場は静まり返った。
「七百人全員がです。」
騎士団長は感慨深げに仲間たちを見渡した。
昨日まで剣だけを頼りに戦っていた騎士たちが、今では魔法を自在に操り、巨大な魔物の群れすら無傷で制圧できるようになっている。
その変化を誰よりも実感していた。
アークは微笑みながら告げる。
「今日は皆さん、本当にお疲れ様でした。」
「最後は、この成果を皆さん自身で味わいましょう。」
騎士たちは互いに笑顔を交わしながら、大量に解体されたハイオークの肉を調理場へ運び始めた。




