19 水属性魔法の覚醒
翌朝。
王城訓練場には、数百人の騎士たちが整列していた。
誰一人として魔力循環を止めていない。
歩いていても。
会話をしていても。
自然に魔力が身体を巡り続けている。
数日間繰り返した訓練によって、魔力循環はすでに呼吸と変わらないものになりつつあった。
アークは騎士たちを見渡し、静かに口を開く。
「皆さん。」
「今日は、水属性魔法を覚醒させます。」
訓練場に緊張が走る。
魔法隊だけではない。
剣士も槍兵も、全員が真剣な表情でアークを見つめていた。
「魔力循環は続けてください。」
「そのまま周囲の魔力を身体へ取り込み、水属性の魔力を意識します。」
騎士たちは目を閉じる。
身体を巡る魔力。
周囲から流れ込む魔力。
その流れを感じながら、水を思い描く。
川。
湖。
雨。
海。
水の姿を心へ映していく。
しばらくすると、一人の若い騎士が目を開いた。
その右手の上に、小さな水球が浮かんでいる。
「で……できました!」
その声をきっかけに、あちこちで歓声が上がる。
「私もです!」
「水が出ました!」
「できた!」
数百人の騎士たちの手のひらへ、次々と水球が現れた。
騎士団長は驚きを隠せない。
「一日で……。」
副団長も目を丸くする。
「全員が覚醒したのか。」
アークは静かに頷いた。
「魔力循環を続けていたからです。」
「土台ができていれば、覚醒は難しくありません。」
騎士たちの表情には喜びが溢れていた。
魔法は一部の才能ある者だけが扱えるもの。
そう信じてきた常識が、今この瞬間に覆されたのである。
アークは手を上げる。
「では、ここから実践に入ります。」
騎士たちは姿勢を正した。
「最初に覚えるのは攻撃魔法ではありません。」
その言葉に意外そうな表情が広がる。
「まずは身体強化です。」
「次に筋肉強化。」
アークは自ら魔法を発動する。
身体全体へ魔力が巡り、筋肉へ均等に行き渡っていく。
「身体強化は、身体能力全体を引き上げます。」
「筋肉強化は、筋力や瞬発力を高めます。」
騎士たちはアークの魔力の流れを観察しながら、自らも魔法を発動した。
「身体強化。」
「筋肉強化。」
一人、また一人と成功していく。
「身体が軽い。」
「力が入りやすい。」
「走りたくなります。」
驚きの声があちこちから聞こえてきた。
アークは微笑む。
「戦闘の前に必ず使ってください。」
「身体能力が上がるだけで、生存率は大きく変わります。」
騎士団長も何度か拳を握り開きする。
「確かに違う。」
「身体が思うように動く。」
その感覚は、長年剣を振り続けてきた彼だからこそ、はっきりと理解できた。
「次は治癒魔法です。」
アークは右手へ水属性の魔力を集める。
「ウォーターヒール。」
淡い水色の光が手のひらを包み込んだ。
「傷を癒やす基本魔法です。」
「これも必ず習得してください。」
騎士たちは魔力循環を続けながら、一つひとつ新しい技術を自分のものにしていった。
「ウォーターヒール。」
アークの手から淡い水色の光が溢れる。
「人体のおよそ七割は水分です。」
「だから水属性魔法は人体との相性が非常に良いのです。」
騎士たちは魔力循環を続けながら、その魔力の流れを観察した。
「傷を癒やす。」
「出血を抑える。」
「回復を促進する。」
「それがウォーターヒールです。」
若い騎士たちは同じように魔法を発動する。
最初は淡く。
やがて安定した水色の光が手のひらを包み込んだ。
「成功です。」
アークは静かに頷く。
「次は拘束魔法です。」
右手に集まった水が一本の帯となる。
「ウォーターウィップ。」
しなやかな水の鞭が空中を走る。
続いて、その鞭が何本にも分かれ、一瞬で一本に束ねられる。
「ウォーターバインド。」
輪となった水が木製の訓練用人形へ巻き付き、その動きを完全に止めた。
騎士たちから感嘆の声が漏れる。
「これが拘束魔法です。」
「昨日説明したように、まず相手を捕らえます。」
「力比べはしません。」
「動きを止めます。」
「それだけで戦いは大きく有利になります。」
騎士たちも次々と魔法を発動した。
最初は輪が崩れる者もいた。
拘束が緩く、すぐに解ける者もいる。
アークは一人ひとりを見ながら助言した。
「魔力を均等に流してください。」
「締め付けることより、形を維持することを意識します。」
「魔力循環は止めません。」
指導を受けるたびに拘束は安定していく。
数十分後には、多くの騎士が訓練用人形をしっかり拘束できるようになっていた。
「最後はウォーターマスクです。」
アークは水球を作り、それを人形の頭部へ被せる。
透明な水が口と鼻を完全に覆った。
「この魔法は窒息を目的とした魔法です。」
訓練場は静まり返る。
「生物である以上、呼吸は必要です。」
「だからアンデッド以外には非常に有効です。」
騎士団長が深く頷く。
「斬る必要がない。」
「そうです。」
アークは穏やかに答えた。
「相手が暴れる前に捕らえる。」
「拘束する。」
「呼吸を封じる。」
「これが水属性魔法による制圧の基本になります。」
騎士たちは真剣な表情で何度も魔法を繰り返した。
ウォーターヒール。
ウォーターウィップ。
ウォーターバインド。
ウォーターマスク。
失敗しても、魔力循環を続けているため魔力が尽きることはない。
周囲の魔力は絶えず身体へ取り込まれ、すぐに次の挑戦ができる。
気が付けば、数百人の騎士全員が四つの魔法を安定して発動できるようになっていた。
アークはその様子を見て、小さく頷いた。
「基礎はできました。」
「次は攻撃魔法を教えます。」
その一言に、騎士たちの表情はさらに引き締まった。
「基礎はできました。」
アークは数百人の騎士たちを見渡した。
「ここからは攻撃魔法を教えます。」
訓練場の空気が引き締まる。
騎士たちは魔力循環を続けながら、次の教導を待った。
「最初はウォーターバレットです。」
アークが右手を前へ突き出す。
掌の前に小さな水球が生まれ、それが一瞬で弾丸ほどの大きさへ圧縮された。
「撃ちます。」
パンッ。
乾いた音と共に、水の弾が木製の的へ命中する。
「これが最も基本となる攻撃魔法です。」
騎士たちも次々と魔法を発動した。
「ウォーターバレット!」
あちこちから水弾が放たれる。
的へ当たる者。
外れる者。
勢いが足りない者。
様々だったが、魔力切れになる者は一人もいない。
魔力循環によって周囲の魔力が絶えず身体へ流れ込んでいるからである。
アークは一人ひとりへ助言する。
「圧縮を意識してください。」
「形を崩さない。」
「真っ直ぐ飛ばします。」
指導を受けるたびに、水弾は安定していく。
「次です。」
今度は水球を細長く変形させた。
「ウォーターカッター。」
細く鋭い水流が一直線に走る。
木製の的は音もなく切断された。
騎士たちから驚きの声が上がる。
「斬れた……。」
「水なのに。」
アークは静かに頷く。
「水は柔らかいものではありません。」
「圧縮し、高速で放てば刃になります。」
騎士たちは夢中になって練習を始めた。
ウォーターバレット。
ウォーターカッター。
何度も繰り返す。
何度失敗しても、魔力循環のおかげで魔力は尽きない。
次第に木製の的へ命中する者が増えていった。
アークは次の魔法を発動する。
周囲の温度が一気に下がる。
水球が白く変化した。
「アイスバレット。」
氷の弾丸が放たれ、的へ深く突き刺さる。
「水を凍らせれば、さらに硬い攻撃になります。」
騎士たちはすぐに真似をする。
氷の弾が次々と放たれていく。
「続いて。」
アークは水球を掌へ浮かべたまま加熱した。
湯気が立ち上る。
「ボイルバレット。」
熱湯の弾丸が的へ命中する。
木の表面から白い蒸気が立ち昇った。
「熱による攻撃です。」
「鎧の隙間や魔物の口などへ命中すれば、高い効果があります。」
さらにアークは熱湯を蒸気へ変える。
「スチームバレット。」
白い蒸気が高速で放たれ、的を包み込む。
「蒸気は熱だけではありません。」
「視界も奪います。」
「相手を混乱させることもできます。」
騎士たちは魔力循環を続けながら、新たな魔法を次々と習得していく。
ウォーターバレット。
ウォーターカッター。
アイスバレット。
ボイルバレット。
スチームバレット。
訓練場には水音と歓声が響き続けていた。
数百人の騎士たちは、自らの手で水属性魔法を操る喜びを実感しながら、着実に技術を身につけていった。
「最後は氷属性の応用です。」
アークは右手に浮かぶ水球へ魔力を流し込んだ。
水球は一瞬で白く染まり、透明な氷へと変化する。
「アイスバインド。」
氷の帯が木製の訓練用人形へ巻き付き、瞬く間に両腕と両足を固定した。
騎士たちは真剣な表情で見つめる。
「水より強固な拘束になります。」
「相手の力が強いほど有効です。」
騎士たちも魔法を発動する。
「アイスバインド。」
訓練用人形へ氷が巻き付き、しっかりと拘束していく。
最初は形が崩れる者もいたが、アークの助言を受けながら何度も繰り返すうちに、次第に安定していった。
「次です。」
アークはさらに魔力を込める。
人形の周囲へ次々と氷の壁が現れた。
前。
後ろ。
左右。
上部。
最後に足元まで氷が閉じ、人形全体が氷の牢へ閉じ込められる。
「アイスプリズン。」
騎士たちから感嘆の声が上がった。
「牢獄……。」
「その通りです。」
アークは静かに頷く。
「討伐だけが戦いではありません。」
「生け捕りにしたい相手もいます。」
「犯罪者。」
「盗賊。」
「誘拐犯。」
「密猟者。」
「そうした相手には、この魔法が非常に有効です。」
騎士団長も深く頷いた。
「殺さずに捕らえられる。」
「それが重要です。」
アークは氷の牢を消す。
「水属性は戦闘だけではありません。」
今度は地面へ水を流す。
その水が形を変え始めた。
柱が立つ。
壁ができる。
屋根が形作られる。
あっという間に小さな建物が完成した。
訓練場からどよめきが起こる。
「建物まで……。」
「はい。」
アークは微笑む。
建物は消え、今度は一台の寝台へ姿を変える。
さらに机。
椅子。
鍋。
皿。
器。
次々と生活用品が作られていく。
「戦場では休息する場所も必要です。」
「食事を作る鍋も必要です。」
「机や椅子があれば作戦会議もできます。」
「魔法とは敵を倒すためだけのものではありません。」
騎士たちは目を輝かせていた。
魔法が生活を豊かにする。
その発想は、これまで誰も教えられたことがなかった。
アークは騎士たちを見渡した。
「今日一日で皆さんは、水属性魔法の基礎を習得しました。」
「身体強化。」
「筋肉強化。」
「ウォーターヒール。」
「ウォーターウィップ。」
「ウォーターバインド。」
「ウォーターマスク。」
「ウォーターバレット。」
「ウォーターカッター。」
「アイスバレット。」
「ボイルバレット。」
「スチームバレット。」
「アイスバインド。」
「アイスプリズン。」
「そして、構造物の生成。」
騎士たちは互いの顔を見合わせる。
わずか一日とは思えないほど、多くの技術を身につけていた。
アークは最後に静かに告げた。
「明日は王都の外へ出ます。」
訓練場の空気が一変する。
「森で実際に魔物と戦います。」
「今日学んだ魔法を実戦で使います。」
騎士たちの表情は引き締まった。
知識も技術も身につけた。
次はいよいよ実戦である。
騎士団長が前へ出る。
「諸君。」
「今日までの教導を無駄にするな。」
「明日は初めての実戦だ。」
「魔力循環を止めることなく、今日学んだ技術を存分に発揮しよう。」
「はっ!」
数百人の力強い返事が王城訓練場に響き渡った。
その声を聞きながら、アークは静かに頷く。
王国騎士団は、いよいよ新たな戦闘術を携え、実戦への第一歩を踏み出そうとしていた。




