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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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198 自分の感情

滅亡した国々の跡地へ、移住者たちが動き始めた。


一つの場所へ集中することはない。


農地を見て移住先を決める者。


残された都市を選ぶ者。


商売を始めやすい場所を選ぶ者。


知人や家族と相談して同じ地域へ向かう者。


それぞれが端末で情報を確認し、自分で暮らす場所を決めていた。


クレインは、その動きを見ながら新しい組織の必要性を感じていた。


人が移動すれば、必要になるものがある。


街道。


住宅。


上下水道。


公共施設。


それらを専門に扱う組織が必要だった。


建設省。


さらに、新しく人が暮らし始めた地域では、住民自身による行政を支援する組織も必要になる。


自治省。


クレインは二つの省を新設することを決めた。


規模はそれぞれ百万人。


教導を終えた行政官や建設に関わる人材を中心に組織していく。


建設省は、移住先の生活基盤を整える。


ただし、何でも先回りして作るわけではない。


現地から必要なものを聞く。


必要な道路を整える。


必要な施設を作る。


生活する者たちが自分で動けるように支援する。


自治省も同じだった。


新しい領主を送り込むための組織ではない。


現地で暮らす者たちが、自分たちで物事を決められるように手伝う。


クレインは端末に届く報告を確認しながら、二つの省の組織作りを進めていた。


そんな中、移住者たちから一つの声明が届いた。


個人からではない。


各地へ移住した者たちが相談し、まとめたものだった。


クレインは内容を読む。


しばらく黙っていた。


そして僅かに笑った。


声明はオーキスにも届けられた。


オーキスは端末を開いた。


そこには、こう書かれていた。


『私たちはアルデバラン国民である』


オーキスの眉が動く。


続きを読む。


『暮らす土地が変わっても、アルデバラン王国への忠誠は変わらない』


さらに続いていた。


『できることならば、新しく暮らす土地にもアルデバランの名を継承させていただきたい』


オーキスは黙った。


もう一度読んだ。


内容は変わらない。


「……どういうことだ」


その日のうちに、クレインが呼ばれた。


アイク。


アッシュ。


ロックウェル。


バイオレットとマーガレットもいる。


オーキスは端末を示した。


「読んだか?」


クレインが答える。


「もちろんです」


「どうするのだ、これは」


「陛下がお決めになればよろしいかと」


「余に投げるな」


クレインの口元が僅かに緩んだ。


それをオーキスは見逃さなかった。


三人の騎士団長を見る。


アイクが笑いを堪えていた。


アッシュも妙に視線を逸らしている。


ロックウェルまで同じだった。


「お前たち、なぜ笑っておる」


「いえ」


アイクが答える。


「喜ばしいことかと」


「何がだ」


「民が陛下の国民であり続けたいと申しているのです」


「それは分かっておる」


オーキスはバイオレットを見る。


バイオレットも微笑んでいた。


「バイオレットまで」


「よろしいではありませんか」


「何がよいのだ」


今度はマーガレットを見る。


娘まで笑っている。


「マーガレット」


「お父様。私に聞かれても困ります」


「なぜ皆その顔をしておる」


誰も答えない。


オーキスは再び声明を見る。


自分は領土を増やそうとは思っていない。


クレインの提案を認めたのも、人口を一カ所へ集める必要がないと思ったからだ。


好きな場所へ行けばいい。


そこで自分たちの暮らしを作ればいい。


それだけだった。


ところが、送り出した人々の方がアルデバラン国民であることをやめようとしない。


それどころか、アルデバランの名まで持っていきたいと言っている。


オーキスはクレインを睨んだ。


「クレイン」


「はい」


「お前、全部分かっていたであろう?」


クレインは何食わぬ顔で答えた。


「はて? なんのことでしょう」


アイクがとうとう顔を逸らした。


アッシュも肩を震わせる。


ロックウェルは天井を見ていた。


バイオレットとマーガレットは相変わらず微笑んでいる。


「絶対に分かっておったな」


「証拠がおありですか?」


「その顔が証拠だ!」


クレインは答えなかった。


オーキスは言葉を失った。


怒ることでもない。


むしろ喜ぶべきことなのだろう。


自分の国から離れても、この国の民でありたいと言ってくれている。


国王として、これほど嬉しいことはない。


だが。


「……余は領土を増やしたくて空き地を使わせたのではないぞ」


誰も否定しなかった。


だからこそ困る。


怒れない。


叱れない。


拒絶する理由も見つからない。


オーキスは自分の感情のぶつけ先を、完全に失っていた。




移住者たちが各地へ移動を始めると、クレインは各ギルドのギルドマスターを王宮へ集めた。


冒険者ギルド。


商業ギルド。


食品ギルド。


薬師ギルド。


治癒師ギルド。


紡織ギルド。


運輸ギルド。


そして結婚斡旋ギルド。


結婚斡旋ギルドからは、初代グランドマスターのイメルダが参加していた。


全員が揃ったところで、クレインは現在の状況を説明した。


滅亡した国家の跡地への移住が始まったこと。


移住者は全員、教導を終えていること。


王国では建設省と自治省を新設し、それぞれ百万人規模で組織を進めていること。


そして移住者たちが、土地を離れてもアルデバラン国民であり続けたいという声明を出したこと。


各ギルドの代表者たちは黙って聞いていた。


「今後、移住先はさらに増えるだろう」


クレインは端末を取り出した。


「そのため、サーシャ卿に新しいシステムを作ってもらった」


表示されたのは移民管理システムだった。


どこへ何人が移住したのか。


どの地域に何が不足しているのか。


どのような職種が必要とされているのか。


生活に必要な情報を一元的に確認できる。


移住先から支援を求めることもできた。


クレインは用意していた端末を各ギルドへ百台ずつ配った。


「各ギルドには協力してほしい」


冒険者ギルドのギルドマスターが最初に答えた。


「もちろんです」


商業ギルドも続く。


「人が増えれば商業も必要になります。支部の設置を進めましょう」


食品ギルドも快諾した。


薬師ギルドと治癒師ギルドも、必要に応じて人員を派遣することになった。


紡織ギルドは衣服や布製品の需要を確認する。


運輸ギルドは各地への輸送経路を確認し始めた。


誰も難しく考えていない。


人がいる。


ならば仕事がある。


これまで王国内で行ってきたことを、新しい土地でも行えばいい。


その中で、イメルダも端末を操作していた。


「随分たくさん移住するのね」


「そうなりますな」


クレインが答える。


イメルダは移住者数を確認していた。


「独身の人も多いでしょうね」


クレインがイメルダを見る。


「イメルダ夫人」


「何?」


「今は移住支援について話しております」


「分かってるわよ」


イメルダは平然と答えた。


「新しい土地で暮らし始めるのでしょう?」


「その通りです」


「だったら結婚斡旋ギルドも必要じゃない」


クレインは少し黙った。


間違ってはいない。


「新しい土地で仕事を始める。家を持つ。生活が安定する。そうしたら結婚したい人だって出てくるわよ」


「……確かに」


「支部を作るわ」


決断が早かった。


「各地の希望者を移民管理システムで確認できるようにしてちょうだい」


「サーシャ卿と相談してください」


「そうするわ」


イメルダはすでに次のことを考えていた。


クレインはそれ以上何も言わなかった。


それぞれのギルドが、それぞれの仕事をする。


その方がうまくいくことを、すでに知っている。


こうして行政だけでなく、各ギルドも移住者への支援を始めることになった。


その頃、移住先では別の話し合いが行われていた。


自分たちは何者なのか。


答えは簡単だった。


アルデバラン国民。


住む場所が変わったからといって、それを捨てるつもりはない。


そして一つの移住地から王宮へ連絡が入った。


『話し合いの結果、この地を第2アルデバラン王国と呼ぶことにしました』


端末を見たオーキスの動きが止まった。


「……第2?」


間を置かず、別の地域からも連絡が入る。


『こちらは第3アルデバラン王国を国号とします』


オーキスは黙った。


第2アルデバラン王国。


第3アルデバラン王国。


何度見ても変わらない。


「クレイン」


「はい」


「これはどういうことだ?」


「書いてある通りかと」


「それは分かっておる!」


オーキスは端末を示した。


「余は新しい王国を作れなどと命じておらんぞ」


「誰も命じられておりませんな」


「ではなぜ増えておる!」


「皆様が自分で決められたのでしょう」


クレインは平然としていた。


近くにいたバイオレットは微笑んでいる。


マーガレットも同じだった。


アイク、アッシュ、ロックウェルも笑いを堪えていた。


オーキスはクレインを睨んだ。


「お前、こうなることを分かっていたのではないか?」


「はて? なんのことでしょう」


またそれだった。


「余は領土を増やすつもりなどないのだぞ」


「存じております」


「国を増やすつもりもない」


「存じております」


「ならば、なぜ第2と第3ができる!」


クレインは答えなかった。


答える必要もなかった。


移住者たちは、自分たちで決めたのだ。


オーキスは嬉しくないわけではない。


むしろ嬉しかった。


国を離れてもアルデバラン国民でありたい。


その名を新しい土地でも使いたい。


国王として、それを嫌だと思えるはずがない。


だから怒れない。


止める理由も見つからない。


オーキスは端末を見ながら呟いた。


「……第4もできるのではあるまいな」


クレインは僅かに笑った。


オーキスはますます困惑した。




移住者たちへの支援は、王宮と各ギルドだけでは終わらなかった。


アルフレッド侯爵も動き始めた。


移民管理システムの情報を確認していたアルフレッドは、各地で新しい生活が始まっていることを知った。


都市。


農地。


街道。


建物。


使えるものは残っているが、長く放置されていた場所も多い。


移住者たちは全員教導を終えている。


テレキネシスもアイテムボックスも使える。


土砂や資材の運搬に困ることはない。


自分たちで街道を整備することも、農地を造成することもできる。


それでも、使えるものは多い方がいい。


アルフレッドは端末を操作した。


「ゴーレムを送ろう」


決断は早かった。


破壊不能ゴーレムは、各地から必要数を確認して派遣する。


さらに鉄製ゴーレムを、移住先の国へそれぞれ千体ずつ。


用途は限定しない。


街道整備。


農地造成。


建物の補修。


資材運搬。


掘削。


整地。


移住者たちが必要だと思った仕事に使えばいい。


そして、もう一つ。


魔物対策も組み込まれていた。


新しく人が暮らし始めた地域の周辺には、当然魔物もいる。


冒険者ギルドも動いているが、常に冒険者がいるとは限らない。


ゴーレムが警戒と防衛を担えば、生活圏の安全性をさらに高められる。


アルフレッドはゴーレムだけを送り出すつもりはなかった。


操作員も派遣する。


整備員も必要だった。


予備の魔石も用意する。


故障や魔石の消耗があっても、現地で対応できるようにする。


「送りっぱなしでは意味がないからな」


アルフレッドは派遣する者たちへ言った。


「使い方も教えてこい。現地の者だけで運用できるようになれば戻ってきていい」


「承知しました」


準備が整うと、各地への派遣が始まった。


移住先では、巨大な鉄製ゴーレムが次々と到着した。


一つの国につき千体。


さらに必要に応じて破壊不能ゴーレムも配置される。


移住者たちは興味深そうに眺めていた。


「これ、私たちが使っていいんですか?」


操作員が答えた。


「そのために持ってきました」


「何に使えばいいんでしょう?」


「好きに使ってください。使い方は教えます」


説明を受けた移住者たちは、すぐに用途を考え始めた。


「街道の整備に使おう」


「農地にも欲しいな」


「倉庫の補修もある」


「夜は魔物の警戒に使えるんだろ?」


「できます」


移住者たち自身でもできることばかりだった。


だが、自分でできることと、自分でやらなければならないことは違う。


ゴーレムに任せている間に、別の仕事ができる。


農地の整備を任せ、その間に作物を準備する。


街道を整備させ、その間に家屋を整える。


資材を運ばせ、その間に商店や工房の準備を進める。


一人の移住者が、働き続ける鉄製ゴーレムを見ながら言った。


「便利ですね」


操作員が笑った。


「便利でしょう」


それで十分だった。


数日もすると、ゴーレムは新しい生活の中へ自然に組み込まれていった。


操作方法を覚える者も増えた。


整備員の横で点検方法を学ぶ者もいる。


予備魔石の保管場所も決まった。


操作員や整備員がいつまでも残る必要はない。


教えればいい。


覚えた者が次の者へ教える。


ここでも教導は同じだった。


夜になると、一部の鉄製ゴーレムは生活圏の周囲へ配置された。


魔物が接近すれば対応する。


冒険者ギルドとも情報を共有する。


破壊不能ゴーレムも、必要な場所で使われ始めた。


その報告は王宮にも届いた。


オーキスは端末を眺めていた。


「今度はアルフレッド侯爵か」


クレインが頷く。


「自主的に協力されたようです」


「余は何も命じておらんぞ」


「必要だと思われたのでしょう」


オーキスは黙った。


各ギルドが動いた。


アルフレッド侯爵も動いた。


移住者たちは自分たちで国号まで決めた。


誰も王命を待っていない。


必要なことに気付いた者が、自分にできることを始めている。


オーキスは小さく息を吐いた。


「……皆、好きに動くな」


クレインは僅かに笑った。


「よいことではありませんか」


否定する理由はなかった。


むしろ国王としては喜ぶべきことだった。


だからこそ、オーキスはまた自分の感情のぶつけ先を失っていた。




オーキスは執務室で感謝状を認めていた。


アルフレッド侯爵。


サーシャ男爵。


そして各ギルドマスター。


移住者たちへの支援に動いた者たちである。


誰も王命を待たなかった。


必要だと気付いたから動いた。


アルフレッド侯爵はゴーレムを派遣した。


サーシャは移民管理システムを作った。


各ギルドは、それぞれの仕事を新しい居住地へ広げ始めている。


オーキスは一枚ずつ感謝状を認めた。


そして最後の一枚を書き終えたところで、クレインに尋ねた。


「イメルダ夫人を表彰するのは何度目だ?」


「今回で六度目です」


オーキスの手が止まった。


「六度目か」


「はい」


オーキスは少し考えた。


初代グランドマスター。


それだけではない。


人と人を結びつけることを仕事にして、結婚斡旋ギルドを作った。


騎士団員の結婚にも関わった。


保護者たちの新しい生活にも関わっている。


そして今度は、移住者たちを追いかけるように第2、第3アルデバラン王国を名乗る土地へまで活動を広げようとしていた。


「六度も表彰して、いつまでも夫人というのもおかしいな」


クレインが僅かに笑った。


「私もそう思います」


「ならば決めた」


数日後。


王宮で表彰が行われた。


投影魔法が起動する。


風魔法による拡声も始まった。


王宮で行われる表彰の様子は、アルデバラン王国全土へ生放送された。


さらに、第2アルデバラン王国、第3アルデバラン王国を名乗る居住地全域にも届けられている。


各地で人々が足を止めた。


農地。


工房。


商店。


街道。


新しく暮らし始めた町。


多くの人々が投影された王宮の様子を見ていた。


最初に呼ばれたのはアルフレッド侯爵だった。


「アルフレッド侯爵」


「はっ」


「卿は移住者たちのため、自らの判断でゴーレムを派遣した。破壊不能ゴーレム、鉄製ゴーレム、さらに操作員、整備員、予備の魔石まで用意したと聞いておる」


オーキスは感謝状を渡した。


「新しい土地で暮らす民の生活と安全に貢献した。国王として感謝する」


「ありがたき幸せ」


アルフレッド侯爵が頭を垂れた。


続いてサーシャが呼ばれた。


「サーシャ男爵」


「はい」


「卿が作った移民管理システムによって、移住者たちの状況を把握し、必要な支援を届けることが容易になった」


感謝状が渡される。


「これからも頼む」


「ありがたき幸せ」


サーシャも頭を垂れた。


続いて各ギルドマスターが表彰された。


冒険者ギルド。


商業ギルド。


食品ギルド。


薬師ギルド。


治癒師ギルド。


紡織ギルド。


運輸ギルド。


それぞれが自分たちの仕事を通じて、新しい居住地を支え始めている。


一人ずつ感謝状を受け取り、頭を垂れた。


「ありがたき幸せ」


そして最後に呼ばれた。


「イメルダ夫人」


「はい」


イメルダが前へ出る。


オーキスはすぐには感謝状を渡さなかった。


「夫人をこうして表彰するのは、今回で六度目になる」


イメルダが少し考えた。


「そんなになりますか?」


王宮に小さな笑いが起きた。


オーキスも僅かに笑った。


「なるのだ」


イメルダ本人にとっては、必要なことをしてきただけなのだろう。


だが、その結果として多くの者が助けられてきた。


「初代グランドマスターとして冒険者たちを支え、その後も結婚斡旋を通じて多くの民を支えてきた。騎士団員、保護者、そして今度は移住者たちだ」


オーキスはイメルダを見た。


「これまでの功績を合わせ、夫人に子爵位を授ける」


さすがのイメルダも目を瞬いた。


「私にですか?」


「そうだ」


「結婚のお世話をしていただけなのですけれど」


今度ははっきりと笑いが起きた。


オーキスも笑った。


「それで六度も表彰される者がどこにおる」


イメルダも笑った。


そして頭を垂れる。


「ありがたき幸せ」


この瞬間、イメルダ夫人はイメルダ子爵となった。


その様子も、王国全土へ届けられていた。


第2、第3アルデバラン王国を名乗る土地でも、人々が拍手している。


全ての表彰を終えると、オーキスは並んだ者たちを見渡した。


「今回の働きは、余が命じたものではない」


静かに続ける。


「卿らは必要なことに気付き、自ら考え、自ら動いた。その結果、新しい土地で暮らし始めた民が助けられている」


オーキスは一度言葉を切った。


「国王として感謝する。そして、誇りに思う」


アルフレッド侯爵。


サーシャ男爵。


各ギルドマスター。


そして新たに子爵となったイメルダ。


全員が頭を垂れた。


「ありがたき幸せ」


その声が風魔法によって各地へ届いた。


オーキスは彼らを見ながら、ようやく自分の感情を理解していた。


皆が勝手に動く。


国まで勝手に増えていく。


困惑している。


それは間違いない。


だが、それ以上に嬉しかった。


第198話。


自分の感情。


オーキスはようやく、その正体を認めていた。





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