197 空き地
十カ国の調査と保護が終了した。
ローゼンブルク王国、二千万人。
ラグナリア王国、二千五百万人。
グラン・ヴァリア王国、二千五百万人。
エステル王国、二千五百万人。
ソールディン王国、二千五百万人。
ミストレイク王国、二千万人。
フェルディニア王国、二千万人。
フィリア王国、二千万人。
ドラグノア王国、二千万人。
アースバーン王国、二千万人。
保護者は合計二億二千万人。
そのうち、孤児だけで五千万人を数えた。
ミストバルカス公国へ一億四千万人が移住したことで、アルデバラン王国の人口は一時一億人ほどまで減少していた。
それが再び三億二千万人になった。
王国に受け入れることはできる。
食料もある。
住居も作れる。
教導も進められる。
だが、クレインはそこで思考を止めなかった。
人口が増えるたびにアルデバラン王国へ集める。
それが本当に最善なのか。
宰相執務室で、クレインは端末に大陸の情報を表示していた。
人口。
農地。
街道。
都市。
水源。
そして、すでに国家として存在していない地域。
クレインの目が止まった。
ダークライト魔導公国。
神聖ラトリア。
アーデン王国。
ロクス王国。
最初に浮かんだのは、この四カ国の跡地だった。
かつては多くの人間が暮らしていた土地である。
国がなくなったからといって、土地そのものが消えたわけではない。
クレインはさらに対象を広げた。
ゼノ・バルト帝国。
灰塵の荒野ヴォルガ。
神聖アーリア王国。
ガルテェニカ王国。
サンマウ王国。
ヴェロン王国。
ヴァレキフ王国。
さらに今回までの調査によって国家としての機能を失った地域が続く。
シトラルド王国。
キーシル王国。
ウジフラン王国。
ヘコサ王国。
フネルジア王国。
ジキブス王国。
ローゼンブルク王国。
ラグナリア王国。
グラン・ヴァリア王国。
エステル王国。
ソールディン王国。
ミストレイク王国。
フェルディニア王国。
フィリア王国。
ドラグノア王国。
アースバーン王国。
クレインは端末を眺めたまま考え続けた。
ほとんどが滅亡している。
支配者はいない。
国家機構もない。
だが、土地は残っている。
場所によって状態は異なるだろう。
都市が残っている地域もある。
農地として再利用できる場所もある。
街道が使える場所もある。
逆に、荒廃が激しく、そのままでは人が暮らせない場所もある。
ならば調査すればいい。
使える土地は使う。
使えなければ整備する。
クレインは椅子の背にもたれた。
「……空き地ではないか」
あまりにも簡単な言葉が出た。
国が滅びた。
そう聞けば重大な出来事に思える。
実際、重大な出来事だった。
そこに暮らしていた人々の人生があり、歴史があった。
だが行政官として現在の大陸を見れば、別の姿も見えてくる。
人が暮らしていない広大な土地が、大陸各地に存在している。
一方でアルデバラン王国には、保護された人々が次々と集まっている。
三億二千万人。
これから五十カ国調査が進めば、さらに増える可能性が高い。
クレインは端末を操作した。
かつての国境を一度外して考えてみる。
ダークライト魔導公国だった土地。
神聖ラトリアだった土地。
ヴェロン王国だった土地。
それは今も、その名前で扱い続ける必要があるのだろうか。
国家が存在しないのなら、そこに昔の国境を維持する意味も薄い。
クレインは別の資料を開いた。
現在のアルデバラン王国には、教導を終えた保護者が大量にいる。
農業ができる者。
建設に携われる者。
料理人。
商人。
行政官。
教師。
神官。
冒険者。
新しい土地で自立できるだけの人材が、すでに育ち始めていた。
全員を王国の中心部へ集める必要はない。
希望する者がいるなら、かつての国家の跡地で暮らしてもらえばいい。
もちろん強制はしない。
土地の状態を調査する。
生活できる環境を整える。
そして選択肢として提示する。
残りたい者は残ればいい。
移りたい者は移ればいい。
ミストバルカス公国への移住と同じだった。
クレインはしばらく端末を見つめた。
問題は人口が多すぎることではなかった。
人が暮らせる場所まで、一つの国に集めようとしていたことだった。
大陸には土地がある。
それも途方もない広さで。
クレインは立ち上がった。
オーキスへ提案する内容は決まった。
滅亡した国々の跡地。
言い換えれば――。
「空き地を使えばよいのだ」
大陸には、まだいくらでも人が暮らせる場所が残っていた。
クレインはオーキスに面会を求めた。
王の執務室にはバイオレットとマーガレットもいた。
「陛下、ご相談したいことがございます」
「人口のことか?」
「はい」
オーキスも当然、現在の人口は把握している。
ミストバルカス公国への大規模移住によって一時一億人ほどまで減った人口が、十カ国からの保護によって再び三億二千万人になった。
「また増えたな」
「増えましたな」
クレインも否定しない。
「食料は足りておるのだろう?」
「問題ございません。秋の収穫によって一時的とはいえ食料充足率は千パーセントを超えております」
「住居は?」
「こちらも対応できます」
「ならば何が問題なのだ?」
クレインは端末を操作した。
大陸の情報が表示される。
「今すぐ困るという話ではございません」
オーキスが端末を見る。
「では?」
「アルデバラン王国だけに集め続ける必要があるのかと考えました」
オーキスの視線がクレインへ戻った。
クレインは続ける。
「五十カ国調査はまだ続いております。今後も保護者が増える可能性は高いでしょう。そのたびに我が国へ受け入れることはできます。しかし、大陸全体を見れば状況は違います」
表示されている情報を切り替える。
ダークライト魔導公国。
神聖ラトリア。
アーデン王国。
ロクス王国。
さらに、これまで国家としての機能を失った地域が次々と表示された。
オーキスが眉を上げる。
「跡地か」
「はい」
クレインは頷いた。
「ほとんどが現在、国家として存在しておりません」
バイオレットが端末を見る。
「随分ありますね」
「ございます。数えてみて私も驚きました」
マーガレットも表示されている地域を確認していた。
ゼノ・バルト帝国。
灰塵の荒野ヴォルガ。
神聖アーリア王国。
ガルテェニカ王国。
サンマウ王国。
ヴェロン王国。
ヴァレキフ王国。
その後に滅亡した国々まで含めれば、広大な土地が残されている。
クレインが言った。
「要するに空き地です」
オーキスが僅かに笑った。
「随分と思い切った言い方をするな」
「国が存在しない以上、行政官として見ればそうなります」
「なるほどな」
「もちろん、すぐに人を送り込むという話ではございません。まず調査が必要です」
水は確保できるか。
農地は使えるか。
街道は残っているか。
都市や村の状態はどうか。
危険な魔物はいないか。
生活に利用できる施設がどれだけ残っているか。
土地ごとに条件は違う。
「調査して、再利用できる場所から整備します」
「そこへ保護者を移住させるのか?」
「希望者だけです」
クレインは即答した。
それを聞いたオーキスが頷いた。
「それならよい」
ミストバルカス公国への移住と同じだった。
行けと命じるのではない。
教導を終え、自立できるようになった者へ選択肢を提示する。
アルデバラン王国に残ってもいい。
ミストバルカス公国へ移住してもいい。
そして新たに、滅亡した国々の跡地で暮らすという選択肢を加える。
マーガレットが尋ねた。
「新しい国を作るのですか?」
クレインは少し考えた。
「それを我々が決める必要はないでしょう」
オーキスがクレインを見る。
「ほう」
「まず必要なのは、人が暮らせる場所を作ることです。そこで暮らす者たちが、後にどのような形を選ぶかは彼ら自身が決めればよいかと」
アルデバラン王国の領土にする必要もない。
新しい王を置く必要もない。
昔の国を復活させる必要もない。
まず人が暮らす。
働く。
食べる。
子供を育てる。
必要なら行政組織を作る。
その先は、そこに暮らす人間が決めればいい。
オーキスはしばらく考えていた。
やがて笑った。
「余の領土が増える話ではないのだな」
「増やしてどうなさるのです?」
クレインの返答に、バイオレットが微笑んだ。
マーガレットも笑う。
オーキスは肩をすくめた。
「三億二千万人でも十分多い」
「左様です」
「これ以上増やして余にどうしろというのだ」
クレインも僅かに笑った。
だが、話そのものは大きかった。
国家が滅びた土地を征服するのではない。
アルデバラン王国の領土として併合するのでもない。
人がいなくなった場所を、もう一度人が暮らせる場所へ戻す。
オーキスが端末を見る。
大陸各地に広がる、かつて国家だった場所。
「やってみるか」
「よろしいので?」
「土地を余らせておいて、人だけ一カ所に集める理由もなかろう」
「御意」
こうしてクレインの提案は動き始めた。
大陸各地に残された、広大な空き地。
それを誰かが奪うのではない。
そこへ行きたい者が、自分で選んで暮らし始める。
新しい大陸の形が、また一つ生まれようとしていた。
クレインの提案が承認されると、王宮はすぐに動き始めた。
最初に必要なのは、跡地の現状確認だった。
かつて国が存在していたからといって、現在もそのまま人が暮らせるとは限らない。
クレインは端末からアイクへ連絡を入れた。
「アイク卿、騎士団に新しい調査をお願いしたい」
『五十カ国調査とは別件ですか?』
「別件だ。今度は人ではなく土地を調べてもらいたい」
『土地ですか?』
「滅亡した国々の跡地だ」
アイクはすぐに意味を理解した。
現在のアルデバラン王国騎士団は百十万人。
十カ国の調査と討伐に十万人を投入しているが、それでも十分な余力がある。
「人が暮らせる状態なのかを調べてほしい。都市、村、農地、街道、水源。残っているものを確認してもらいたい」
『承知しました。こちらで調査隊を編成しましょう』
「頼む」
『お任せください』
騎士団はすぐに調査隊を編成した。
今回の目的は討伐ではない。
人が暮らせる土地なのか。
何が残っているのか。
何を整備する必要があるのか。
それを調べる。
調査隊は各地へ向かった。
ダークライト魔導公国の跡地。
神聖ラトリアの跡地。
アーデン王国。
ロクス王国。
さらに、これまで国家としての機能を失った各地へ飛んでいく。
上空から確認した騎士たちは、想像以上に多くのものが残っていることに気付いた。
都市そのものが残っている場所。
家屋が並ぶ村。
使われなくなった街道。
草に覆われた農地。
放置された倉庫。
誰も使わなくなった建物。
人がいなくなっても、国土まで消えたわけではない。
騎士たちは一つずつ確認し、端末へ記録していった。
『都市部を確認。建物の多くが残っています』
『農地を確認しました。整備すれば再利用できると思われます』
『街道も残っています。一部に補修が必要です』
報告が次々と王宮へ送られる。
もちろん、すぐには利用できない場所もあった。
長期間放置されて荒れた土地。
建物の傷みが激しい都市。
街道の整備が必要な地域。
生活を始める前に手を入れなければならない場所も多い。
それらもそのまま記録する。
移住する者に必要なのは、都合のいい情報ではない。
実際にそこで暮らせるのかを判断するための情報だった。
王宮ではクレインと行政官たちが、端末に集まってくる情報を整理していった。
「思っていた以上に残っていますね」
一人の行政官が言った。
「そうだな」
クレインも頷いた。
農地がある。
水源がある。
街道がある。
都市も村も残っている。
整備が必要な場所はあるが、最初から作り直さなければならない土地ばかりではなかった。
別の行政官が端末を見ながら言った。
「これだけあれば、かなりの人数を受け入れられます」
「人数だけで考える必要もない」
クレインは答えた。
「暮らしたい者が暮らせる場所を増やせればいい」
アルデバラン王国では、保護者への教導が続いていた。
農業を学ぶ者。
料理を学ぶ者。
商業を学ぶ者。
行政を学ぶ者。
冒険者を目指す者。
神官を希望する者。
すでに教導を終え、自立できる者も増えている。
クレインは跡地の調査結果を、保護者たちにも公開することにした。
移住者を募集するためではない。
選択肢を増やすためだった。
端末には土地ごとの情報が表示された。
残っている都市。
利用できる家屋。
農地。
水源。
街道。
必要になる整備。
保護者たちは、それぞれの情報を見始めた。
「ここは農地が広いな」
「こっちは町が残ってる」
「この辺りなら商売もできそうだ」
様々な声が上がる。
一人の女性が行政官に尋ねた。
「アルデバラン王国に残ってもいいんですか?」
「もちろんです」
即答だった。
「移住は希望者だけです」
女性は安心したように頷いた。
別の男が尋ねる。
「昔の国を復活させるんですか?」
行政官は首を横に振った。
「決まっていません」
「決まっていない?」
「まずは暮らす場所です。その後のことは、そこで暮らす人たちが考えればいいでしょう」
男はもう一度、端末に表示された土地を見る。
かつて国だった場所。
今は誰も支配していない場所。
そこへ行けと命じられたわけではない。
誰かに売られるわけでもない。
自分で選べる。
「……考えてみます」
「ゆっくり考えてください」
行政官はそれ以上勧めなかった。
クレインの端末には、各地から届く調査結果が増え続けていた。
人がいない。
だが土地はある。
農地もある。
都市も残っている。
そして、これから暮らす場所を必要としている人々がいる。
クレインは大陸の情報を眺めた。
国を増やす必要はない。
領土を広げる必要もない。
まず、人が暮らせる場所として使えばいい。
滅亡した国家の跡地が、大陸の新しい生活圏へ変わろうとしていた。
跡地の調査はさらに進んだ。
騎士団から送られてくる情報を、行政官たちが整理していく。
場所によって状態は違う。
すぐに暮らせる場所。
少し整備すれば使える場所。
大規模な整備が必要な場所。
それぞれが端末に表示され、保護者たちも自由に確認できるようになった。
だが、クレインは急がなかった。
三億二千万人という人口だけを見れば、早く移住させたくなる。
それをしなかった。
食料はある。
住居もある。
今すぐ追い出す必要などない。
教導を終え、自分で生活できるようになった者が、自分で行き先を決めればいい。
数日後。
クレインのもとへ行政官から報告が入った。
「跡地への移住を希望する者が出始めています」
「どれくらいだ?」
「まだ集計中ですが、かなりの人数になりそうです」
「そうか」
クレインはそれだけ答えた。
驚かなかった。
ミストバルカス公国への移住でも同じだった。
人は、自分で選べるようになれば選び始める。
しばらくして、最初の移住希望者たちとの説明が行われた。
集まった者たちの経歴は様々だった。
元奴隷。
亡命者。
孤児だった者。
職人。
農業を選んだ者。
商売を始めたい者。
教導を終えた者たちが、端末に表示された跡地の情報を見ていた。
一人の男が尋ねた。
「土地は誰のものになるんです?」
行政官が答える。
「現時点では、そこを治める国家はありません」
「アルデバラン王国の領地になるわけではない?」
「その予定もありません」
男は少し驚いた。
「では、私たちは誰の国民になるんです?」
行政官は答えを急がなかった。
「それも、今決める必要はないでしょう」
「決めなくていいんですか?」
「まず暮らしてください」
農地を使う。
家を直す。
食料を作る。
商売を始める。
学校が必要なら作る。
大聖堂が必要なら神官に相談する。
冒険者ギルドが必要ならバルドたちと協議すればいい。
人が暮らし始めれば、必要なものは自然に見えてくる。
「その後、そこに暮らす皆さんで必要な仕組みを考えてください」
男はしばらく考えてから頷いた。
「分かりました」
別の女性が尋ねる。
「途中で戻ってもいいですか?」
「もちろんです」
「別の土地へ移るのも?」
「構いません」
女性は笑った。
「それなら行ってみたいです」
それを聞いていた周囲からも声が上がった。
「私も」
「農地があるところがいいな」
「俺は町が残っている場所がいい」
「商売なら人が多い方がいいだろう」
自分たちがこれから暮らす場所について話している。
誰かから命令された行き先ではない。
自分たちで選ぶ場所だった。
やがて最初の移住が始まった。
荷物を持った人々が、それぞれ希望した跡地へ向かっていく。
現地では先に入った騎士たちが待っていた。
「こちらです」
案内された先には、かつて誰かが暮らしていた町があった。
建物が並んでいる。
道もある。
少し離れれば農地も残っている。
長く人がいなかったため、静かだった。
一人の子供が辺りを見回した。
「ここに住むの?」
母親が答える。
「そうよ」
「ずっと?」
母親は少し考えた。
「住みたかったらね」
子供は笑った。
「じゃあ住む」
周囲の大人たちも笑った。
その日のうちに作業が始まった。
家屋の確認。
清掃。
農地の確認。
食料の準備。
何を優先するかを自分たちで相談する。
アルデバラン王国から来た行政官は、それを見守っていた。
指示を出すために来たのではない。
必要な支援を聞くためだった。
「何か足りないものはありますか?」
住民たちは相談した。
やがて一人が答える。
「今のところ大丈夫です」
「分かりました。必要になったら連絡してください」
行政官はそれ以上口を出さなかった。
王宮では、クレインが端末で最初の移住開始を確認していた。
オーキスも報告を見ている。
「本当に住み始めたか」
「はい」
「国王は?」
「おりません」
「領主は?」
「おりません」
「では誰が治める?」
クレインは僅かに笑った。
「必要になれば、暮らしている者たちが考えるでしょう」
オーキスも笑った。
「そうか」
大陸には、滅亡した国家の跡地がいくつもある。
昨日までは、ただの空き地だった。
今日からは違う。
人が住み始めた。
それだけだった。
だが新しい社会というものは、案外そんなところから始まるのかもしれなかった。




